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異常な状況

王都のルヴァン公爵家タウンハウスにて。

王城で開かれる会食のために、別荘から戻ったオーレリアは、メラニーの手によって鮮やかなドレス姿となった。

オレンジ色の下地に、上掛けのように黄色の細やかなレースで覆われたベルラインのドレスは、袖が薄地のベルスリーブとなっている。彼女の肌を覆ってはいるが、二の腕からは透けていて、どこか艶やかに見えた。


(大丈夫かしら?)


長い金の髪は、両サイドの髪を後ろに回し、ずっと身に付けているフレデリックからのリボンで纏められた。

細やかなレース編みが縁に施されたチョーカーの下には、彼から贈られたマンダリンガーネットのネックレス。イヤリングと指輪はシンプルなデザインだが、純金製だった。

フレデリックの婚約者を強調するために、彼の色で飾られている。もし、この姿をカルロが目にしたらどうなるか。

今は長期休暇の真っ只中。カルロも公用外出でない限りは城内にいる。今までの行いから、会食に参加することはないと通達を受けたが、それでも不安がある。


(最後にお目にかかったときは、王太子として非常に落ち着かれていたわ。私の方こそ不躾だとご注意されたくらいだもの)


大丈夫のはずだ。

時を経たことで、カルロはオーレリアに対する執着心を失った。これから第一王位継承者の王太子として、多忙を極めている。弟の婚約者だからといって、一介の公爵令嬢にいつまでも執心することはない。

そう思い込んで、オーレリアは気持ちを軽くした。


「お嬢様、こちらの髪飾りはいかがしましょう」


メラニーは小箱に納められている百合の花を模した銀の髪飾りを見せてきた。兄のアルバから贈られたお気に入りの髪飾り。王城に赴く際、国王陛下夫妻に拝謁するときには、必ず身に付けていた。だが、オーレリアは首を横に振る。


「色が浮いてしまうわ・・・今回はやめましょう」


「畏まりました」


メラニーは髪飾りの箱に蓋をして、そっと宝石棚に置いた。


「本日も大変お美しいですわ。私のお嬢様の美しさには陰りなどありませんね」


「ありがとうメラニー・・・ただ、やっぱり恥ずかしいわ」


手放しの賛辞を喜べるようにはなったが、やはり気恥ずかしさから頬を朱に染める。顔が熱くなったオーレリアは、汗が滲むことを恐れて扇子を扇いだ。

一息付いた彼女だったが、部屋の扉がノックされたことで、扇子を閉じる。目線を向けると、先にメラニーが動く。扉の前で姿勢良く立つ彼女の背を、オーレリアは眺めた。


「どなたでしょうか。オーレリアお嬢様はお支度の最中でございます」


「・・・俺だ、アルバだ。君は侍女のメラニーだな?出かける前にオーレリアの顔を見たい」


「どうぞ、お兄様」


メラニーが顔を向けて伺ってきたことで、オーレリアは頷き答えると、室外のアルバに向かって声をかけた。

扉が開かれる。メラニーは横にそれて会釈をした。オーレリアも出迎えようと歩み寄るが、彼の顔を見た瞬間、驚いて足早に近付く。


「お兄様、お鼻が腫れてらっしゃいます。どうされたの?」


青痣も浮かんだ腫れている鼻頭。それでも兄の美貌が損なっていないことで、非常に麗しい顔立ちだと再確認してしまう。

ただ、あまりにも痛々しく、思わず手を向けて、触れるべきではないと宙で留めた。

そのほっそりとした白い手は、アルバに取られて下げられると、優しい力で握られる。


「痛みますか?」


「ああ、昨日に・・・少し戦闘訓練で無茶をしたんだ。剣の柄頭が当たったんだが、痛みは引きつつある。触れると痛いけどな」


「そうですか。治療は」


「大丈夫、じきに治まる」


アルバは目を細める。僅かに眉間に皺を寄せていることから、痛みを感じているのだとオーレリアは思った。

彼は握り締めた彼女の手を、指の腹で撫でてくる。ずっと、感触を確かめるように、存在を確かめるように。


「お兄様?」


「オーレリア、君は・・・」


眉間の皺が更に深くなるほど、アルバは顔を顰めた。すぐに伏せられたことで見えなくなったが、苦しそうな表情だったとオーレリアは心配に思う。


「痛むのでしょう?治療いたしましょう。腫れ止めの軟膏でしたら、私も発掘調査で使用するので持ち合わせがあります」


「いや、いいんだ・・・オーレリア。心配をかけてすまない・・・すまない」


苦しそうに呟くと、彼は言葉を続けた。


「王城での会食だが、俺はこの顔だから参加はしない。ただ、城内には留まっている。何かあれば呼んでほしい。近くにいるから必ず駆け付ける・・・君が拒絶を示すなら、俺はフレデリック殿下の代わりに君を守ろう」


