14話
激戦の跡が生々しい前庭でシシンは、自分が差し出した手をじーっと見つめた後、
「なっ!! 無礼者!! あなたごときに頼る必要などありません!!」
遠慮なく平手で弾き飛ばしたレインベルに、若干頬をひきつらせた。
こ、こいつ……人が下手に出とったら、ええ気になりよって!! などと、子悪党じみた悪態をつきつつ、内心で何度か深呼吸をした後、
「いやいや~。そんなんいわんと……ここで手ェ取っといたほうが絶対お得やって! 今の状況打破できる可能性かてあんねんで?」
とりあえず食い下がってみるシシン。しかし、レインベルの反応は芳しくなかった。
「けっこうですわ!! この程度の状況……はねのけられなくて何がクラス5ですか!!」
「いや……でもどう見ても千日手やんか。明らかに行き詰っとるやんか」
「それはあなたの錯覚です!!」
うわ~。すがすがしいくらいきっぱりと言い切りよったで。どんだけ意地っ張りやねんこいつ……。そういわんばかりに口元をひきつらせながら、シシンは肩をすくめた。
「でもさ……クロワッサン」
「あなた私を説得する気本当にあるんですの!?」
おっと、あかんわ。つい本音が漏れてもうたで……。と、わざとらしく両手を動かし口をふさぐシシンを見てレインベルは額に青筋を浮かべた。思いっきり確信犯な態度だった。
「俺らが一体何しに来たんか……お前忘れてへん?」
「……目の前のいけすかない教師をタコ殴りにするためでは?」
「ちゃうわ!! つか、お前ほんまに第一学園都市の優等生なん!? 前からおもてたんやけど言動が物騒すぎんで!!」
とんでもない言葉を吐きやがったレインベルにそんなツッコミを入れつつ、シシンは教師の背中にたたずむ鉄の扉を指差した。
「俺らの目的は外にでて焼きそばパン買いに行くことやろうが!!」
「あ……」
意表をつかれたように、ぽかんと口を開けて固まるレインベルの間抜けな表情に、シシンは思わず天を仰いだ。
神様……大陸五指に入る超能力者がものすっごいアホなんやけど、それっていったいどうなんや? そんなシシンの問いかけに、彼の脳内に出てきた神様が「いや~。メンゴメンゴ~」とかバカげた謝罪をしてきたので取りあえず殴りつけておく。
それはともかく……ようやく初めの目標を思い出したレインベルは、自分の能力を完全に防ぎきられたことによって頭に上っていた血を急速に冷やし、あわてて腕に装着した腕時計に視線を走らせる。
時刻はスタートと言われてからすでに20分が経過していた。残り時間はあと10分。正直目の前の教師を瞬殺できたとしても、コンビニに行って帰ってくるとなるとかなりギリギリな時間しか残っていない。
なんということですか……。戦闘に躍起になるあまり大局を見失ってしまいましたわ!! と、そんなことを考えているのか、思わずといった様子で顔をゆがめ悔恨の表情を浮かべるレインベルに、シシンはさらに言葉を重ねた。
シシンとしても条件は同じ……どころか、いまだにあの怪物じみた老婆の追撃を受けている最中だ。あまり、時間をかけてあの老婆が追い付いてくるなんて事態はできるだけ避けたい!!
だからこそ、
「せやから……一時休戦や。このままやったら勝ち負け云々以前の問題になってまうで。決着付けるんはこの化物度も倒した後でええやろ?」
「……仕方が、ありませんわね」
きれいな顔がとんでもなく醜くなってしまうぐらい顔をゆがめ、苦渋の決断……という雰囲気を滲み出しながら了承の言葉を紡ぎだすレインベルに、シシンは安堵の息を、
「って、いくらなんでも嫌がりすぎちゃう? さすがにそこまでひどい顔されると傷つくんやけど……」
つけるわけもなく、顔に縦線を入れまくった表情でレインベルにツッコミを入れた。
「話しかけないで頂けるかしら? 変なものが感染してしまったらどう責任を取ってくださるの?」
「わ~い。先生……先生の能力で頑丈なロープかなんか作ってくれません? 人一人ぐらいぶら下がっても大丈夫なくらいの、先端がわっかになっているやつ……」
「ちょ!? 早まらないでくださいよ!? お願いしますよ!?」
なぜか敵のはずの伊佐野教師に心配されつつ、
「っ!!」
「まったく……これだから、下品な第六は!!」
地面から湧き出した、おそらく伊佐野が作り出したと思われる無数の漆黒の鎖の迎撃のために、シシンとレインベルは、初めての共闘を開始した!
