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処断

国王陛下が手を上げれば、合図を汲み取った騎士達がフレデリックとカルロへと駆け寄る。

フレデリックの凶刃を止めようとして手を伸ばし、察した彼は短剣をカルロの首に押し込んだ。


「ぐっ、このっ」


咄嗟にカルロが首を動かしたことで刃先はそれる。石の床に当たった瞬間、フレデリックは騎士達の手によってカルロの上から退かされた。腕を掴まれ、壁際まで連れて行かれる。


「離せ!カルロは殺さない、と・・・っ」


胸が痛むと身を屈めた彼は、狼狽する騎士達をそのままに床に両膝を付いた。

母親に抱き締められているオーレリアは、フレデリックを心配に思って顔を向ける。彼女の頭を、母親が労わるように何度も撫でていた。


「っ、はぁ・・・第二王子が、乱心した。王太子である、私を殺そうと、自ら刃を向けてきたのだ」


カルロは裂かれて真っ赤に染まる腕を抱えながら、上体だけを起こしている。どうやら太腿に負った傷が深いようで、立つことができないらしい。


お互いに床に座している二人。彼女は交互に見つつ、首を横に振った。カルロは一方的な被害者ではない。彼の発言通りならば、フレデリックの殺害を画策し、失敗したことで報復を受けた。カルロがきっかけを作ったのだと、彼女には分かっている。

だが、そう発言しようにも唇は震えるだけで何も発せない。先程まで感じていた恐怖と、今感じている母親の温もりへの安心感から心が乱れていた。冷静に言葉を紡ぐことができず、母の背中に腕を回してしがみつく。

母親は、時が戻る前に目にした心のない様子はなく、優しいまま。しがみつくオーレリアのことを振り払わずに、慰めの手は止まらない。

当然だった。彼女は悪女ではなく、暴漢のように襲いかかったカルロの被害者なのだから。


「違う・・・そいつが、カルロが先に僕に襲い、かかったんだ。僕の負傷はカルロによるもの・・・昨日に別宅へ傭兵と共に夜襲を、かけて・・・僕を殺害しようとした。そして、今は・・・」


「戯言を言うな!!貴様、が・・・っ」


痛みが凄まじいのだろう。カルロは険しい顔で言い淀んだ。その隙に、フレデリックは大きく息吸い込むと、大声を発する。


「オーレリアを襲った!この場所に誘い込み、手籠めにすることで、彼女を自分の妻にしようとしたんだ!王太子の精を受けたら、どのような立場であろうとも王家の監視化に置かれる!カルロの下で監禁となる!次代の王の子供を孕ませることで、召し上げるために!!そのつもりでオーレリアに襲いかかったんだ!僕から彼女を奪おうとした!!」


咳き込んだフレデリックは、胸を押さえて蹲った。彼の背中が大きく上下することから、苦痛は凄まじいのだろう。

静観、というよりは異常なものを見ていると顔を強張らせた国王陛下。王妃殿下は蒼白となり、一人の女性騎士に支えられてやっと立っている状態だった。

少し距離を取って見ているオーレリアの父親ルヴァン公爵と祖父。祖父は顔を顰めているだけだったが、父親はなぜかカルロに厳しい眼差しを向けていた。明らかに敵意があるという鋭さから、目にしたオーレリアは怪訝とした表情を浮かべる。


「・・・まずは、二度と殺し合いなどできぬように二人ともそのままでいろ」


硬い表情で命じた国王陛下は、溜め息を漏らすと額に手を当てた。落胆、といった様子でカルロを睨み付ける。


「物事の整理として次に問うが、なぜお前はこの場にいる、カルロ。この神話期に建造されたクヴァネス神の塔は、王のみ足を踏み入れることができる。安置された神器『時の砂』を管理するためだ。王以外の入室は許されていない。それなのに、そこのルヴァンの息子に命じ、王のみが知る暗号を解かせて塔の鍵を得た?ルヴァンの息子にも追求をしたいが、そやつの主はお前だ。お前が命じたから鍵を奪ったのだろう。そうだな?」


