それぞれの結末に向かって
幽閉となったカルロは、表向きは静養とされた。政務中に事故に巻き込まれて重傷を負ったことにされ、王太子の地位も剥奪となった。フレデリックも臣籍に下るため、王太子の座は第三王子のエイダンがいずれ引き継ぐことになる。
カルロはフレデリックの殺害未遂容疑に関する証拠が出るまで、人前に現れることはない。幽閉というよりは拘留に近いとオーレリアは聞かされた。
側仕えだったアルバも面会などできず、何より彼はルヴァン公爵家の跡取りから外されることになった。一族の一人として在籍はしているが、発言力も立場も喪失。怪我が治癒をすれば、父親であるルヴァン公爵の目に留まらない領地の辺境に送られる。小さな町の役人として派遣されることになった。
父親がそう断じた。カルロの手足となることで王家内に不和を生み出し、オーレリアを害したのだから、と。
「お父様に抗議をいたしましょう。お兄様は私を守り、フレデリック様も助けてくださいました。それにも関わらず、あまりに重い対処だと思います」
「いいんだ、オーレリア。これは罰だ。父上が俺の不甲斐なさを嘆いて罰したんだ。俺は君を守ることも、カルロ殿下に最後まで忠誠を示すことも出来なかったから。何もかもが半端だったから、当然の報いなんだよ」
オーレリアが兄の見舞いに訪れた時に交わした言葉。それっきり父親から接触することを禁じられた彼女は、祖父母の屋敷に帰った。祖父から、ルヴァン公爵の跡取りはいずれオーレリアが生む子供のうちの一人か、再び両親に子が出来た場合、どちらかが選ばれると聞かされた。
彼女は、自身の家の内情の変化に置いていかれてる。本家の当主である父親の決定を、分家筋となるオーレリアには覆すことはできない。
せめて、兄に対してフレデリックとの婚姻式と披露宴の招待状をしたためる。必ず祝福してくれることを信じて。
その後、一ヶ月経ってカルロによるフレデリック殺害容疑の調査が打ち切られた。証拠は一切なく、あるのはオーレリアの証言とフレデリックの護衛騎士達の目撃情報のみ。夜襲をかけた傭兵達も大半は倒され、捕縛された者も聴取の隙を突いて自害したり、逃走から消息不明となった。
物的証拠も発見されず、カルロが手を引いたという立証はできなかった。
「王妃殿下が動いたのだろう。あの方は家族に対する情が少々深すぎると言うか、家族間にある絆などを重要視している。息子の犯罪を容認したくはない、命を奪うなんて以ての外。だから、国王陛下に情で訴えたんだろうね。あの王は、まあ、言葉を選んで言うけど、愚かと言わざるを得ないほど妻に非常に甘い。だから捜査を切り上げた。王子二人の生命は無事だったことも、切り上げた要因の一つになっているだろうね」
祖父は説明を終えると溜め息を漏らした。腰を下ろしていたソファに深々と身を預けて、落胆と頭を垂れる。祖母が「お疲れ様ですわね、旦那様」と言えば、その身を寄せて、オーレリアにうんざりとした表情を見せた。
「カルネアス王家はどうも身内というか、配偶者に甘い傾向がある。私が知るのは先々代からだけど、代々の国王陛下達も中々なものだったよ」
カルロの弟王子殺害未遂は事実上の不問となってしまい、それ以外の証明された罪は、彼に重罰を与えることものではなかった。
王妃殿下の嘆願から、カルロは彼女の生家である侯爵家の領地の一つ、カルネアス王国の南端僻地の領主に選ばれた。叙爵も受けて新興の辺境伯となる。怪我がある程度治癒をすれば、僻地へと移送される。ただ、その怪我が深手だったことで、完治不可だとオーレリアは聞かされた。
裂かれた左手は物を掴むことができず、その前腕も痺れのように絶えず震えてしまっているらしい。短剣を突き刺された太腿は、重要な筋肉を寸断されたことで歩くことも困難になってしまったらしい。
障害を負ったことで、満足に体を動かすこともできない。制限のある生活を送ることになる。
