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「水に流しません!」

作者: めみあ

ファンタジー寄りの恋愛物語です。


「ルナ。聖女である君に頼みがあるんだ」


 久しぶりにロアン殿下の笑みを見た。笑っていても相変わらずの酷薄さが漂っている。身構えながらも、私は「なんなりと」と答えた。


「わたしとの婚約をなかったことにして、ある男と婚姻をしてほしいのだ」


「……ご命令とあらば、異存はございません」

  

 ロアン殿下は、私があっさり頷いたことに驚きの表情を浮かべた。どうして驚くのかわからない。


 そもそも婚約も突然命令された。

 聖女を擁する神殿を味方につけるためだけのもので、状況が変われば解消されるとわかっていた。

 

「やはり、平民と王族が縁を結ぶことには反対意見が多い。それで……王子妃にはそれに見合った身分の――」


 殿下は長々と話を続けているが、私は聞くことも苦痛で、早く退出することしか考えていなかった。


 


 



 自室に戻ると、ご丁寧に荷物が床に出されていた。城に迎え入れられたときと扱いが変わらないことに安心すらする。聖女と呼ばれても平民だから。


 

 幼い頃から黒いモヤが見えた。

 私はモヤに「フウッ」と息を吹きかけるだけでモヤを消すことができた。

 それは誰にでもできることではなく、浄化と呼ばれる行為だった。


 その噂が広がり神殿から迎えがきて、聖女であると認定され、修行の日々が始まり、同時に礼儀作法も叩き込まれ、気づけば王子の婚約者にまでなった。


 ――まさか、お城から出られると思わなかったわ。もう諦めていたから。



 私は整えられた長い黒髪に手を添える。

 もう不必要だと、自らの手で肩の長さに切り揃えた。


 切った髪の片付けの手を止め、空を見上げる。

 遠くの空の一角が黒く澱み、瘴気溜まりがあることがよく見えた。その下に私がこれから婚姻を結ぶという相手がいるらしい。





 

 神殿に挨拶に行くと、いつも渋面の神官長が上機嫌だった。

  

 機嫌が良い理由は、貴族階級から新たに聖女が現れたかららしい。


「すまないな。貴族階級から支援を受けるには、聖女にも相応の地位が必要なのだ」


 ――ああそうか。殿下はその人を婚約者に立てるから、私を追い出したのね。


 神官長も、私の婚約解消を“なかったこと”にしたのか、何も触れずに私の婚姻の話を始めた。


 婚姻相手は外部の人間で、独自の浄化能力を持ち、幾つもの村を救っているという。

 そのため神殿を軽んじる動きが出ており、それを防ぐための婚姻だと聞かされた。


 

 ――相手もいい迷惑ね。了承を得ているのかしら。


「お世話になりました」

 感情のこもらない声で部屋をあとにする。


 用意された馬車に乗り込み、見送りもないまま出発した。未練はない。城を出られるのはむしろ嬉しい。


 それでも胸の奥に(よど)みは残る。

 平民は踏みにじられても、“なかったこと”の一言で済むのだと痛感し、悔しさで涙がこぼれた。




 



 ♢



 

「すげー顔してるな。よくわかんねえけど、そんなこと水に流せよ」


 水に流せって。初対面、挨拶抜きに発せられたこのセリフに、私は開いた口がふさがらなかった。

 

 それから「ちょっと手を借りるぞ」と手を掴まれ、手のひらをパチンと叩かれた。


 絶句したままの私に、男は「ちょっと楽になったろ」と笑った。


「……え?」


 急に触れられ叩かれて、怒ろうとした気持ちが嘘のように消えていた。不安や澱みももう感じない。


「まあ、楽にしなよ」

 

 気安い雰囲気の男は、外部の人間というだけあって、この土地とは違う顔立ちだった。端正だけれど彫りは浅く、何より目を引くのは鋭い視線。けれど不思議と恐れは感じなかった。


「あの、挨拶が遅れましたが、私はルナといいます」


 男が背を向けて去ろうとしたので、思わず声をかける。


「……俺はこっちではリバーと名乗ってる」


 こっち? 首を傾げる私に、リバーは、口の端をあげて笑う。

「俺はこの世界の人間じゃないって聞いてるだろ」とサラッと告げた。


(外部って、国じゃなくて世界……?)