後半の言葉はあまりにも小声で、オーレリアには聞こえなかった。ただ、アルバが困り事の際は助けになってくれると聞いて、彼女は微笑みを浮かべる。


「ありがとうございます、お兄様。食事の席にいらっしゃらないのは寂しく思いますが、お兄様が気にされているのなら仕方ありませんね。お母様も大変心配されるでしょうし」


「それもあって母上に顔を合わせられない。気付かれないように先立って王城に向かう。だが、必ず側にいるから・・・安心してほしい」


「ええ、分りました」


兄の優しさに胸が温かくなる。握り締めている大きな手も、安心感を与えられていることで、離れ難く感じた。

しかし、アルバはオーレリアの返事を聞くと手を離し、後退することで体も離れていく。


「俺は・・・君の味方で在りたい」


最後に言葉を残して、アルバは立ち去った。その言葉の真意が掴めない彼女は小首を傾げて、兄の去った出入り口を見つめるだけ。






両親と祖父母と共に登城したオーレリアは、謁見の間で国王陛下夫妻に拝謁した。

挨拶の後、会食の場に移動となるが、国王陛下の表情は固い。呆れと溜め息を付いて、玉座に深く身を沈めている。祖父が「態度が悪い」と諌めても、体に力は入らなかった。


「フレデリックが来ていないのだ。一時間ほど前に伝令を送ったので、いつ登城するのかも不明だ」


「何かしらあれば早々に連絡役を寄越すでしょうに、それすらなく、全くの音信不通なのです。まだ別宅から出ていないのなら、登城は早くとも三時間後になってしまいますわ」


国王陛下と打って変わって、王妃殿下は取り澄ました表情をしていた。王妃としての所作を崩さないことに、どこか異様だと思う。


「それは、困りましたね」


父親のルヴァン公爵が言葉を返せば、国王陛下は溜め息と共に頷いた。


「きっちりとした性格の息子だ。万一、困難に直面したのなら遅刻も致し方ないだろう。三時間後ほど待機となるが、構わないか?」


「勿論です」


父親の返答に、国王陛下は家令を呼ぶ。一番下の段差の前で控えていた初老の家令は、控え室に案内をするようだった。

両親、祖父母にオーレリアは続こうとする。その背に、王妃殿下から声がかけられた。


「オーレリア嬢、よろしいかしら?」


「はい、如何ようなことでしょうか?」


歩みを止めて振り返る。先に行く家族も足を止めていたが、家令の声で次々と退室していった。


「フレデリックの妻となる貴女とお話がしてみたいのです。臣下としての貴女は生真面目で勤勉な令嬢ですけれど、ありのままの、本来の貴女と話したくて」


「早くも姑としていびるつもりか」


「まあ!ご冗談はよしてくださいませ!・・・ただ、ご一緒に庭園で散策でもと誘っているだけです。いかがかしら?貴女がよろしければだけれど」


眉根を寄せてつつ目尻を下げた表情。王妃殿下の乞い願うような顔は、か弱さを強調していて、可憐でいて、有無を言わせない。

断ることはできないと思わせられる。何より、立場から断るべきではないと理解させられる。

彼女はフレデリックの母親。カルネアス王国の王妃で、国王陛下の寵愛を一身に受けている。公爵家の令嬢とは決して対等ではない。


「私でよろしければ、是非お話してみたく存じます」


指の先まで緊張させて、しっかりと淑女の礼を取る。

見せた頭頂部に受けるのは、王妃殿下の嬉々とした声。玉座から腰を上げ、近付いてくる靴音が聞こえる。


「お顔を上げて、オーレリア嬢」


「はい」


向かい合っている王妃殿下は、優美な微笑みを浮かべている。姿勢良く佇むオーレリアの手を、華奢な手で取った。


「では、行きましょう」


手を引かれて歩き始める。一歩後ろに控えることで、王妃殿下の先導を受ける形だが、並び歩くなど恐れ多った。




謁見の間から二人が退室するまで、国王陛下は肘掛けに腕を乗せて頬杖を付き、無言で眺めていた。


「・・・カルロはどうしている?」


静寂が落ちてすぐ、国王は控えていた宰相に言葉を投げかける。






庭園に辿り着くまで、王妃殿下の話の聞き手となったオーレリア。王妃は、国王陛下との馴れ初めや結婚生活のことを一方的に話し続けると、彼女に向かって振り返り、浮かべている笑みを深くする。


