3話
「ここが第六学園都市? はん。ずいぶんと貧相なところですこと」
街路樹や、自然公園などといった緑が多い第六学園都市の街並みを見て、巨大なキャリーケースを転がしながら町を歩いていた少女は鼻を鳴らす。
長い金色の髪はいわゆる縦ロール風に整えられており、いかにも『お嬢様!!』といった雰囲気を少女に与えている。
「まぁ、いいですわ!! ここにいる魔法使いを引き抜きできれば、さっさと第一に帰れるのですから」
わたくしの魅力ですぐに骨抜きにして差し上げますわよ。
自信にあふれた笑みを浮かべ、どこから取り出したのか全く分からない扇子を構え『ほーっほほほほ!!』と、高笑いする少女。
少女は気づいていない。周囲の人々が突然笑い出した少女にドン引きして離れて行っていることに……。
平穏だった第六の風景に完全に空気を読めていないお嬢様の高笑いが響き渡る。
第六学園都市……不可思議な能力者たちが集まる学徒の都は、今日も奇人変人が絶えないようだった。
…†…†…………†…†…
「好きなたべものは?」
「好きな本は?」
「血液型は?」
「むこうに彼女とかいる?」
「どんな魔法を使えるの?」
衝撃的な(もっともその衝撃の発生源は彼自身ではないが……)転校をはたしたシシンは、昼食休みに入った瞬間に留学生恒例……クラスメイトからの質問地獄の洗礼を受けていた。
しかし、シシンはそのようなことでは一切動じない!! 何せこの日のために、彼は予習復習を重ね、万の質問に対してにこやかな笑顔で返事を返す特訓をしてきた。今なら父親が言っていた異世界の偉人・聖徳太子みたく十人の質問に同時にこたえる自信が彼にはあった!!
まぁ、そのせいで勉強の予習復習がかなりおろそかになってしまい、初めての授業は惨憺たる結果になってしまったが……。些細なことだ!!
「ちょっとあんた!!」
しかし、シシンがいざ軽快にこれらの質問に答えようとしたとき、思わぬ横やりが入ってしまった。
先ほどまで窓の外につるされていた、あの桃色短髪少女が話しかけてきたのだ。
自分の抱腹絶倒級であろう見事な返しを邪魔されてしまったシシンは、若干不機嫌そうな顔になりながら言葉を返し、
「なんや、人間テルテル坊主」
「好きでああなったわけじゃないのよ!! 私がちょっと冤罪かけたって聞いた瞬間あの《GTA》が……。と、というか、私の名前は花楓野紅葉よ!! 覚えときなさい!!」
あからまさに悪口を吐いたシシンを、顔を真っ赤にしながら少女――花楓野紅葉は怒鳴りつけた。
その光景にクラスメイトが苦笑を漏らし、紅葉はさらに顔を赤く染める。
それでも紅葉は気丈にもこの場に残った。何せ紅葉はケンカを売りに来たのではない。
「そ、その……今朝は悪かったわね」
謝りに来たのだから。
……気丈云々以前に人として当然のことだった。
「せやな。まさか編入初日から痴漢に間違われるとは思ってへんかったわ。あのまま俺がなんも言えんと捕まっとったらどないするつもりやってん」
「だ、だから悪かったって言ってるじゃない!?」
せっかくの謝罪をシシンに茶化されてしまい、烈火のごとく怒る紅葉をクラスメイト達は『ドウドウ』と言いながら落ち着かせに行く。どうやらこういった光景はいつものことのようだった。
「普段はあんなんじゃないんだから!! 私はこう見えても《法律》内でも注目されている期待の新人で……って、みんなどうして目をそらすのよ!?」
何やら言い訳をはじめた紅葉の言葉に、彼女を落ち着かせようとしていたクラスメイト達は思わず目をそらす。その態度が、彼女の現在の信用度を如実に語っていた。
「まぁ……がんばってはいるよね」
「評価には値するだろ?」
「まだまだこれからだから……がんば」
「みんなのバカぁああああああああああああああああああああああああああ!!」
クラスメイトからかけられた無数の励ましに、涙目になった紅葉は、ドアをバンっとあけ、凄まじい勢いで逃げて行った。
「あはははは……なかなかおもろい奴みたいやね?」
おかげで出番くわれてもうたやん。クソ~……。
クラスメイトの興味がシシンから泣きながら出ていった紅葉に移ったのを見て、シシンは若干残念そうにしながらも、昼食をとるために弁当を取り出した。
そんな彼の隣に、一人の少年がやってくる。
「留学早々厄介なのに絡まれたな~。留学生?」
にやにや笑いながら近くにあった机を動かし、シシンの机の正面へと移動してきたのは、明らかに染めたと思われる不自然な赤毛に、青いグラサンをかけた、詰襟のボタンを留めずに大きく前を開け赤いTシャツをのぞかせた少年。首に大量のシルバーアクセサリーを下げて若干威圧感を出している。
形から入りましたー!! といわんばかりの不良スタイルに若干驚きつつ、シシンはわざとらしくぶすっと頬を膨らませて見せた。
「そーやねん。あいついきなり俺のこと捕まえて痴漢扱いしよってんで!? ひどない!!」
「なんだよ~。その程度だったの~? 俺なんか殺人犯に間違われたことがあるぜ~。まぁ冤罪だったんだけど」
「結構シャレにならへんぞ、それ!?」
少年の言葉は、シシンにとっては到底看過できるものではなかった。少なくともこいつが殺人犯に間違われるような事件(おそらく殺人事件)が起こったということだし、それに思いっきり冤罪をかぶせたやつが野放しになっている。シシンのツッコミも当然のことだろう。
「まぁ、わるい奴じゃねぇんだよ。ただちょっとやる気が空回りしてるっつーか? 猪突猛進っていうか? 単細胞ってーか? バカなのか? あれどれだっけ?」
「知らんけど?」
言葉の迷宮に入り込んでしまった少年に三白眼になりながらツッコミを飛ばしたあと、シシンは苦笑を浮かべた。
「あ~あ。俺ボケのポジションねらっとったんやけどな~。こんな天然が仰山おるところやったらおれツッコミするしかないやんか?」
「転校早々にそんなこと考えている奴なんて初めて見たぞ……。え、なに? お国の風習か何か?」
若干顔をひきつらせながらそう言った後、少年は「とりあえず……」といいながら右手を差し出し、
「ようこそ。第六学園都市立大学付属高校『1-B』へ~。俺の名前は丁嵐健吾だ。気軽に《アッチ~》って呼んでくれ!!」
「気軽には呼ばれへんけど……了解や。善処する。松壊シシンや。よろしゅうな」
シシンは前に突き出された手をがっちりととり、握手を交わす。
こうして、シシンの学園生活は始まったのだった。
二本連続とうこ~