国王陛下の目線は頭を垂れているアルバに向かう。一瞬の目配せだったが、見えていない彼は肯定と頷いていた。次の声が聞こえるまでずっと頷いていた。


「・・・私がなぜ、鍵の暗号を知っているのか。それは、空になった『時の砂』をご覧に、っ・・・はぁ、ご覧になれば分かるはずです」


低音を更に低く、忌々しいというカルロの声色に、周囲の騎士達を驚愕と声を漏らし、遂に王妃殿下は床に膝をついた。慌てた女性騎士が倒れ伏さないように両手で肩を支えている。


「詳細には話さぬつもりか・・・だが、分かった。お前が暗号を知っている理由がな。『時の砂』が空になっていることも・・・既に六年前には空だったと、私は知り得ている。現在のカルネアスの国王だからだ」


オーレリアは国王陛下を仰ぎ見る。国王は、彼女へ流し目を向けると何か呟いた。離れていることと、声に出さなかったことでオーレリアを含めたこの場の全員には聞こえない。


「原因はそなたか」


声に出さなかった呟きのあと、国王陛下は再び溜め息を漏らす。


「では次に、フレデリックの負傷はお前が成したことか?」


「・・・この場においては、関係のないことでは?フレデリックは愚鈍です。自らが原因の、負傷を、私のせいだと言っているだけ。私の罪だと擦り、つけて・・・私を貶めようとしている」


「違う!カルロがオーレリアを求めて僕を、っ・・・僕を襲撃したんです!僕を殺せば、オーレリアが手に入ると思い込んで、浅はかな行動を取った、っ、く」


「浅はかなのは貴様だ!言いがかりで私を殺そうなど、カルネアスに対する反逆行為に他ならない!!私は王太子だ!父から拝命を受けた正式な王太子を、暗殺者まがいの不意打ちで弑そうなど、ゆる、っ・・・はぁっ」


「お互い声を張り上げようとするでない。傷に響くに決まっていよう」


また深く息を漏らすと、国王陛下の顔がオーレリアに向かう。窺うように赤い瞳の目を細められたことで、彼女の身は強張った。


「では、オーレリアに問うてみよう。そなたの有り様から察するに、事の完全な被害者と断定できる。殺し合った王子達の様子も知っているだろう?」


「国王陛下、オーレリアは酷い辱めを受けて怯えております。この場でこの子を苦しめるようなことは、止めていただきたく存じます」


母親が庇う。身を強張らせたオーレリアのことを察して、抱き締める力を強めることで、身も心も守ってくれようとした。

国王陛下は手のひらを見せて、母親の言葉を制す。


「アマリア、今は証言が欲しいのだ。この神聖な場でなぜ王子達が憎しみ合って殺し合ったのか。捕らわれていたオーレリアならば答えられるというもの。そなたは、か弱いが弁は立つ。的確に話してくれるだろう?」


真っ直ぐに向けられる赤い瞳。変わらず細められて窺っていると分かる。


「陛下、娘は心身とも傷付けられています。この場での追及はお止めください」


「オーレリアだけではなく、アルバも怪我を負っています。私としては、孫達の介抱を優先していただきたい」


父親と祖父が願い出ても、国王陛下の視線はオーレリアに向けられたまま。彼女の言葉を待っていた。答えを求められていた。

唇を震わせながら開く。喉は震えないことを祈って、声を発する。


「私は、カルロ王太子殿下により、この場に連れられました。王太子殿下は、時を戻したことを言及され、そして・・・時を戻す前は妻であったと、私を求められました。ただ、もはや時戻しにより関係は清算されています。その消失した事実を王太子殿下はお認めにならず、フレデリック王子殿下の婚約者である私を・・・強引な手段で、得ようと」


