13話
遅れてすいません……。
戦闘シーンさっさと決着つけようと一気に書き進めていたのですが、間に合わなかったのでとりあえずかけたところまで投下しておきます。
「相変わらずあの学園の教師たちは化物じみている……」
東はまるでホームランボールのように吹き飛んでいくシシンを、最大100キロ近くある自分の視界にとらえながらヒクリと顔をひきつらせた。
今彼がいるところは、先ほどから激戦が繰り広げられている裏・表門とは違う、校舎の死角となっている裏庭の一角。その彼の後ろでは、鋭利な刃物で切られたかのように無残に引き裂かれているネットがあった。どうやら彼はここから校舎に潜り込んだらしい。
本来ならここには、死角ということもあり警備はほかの場所よりなお厳重。いつもなら、GTAが二人ほど常駐しているのだが、ここの担当だったGTAたちは放送室を占拠した放送部員たちを何とかするために校舎に戻っていったため今は不在だ。
自分の視界のなかで、放送を続ける放送部員と二人のGTAの激闘が繰り広げられているのを確認する東。この調子だったら、昼休みが終わるまで彼らがここに戻ってくることはないだろうと確信した彼は、は少しだけ表情を引き締め自分の本来の仕事を行うために、懐に忍ばせた武器を手に取った。
黒々とした自身に凶悪な光を反射させるフォルム。『弾丸を射出するのに最も理想的』とされた変わった銃身。30発という規格外のそう弾数を持つそれの弾送りの仕組みは、ここ数百年変わっていないといわれる古き良きオートマチック型。込められた弾丸は、対能力者用の加速弾頭。音速の4倍というでたらめな速度で飛ぶそれの殺傷能力は非常に高く、体のどこにあたっても着弾の衝撃と、弾丸が音速を引き裂いたことによっておこるソニックブームによって、比喩抜きで体が消し飛ぶとされる。
学園国家日ノ本謹製の最新型オートマチック拳銃『MK-10-700』。それが東がもっとも信頼する武器であり、今まで彼の窮地を救ってきてくれた相棒だった。
東はその武器をまるでめでるように、優しくトンとたたき数秒待機。
次の瞬間、その拳銃は一瞬で解体され各パーツへと別れた!!
「銃身の整備……よし。弾倉の具合……よし。その他油詰まりや、火薬詰まりもありませんね」
念には念をとばかりにバラバラになったパーツたちを丹念に確認しながら、確認が終わったパーツを高速でくみ上げ元の拳銃へと戻していく東。その姿はまるで修学旅行の用意を確認する小学生のような無邪気な雰囲気を持っていたが、その手に握られている殺傷能力抜群な武器がその雰囲気をぶち壊している。
「さて……行きますか」
そして再び拳銃の姿に戻った相棒をホルスターにしまった彼は、自分の脳に指令をだし能力を発動する。
範囲は近くの病院にいる彼女の気づかれないように、学校の敷地を超えない程度。
そして、能力によって学校敷地内のすべてを見通した彼は、
「みつけた」
己のターゲットを見つけ、小さく嗤った。
…†…†…………†…†…
「おいおいおいおい!? なんやあのクソババァアアアアアアアアアアア!? 人間数十メートル単位で飛ばすとか聞いてへんぞ!?」
空中をクルクル回転しながらとんでもない速さで飛行するシシンは、思わず絶叫交じりの怒声を上げる。
しかし、彼の態度とは裏腹に彼の脳内はかなり冷静で、先ほどの不可解な一撃に対する考察を始めていた。
(多分あの一撃は、コブシ……いうか、山邑女史の腕の動きに連動してる思てええやろう。修験道の『天狗の腕』と似たようなもんか? ゆーても、あの術式は手の形の衝撃波飛ばすだけやから、あれほど強力な一撃にはなったりせーへん。おそらく物理干渉に特化した能力の亜種やろうな)
ということは……多分能力カテゴリーは念動力やな。と、即座に山邑女史の能力にあたりをつけたシシンは、少しだけ眉をしかめながら自分が着弾するはずの方向へと視線を向けた。
学校の成績から見て、シシンは頭が悪いと勘違いしている人がいるかもしれないが……そんなことはない。彼の脳が勉強向きの働きをしないだけだ。
魔力がない体で、文字通り人外魔境の魔法使いたちが住む天草で生活していた彼は、自身の不幸体質も合わさって、異能の力を持つ化物たちとの戦闘経験を積んでいる。
そんな修羅場で、対抗する能力を何も持たない彼がもっとも発達させたのは『相手の異能の種類を見抜く洞察力』。相手の攻撃、相手の行動、相手に選択肢を見切り生身のまましのぎ切るためには、その力は必須能力だった。
「ここで追撃がこーへんところを見ると、射程範囲はソコソコ狭いんか? 七メートル近いさっきの距離は届いたいうことは、10メートル越えは堅いんやろうけど、それでも遠距離攻撃いうんはやや難ありか? せいぜい中距離近距離があの先生の射程やと考えて間違いないはず」
シシンが考察を進めている間にも、彼の体は放物線の頂点へと至り落下体制へと着実に移行していた。