 私はそこで思考停止し、リバーが「とりあえず部屋に案内するよ」と私の荷物を持った。

 





 用意された部屋でしばらく休み、落ち着いた頃にリバーからお茶にしようと広間に呼ばれた。


「疲れているところに悪いけど、先に話しておきたい」


 リバーは水をひとくち飲み、話し始める。


「まず最初に俺がここに来た経緯な。俺は、あっちの世界じゃ詐欺師だったんだ」


「え? 詐欺って……人を騙す?」


「そう。とにかく金になればなんでもした。

 老人を騙したり、偽物を売りつけたり、儲かると嘘をついたり。

 文句を言われたら、そんなことでいちいち目くじら立てないで水に流せよって脅せば済んだ」  


 私はあまりに不快な告白に眉を顰める。


「で、ある日突然足元が光って、体が地面に引きずりこまれてさ」


 あれは痛かったなあ……と言いながら、リバーは「でもそのときに声が聞こえて」と続ける。


「“お前が水に流させた恨みつらみが、別の世界に溜まっている。尻拭いは自分でしろ。終われば苦しまずに死なせてやろう”」


 声色を変え、私を睨みつけるように語った言葉は、私にも恐ろしいものに思えた。

 


 「えーって考えてるうちに、ここに転移させられたんだ。嘘みたいだろ。あれが神の声ってやつか知らねえけどな」


 そう締めくくったリバーは、軽薄そうな薄い唇を歪めた。笑おうとして失敗したかのように。


「行いは返ってくるのね」


 私がそれだけ言うと、しばらくその場は静寂につつまれた。


 リバーはソファにもたれかかったまま、天井を眺めていたが、勢いよく体を起こしポンと自分の膝を打った。


「まあ、そんな感じだからさ、婚姻も形式だけでいいいし、君も肩の力抜きなよ」


「……はい」


 私もなんとなく安心して息を吐く。


 ただ、ほんの少し、“形式だけ”に寂しさを感じた。






 翌朝、リバーが瘴気の浄化に行くと言うので、同行したいと告げると、はじめは「危ないから来るな」と拒否されたが、「国の目がある」と言えば、渋々同意した。


 空は城から見たときより、澱んでいるように見えた。


「これが俺の罪の証だ。君には浄化できない」


 試しに息を吹きかける。澱みはびくともしなかった。


「本当だ……私の浄化じゃ、この澱みは消せない」


「ああ、でも俺の呼吸は楽になった。君の浄化は柔らかいんだな」


 柔らかいと言われたのは初めてだけれど、確かにリバーの周囲の空気が清らかに感じられた。私は浄化できなかったのに、なぜか嬉しかった。


 

 その間にも黒い澱みが濃くなる。

 リバーは「これ以上は放っておけねえ」と、呟きながら腕を大きく回した。


「俺のやり方はちょっと野蛮だから見せたくなかったんだけど……なっ!」


 リバーは拳をかため、渾身の一撃を澱みにぶつけた。ゴッと音がして、甲高い泣き声が響き渡った。


「ああひどい男に騙された どうしてくれよう あんたのせいでわたしの人生がめちゃくちゃだ あんたさえいなければ あんたのせいで――」


 しばらく呪詛が続き、ようやく澱みが消えた。同時に苦しそうにリバーが胸を押さえた。顔が苦痛に歪み、激痛に耐えるように呻いた。


 私はそれを何もせず見つめていた。

 これが、彼が背負うものだとわかったから。



 痛みがおさまったのを見計らい、水を渡すと、リバーが少し意外そうに私を見た。その目は鋭いだけでなく、どこか安堵のようなものも含まれている気がした。


「……さっきの聞いたよな。俺を恨む呪詛を。ろくでもない男だとよく分かったろ。だから大人しく家で待っていた方がいいと言ったんだ」


「聞きましたけど……見届けるのが私の役目ですし」


 ――そんな役目ないけど。ただ放っておけないなんて言えないし。



 リバーは「ちっ」と言って目を逸らした。




 黒い瘴気が空を覆っていた。

 放っておけば、人も家畜も病に倒れ、作物は枯れる。リバーの罪の証だけでなく、この国の澱みも混ざっているのだという。


 リバーは淡々と作業を続ける。

 報いを受けるのは当然と分かっていても、苦しむ姿を前にすると、やはり胸が痛む。


「死んだ方が楽かもって思わない?」

 