「オーレリア!!」


「怒鳴ることで恫喝をするな、馬鹿者・・・それで、そなたはカルロによって拘束を受けて辱められたのか。既に失った夫婦関係を拠り所にされて強引に迫られたと」


周囲はざわついている。オーレリアの母親もそうだが、騎士達が驚きの声を発し、時戻しが行使された事実に慌てふためいている。

クヴァネス神から神器を賜って二千年以上。気が遠くなるほど長い歴史を持つカルネアス王国において、神器の使用は初めてのことだった。誰もがそのように認識されている。

王家の末裔となる現王太子の行いにより「時の砂」は効力を失い、ただの砂時計を模した置物となってしまったのか、と。

ただ、国王陛下の落ち着き払った様子と、忠臣であるルヴァン公爵と祖父の静観に徹する姿に、驚く者達は落ち着きを取り戻していった。


「私は、フレデリック様の婚約者です。長い間心を寄せておりました。この気持ちに従ってフレデリック様以外の男性に心を移すつもりはありません」


「・・・」


蹲っていたフレデリックが顔を上げる。泣きそうな表情を浮かべていると、視界に映ったことでオーレリアは思った。

それは、怪我の痛みか、別の痛みか。


「私の意思をお伝えしたところ、王太子殿下は憤慨されました。私をご自身のものだと詰め寄り、この台座に括り付けて・・・フレデリック様との婚約が解消となる行いを成そうとされました」


「・・・悪辣な」


声に漏らしたのは父親のルヴァン公爵だった。オーレリアを労わる視線を向けていた彼は、彼女の発言を受けて鋭い眼差しをカルロに向ける。先程のように敵意のある眼差しをしていた。

舌打ちをしたのはカルロで、彼は裂けて血の滴る腕を持ち上げると、震えた手をフレデリックに向けた。


「その男こそが悪辣だ!王の妻を奪い取り、汚して自身のものにした!貞淑なオーレリアが逃げられぬようにしたのだ!!取り返そうとして何が悪い!!私のものだ!オーレリアは私のものだった!!それにも関わらず小賢しい手で私のオーレリアの心を操って手に入れた!!」


「心を操る?」


国王陛下の顔がカルロに向かう。険しい表情で睨み付けていた。

何事か思うことがあるのだろうか。そのようなことをオーレリアは考える。彼女が思考を優先させたことで、彼の声は止まらない。


「イルルラルバの神器だ!『愛の妙薬』という液体を飲ませることでオーレリアを操った!フレデリックを愛するように命じていた!そうでなければ奴を嫌悪していたオーレリアが愛情を抱くなど有り得ない!!」


「イルルラルバの神器は『人の心を操る美女』と私が解明したはずですが?」


「アルスター殿の着眼点が僅かにズレていたのだ!古代の美女が『愛の妙薬』を使うことで戦士や権力者を操っていた!私はそう知り得た!!フレデリックはイルルラルバの神殿遺跡に秘されていた『愛の妙薬』を手に入れたことでオーレリアを操った!自身のものにすべく奸計を巡らせた!!私から愛するオーレリアを奪って悦に入っていたのだろう!そいつには何もない!!力も、地位も私に劣る!だから大切なオーレリアを奪って私を見下そうとしたのだ!そうに決まっている!!」


カルロの叫ぶ声は響き、返ってくる最中にまた叫ぶことで轟音となる。大声での怒鳴り声に誰もが顔を顰める、が。


「・・・その『愛の妙薬』というものは知りません。フレデリック様から振る舞われた記憶などありませんもの」


オーレリアの澄んだ声が、轟音を切り裂くように周囲に伝わる。塔の内部にいる者達は皆、彼女へと視線を向けた。カルロも、フレデリックも、表情は違えど視線を送り続ける。


「オーレリア、君は、何を言って?先程は知っていると」


「私は『飲んだ』と言いましたか?そのような発言はしていません・・・王太子殿下の荒唐無稽な作り話に驚いただけです」


「そんなはずはない!君はフレデリックの所業に驚いていた!!操られていると自覚して怯えていた!!」


「私が怯えたのは王太子殿下、あなたに対してです。大きな体躯で大声で迫られたので、とても恐ろしい思いをしました。アルバお兄様も酷い怪我を負わされて、私も痛め付けられるのだと身を震わせました」


