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連れ攫われて

カルロはオーレリアの肩を抱き、自身に寄りかかるように力を加えると歩き出した。立ち止まって抵抗しようにも、力のある彼には敵わない。肩を押されながら彼女は歩かされる。

ガゼボから離れて、庭園を突き進み、政関連の部署がある二の宮へと続く外の通路を歩く。階段に差し掛かったところ、段差に足をかけて踏み止まろうとしたが、恐ろしい男が優しい笑みを浮かべた顔をオーレリアに向けてきた。


「抵抗しないでくれ。私は君に酷いことをするつもりはない。話したいことがある。それは君が知らなければいけないことだ。話すに相応しい場所がある。そちらに一緒に来てほしい」


「いや!いやです、離し、きゃあっ!?」


押し退けようとカルロの逞しい胸を腕で突っぱねても、擽ったそうに笑われる。抵抗虚しく、更に彼が身を寄せてくると突然、オーレリアを横抱きにした。抱き上げられたことでの不安を得て、近付けられた美貌の顔に恐怖を強める。彼女は、自身の胸の前に両手を寄せて身を縮めた。


「ああ、オーレリア。君は何て軽いのだろう。華奢でか弱くも麗しい妻よ。やっと君をこの腕に抱けた。私の可愛いオーレリア」


うっとりした声で囁くと、カルロの唇が近付けられた。まさかキスをするつもりなのかと、オーレリアは咄嗟に顔を横に向ける。そうすれば、白く柔らかな頬にキスが落とされた。頬の感触を確かめるように唇が食むように動き、吸われたことで音が奏でられる。


「いやぁっ!なぜ、このようなことを!」


「嫌がらないでくれ、私のオーレリア。私と君は夫婦だから、こうして触れ合っても問題はない。これは愛し合う夫婦として当然の行いだ」


「何を、お、おっしゃって・・・わ、私は、王太子殿下とは、婚約も、してません。わたしは、フレ」


「私達は夫婦だった。神の下で結ばれたことで、覆すことも破棄することもできない。時が戻り、私達の関係や状況が変化してしまっても、神聖な誓約を破ってはならないのだ」


「王太子、殿下?」


彼は何と言ったのか。驚きですぐに理解が及ばなかった。カルロとオーレリアは夫婦だったと言った。時が戻ったとも言葉にした。

それは、つまり記憶があるということ。時が戻る前の記憶をカルロは保持しているということ。


「お、降ろしてください!カルロ殿下!あなたのお怒りを買わずにひっそりと、お近くに侍ることなく臣下として忠義を誓うつもりです!ですから、このような、私をこれ以上、苦しめないで!私、私は、何もしていません!!あなたのバーバラ様を害しておりませんし、あなた達の愛の妨害をするなど毛頭もございませんでした!!何用で私をこのような、時が戻る前の行いを罰するつもりでしたら、私は何も!!」


「・・・オーレリア」


彼に記憶があるという事実に、彼女は錯乱して言葉だけを発する。時が戻る前のことを詫び、弁解をし、現在の状況に困惑しながらも、命乞いをするつもりだった。

だが、額と額が合わせられたことで、カルロの赤い瞳だけがオーレリアの視界を占める。ほかは何も見えない。ドロリと妖しい光を宿す赤しかない。


「君は以前の、時が戻る前の記憶があるのか?ああ、そうだったのだな・・・だから、私から離れようとした。私を愛することを諦めて、関わりを持たずに一臣下として仕えようとした・・・そのような必要はないのにな。時が戻る前も、今も、私が心から愛する妻は君だけだ。私の愛は君だけのもの」


「なっ、何を、仰っていらっしゃるの?あなたにはバーバラ様が」


「悪女などどうでもよい。私には君がいるのだから」


カルロは階段を上がり、二の宮の扉を開くと、宮殿内を颯爽と歩き進む。抱き上げられているオーレリアは、ただひたすら前を見ている彼の胸を押して叩いて、自らの身を捩って逃げ出そうとするが、しっかりと掴まれていることで叶うことはなかった。

二の宮から、別の宮殿への通路を渡る。見知った景色に、王家の居住区である奥の宮に向かっているのだと血の気を引かせながら理解した。


「カ、カルロ、でんか?わ、わたしは、どこで?」


「・・・安心してほしい。あのときのように君を殴り、蹴り上げて、意識を失うまで暴力を振るうつもりはない。火炙りの刑など以ての外だ。あの暴虐の限りを尽くした私は、本当の私ではなかった。あれは悪女に操られていた偽りの私だった」


「何を、仰って・・・悪女?あや、つられていた?」


「そうだ、君が知らなければいけないことか沢山ある。真実を知れば、君は浅ましいフレデリックではなく、誠実な私を選んでくれる。私の気持ちに応えてくれるはずだ」


僅かな間、赤い瞳からの視線を受ける。見上げていた彼女の視線と交わると、スッと細まり、口の端を吊り上げて笑った。

非常に整った顔立ちから浮かぶ邪悪な笑み。恐ろしさに震えたオーレリアは顔を伏せて、目を閉ざす。


「オーレリア、君の体は柔らかいな。これほどとは思わなかった。本来ならば初夜に知り得たことなのに・・・君とはまともな婚姻式も披露宴も、初夜すらなかった。偽りの私が全て暴力で破壊してしまった・・・私は常に君に触れて、抱き締めていたいと願っていたのに・・・」