 思わず聞くと、リバーは笑って頷いた。


「俺は最低野郎だけど、見ず知らずの他人が死ぬのは放っておけない。何より俺は知りたいんだよ。苦しまない死って何かを」


「……リバーは意地っ張りなんだね」


 私はそう答えながら、リバーの覚悟を見届けようと決めた。




 あの真っ黒な瘴気で病にかかる村人もいたが、私の浄化能力で命に関わるほど重篤にはならなかった。


 リバーは他の国から来ている凄腕の浄化師という触れ込みで、近隣の村を回っていた。



「リバー様がいなければ村は終わってた」

「聖女様と結婚されたんですって? おめでたいわ」

「聖女様も王城にいるときより顔色がいい」



 どこに行っても、リバーは称えられ、私も快く迎え入れられた。神官長が心配するのはこれかと肌で感じる。

 そして、新しい聖女のアリシアの話もよく耳にした。気難しい性格のため、修行が難航しているという話だった。殿下が彼女に翻弄されているとも。

    

 

 

 「めんどくせえなあ」


 リバーは城の方角を見て、頭をバリバリと掻いた。





 リバーが面倒くさいと言った意味がわかったのは、それから数日後。

 

 村で瘴気に冒された人達の看病をしている際、ふと目を向けた城の方角に、黒く燃えるような瘴気が見えた。


 慌ててリバーに報告すると、「あれは俺のじゃねえ。放っとけ」とどうでもよさそうに返事をした。


 それからぶっきらぼうに、

「新聖女のアリシアってやつ、俺と同じタイプの浄化のやり方みたいだな。力をうまくコントロールできなくて、あんなことになってるんだ」と言った。


「だったら、なんとかしなきゃ」


「……だから力を抜けって。そんな顔したって状況は変わらねえよ」

 

 リバーが手を伸ばし、私の頬をムギュッとつまみ、ニヤリと笑った。


 ふざけないで、と手をどかそうとすると、リバーが怖い表情になった。思わず手を止める。

 

「ああなった理由は王家がルナを軽んじたからだ。尻拭いは自分でさせろ」

  

 今までに聞いたことのない怒りを含んだ声。


「……私はそんな風に思えない。ひどい扱いだったのは確かだけれど、私は恨んでないし水に流したわ」


「水に流した……か。あんな表情をしてたのに? あれは水に流せることじゃねえし、ルナの流した怒りの気持ちが別の世界で瘴気になっていると思わないのか?」 


「それはっ……わからないけど、でも放っておけない!」


 

 走り出した私の腕をリバーが掴んだ。


「俺の最後、見届けるんじゃなかったのか? 今行けば帰ってこられないかもしれないんだぞ」


「……じゃあ、一緒に来て。私を死なせなければいい」


 私たちは、しばらく見つめ合い、リバーの「しゃあねえな」の言葉で張り詰めた空気が和らいだ。


 私たちは、固く手を繋ぎ、王城行きの馬車に乗り込んだ。







 立ち上る黒い瘴気は、もはや誰の目にも見えるようになっていた。城下町の人達は皆、あれは何かと外に出て不安そうに見上げている。

 

「ルナ様!!」


 馬車を降りると、神官が駆け寄ってきた。瘴気に触れたのか、胸を押さえ、苦しそうに膝をつく。


「……アリシア様の力が、暴走したらしく、このようなことに……私たちで、食い止めるのが精一杯で……」


「……暴走?」

 

「……ロアン殿下が……必死に意識を、保たせています。でも、もう限界に近いようで」

 

「すぐに、助けるわ」


「どうか、どうか……」


 倒れそうな神官を壁に寄りかからせ、ロアン殿下の離宮に足を向ける。廊下では既に瘴気で動けなくなった者たちが何人も倒れていた。

 




 

 空気が澱み、息をするのも苦しい。

 足が止まりかけ、後ろを走るリバーの苦しみを思い出し、再び足を動かす。

(彼の苦しみはこんなものじゃなかった)