「私は君にそのようなことはしない!!」


父親が顎をしゃくって騎士達に合図を送る。二人の騎士が伏していたアルバに近付き、腕を持って立ち上げると、ふらつく彼の体を支えた。父親は「医務室へ」と告げると、力ない表情を浮かべたアルバを一瞥するに留める。

それは、彼と親子だとは思えない冷めた対応だった。


「いえ、実際に王太子殿下は私に迫り、このような辱めを受けたのです。フレデリック様が助けてくださらなければ、私は恥辱を受けていたでしょう。王太子殿下のお子を孕まされたことで、愛する方に嫁ぐことができなくなっていた。悲しみと後悔で苦しむ日々を送ることになっていたでしょう」


母親の腕の力が強まる。オーレリアの言葉に恐怖を感じ、娘の身が無事であることを強く感じ取ろうとしていたのだろう。頭に頬が擦り寄り、髪を梳かすように撫でる手は、どこまでも優しかった。


「王太子殿下は、この身を陵辱しようと気が高ぶっていらっしゃったので、軽率にお言葉を漏らしていました。フレデリック様を殺した、と」


「オーレリア止めろ!私は君の夫だ!そのように私を陥れるならば私と君は結ばれない!!」


「黙れと言っている、カルロ・・・オーレリア、その発言に偽りはないな?」


「はい。ただ、フレデリック様の殺害を仄めかしたことは、私の証言のみとなります。精査されるべきだと進言させていただきます」


国王陛下は頷き、歯を食いしばってオーレリアを睨み付けるカルロへと顔を向けた。


「王太子の兄弟殺しはこちらで調査をしよう。そなたの証言以外で証拠が出たのなら、未遂とはいえ極刑は免れない」


「へ、陛下。カ、カルロの言葉にも耳を傾けてくださいませ!」


「アルマ、お前が手引きをしたとも俺の耳に届いている。カルロとオーレリアが出会わないように城中に通達して細心の注意をしていたのだ。誰も止めることができなかったのは、王妃であるそなたが引き合わせたからだろう・・・親心を発揮する場を間違えたな」


「で、でも、カルロは・・・」


青い顔を両手で覆った王妃殿下。身を震わす彼女に、国王陛下は息を漏らすだけ。


「現状、カルロは神の塔への不法侵入と公爵令嬢に対する強姦未遂、公爵令息に対する暴行。そして、第二王子との私的決闘で罪を犯したことになる。負傷の治療後は、自室となっている西の塔で幽閉処分となる。よいな?」


「認めない!!私は認めない!!そのような一方的な処罰など私は認めないぞ!!」


カルロは立ち上がろうにも、太腿の傷のせいで足は動かなかった。そのまま騎士達に押さえられて、身動きできずにオーレリアを睨む。


「オーレリア!!」


「ここは神聖な神の塔だ。血を拭い次第、封鎖する。負傷した者は医務室へ。ルヴァン公爵、貴殿は愛娘が休める場所に連れて行ってやれ」


「言われずとも・・・アマリア、オーレリアをこちらに」


まず母親が膝を立て、オーレリアの肌を隠す外套が開けないように気を使いながら、彼女を立ち上がらせた。母親と共にオーレリアは歩き進み、父親の前に立つ。


「・・・無事でよかった」


安堵の声は彼女の耳に届き、顔を上げれば初めて目にする父親の微笑み。驚いて目を丸くするオーレリアに、祖父が守るように横に立つ。


「さあ、行こうか。一の宮の休憩室では遠いから王家の居住区、そうだね・・・陛下の叔母上が使用していた部屋がいいだろう。時折帰ってくる叔母のために、陛下が毎日清掃を命じている。すぐに使えるよ」


家族に囲まれて塔の出入り口である扉に向かうオーレリア。彼女は、いまだに床に膝を付いているフレデリックに視線を向けた。そうすれば、すぐに目が合う。憂いを帯びた眼差しが絶えず向けられている。


「オーレリア!待て!待つのだ!!私から離れようとするな!!オーレリア!!」


背後から聞こえるカルロの声には聞こえない振りをして、塔を出るまで、視界からいなくなるまで、オーレリアはフレデリックだけを見つめていた。

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