「国の北西部と南部では、よほどのことがない限り顔を合わせることはないでしょう」
屋敷の自室にて。窓から光を注ぐ月を眺めながら、オーレリアは呟いた。カルロと二度と相見えることはないと、安堵の息を漏らす。
死を願ったわけではない。命が無事であったのは、一度凄まじい死の体験を受けた彼女にとって、苦痛を受けずに済んで良かったと思える。
時が戻る前に与えられた暴力、暴言、蔑み虐げた態度も、「愛の妙薬」で操られてのことだと分かった。彼自身がオーレリアに愛情を抱いてるとも知ることはできた。
だが、カルロの他者に対する暴力性は、生まれながらに持ち合わせていた性質だと彼女は思う。アルバやフレデリックが受けた暴力は、目を覆いたくなるほどのものだった。自身が受けた暴力を思い出させるものだった。あの凶暴性が、神器とはいえ外部からの干渉で発露したものとは思えない。
非常に恐ろしい男性というカルロに対する認識は変わらない。側にいることもできないほど、カルロとは相容れない。
だから、ホッと胸を撫で下ろす。彼との未来はなくなったことを安心する。
ただ、オーレリアはすでに、フレデリックに向けていた愛情も失っていた。
顔の右半分を潰されるほど酷い外傷を負った彼とは、もう一ヶ月以上会っていない。『愛の妙薬』を飲まされる機会がないことで、彼女はすっかり正気に戻っていた。
二カ月ぶりの再会。夜襲を受けて荒らされた王家の別宅の修繕も終わり、オーレリアはいまだに静養中のフレデリックの下に足を運んだ。
自室のベッドに身を預けていた彼は、ヘッドボードとクッションを背もたれにして上体を起き上がらせると、暗い顔で出迎えてくれた。その右半分は、包帯に覆われていることで隠されている。
「右目は、破壊されて眼球すらない。眼孔もズタズタになっているんだ。頬にも引き攣った傷跡が残ると医者に言われた。包帯が取れたら眼帯で隠すつもりだけど、君には見せられない顔になってしまったね」
憂いを帯びた目、片目だけになった夕日色の瞳は薄暗さがあった。長い静養で何も成せずに、精神が弱ってしまったのだろう。オーレリアは彼が膝に乗せている手に、自身の手を重ねた。
跳ね上がった大きな体に身を寄せる。
「ご無事であることを安心しております。お顔の傷も、フレデリック様が気になさっているのなら、その気持ちに寄り添いたいと思います。私の心を寄せたところで、痛みが紛れるとは思いませんが、せめてもの慰みになれば幸いですわ」
「オーレリア、君は・・・」
彼は目を見張ると、少し開いていた唇を戦慄かせて閉じた。彼女に向けていた顔をそらし、自身の、重なっている二人の手を眺めている。
「ああ、そうか。効果が切れたんだね」
呟いた言葉に何も言わず、オーレリアは微笑みを浮かべる。重ねた手も、振り払われないからそのままにした。
「フレデリック様には、時が戻る前の記憶があるのだと伺っております」
「・・・そうだよ。君との出会いから、バーバラに操られて虐げた日々、そして処刑も覚えている。その後の君を失って荒廃したカルネアスの惨状もしっかりと記憶に残っている」
「そう、でしたの・・・バーバラ様が何もかもを乱し、他国に嫁がれて処刑されたあとで、正気に戻られたと存じております。ご兄弟で敵意を向け、私の父と共にカルロ殿下の殺害を企てたとも」
「原因はバーバラだったけど、君をカルロが婚約者に選んだことで、君はあの惨たらしい最期を迎えた。君を失う要因は奴にもあった。だから、許せなかった。殺すしかなかった・・・アルバは側近としてカルロ側に付いていたから、父親のルヴァン公爵とも絶縁となっていた。公爵は君を失い、夫人も後追いで自害してしまったから、カルロに殺意を抱いたんだ」
彼女は知り得なかった事実に丸くなった目を瞬かせる。フレデリックは漏らすと、重ねられた手を引き抜いて、自分の手が上になるように再び重ねた。オーレリアの指の股に自身の指を絡める。