 辿り着いた離宮は瘴気の渦だった。まるで暴風雨の中を歩いているかのように足が前に進まない。


 声がしてそちらを見ると、狂気に満ちた笑みを浮かべた若い女性と、必死の形相で彼女にしがみつく殿下の姿があった。あれが新聖女のアリシアだろうか。


「やべえな、あれはもう闇に取り込まれてる」

 リバーが低く呟いた。


「殿下!」


 私が声をかけると、ロアンが私の姿を見て、目を見開いた。

「……ルナ……助けてくれっ……アリシアを…ここから出せば……国が滅んでしまう……」 

 ロアンが弱々しい声で助けを求めた。


 アリシアは「あー、おかしい。誰が助けるのよ、こんな奴。国も滅べばいいのよ。ざまあみろ!」と嘲笑交じりに叫んだ。


 その叫びに呼応して、無数の悲痛な声がこだました。それに怒りや恨みの声が重なり、頭が割れるように痛む。

 

 そのとき、ロアンがアリシアから手を離し、私に必死に手を伸ばしてきた。


 助けなきゃとここに来たはずなのに、先ほどのざまあみろの言葉が頭の中で反響する。


 ――あれは、私の言葉かもしれない。


 心の片隅でずっと抱えていた悔しさを思い出す。身分だけで侮られ、無下に扱われた日々。そんな怒りに蓋をして、どこかに流した感情がアリシアを狂わせたとしたら。


 この人は私だ。

 私の未来だったかもしれない。

 そう、王家なんてどうでもいい。

 滅びてしまえばいい――


 そう思った途端、体の力が抜け、崩れ落ちそうになる。その流れに身を任せようとしたとき、背後に風を感じた。

    


「これ、俺のだから、のみこまないでよ」


 そのまま、抱きしめられ、温かい息がうなじにかかる。絶望でこわばっていた体が、安心で力が抜けた。心に火が灯る。

 

 私はゆっくり息を吐き、

「リバー……あなた、世界一いい男ね。好きだわ」

 思ったままを口にする。


 ギュッと抱きしめる力が強くなった。


「……そうか、俺は最初からルナのことが好きだ。

じゃあ、その世界一いい男のために、女神の吐息、もらっていいか? そうすれば絶対に死なないから」


 私は、心からの笑みを浮かべ、彼の無事を祈り、「ふうっ」と息を吹きかけた。


 そこで、記憶が途切れた。





 目覚めたら全てが終わっていた。


 一部始終を見ていたロアン殿下が、リバーのお見舞いに来て、何があったか教えてくれた。


 アリシアが暴走したのは、気難しい性格ゆえの精神的な不安定さからだった。

 浄化の痛みに耐えられず、それを外に放出しないよう溜め込む力があったことが仇になり、最悪の事態を招いた。


 リバーは全てを察し、自らが犠牲となることを選んだ。


 溜め込んだ力の源に拳を振り上げ、長い時間苦しみ叫び続け、ついには意識を失ったという。


 呪詛の言葉を直に聞かされたロアン殿下は、聴力を失い、今は筆談で会話をしている。

 医師は耳に異常はないと言い、心の問題だと聞いた。

 時折呪詛を思い出すのか、耳を塞ぎ身体を震わせる姿に、私は胸が苦しくなった。



 殿下は、これまでの聖女に対する非道な行いを、私と国民に向けて謝罪した。

 王は「選民階級の歪みが起こしたものだ」と深く反省し、身分差を改めると宣言した。

 

 神殿も聖女を権力の駒として使ったことを反省し、今後は政治に関わらないと約束した。アリシアは力の暴走を恐れ、自ら遠方で隔離されることを選んだ。神官長はその地位を捨て、アリシアに仕えているらしい。それは彼なりの贖罪なのかもしれない。





 ふた月後、リバーが目を覚ました。

 


「おー……戻ってきた。ただいま」


「おかえりなさい。思ったより早かったのね。どこまで行ってたの?」

    

「遠くに行っていた気がする。でもずっと光の糸が繋がっていたから迷わなかった」


「私が糸を離さなかったもの」


 私が握ったままのリバーの手を持ち上げれば、

 リバーが私を抱き寄せ、「俺を見捨てないでくれてありがとう」と涙声で囁いた。

 

 


 リバーは、生還した。

 本当なら帰ってこなかったかもしれない。

 けれどリバーは生きることを選んだ。

 

 私はなぜか聖女の力を失った。

 それが、リバーの命と引き換えだったなら嬉しい。

 私はただのルナとして生きていく。


 

 私たちは同じ世界で、笑い合えるだけでいい。


「水に流せよ」

「流しません!」


 そんな会話を楽しみながら。














 


読んでいただきありがとうございました。

はじめは夏のホラー用に考えていましたが、いつのまにか恋愛物語になりました……



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