英雄の腐敗 1黄金の都の剥離
白い虚無を抜け、九条たちが辿り着いたのは、黄金に輝く王都『オーラム』。
そこには、魔王を討ち果たし、永遠の平和を約束された「伝説の英雄」が鎮座していました。
しかし、再起動した端末が告げるのは、救世主を蝕むあまりにも醜悪な「エラー」。
美しすぎる都に漂う、微かな腐敗の臭い。
五人がそれぞれ異なる「警告」を突きつけられる中、検品第2段階が開始されます。
第5セグメント:黄金の都の剥離
――暗闇すら存在しない、真っ白な静寂。 九条蓮は、そこでどれほどの時間を過ごしただろうか。叫んでも、走っても、自分の輪郭が虚無に溶けていくような感覚。端末に浮かぶ「検品を、継続する」という赤い文字だけが、彼を正気に繋ぎ止める唯一の錨だった。
「……瑞希。門倉……ッ!」 再び声を上げた瞬間、足元に「底」が抜けるような感覚が走り、九条は重力に叩きつけられた。
――衝撃。そして、むせ返るような花の香りが鼻腔を突く。 「……っ、がはっ……!」 九条が激しく咽せながら顔を上げると、そこは白大理石の冷たい床の上だった。 「九条! 無事か!?」 聞き慣れた低い声。門倉が自分と同じように地面に膝をつき、鋭い視線で周囲を警戒していた。 「……門倉……あかね、瑞希、奏も……いるのか?」 「ええ、なんとか。……でも、今の何? 意識がバラバラに引き裂かれたと思ったら、次の瞬間にはここに放り出されて……」 瑞希が青ざめた顔で立ち上がる。あかねは必死に計測器の再起動を繰り返していた。奏だけは、耳を塞ぐようにして立ち尽くしている。
九条は立ち上がり、周囲を凝視した。そこは、あの腐臭漂う村とは対極にある、圧倒的な密度の「世界」だった。天を突くようにそびえ立つ黄金の尖塔。白大理石で舗装された広大な通り。行き交う人々は皆、上質な絹の衣服を纏い、満ち足りた表情で談笑している。 「……戻された、のか。いや、別の場所に『上書き』されたんだ」
その時、5人の端末が一斉に、耳障りな電子音を立てた。 九条が画面を開くと、そこには警告灯のような赤色で、一文が刻まれていた。
『第2エピソード:英雄の腐敗。……英雄の背中を、剥離せよ』
ふと顔を上げると、他の4人もまた、それぞれの端末を凝視したまま凍りついていた。瑞希は眉をひそめて画面を睨みつけ、門倉は何かを確認するように何度もスクロールを繰り返している。あかねは信じられないものを見たように口元を押さえていた。
「蓮さん。音が多すぎます……」 奏が微かに眉をひそめ、空を仰いだ。 「街の鐘、人々の笑い声、噴水の音……全部が、楽譜の通りに完璧に重なりすぎていて、呼吸をする隙間がないんです。……まるで、一つの巨大なオルゴールの中に閉じ込められたみたいに」 「……ああ。デコレーションが過ぎるな。瑞希、君の目にはどう映る?」 「彩度が高すぎて、毒々しいわ。それに、あの建物の影を見て……おかしくない? 太陽の位置に関係なく、影が一番美しく落ちる角度で固定されている。……これ、生きてる街じゃない。展示品よ」
広場の中央から、地鳴りのような歓声が沸き起こった。 「英雄様だ! 英雄ジークフリート様がお通りだ!」 人混みが左右に割れ、白銀の馬車がゆっくりと現れる。そこに座っていたのは、黄金の髪をなびかせ、神々しい美貌を持った騎士だった。彼が右手を掲げるだけで、街全体が熱狂し、人々は涙を流してその名を叫ぶ。 魔王を倒し、世界に永遠の光をもたらした不滅の英雄。 だが、九条の瞳――端末のレンズ越しに見える「現実」は、あまりにも醜悪だった。 ジークフリートの背中。神々しい甲冑の背後には、彼の背骨を貫き、王都の地面へと突き刺さる無数の「赤黒い管」が蠢いていた。英雄が微笑むたび、管が脈動し、ドロりとした「何か」が地面に滴っている。だが、熱狂する人々にはそれが見えない。
「……あいつだ」 九条が画面を指差す。そこには、通知が示す「ターゲット」の座標が、ジークフリートの心臓部と正確に重なっていた。 九条は、自分の画面の末尾だけに流れる文字列を黙って閉じ、ポケットにねじ込んだ。 (……剥離。……それが、僕らの仕事か) 九条が歩き出した瞬間、王都の鐘が、祝祭の終わりを告げるような不吉な音で鳴り響いた。
第5セグメントをお読みいただき、ありがとうございました。
黄金の都に君臨する、あまりにも完璧な英雄ジークフリート。
しかし、5人がそれぞれの端末で目撃したのは、この世界の「仕様」という名の呪いでした。
「英雄の背中を、剥離せよ」
その非人道的な命令に対し、九条たちはどう動くのか。
そして、九条だけが隠し持った「文字列」の正体とは。
次回、第6セグメント。王宮の規約ハックが始まります。
検品を、継続します。