「公爵夫妻は、バーバラに洗脳された男達に君が虐げられているとは知らなかった。子息のアルバが情報統制をしていたし、君はあまり両親に負の感情を見せなかっただろう?そのような不平不満を吐露するなど、王太子の婚約者、次期王妃として相応しくないと思っていたはずだ」
「確かに、私は両親に訴えることをしませんでした。私に非があると思い、自ら改善すれば皆様から向けられる反感は減ると考えていましたから」
「君は真面目だからね」
「私との交流はバーバラ様に操られていた期間よりも短いはずですが、それでも察してしまうほどのことなのですね。よく言われました。融通の利かない頑固者だと、適度に手を抜くこともできない頭の悪い令嬢だと」
「それは時が戻る前にバーバラが作り出した悪意のある発言だ。真実じゃない・・・オーレリア、現在までの君との交流を抜きに、僕はその真面目さも廉正さも、よく知っている。君に一目惚れをしたことでずっと見ていたから。君への恋心は遥か昔から抱いていたものだから。君のことは誰よりも知っている」
「・・・・」
向けられる熱烈な気持ちに応えることができない。言葉を失った彼女は顔を伏せて、それでも様子を窺うために上目遣いでフレデリックを見つめる。
「恋をしたときから変わらない君が好きだ。愛している・・・でも、君はもう・・・」
彼は口籠る。ただ、視線は送られて、夕日色が真っ直ぐにオーレリアへと向けられていた。
「何も知らなかった公爵夫妻は、清く正しい君がカルネアス王国を支える王妃となったと思っていた。それなのに、呼び出しを受けて登城すれば、君の処刑が敢行された。周りにいるバーバラの支配下となった王侯貴族達は君に罵声を浴びせてる。処刑の取り消し嘆願をすることもできず、君は火炙りにされて・・・絶望は計り知れなかっただろうね」
可燃剤の油がかけられる前、両親が向けてきた蔑みの表情は、突然の娘の処刑に驚き、戦慄していたのだとオーレリアはやっと理解できた。
両親は、彼女が悪女だと祭り上げられているとは知らなかった。両親の愛は、きっと現在受けているものと変わらず在ったのだろう。
「カルロによって罪人とされた君は遺体の埋葬も許されず、砕かれて川に流された。公爵が自ら急いで回収していたから、一部は取り戻していたよ。ただ、夫人の衝撃は凄まじかったようで、ひたすら泣いていた姿を覚えている。そして、君の処刑の三日後に夫人は自らの体に火をつけて焼身自殺をした。詳しくは知らないけど、君の元に向かうためだったらしい。妻子を失った公爵は発狂して、アルバと絶縁すると公の場に現れなくなった。僕が再び目にしたのは、君の遺体が・・・いや、公爵にカルロの殺害を提案したときだよ。やつれた顔で生気のない公爵が、二つ返事で承諾したのを覚えている」
自分が殺されたその後のことを聞くことで、オーレリアは複雑な気持ちを得た。
彼女には愛国心がある。階級間の蟠りも少なく、平和に保たれていたカルネアス王国の生まれであることに誇りを持っていた。皆に蔑まれて疎まれた王妃だとしてもカルネアスに貢献すれば、平穏な国情を保てば、いつかはと思って・・・そして、殺された。
その死がきっかけの一つとなり国が乱れて、人々が殺し合うなど望んではいなかった。
「僕達とは別にまずロノヴァが動いた。自分の領地の騎士団を率いて王城を襲撃したんだ。目的は勿論カルロの首。カルネアスを乱した責任を取らせるために、ロノヴァ自身の責任も擦り付けるため。彼も、バーバラに操られてカルネアス王国の荒廃に加担したからね。自分の家族を虐殺して、バーバラの騎士だと民を迫害した。君の死後はあの女の思い通りにならない人々、邪魔に思った人々を処刑だと言って襲撃していた」
「ご家族が暴徒に襲われて亡くなられたとは、報告で知っていました。ただ、それがロノヴァ様の行いだったとは」