「貴女は容姿に奢ることなく、清らかゆえに一途とも聞いています。息子が愛する気持ちが分かりますよ。きっと私と陛下のように、フレデリックと仲睦まじい夫婦となってくれるはずですわ」


うっとりとした声で言われた。何かおかしいと感じるも、すぐに王妃殿下は前を向き、再び話し始める。

拒否などできずに従って、聞き手に徹して、ようやく庭園に辿り着いた。


(でも、これから談笑ではないお話をされるはずだから)


本番はこれからだと気を引き締める。王妃殿下は、そんなオーレリアの手を離し、後ろに回り込むと、彼女の両肩に手を置いた。


「私は家族を愛しています。国王陛下は勿論、カルロもフレデリックもエイダンも・・・一人だけを贔屓にしているなど、あり得ません。そう思われていたのなら、それはとても心苦しいこと」


「王妃殿下?」


「私に似ているからフレデリックの味方をしたわけではありません。私は息子達の味方・・・あの子が長年の恋簿に苦しんでいるのなら、出来る限り協力をしたい。協力を願われたのなら、手を差し出すのが母というもの」


肩を押される。先に、先にと歩かされる。様子のおかしい王妃殿下への不安から、後ろに目を向けても、背の低さから口元までしか見えない。王妃の表情が分からないから、オーレリアには窺い知ることができない。


「あの子が貴女を想う気持ちは、烈火のように激しいのです。あの子は激情家で頑固で、ただ一途に貴女だけを想っている」


向かう先は、時が戻る前にフレデリックとバーバラが睦み合っていた白い大理石のガゼボ。フレデリックから、吐き捨てるように暴言を言われたことで、逃げ出したという恐ろしい記憶のある場所。その前に誰か、長身で逞しい体格の男性がいる。

気付いたオーレリアの身は竦み、足を止めようとした。だが、王妃殿下に肩を押されていることで、強制的に歩み寄らされる。


「初恋の貴女とお話がしたいそうです。己の内にある気持ちを吐露して、貴女の許しを得たいと言っていました」


耳元で囁かれた言葉が優しい声色によるものでも、オーレリアの恐怖を煽った。


「ありがとうございます、母上」


いつも重低音の罵声や怒号しか発さなかった口が、今は低音の落ち着いた美声を奏でている。

烏の濡羽色の艷やかな髪、燃える太陽のような赤い瞳。堂々とした佇まいのカルロが、骨張った大きな手をオーレリアに向け、震えた手を取った。


「オーレリア・エドナ・ルヴァン公爵令嬢。王太子を前に呆けるなど、不敬と断じらてしまうぞ」


「あ、ぁ・・・カ、カルロ王太子殿下・・・わ、わたし」


淑女の礼を取るべきだと手を動かそうにも、頭を垂れた瞬間、その震えた体を包むように抱き締められる。


「いや、君はどのようであろうとも不敬にはならない。オーレリア、私の唯一の人・・・」


耳元に囁かれる言葉。ゆっくりと脳内に浸透して、茫然と震えるだけだったオーレリアは、身逃げ出すために身じろいで手を伸ばした。王妃殿下に助けを乞おうとした。

しかし、カルロの抱き締める力は強く、僅かであっても動くことはできない。


「母上、私はオーレリアと二人きりで話をするつもりです。場を辞していただいてもよろしいか?」


「ええ、勿論・・・ですが、カルロ。あくまでお話だけですよ。オーレリア嬢はフレデリックの婚約者。婚姻まで一ヶ月を切っています。二人の間を引き裂くような真似はしてはいけません」


「分かっています。私は公平な母上の息子なのですから・・・」


おかしい、何もかもがおかしい。

王妃殿下の行動も、カルロの言葉も、この状況も、異常に他ならない。

それなのにオーレリアは喉が震えて声が出なかった。しっかりと抱き締められていることで、カルロの逞しい胸に顔を埋めることになり、息すら苦しくて何も訴えることができなかった。


これからどうなるか。恐ろしいことばかりが脳裏に浮かび、彼女の心は恐怖に染まっていく。

ある時点から王妃殿下の様子をおかしくさせよう!って思い始めていました。今回の話を書き出したら、おかしさが思ったよりも突き抜けた。

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