頭上から落とされる呟き。後悔の中に欲望が垣間見えた。

そのようなことは有り得ないはず。オーレリアは、自身がカルロに想いを抱かれる女ではないと思い込み、理解することを拒絶する。ただ、それでも女性としての本能から身の危険を感じ始めていた。

彼はどこに連れて行くつもりだろうか。現在は王家の居住区である奥の宮にいる。カルロの部屋もあり、そこが目的地ならば、何を目的にしているのか。

オーレリアは想像に行き着いたことでゾッとした。愛するフレデリックと深く結ばれた行為を、カルロと行うのだろうかと恐怖心で息すら苦しくなっていく。


「っ、はぁ、カルロ、でんかっ」


「そのように怖がらないでくれ。息もほら、ゆっくり吸って、ゆっくり吐き出す・・・呼吸が乱れては失神してしまうからな。大切な話をしたいのに、君が倒れてしまっては私の部屋で休ませるしかない・・・まだ共寝は嫌だろう?君は貞淑な人だから、きちんと手順を踏んで正式に夫婦となった相手に体を許す。そうだろう?」


「はぁ、あぁ・・・はっ、はぁあ・・・ふっ」


呼吸を正してる最中に囁かれる言葉。更に恐怖心を煽られて、心臓が握られたかのように痛む。

オーレリアには何もできない。抱き上げられていることで、自らの足では動けない。力で負けるから、強靭な体を叩いても押しても離されない。彼女は彼の思うように扱われて、望む場所に運ばれていく。


(私は、どこに連れて行かれるの?)


奥の宮の庭園を横切る通路を歩き、それぞれの王子の部屋、国王陛下の部屋と王妃の部屋も過ぎる。時が戻る前にオーレリアが使っていた部屋は、使われていなかった衣装部屋であり、その部屋も過ぎて更に奥へと彼は進んでいく。

奥の宮から出て、王城最奥の塔の段差をカルロは上っていく。真っ直ぐに先を見つめて歩いていく。

最奥の塔は、カルネアス王家がクヴァネス神より賜った神器「時の砂」が安置されている。王家以外は向かうことが困難な崖上の小さな塔で、国王が持つ特殊な鍵がなければ、内部に至る鋼鉄の扉を開けない。


「アルバ」


カルロが兄の名前を呼ぶ。彼女が前方に顔を向ければ、鋼鉄の扉の前にアルバが立っていた。

苦しそうに顔を歪めていた彼は、オーレリアと視線が合うと、すぐにカルロへと向けた。眉間に皺を寄せた顔で、睨み付けるように彼を見つめる。


「やはり無理矢理に連れて来たようですね。俺は、嫌がるなら止めてほしいと願ったはずです」


「黙れ、お前は私に従ってればいい。誠心誠意付き従えば、次期王妃の兄として皆に羨望を受けるのだぞ」


「・・・・・」


無言となったアルバだったが、礼服の合わせに手を入れると、握り締めた物を翳した。

それは黒鉄色の鍵。鋼鉄の扉を開くための、国王陛下自身が厳重に保持しているはずの鍵。


「なぜ、お兄様が」


「・・・すまない、オーレリア」


「良くやった。では、私が許可をする。扉を開錠しろ」


悔恨と顔を曇らせたアルバが振り返り、鋼鉄の扉の前に立つ。少しの間のあと、鍵穴に黒鉄色の鍵を差し込んで開錠した。彼は扉の取っ手を掴んで開く。


「ご苦労・・・さあ、オーレリア。行こうか」


オーレリアの額にカルロが頬を寄せて擦り付ける。その感触に怖気が走ったが、情けない声を出さないようにと耐えた。震え上がっている場合ではないと、彼女は冷静に思い始める。弱っていては、震えているだけでは、恐ろしい男の思う壺だから。

カルロに抱き上げられたままの状態で、彼女は塔の内部に入った。磨かれた白い石材の壁、同質の床。金の簡易なシャンデリアは、足を踏み入れる者がいないため火は灯っていない。

装飾なども一切ない。その無に等しい内部の中央には、唯一の家具である金の台座がある。その上には古びた木とガラスで出来た砂時計が置かれていた。


時が戻る前、王妃となることで一度は目にした神器「時の砂」。遡る時間を願ってひっくり返せば、その望んだ時間まで戻るという驚異の神器。

だが、オーレリアの目の前にある砂時計には、「時の砂」の核たる金色の砂粒がない。よく目を凝らして見れば、ガラスの底に数粒ほどある程度だった。


やはりカルロの言う通り。カルロが時を戻したと、目にしたことで彼女はやっと理解ができた。

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