どんどん近づいてくる漆黒の煙が巻き上がる前庭を視界の端にとらえながらシシンは、山邑女史に勝てるかどうかの自問自答を繰り返す。
自分が使える手札は……ちょっとした高速移動を行える《神行》。そして、腰の刀。
これだけだ。
対する相手の手札は……射程は十数―メートル近くある、腕型の念動力力場。その破壊力は地面を舗装するアスファルトをたたき砕くほどあり、無能力の自分を撃退するには十二分すぎる力を持っていることになる。
おまけのその念動力力場は完全な不可視。感知式魔法を使えないシシンにとって、不可視の攻撃というのはそれだけで脅威だった。
そこまで考えてシシンは、
「こら……勝てへんな」
あっさりと……勝利することを、諦めた。
「いやいや……。こんなもん勝てるわけあらへんやん。俺明らかに一般人やで? ほんのちょっと運動神経がエエだけの一般人やで? あんな化物じみた攻撃してくるような奴に勝てるわけあらへんやん」
空中でへらへら笑いながら、肩を竦めるシシン。彼の視界には、かなり近づいたことによって巨大な柱のように見える黒煙がみえた。
もうそろそろ着弾やろうか? シシンはそう判断しながら空中で身をよじり、ゆったりと体勢を入れ替えていく。
足から地面に着地できるように体勢を入れ替えたシシンは、先ほどは失敗した《空中回廊》の歩法術を単発ずつで発動させていく。
空気の壁を踏み抜く様に、とんでもない速さでまず一歩。
無理やり地面に着地したような状態を作り上げたため、シシンの体荷凄まじい衝撃と負荷がかかり筋肉が悲鳴を上げるが。
「いっつつつつ。骨折れてへんやろうな?」
シシンは顔をしかめただけで、空中回廊の歩法術をやめ再び落下に身を任せる。一度空中回廊を使ったために、彼の落下の勢いはかなり緩和されており、少なくとも高速で地面にたたきつけられて死亡などという間抜けな事態は回避される。
だがシシンにとってはまだ足りない、
「あと数メートルか……。まぁ、たりるやろ」
その言葉と同時に、シシンは再び空気の壁を踏み抜く!
体に走る衝撃。不自然に減速する落下速度。
シシンはそれによって走る体中の激痛を無視し、
「よっと!!」
きれいな半円を描くように足を旋回。落下の軌道がさらに前方を描くように捻じ曲げる!
それによって、シシンの体はシシンが大まかに予想していた場所へと落下できるようになり、シシンは会心の笑みを浮かべた。
「おっしゃ!! さすが歩法術! 愛しとんでマイマスター!!」
空中でガッツポーズをとるシシンの目の前で、彼が突入しかけていた漆黒の空気が吹き飛んだ!
「おっ!! ナイスタイミング!!」
そして、漆黒の煙を押しのけるように現れた酸素濃度めちゃくちゃになっている空間。シシンはその中に突っ込みつつ、必要以上に酸素を摂取しないように呼吸を一時的にこらえながら、自分の目的地へと視線を伸ばした。
そこには、呆れきった色を顔に浮かべ、無数のナイフを指の間に挟むようにもっているオールバックの男性教師と、酸素濃度をいじられてしまい再びレーザーが封じられてしまったレインベルが立っていた。
両者の表情はあまりに違いすぎ、片方が汗を流した険しい表情なのに対し、片方が涼しい顔をした学習しない生徒を見つめる呆れの目線だ。
どちらがクラス5だと聞かれれば、万人が後者を選択するだろうが残念なことにクラス5は前者。
予想以上の苦戦を強いられてしまい、どうやらメンタル的にかなり追いつめられているようだ。
シシンはその表情を見て、さらに笑みを深くする。
これは勝ちの目が見えてきたで……。と、
現状……シシンが山邑女史に勝てる手札は全くと言っていいほど存在しない。
だったらどうすれば彼女に勝てるのか?
答えは簡単だ。シシンの手札を増やせばいい。
たとえば、プライドの高いクラス5に恩を売ることによって、彼女との共同戦線を作り上げたり……とか?
「さぁて……。下心満載の、救援タイムの始まりや!!」
シシンがそうつぶやくと同時に、彼の体は前庭に入り込み、教師とレインベルの激闘の間に着弾する!
「「!?」」
人一人がかなりの速度で落下してきたため、ほんの少し大きめの振動が走る前庭。そのことによって戦闘が中断する二人。レインベルに至っては前庭に突然走った衝撃に思わず倒れこんでしまった。
そして、現在敵対関係であるはずの二人はまるで合わせ鏡の中の人物のように全く同じ表情を顔に浮かべた。
すなわち、驚愕の表情を。
「なぁクロワッサン……」
「な、なんですか無礼者!!」
シシンはそんな二人の顔に、足に走る、痺れるような痛みを何とかこらえながら、少しだけ笑みを浮かべる。
「ちょっと休戦せぇへんか?」
正気に戻った伊佐野が、突然現れたシシンを警戒し即座に投げナイフを投擲してくる。とんでもない速度で迫るそれを、シシンはそれ以上にとんでもない速さで鞘から解き放った刀を使い、弾き飛ばした!