「バーバラに操られていたからね。ロノヴァは、悪女に操られた国王カルロに全ての責任があると宣戦布告。その時に処刑をした君を旗印にした。誠実だった王妃の死を悼み、国王の私欲の犠牲者だと言ったものだから、正気に戻っていたカルロの逆鱗に触れたんだ。王城の戦いは激化して、双方ともかなりの戦死者を出している。僕が王城に忍び込んだときには、ロノヴァも砲撃が直撃したとかで死んでいた」
一息ついて、フレデリックは握り締めているオーレリアの手を、親指で撫でた。存在すること確かめるように。
「カルロは、あのクヴァネスの塔の中にいて『時の砂』を発動させようとした。あいつの精神はもう壊れていた。何か喚き散らしていて、ただ君を取り戻そうとしているとは分かった。君をあれほど苦しめたのに、また手に入れようとしたから、僕は許せなくてルヴァン公爵と襲撃をした。公爵は息子のアルバを、僕はカルロに致命傷を負わせたけど、あいつは化け物だった。僕を返り討ちにするとルヴァン公爵も殺して、瀕死の最中に『時の砂』を発動させていた。君を手に入れるために時戻しを成したんだ」
「その結果、カルロ殿下とフレデリック様は記憶を保持した状態で時が戻った。それぞれで私に接触しようと動かれたのですね」
「僕はまず、君が死に至る原因を排除しようと動いたんだ。そうしたら、君が何故かあの遺跡に来て・・・以前の君ならカルロの婚約者となったことで、王城に詰めていたのに・・・オーレリア、君にも記憶があるんだろう?君の言動に引っかかることがあった。以前の状況に陥ることを恐れている様子があった」
「・・・処刑で炎に巻かれたときまでの記憶はあります。気付いたら十歳に戻っていて、あのような苦しみを二度と受けたくはありませんでした。ならばと、諦めた夢を叶えるために私は行動に移したのです」
フレデリックの視線が向かい、穏やかな笑みが向けられる。彼の目は非常に優しく、オーレリアのことを想っているのだとよく分かった。
「そうだったんだね、オーレリア。なぜ君に記憶があるのか、原因は何となく分かる程度だけど・・・でも、君は望みを叶えるために動いた。あの凄惨な結末を回避するために・・・」
一瞬でフレデリックの表情は陰る。
「君は、僕が『愛の妙薬』を用いて操っていた。あの神器の効力ならば、君の側にいられると思ったから。次こそは僕が君の婚約者に、夫になりたかったから・・・君は、そのことを聞いて恐れただろう?人の心を操るなんて、悍ましい行いだ。僕自身そう感じていた。だけど、あのとき、幼い君を目にしたら抑えが利かなくなった。今なら君を手に入れられると、気持ちが暴走して行動に移してしまった」
手が握り締められる。握り締める大きな手が震えていると、彼女は気付いた。
「僕を怖がらないでほしい。もう『愛の妙薬』はなくなった。カルロが残りを処分したから、君に使うことはできない。二度と君に飲ませない。だから、僕を恐れて疑わないでほしい。僕は君を愛している。本当に、心の底から愛しているんだ・・・僕を、拒絶しないで」
「拒絶の気持ちがあるならば、このように手を触れ合わせることもできません。私は弱いのです。フレデリック様を恐れていたら、泣き叫んで逃げています」
「・・・いいの?」
何に関しての問いかけなのかは考えない。
オーレリアは頷くと、更にフレデリックに身を寄せた。下から覗き込むように彼の戸惑いがある顔を見つめる。
「婚姻式は十二月に行うことになりましたでしょう?あと三ヶ月経てば、私達は夫婦となります。この時点で婚約解消なんて不誠実です」
「・・・そうだね」
笑みで目が細まる。柔らかい夕日色の瞳はオーレリアに向けられている。優しい眼差しに恐れを抱くことなはない。
それだけで、彼女は十分だった。フレデリックに対する愛情はなくとも、信頼は寄せているのだから。