…†…†…………†…†…
シシンの着弾の衝撃によって思わず地面に座り込んでいたレインベルは、シシンと背中を合わせるように素早く立ちあがると同時に、空気状態が常に変動する中、なかなか安定しないレーザー光を大気環境サーチもなしに、無理やり収束して打ち出す!
しかし、やはりまともに大気環境をサーチできなかったのが痛かったのか、そのレーザーはレインベルに真っ先の襲いかかろうとしていた漆黒の鎖の一本にぶち当たりその軌道を変えただけで消滅してしまう。
だが、レインベルにとってはそれで十分。もとよりレインベルは、自分が一手打つ前に到達しそうになった攻撃をほんの少しの間阻害できればよかった。そう、彼女の解析光線が、周囲の環境を読み取る間。
鎖がはじかれるのと同時に、光の速さ放たれサーチを終える光学的解析光線は、そのわずかな隙の間に辺り一帯の空気環境を即座に解析・提出し、レインベルがこの空間内で使えるレーザーを選定してくれる。
そして再び生まれる光球たち。それは瞬く間に数を増やすと、後方に立っていたシシンすら巻き込みかねない勢いでレインベルの周囲に無数の閃光を走らせた!
漆黒の鎖を打ちすえ、消し飛ばし、この教師と戦う前の自分の能力と同じように直撃と同時に大爆発を起こすレーザーたち。
だが、このレーザーもまたすぐに使えなくなる……。うまく爆風が影響を与えないように計算していたため埃一つ付いていない服を見下ろしながら、舌打ちをしたい気持ちをこらえたレインベルは再び解析光線を放つために脳へと命令を叩き込んだ。
「ちょ!? お前何さらしてくれとんねん!! 共闘やゆうたやろ! お前のレーザーが鼻先かすめたせいで俺の鼻ちょっと焦げてもうたやろうが!!」
後ろではあのレーザー攻撃と爆風を運よくかわしたと思われるシシンが怒声を上げているが、彼女としてはむしろ教師と共に沈んでくれた方がありがたいので、彼の怒声にこたえることはしなかった。
そんなレインベルの態度に、シシンは大きくため息をついた後、
「しッ!!」
爆炎を切り裂き飛来した漆黒の投げナイフを、手に持った刀の一閃で弾き飛ばした!!
「ソコッ……かっ!!」
そして行われる信じられない速度での疾走! 神行のような瞬間移動とまではいかないが、神行を行うために鍛え上げられたシシンの脚力は、通常の疾走でもかなりの速度を出すことができる。
そのシシンの体は、漆黒の爆炎を切り裂き一直線にナイフが飛んできた方へと突き進んだ!
そして、煙を抜けた先で刀を一閃させたシシンは!
「あれ? おらへん……」
「やっぱり事故に見せかけてここで殺した方が効率的な気がしましたわ……」
自分の刀が何もない空間を撫でるのを見て、首をかしげた……。レインベルは煙の向こうから聞こえてくるそんな間の抜けた声に思わずため息を漏らし、頭を振った。
…†…†…………†…†…
そのころ、伊佐野は彼が突き進んだ先からは三メートルほど右にそれた煙の中にいた。
「……」
伊佐野は数秒前、自分のすぐ真横を疾走しておきながら、一切自分に気付くことなく通り過ぎたシシンの背中を、煙の中から確認する。
シシンはそんな伊佐野の視線に気づくことなく、キョロキョロと気の抜ける動作であたりを見廻していた。
なんというか……彼、戦闘には向いていなさそうですね。と、伊佐野は呆れきったような空気を発しながら、さっさとこのバカな留学生を仕留めるために投げナイフを再び生成。どこいったんや~……と言わんばかりにグルグル回りだしたシシンの背中に向かってそれを投擲した!!
しかし、
…†…†…………†…†…
「おっ?」
ほんのわずかな風切り音がこちらに近づいてくることを感知したシシンは、グルグルと回転するのをやめそちらの方向に視線を向け、煙を切り裂きこちらへと飛来してくる漆黒のナイフを発見した。
なんや……。えらいおそいな? 内心で飛来するナイフの速度に『手加減でもしとるんやろか?』と首をかしげながら、シシンは無造作に刀を振るう。だが、シシンのその評価は本来なら間違っていた。
ナイフが遅いのではない。シシンの反応速度が速すぎるのだ。
鍛え上げられた伊佐野の投げナイフの速度は一般的な弾丸の速度に相当する。だが、シシンはこの剣術を鍛えるに当たり、天草の魔法によって強化された投擲武器たちの迎撃を訓練内容に組み込んでいた。
それらの速度は音速越えが当たり前。ものによっては雷速で飛来するものすらある(さすがにそれは撃ち落せず黒こげになったのだが……)。それに比べると、伊佐野の投げナイフはあまりに遅すぎた。
「よっと」
気の抜ける軽い掛け声。しかし、彼が振るった刀はその言葉とは裏腹に鋭い軌跡を描き、カーボン製の漆黒のナイフの横っぱらを軽く打ち据える!
