世界の検品 2不格好な全能(エチケット違反)
異世界に降り立った5人を待っていたのは、白銀の鎧を纏った「騎士」でした。
王道ファンタジーなら、ここで華々しい戦闘が始まるはずです。 ですが、彼らが目にしたのは、美しく整えられた「景色」の裏にある、あまりにも不格好な手抜きと綻びでした。
剣を向けられ、生身の人間として震えが止まらない門倉。 それでも彼が、九条の論理を信じて拳を突き出したとき、この世界の「正体」が音を立てて崩れます。
賢者になれない僕らの、泥臭いハックログ。その第2層を開きます。
第2セグメント:不格好な全能(エチケット違反)
「幸福なるエリュシオンへようこそ。ここでは、すべての苦しみはアーカイブとして管理されている」 眩い白銀の鎧を纏った騎士が、再び同じフレーズを繰り返した。その動きはあまりにも滑らかで、それでいて、どこか「次のコマ」が予測できてしまうような、薄っぺらな既視感に満ちている。
「……ねえ九条、これ見て。この騎士たちの影、光源の位置と計算が合ってないわ。数ピクセル分、ずっと浮いてる」 瑞希が手首の端末を操作しながら、眉を潜めて吐き捨てた。 第1セグメントで感じた「標本」のような不気味さが、視覚的なバグとして露呈し始めている。
「九条さん、あいつら……中身、空っぽですよ。鎧の隙間から見えるのは、ただの黒い霧みたいな、名前も付けられていない廃棄データです」 あかねが計測器を向けたまま、かつての仕事で培った「トラブルの予感」に震える声で報告する。
騎士の一人が、機械的な動作で剣を抜いた。 「管理外の存在を検知。アーカイブの整合性を保つため、強制的な『幸福(初期化)』を執行する」
巨大な大剣が、重厚な音を立てて上段に構えられる。 見上げるような巨躯から放たれる威圧感は本物で、門倉の喉はカラカラに乾き、心臓は嫌な音を立てて早鐘を打っていた。
「……おい、九条。本当に大丈夫なんだろうな。俺が『検体』になってやるのはいいが、死んだら化けて出てやるからな」 門倉の震える声は、決して冗談には聞こえなかった。 足は震え、手のひらには嫌な汗が滲んでいる。
「安心しろ。お前の反射神経と、その無駄に頑丈な身体だけが、この世界の『物理の底』を叩ける唯一のデバイスだ。……観測データは無駄にしない」 九条の冷徹な、しかし全幅の信頼を置いた言葉に、門倉は「……チッ、人使いの荒い野郎だ」と吐き捨て、震える足で一歩を踏み出した。
「……やれやれ。幸福の押し売りか。最も不格好なエチケット違反だな」 九条が溜息をつき、眼鏡のブリッジを押し上げた。その指先もまた、わずかに震えている。 「門倉。あいつの右肩、因果の処理が0.2秒遅延している。そこが、この世界の『記述の綻び』だ。……叩け」
「……あー、クソ。死ぬほど怖え。けどな、この『嘘くさい景色』を見てる方が、もっと虫酸が走りやがるんだよ!」 門倉は恐怖を怒りでねじ伏せるように、地を蹴った。 振り下ろされる刃の、物理法則を無視した「軽すぎる風切り音」にすべてを賭けて、拳を突き出す。
拳が盾に触れる直前、彼は一瞬だけ、強く目をつむった。 ――衝撃はない。 あったのは、映画のセットのハリボテを触るような、あまりにも呆気ない感触だけだった。 門倉の拳が盾に触れた瞬間、金属音ではなく、古い電子機器がショートしたような不快なノイズが響く。 「絶対防御」という設定を誇っていたはずの盾が、ガラス細工のように砕け散った。
「……ア、ア、アーカイブ……不全……」 騎士が、壊れた蓄音機のように同じ言葉を繰り返し、ノイズと共に霧散していく。
「……蓮さん。聴こえる? この音、やっぱり本物じゃないわ。魂の抜けたファンタジーの……骸が軋む音がする」 瑞希が、砕け散ったノイズの残滓を冷ややかに見つめて呟いた。
奏は、騎士が消えた空間を、ひどく悲しげに見つめていた。 「蓮さん……。あの人たち、消えたんじゃないんです。最初から、いなかった。……ただそこに『居る』ことにされているだけの、動くお人形でした」
その時、村の中央にある石碑が、不気味な脈動を始めた。空の色が、さらに不自然なほど鮮やかな青へと塗り替えられていく。
「……九条さん! 何か、来ます! これ、さっきのとは比べものにならないくらい、無理やりな……まるで、誰かが裏で無理やり世界を書き換えているみたいな、嫌な予感がします!」 あかねが計測器を握りしめ、声を震わせる。
「不完全な僕らには、荷が重い展開だな。……だが、ログは止めんぞ。検品を継続する」 九条は、震える手でキーボードを叩き続け、次なる「不条理」を見据えた。
第2セグメント、お読みいただきありがとうございました。
門倉が壊したのは、単なる騎士の盾ではありませんでした。 それはこの世界が「それっぽく」見せるために纏っていた、安っぽい設定そのものです。
瑞希が感じた「骸が軋む音」、そして奏が確信した「動くお人形」。 命の通っていない箱庭を「幸せな世界」と呼び、押し付けてくる何者かの意志。
そして今、村の石碑が脈動を始めました。 世界が無理やり「書き換えられて」いくような、最悪の予感。
次回、第3セグメント。 異変は騎士だけではありませんでした。 「幸せ」であることを強要された村人たちが、5人に向けて放つ、狂ったような祝福の正体をデバッグします。
このハックログが、皆さんの内側にある「野生」を呼び覚ます楔になれば幸いです。