「損は……絶対にさせへんから」
そして鮮やかに残心をとりつつ、自分に向かって隙無く刀の切っ先を向けてくるシシンに、男性教員はほんの少しだけ警戒度が上がった表情をしながら、再び虚空からナイフを作り出す。
そんな彼を見て、シシンは不敵な笑みを浮かべつつレインベルへと手を差し伸べた。
…†…†…………†…†…
黒江は視線を感じていた。
しかもかなり不自然な視線だ。
普通視線を言うものは直線的なものだ。人間の眼球という点から、ある一点へと収束して注がれるものが視線なのだから、それはもう逃れようがないこの世の心理のはずだった。
だがしかし、黒江が感じる視線はまるで違った。
まるで360度……すべての範囲から押し包むように感じる視線。
こんなことができる人物を黒江は一人しか知らなかった。
「……お嬢様に雇ってもらってからは、襲撃はなかったのですが」
やはり、クラス5に保護されている程度で諦める人たちではありませんでしたか。と、黒江は内心で諦観の念を浮かべつつ自分の近くにいる人々へと視線を走らせる。
紅葉も、紗奈も、健吾も、信玄も……全員が全員レインベルと伊佐野教師の戦闘に割り込んできたシシンを、端末越しに唖然としタ様子で見つめている。
まぁ、私もまさか空から人が降ってきて戦闘に介入してくるなど考えていませんでしたけど……。と、黒江は相変わらずの松壊一族の破天荒さにため息をついた。
松壊領は「ノリとリズムとタイミングで生きている人種が多い」と言われる場所だ。何よりも会話での娯楽性・笑いを尊び「ちょっとした会話の間に1ボケ1ツッコミを挟んでくる」などというバカげた都市伝説がささやかれるほど彼らは明るく……破天荒だった。
その中でも『純正松壊』と呼ばれる松壊一族の陰陽師頭でありシシンの父親――松壊シオンの破天荒さはかなり有名だった。
一昔前に起った事件を例に挙げてみると、天草一族が保護した人体実験を受けて感情をなくしてしまっていた少女を何とか笑わせてくれないか? と、現在の天草の支配者である天草四郎が国民にそう懇願したとき、彼はその少女を密閉された部屋へと放り込み、陰陽術で作った笑気ガスをその中に充満するほど流し込んだ!!
まさかそんな方法で、少女の爆笑を勝ち取るとは思っていなかった天草四郎はあわてて自分の魔法を使い少女を救出。笑い死にしそうになっていた少女を何とか治癒しながらシオンに大いに抗議した。
その時のシオンの言葉がこれだった。
『え? メッチャわらってるやん? なんか問題あるん?』
問題しかないということにガチで気づいていなかったらしい……。笑に貴賎なしや! というのが松壊領の領民の合言葉らしいが、いくらなんでも行き過ぎだった。
その後その少女はシオンに対する恐怖を覚え、彼に近づかなくなったらしい。まぁ、その恐怖がとっかかりとなって他の感情も思い出していったそうなので、一方的にシオンを責めることもできないのが何とも複雑な話だった。
それはともかくとして、
やはり蛙の子は蛙ですね……。って、こんなこと考えていたら、松壊シオンなら「オタマジャクシやで?」といいながら、何こいつバカなの? と言わんばかりの顔で見つめてくるだろうなと思いながら、黒江は4人に気付かれないようにその場から離れる。
とにかく、今はその破天荒さに救われた。こうして彼らがシシンに注目してくれている間は、黒江がいなくなったことに気付かないだろう。
その間に、
「決着をつけましょうか? 『全知認識』」
「そちらから出向いてもらえるとは……好都合です」
4人から離れた黒江は、まるで滑るかのような無音の歩法を披露し裏庭にやってきていた。
天草で魔術の一派閥を務める《忍術》の基礎。隠行歩法――辷り足。
足音を立てないどころか、服がこすれる音、息遣いなどおよそ人が人の来訪を予知する《気配》と呼ぶすべてを消失させるその術を発動させた彼女は、その姿を直接見ないとそこに人がいると気付かせないほどその存在を薄くしていた。
しかし、そんな彼女の隠行をあざ笑うかのように、一人の男が彼女の方をしっかりと見ながら校舎の陰から姿を現す。
「では早速ですが……」
死んでください。言外にそう告げると同時に、男――東は懐から拳銃を引き抜きその引き金を無造作に引く。
それと同時に打ち出されるのは、音速の4倍で飛来する特殊弾頭!!
その攻撃は、黒江が弾丸の来訪に気付く前に、
「!?」
彼女の額を貫き、それに伴う衝撃を持って彼女の上半身を根こそぎ消し飛ばした!




