第3話 好きって言えなくなった夜
「店長ぉ~、今週客少なくないっすか?」
「……………テーブル拭いたか?」
「へ~い!拭っきま~す」
(今週も、来週も、再来週もBar Chez toiは暇っす)
「……そんな事ボヤいてると客が来るっすよね。あぁ~嫌だっ」
俺は顔の前で大きく手を振った
店長は相変わらずの無反応だった
ゴトっと音がした
Barの扉が開かれた時に立っていたのは……女?
(…パーカー被ってて、マスクしてたら分からねぇっす)
「すみません、ここやってますか?」
女だった
「絶賛、営業中っす!!どうぞぉ、空いてるお席へ」
空いてる席しかない店内で、女は迷わずドアに一番近いテーブル席に座った
「おしぼりどうぞぉ、いやぁ、こんなボロいビル。入りずらくなかったすかぁ?」
「…静かなところ探してたから」
そういって女はズボンのポケットからスマホを取り出して、机の上に置いた
「なんか、酔えそうなお酒ください」
ボ~っと天井を見つめ始めた女から目を逸らした俺はスマホに目がいった
ステッカーが貼ってあった、男の。こいつ芸能人の……
「…………あ~………」
不倫炎上した俳優だ。俺でもSNSでポストが回ってくるから知ってる
苦笑いした俺をちらっと見た女は目を合わせず淡々と言った
「……ファンなんです」
悪いかって、そう言われた気がした
「わ、悪くないっすよ!えっと、でも、えっと、いま大変かなぁって」
「悪い事って言っても犯罪したわけじゃないし…」
「…生きてる理由くらいには好きなんです」
「でも、それでも好きなんて言ったら袋叩きでしょ?」
「テレビもネットもこの事ばっかりだから……」
だからその話したくなくて、静かな店探してたんですと女はため息混じりに言った
(……それでも好き)
(飴をもらったんだ、頭をなでられたんだ、それだけなのに……)
くだんない感傷が俺を襲ってきた、なぜか女が俺の顔を見ている
「………できたぞ」
ハッと目が覚めた気がした
慌ててカウンターに戻った俺を店長が珍しく見つめている気がした
出されたカクテルはライラ
女はマスクを顎までおろしグラスに口をつけた
「へぇ…んっ美味し」
無表情だった女が微笑む。幸せそうだった
「むかし、駆け出しのころ、ファンレター送ったら返事をくれたんです」
「それだけ」
女は退店時、「ありがとうございました」そう言って静かに去った
俺はもう好きなんかじゃない………
ライラのカクテル言葉:今、君を想う