世界の検品 3不気味な祝福
騎士を退けた5人を待っていたのは、村人たちの熱狂的な「祝福」でした。
しかし、その笑顔には体温も心拍もなく、ただ決められた台詞を繰り返すだけの空虚なものでした。
異変は、唐突に訪れます。
幸せを強要する世界のシステムが、ついに物理的な「破綻」を見せ始めたのです。
現実の倫理観と、目の前の得体の知れない恐怖。
その狭間で、全能ではない彼らがどう動くのか。
不器用な僕らの「実録」は、ここから加速します。
第3セグメント:不気味な祝福
騎士が霧散した直後、村を支配していた静寂が、一変した。
「素晴らしい! 悪い魔物を追い払ってくださったのですね!」
「勇者様! ありがとうございます!」
どこからともなく現れた村人たちが、一斉に5人を取り囲み、狂ったような拍手を送り始めた。 その瞳の焦点は誰とも合っておらず、ただ虚空を見つめている。
「……気持ち悪い。ねえ九条、この人たち……さっき騎士が倒されたとき、悲鳴一つ上げなかったわ。まるで、決められた台詞を再生するためだけに集まってきた、出来の悪いお人形みたい」
瑞希が少女から一歩身を引いて、嫌悪感を露わにする。
「九条さん、ダメです。心拍数も体温も、さっきから1ミリも動いてない……。まるで、誰かが書いた手順書通りに動かされているみたいです」
あかねが計測器を握りしめ、声を震わせた。
その直後、村の中央にそびえる石碑が、不気味な脈動を始めた。
「あ、が……っ!?」
先ほどまで笑っていた少年の顔が、濡れた紙のように歪んだ。 口から不自然な、金属を削るような音が漏れ、その裂けた口内から、腐りかけた「何か」が溢れ出した。
「な……なんだ、あれは……っ!?」
門倉が思わず声を上げ、数歩後退った。 鼻を突くおぞましい腐臭。 鍛え上げた野生が、かつて見たこともない「それ」を前に、激しい警笛を鳴らしている。
「あ、あかね、瑞希! 後ろに下がれ! ……何なんだ、これは。肉じゃない、血ですらない。見たこともない何かが、無理やり人間の形を保とうとして、破綻している……」
九条もまた、目を見開き、震える手でタブレットの画面を凝視する。 画面には、解析不能を意味するエラーメッセージが、血のように赤く点滅し続けていた。
「蓮さん……。聴こえます。この子たちの声じゃない。……無理やり笑わせるために、心の中を、得体の知れない尖ったものでかき回しているような、嫌な音がします……っ!」
奏は耳を塞ぎ、崩れゆく空を見上げて呻いた。
村人たちの拍手が、骨を砕くような打撃音へと変貌した。 彼らは「ありがとう」と微笑んだまま、その腐りかけた何かを鞭のようにしならせ、5人を排除しようと襲いかかってくる。
「……おい、九条! こいつら、笑いながら殺しに来てんぞ! どうすりゃいいんだ、相手は人間だぞ……っ!」
襲いかかる少年の影を間一髪で回避し、門倉が叫ぶ。 人間の形をした「壊れた何か」を相手にすることに、彼の心が悲鳴を上げていた。
「瑞希、あかね! 座標を固定しろ。門倉、殺すな……まずは動きを止めろ! この異常を止める糸口は、俺が必ず見つける!」
九条が震える手でキーボードを叩き、地面に不可視の領域を展開する。
5人を囲む狂った祝福が、殺意の嵐へと変わる。
全知全能ではない彼らが、初めて、既存の語彙では記述しきれない「世界の悪意」に直面した。
第3セグメント、お読みいただきありがとうございました。
「幸せ」であるはずの村人たちの内側から溢れ出した、腐りかけた何か。
理屈では説明のつかない生理的な恐怖が、WSIUの5人を襲います。
「相手は人間だぞ」
門倉の叫びは、この狂った世界における私たちの最後の理性かもしれません。
次回、第4セグメント。第1エピソード「世界の検品」の解決編です。
九条が震える手で掴み取った「糸口」とは何か。
そして、彼らがこの壊れた村に下す、最初の「デバッグ」の結末を、どうか見届けてください。




