10話
攻略法ですって!?
教師の口から吐かれたととんでもない言葉を聞き、レインベルはジワリと冷や汗を流し、一瞬だけ思考が真っ白になる。彼女の脳裏によぎるのは、自分の能力を完膚なきまでに打ち砕いた、第一学園都市に住まうもう一人のクラス5。彼女の能力のように絶対零度の冷たさを持った瞳が、頭をかすめトラウマを刺激する。
だが、どれだけ動揺していたとしても、彼女はその名を日ノ本にとどろかせるクラス5の一人だった!!
落ち着きなさい、レインベル・ヒルトン!!
一瞬滞ってしまった思考を、彼女はおのれを叱咤することで無理やり動かした。
いくら私を切り捨てようとしている第一であっても、わざわざ自分の手駒の弱点を晒すようなまねはしないはずです。
それに《氷河時代》が私の弱点を見つけたのはほんの数日前のこと……。もし情報が漏洩したとしても、それが末端と呼ばれる第六に届くにはあまりに早すぎます!!
心の内で理論武装を終えた、レインベルは再び瞳に鋭い光を宿し、教師を睨みつけた。
「くだらない与太話ですわね……。それでクラス5のこのワタクシが引くとお思いですか?」
「……どうやらあなたは、少し世界の広さというものを知る必要があるみたいですね?」
自分が切った札を鼻で笑ったレインベルに呆れているのか、教師は少しだけ肩を竦めた後かけていた眼鏡を外し、髪へと手を伸ばす。
「いいでしょう……」
そして、彼は七三分けにしていた髪型を崩しオールバックになるように後ろになでつけた。
「教育的指導を開始します」
そして、髪型が完全にオールバックになり、教師の瞳から優しい雰囲気が、消え冷徹な光が宿った時、
レインベルが待機させていた星が形を崩し、無数の軌跡を描き教師に襲い掛かった!!
…†…†…………†…†…
レインベルが目にしたのはいつものように自分の能力の統治下におかれた、圧倒的な破壊をもたらす最悪の閃光達。目がつぶれそうなほどまぶしく輝く流星群!
そして、その次に見たのはその流星群を空気中に突然現れた霧が呑み込み、七色の光へと分解するというとんでもない光景だった。
「っ!?」
「何を驚いているんですか?」
驚きのあまり氷結するレインベルに向かい、先ほどまでとは違った冷たい雰囲気を漏らす教師が口を開く。
「すこし……科学の授業をしましょうか?」
のんびりとした声音でそうつぶやきながら、オールバック教師は駆け出す!
とんでもない速さで走り抜けた教師は、光を散乱させた霧の中へと突っ込み一直線にレインベルに向かっていった!
「っ!!」
そう来ましたか。 ですが、その程度ならどうとでもなります……。霧を使ったということはおそらく水分子系制御能力! それで私のレーザーを防ぐ方法は限られていますわ!!
「レーザー兵器がいまだに実用化に至れていない理由をご存知ですか? 光というものは簡単に散逸します。大気の温度、湿度、密度……その他もろもろ。だからこそ、レーザー兵器は十分な破壊力を得る前に、大気中に無害な光となって消えてしまうのです。そのほかにも出力やなにやらといった科学技術的な問題もあるのですが今は置いておきましょう」
教師が霧の中で、ぺらぺらと雑談を始めたのを聞きながしながら、レインベルは冷静に光の球体をチャージ。先ほどの攻撃で失った光の球を補給する。
それと同時に解き放たれる、先ほどの攻撃で使われなかった球体からの攻撃。第一撃から間断なく放たれたその光は、霧をも貫く圧倒的な熱量を持っていた。だが、先ほど生み出された霧の目前に重なるかのように表れた、巨大な流水の壁によって、またも無効化される。
やはり水分子制御能力。虚空からあれほどの量の水を引き出したところを見るとクラス4は堅いですわね。
だが所詮はクラス4だ。レインベルは、敗北の記憶を思い出しダラダラと冷や汗をながす自分の体にそう言い聞かせ、無理やり脳に指令を下す。
こんなところで負けるわけにはいきませんの!
その強固な思いが、トラウマで麻痺しかけていた彼女の脳へとかろうじて届き、自動的に高速演算。水分系の妨害にあっても問題ないレーザーをたたき出す!
「ではなぜあなたのレーザーがクラス5と呼ばれるまでに、強力な威力を持ったまま敵を射抜けるのか。答えは簡単。あなたは光学的制御を使い、一瞬で現在の待機状態をサーチし把握する。そして、その大気の状態によって影響を受けないようにチャージする光を変質させて打ち出しているんでしょう? こうすることによって一般的レーザー兵器の代表的弱点である《大気状態による光の散乱》を防ぐことができます」
光の雨がやみ始めたころには、すでにチャージを終えた光の第二陣。そのチャージされた光は先ほどレインベルが放った光より若干赤みを帯びている。
高々一撃、二撃防いだだけで、調子に乗るんじゃないですわ!!