それによって強制的に軌道を変えられたナイフは、まるで蛇がうねるような滑らかな曲線を描き、
「あっぶなぁああああああああああああああああああああああああ!?」
シシンの首元をかすめて見当違いの方へ飛んで行った。
「やっば!? かすったぁあああああああああ!? もうちょい本気出してはじいといたらよかったぁあああああああ!!」
自分の首筋についた血色の筋を慌てて抑え、顔を引きつらせるシシン。何とも締まらない男だった。
…†…†…………†…†…
「っ!!」
「やっば!? かすったぁあああああああああ!? もうちょい本気出してはじいといたらよかったぁあああああああ!!」
もっとも、そのはじいたナイフが頬をかすめ、本人自身は悲鳴を上げていたが伊佐野にとってその光景は驚愕の一言だった。
後ろを向いていたはずだ!! などと伊佐野はいわない。軍事研究所で軍事訓練を受けていた彼の瞳は、シシンが刀を振るう直前にグルグル回りながらも、抜け目なく伊佐野の姿を探していた瞳で、しっかりとナイフを補足したのを確認したからだ。
では、なぜ驚いたのか? シシンは飛んでくるナイフをたまたまとはいえしっかりと認識できていた。だが、彼がそのナイフを視認したのは、彼とナイフの距離がほんの50センチぐらいの距離まで迫っていた瞬間だった。ナイフを確認できたとしても、到底それを迎撃できる距離ではなかったはずだ。
「バカな……どんな剣速してんだよ」
軍事研究所時代の荒々しい口調をつい漏らしてしまった伊佐野。その小さなヒントを異常な剣士は見逃さなかった。
「お? そこ?」
そんな気の抜ける言葉を発しているというのに、今度は間違いなく伊佐野がいる場所をとらえ視線を固めるシシン。そして、
「っ!!」
伊佐野が気付いたときには、シシンは目の前に出現していた!
「おいおい……なんだその速度っ!! 魔法でも使ったのか!!」
「はははは、先生……。教師ともあろうものが間違いゆうたらアカンわ。人間が速く走るのに、超能力とか魔術とか……そんな、しちめんどくさい力がいるわけないやんか」
これはただの全力疾走や。伊佐野が展開した黒い煙を体の各所から引き連れつつ、へらへら笑ったシシンはそう告げ、切っ先を地面に向けた刀を握る。
シシンと伊佐野の距離はほんの数十センチ。到底刀を振るえる間合いではない。だが、伊佐野は確かに自分の肌が泡立つのを感じ、あわててカーボンナイフを生成。刀が飛来すると思われる軌道に盾のように配置した。だが、
「にしても、なんでそんなに驚くかいな? まぁ、確かに親父は俺のことよーこーゆうとったけど……。世界観が違うって」
格でも……性質でもない……。住んでいる世界が、文字通りちがう。彼の父は異能に勝つためただ愚直に剣のみを追求していった息子のことをそう評した。
「なぁ先生? この世界で《侍》目指すのって……そんなにへんやろか?」
最後に真剣な表情でそう疑問を述べたシシンは、伊佐野が防御に配置したカーボンナイフを巻き込み、彼の顎に向かって刀の柄頭による神速の打撃を叩き込んだ!!