心中でそう絶叫しながら、レインベルは脳内のトリガーを引きチャージした閃光を解き放った!
「ですが……あなたのその方法には致命的な欠点がある」
そして、彼女がその光を解き放とうとしたとき……辺り一帯を漆黒の煙が包み込んだ!
「なっ!? あり得ません! 水分子制御系能力者ではありませんの!?」
自分の予想とは違いすぎる、重苦しい漆黒の煙の妨害にレインベルは悲鳴をあげた。しかし、教師はそんなこと意にも介さず、教育を続けた。
「サーチという手順を踏まないと有効なレーザー光線を作れないあなたは、唐突な大気の環境変化に耐えうる光を瞬時に作り出すことができないのでしょう? このように能力干渉によって突然大気状態が変更されてしまえば、あなたは再びサーチを行いその環境に耐えうる光を作り直さなければならない。その時間はわずか10数秒。現在開発されているレーザー兵器では到底実現できないほど短時間なラグですが、早さが求められる個人戦においてそのラグは……」
致命傷です。
あわててサーチ用のレーザーをとばし、煙の主成分を調査。漆黒の煙が貫けるような光の制作し始めた、レインベルの目の前にオールバックの教師が煙を切り裂いて現れる!!
「っ!!」
「さて科学の授業は終わりです。では……ほんの少しの間。眠ってもらいましょうか?」
男性教師は何のためらいも見せないまま、いつのまにか漆黒のメリケンサックを武装している右手を振りかぶり、レインベルの腹部に向けてコブシを解き放った!
…†…†…………†…†…
『おおっとぉおおおおおおおおおお! さすがのクラス5もうちの化物たちタジタジのようだぁあああああああ!! 黒い煙に覆われて中の様子は分かんねぇけど、あの中ではあんなことやこんなこと……げふっ!?』
『公共放送に卑猥な印象を覚えさせる表現を流すんじゃありません。どうも……面白いイベントがあると聞いたので、謹慎ぶっちぎって放送室を占拠させていただきました。今回のイベントの実況はわたくし放送部2年・邑野鈴蘭と』
『俺様! 放送部3年神野院竜也がお送りするぜ!』
『ちなみにこの映像を中継してくれているのは、放送部1年葛城宣人が千里眼によってお送りしているので、現地で戦っている人たちにばれることはありません。ご安心ください』
BGMに「こらぁあああああああ! 開けんかぁああああああああ!!」という教師の怒声が紛れ込んでいる校内放送が校舎中に響き渡り、学校全体から歓声が上がる。どうやら、暇な昼休みに格好の娯楽ができたと生徒全員が喜んでいるらしい……。
一瞬で騒がしくなった校舎に何の感情もうつさない瞳を向けた後、漆黒の少女……黒江は信玄の携帯端末のもとへと集まり戦いの推移を見守っている4人に視線を戻した。
放送一つでお祭り騒ぎですか……。
「なんというか……ノリのいい学校ですね?」
「時々悪ふざけが過ぎるけどな……」
「放送部って……この前、お昼の放送で伊佐野先生と鍵原先生の教師間恋愛を大々的にすっぱ抜いて謹慎くらっていたわよね」
「すっぱ抜かれた本人たちは『おかげで結婚する踏ん切りがついた……』って喜んでいたから、私としては、謹慎は過剰反応だと思うけど」
三白眼になってギャーギャー騒がしい校舎を睨みつけた紅葉とは対照的に、紗奈は苦笑を浮かべて肩をすくめただけで放送部の暴挙を流した。
《法律》委員長・真玉紗奈……あの部活の放送の隠れファンだったりする。
「それにしてもそっちのお嬢様も大変なんだな……。よりにもよってあの伊佐野先生にぶつかるなんて」
「先ほど結婚されたといっていた人ですか?」
「そうなんだな。クラスは堂々のクラス4。能力は『水分子制御』ではなくもっと広義的な『原子制御』なんだな」
「原子制御……。希少種ですね。今のところ5人しか発見されていない特別保護級希少能力者」
まさかこんなところにいるとは……。と、黒江はほんの少しだけ驚きの意を示しながら視線を自分の主が戦っている方向へと向けた。
そこからは漆黒の煙がたなびいており、この中継が正確にリアルタイムで行われていることを黒江たちに告げてくれている。
超能力というのは何も能力の強さだけで価値が決まるわけではない。その象徴であるのが、特別保護級希少能力だ。
現状の超能力開発で5人以下しか見つかっていない能力者たちがこの能力に分類され、政府からかなりの援助金をもらう代わりに、複数の研究機関に体を提供し科学の進歩に貢献している。
だが、
「原子制御能力者は、最近6人目の能力者が見つかったから、保護が外されるという話でしたね……」
「だから伊佐野先生はここで教員しているんだな」
今までもらえていた金がもらえないのは結構切実な問題なんだな……。
しみじみといった雰囲気でつぶやいた信玄から告げられた、意外と世知辛い理由で教員をしていた伊佐野に、黒江は戦場へと向ける視線の若干の同情を込める。
「まぁ、そんなこと、今はどうでもいいのよ。問題なのはその経歴……。伊佐野先生が一体どこの研究所に協力していたと思う?」
「どこなのですか?」
紗奈のといかけに「そんなもの私が知るわけがないじゃないですか」と言わんばかりに、黒江は呆れの含んだ視線を紗奈に向かって飛ばした。
紗奈はそんな彼女の態度に少し苦笑を浮かべながら、自分の端末をポケットから取りだし、そこから一枚の画面を展開。いくつか設定を操作したあと、それを指先でなでるように触れて動かし、黒江の方へ飛ばす。
「軍事研究所よ」
黒江のもとに飛ばされたその画面には、先ほどのように髪型をオールバックにした伊佐野の写真と、まるで巨大な黒い箱を並べたかのような陰気くさい建物の前に、白衣の下に迷彩服を着用し、肩にアサルトライフルを背負ったゴツイ研究員たちがずらっと並んだ写真が掲載されていた。
…†…†…………†…†…
煙を切り裂き、襲い掛かってきた男性教員……伊佐野の何のためらいも見えないコブシの一撃に、レインベルは目を見開きながらその場を飛び退き、何とかそのコブシを回避する。
「女性に手を上げるなど……紳士な口調とは全くあっていませんわね! そんなのでは彼女に嫌われますわよ」
「あいにくと、もう妻がいます!!」
「うそっ!?」
こんな暴力的な人に惚れた方がいるんですの!? と、普段の自分のことは盛大に棚上げしながら、目を見開くレインベル。
そんな彼女の態度に呆れたのかどうなのかはわからないが、伊佐野は無言のまま、足を踏み鳴らし、
「っ!!」
いつの間にか作り出していた漆黒の投げナイフを、レインベルが気づけないほどの小さな動作で投げつけた。
下の震脚は、一瞬意識を下に向けさせるためのブラフですか!?
到底教師がとるような行いではない場慣れした戦闘技法。しかし、レインベルもそれ相応の訓練を受けているクラス5だ。
「あいにくと……この黒い煙はとっくの昔にサーチ済みですわ!!」
その言葉とともに放たれる閃光。今度はチャージが間に合わなかったのか、たった二つの白のレーザーだったが、投げナイフを迎撃するには十分だ!!
薄く視界を奪ってくる漆黒の煙を切り裂きながら飛ぶ純白のレーザー。それは狙いたがわず、飛来してくる投げナイフにぶち当たり、そのナイフをとかし、
「っ!!」
跡形もなく消し去った。
ダイヤモンドと同じ消滅方法……。つまりこの方は、何もない場所からカーボン製のナイフを作り出したことになります……。
何とか攻撃をしのぎ切ることによって生まれた思考の余裕で、レインベルは再び伊佐野の能力の正体の考察に入る。
何もないところから水や、カーボン製品を取り出す……いいえ、作りだすことができる能力。そんなもの決まっていますわ!
「あなた……原子制御能力者ですわね!!」
「おや……意外と速かったですね。正解です。100点あげましょう」
なめきった態度でパチパチ拍手を送ってくる伊佐野に、レインベルは思わず顔をひきつらせながら、
「いらないですからここを通してくださらない?」
若干どころかかなり殺意があふれる言葉を、何とか取り繕ったにこやかな笑顔で伊佐野にたたきつけた。
「それはできない相談ですね。生徒に校則破らせるとあとでこっぴどく主任に怒られて減給されますので。知っているでしょう? 僕ら原子制御能力者には今、金が必要なんですよ」
援助金の打ち切りですか! こんなところで響くなんて……。
内心でこんな厄介な奴を野に解き放った六花財閥の迂闊さを罵りながら、レインベルは再び光の球体を作成。再び星の軍団を作り出したレインベルは、一言だけ告げる。
「次は当てます。体が黒こげになるなんて生易しい状態にはなりませんわよ? それが嫌なら降伏してください」
「あなたこそ何を言っているのですか?」
伊佐野はそう言いながら、手元に巨大で透明な結晶を作り出した。
「僕はこの近くにある物質を構成する元素のすべてを使うことができます……。つまり……」
伊佐野がそこで言葉を切るのと同時に、彼の足元から、手元に作り出した結晶と同じような結晶が次々と湧き上がり、空気に溶けるように消えていく。
「っ!!」
窒素濃度が変わりましたの!? と、再び激変する大気環境に歯噛みをしながら、レインベルは漆黒の鎖を作り出した伊佐野を睨みつけた。
「僕はあなたのレーザーをあと数千回単位で妨害することができるということです」
伊佐野が提示した絶望的な数値に、レインベルは絶句した。