…†…†…………†…†…
ガッ!! という、肉と骨が固い何かに殴られるような音が響き渡るのを聞き、レインベルは首をかしげた。
まさか、あの化物教師にあのバカが一撃入れたというのですか? と、念のため先ほどからチャージしていた光球たちを待機させつつレインベルはその音が響き渡った方をジッと見つめた。
その時、
「おーいクロワッサン。先生気絶したからこの鬱陶しい煙吹き払ってくれへん?」
「私の名前はレインベルです!!」
もう、名前忘れているんじゃないかと思うくらいしつこくクロワッサンを押してくるシシンの呼びかけに、レインベルは待機させていた光球のすべてを解き放ち声が聞こえてきた方向へとぶっぱなした。
「ぎゃぁああああああああああああああああああ!?」
その攻撃がやってくるのを感じたのか、盛大な悲鳴を上げながら煙の向こうで何かが信じられない速度で飛び退く。
どうやらうまく逃げたようですわね……忌々しい。と、隠すことなく舌打ちしつつも、レインベルは彼女が放ったレーザーが起こす爆風によってあっさりと吹き払われていく黒煙を見て目を見開いた。
この煙は先ほどまでは伊佐野の手によって制御されていたため、いくら吹き飛ばそうともしつこくまとわりついてきたのだが、今は完全に吹き払うことができた。
つまり……この煙を制御しているあの教師は、もうこの煙を制御できない状態にあることを示していた。
「ま、まさか本当に倒したというのですか? このクラス5ですら倒せなかったあの教師を!?」
「いやいや……これはもう相性の問題やろ?」
驚きのあまり戦慄くレインベルの隣から、そんな声が聞こえてきた。
「っ!! いつの間に!?」
「ふっ……。気づかなかったのか? 最初からだよ」
「ストーカーですの!?」
「ゴメン……ネタにガチ反応されると困んねんけど……」
顔から血の気をひかせ後ずさるレインベルに、いつのまにか彼女の真横に立っていたシシンは何とも言えない顔をしながら、自分が担いでいる人物を示した。むろん神行ですぐ隣まで移動しただけなのだが、レインベルはあの歩法術について一切知らないので、そんな反応になってしまうのだろう。
「もとよりこの人、対レーザーの能力は事前に用意しとったんかかなり充実しとったけど、格闘技は一般軍人程度やったしな。物心ついたときから剣握って軍人以上の稽古詰んできた俺やったら、そら何とかなるわ」
「格闘技?」
そんな古典的戦闘技法、まだ使っている人類がいたんですの?
レインベルのそう言わんばかりの声音に、シシンは思わずといった様子で苦笑を浮かべた。
格闘術の衰退は、この世界では……特に日ノ本においてかなり顕著だった。
この国では、超能力以外の力も十分に発達していたため『安全なドーピング』『人外の力を出せるようになるパワードスーツ』など、べつに体を鍛えなくても肉弾戦闘ができるようになる科学の武器が充実している。
だから日ノ本住人達は『努力の代替』ができるものよりも、自身が磨きをかけていくことでしか強くなれない超能力の開発に勤しむのだ。
だが、
「おれには……最初から異能を鍛える努力すらできひんかったしな。親父みたいに、お袋みたいに……なんかを守りたい思うんやったら、剣をとるしかなかったんや」
「っ……」
へらへら笑いながらも、どことなくさびしそうな雰囲気を流したシシンのその言葉にレインベルはシシンの本質を垣間見た気がした。
普段からふざけきった雰囲気をしていたため気付かなかったが、シシンは魔法が使えないという事実をけっして気にしていないわけではない、と。この少年は魔術師の家系に生まれ、魔術が使えて当たり前の大陸で育った。そんな少年が、何の異能も使えないことに何も感じていないなどということは……本来ありえない。
だが、ないものはない。魔力がない彼には魔法が一切使えない。その事実を知った彼は、泣きながら、喚きながら、嘆きながら……最後は笑って飲み下した。
そして、いつまでも自分が成長するのを待ってくれない世界に適応するために、自分にできることをやれることをやって……彼はここまで生きてきたのだろう。
レインベルにはまだできないことを……やってのけて。
「っ……あな、たは!!」
レインベルは何かを言おうとした。その言葉は、目の前の少年に対して言いたかったのか、いつまでたっても二の足を踏み、前に進めない自分に言いたかったのか、彼女自身もわからなかった。
だが、その答えと、レインベルの言葉が放たれる前に!!
「おっと……そこを動かないでください。二重の意味で」
シシンとレインベルが背を向けていた校門が、空から飛来した巨岩によって叩き潰され、出口が完全にふさがれてしまった!!
「なっ!?」
「えぇええええええええええええええええええええええええええ!?」
あまりに豪快すぎる破壊行動に、レインベルは息をのみシシンは思わず悲鳴を上げた。
「まったく……これほどあっさりと沈められるとは少々予想外ですね伊佐野教師。あとで、チキチキ反省大会です」
そう言って前庭に入ってきたのは、ピシッと背筋が伸びきった一人の老婦人。メタルフレームの眼鏡の位置を直しながら歩く彼女の横には、まるで巨岩でも引き抜いたかのような形で地面が陥没していた。
前庭の景観調整用の飾り石を引き抜いてそれを投げたのですの!? と、レインベルはあまりに大胆というか……ほんのちょっと操作をミスれば自分たちの命を奪いかねなかった凶悪すぎる攻撃を平然と放った老婦人教師に恐怖を覚えた。
しかし、そんな彼女をしり目に老婦人は二人と5メートルほど離れた場所で足を止め、
「さて……本日第二回目の教育的指導の始まりです」
鍛え上げられたコブシをふるい、不可視の念力場を射出した!!




