襲撃
フレデリック視点。
暴力描写があります。ご注意ください。
深夜に差し掛かる前、フレデリックは住居としている別宅の図書室で、王家の婚姻に関する儀式についての書物を読んでいた。
明日、もうすぐ今日となるが、王城に赴いて両親とルヴァン公爵家と会食となる。婚姻前に行う双方の家の歩み寄りを目的とした食事会だが、少し憂鬱に思っていた。
(カルロがいる時間帯に食事会なんて、何か起こるに決まっている)
国王が王子の婚家を招いて歓待する事例は過去にもあった。むしろ暗黙の了解として、必ず催されている。
フレデリックには断る権限がない。決まりを破ることは良しとされない。
(オーレリアがカルロと接触しないようにしなければ)
書物を本棚に戻すと、図書室の出入り口である扉に向かう。ノブを掴んで扉を開き、退室しようと体を捻れば、視界に国宝の机が映る。自らが広げた新聞がそのままであるが、彼は目を細めただけで、図書室から出てた。扉を閉じて、壁掛けの照明が灯るだけの薄暗い廊下を歩き進む。
バルザドール家は一族全てが捕縛され、重罪を犯していた者は処刑となった。取り調べで軽犯罪が明るみになった者はともかく、ただバルザドールの血筋だった者や在籍しているだけの者ですら、収容所に送られた。二度と外界に出ることは叶わない。つまり、バルザドール家は事実上の滅亡となる。
バーバラの遺体を引き取る者はおらず、安置所に保管されていた彼女は、所内の共同墓地に埋葬されることになった。
今のフレデリックに後悔があるとしたら、自らがバーバラを殺せなかったことだけ。彼女が病院に搬送されたと聞いた時、あまりのしぶとさに学寮の自室で荒れた。オーレリアの手前では落ち着き払っていたが、次こそはと思案を巡らせている間に何者かに殺害されてしまった。
誰が、とは予想できている。恐らくカルロだろうと確信していた。オーレリアを害したことで、王家はバルザドール家に抗議をした。王太子である彼が見逃すはずがない。バーバラの所在を知り、時が戻る前の復讐も含めて殺害した。
所詮は憶測に過ぎないが、フレデリックは真実だと確信している。
(殺害される前のバーバラの容体がどの程度か分からないけど、もし話すことができたのならカルロに)
駆け寄る足音が聞こえたことで、思案のために落ちていた視線を上げる。長年の護衛騎士ミオの長男カインと、学園でも護衛として付いていたロイが走り寄って来た。
「慌ててどうした?」
「殿下、来訪者です」
「母が門前で引き留めていますが、兄君が、カルロ王太子殿下がご来訪されました」
「カルロが?」
もはや日を跨いだ真夜中。
何より、殺意を向け合うカルロが訪ねてくるなど謀り事に他ならない。
「この時間だ。王太子殿下だろうとも入場は許可できない。ミオに伝えて」
轟音が響く。鉄が打ちつけられた音のあと、重量のある物が地に落ちる音。それだけでも別宅の鉄門が破壊されたと、フレデリックには分かった。カルロが破城槌でも用いて、わざわざ破壊をしてまで、フレデリックに会おうとしているとも、嫌でも理解できた。
「頭のおかしい脳筋が」
吐き捨てるように言うと、カインとロイを率いてエントランスに向かう。その道中、玄関の重厚な木製の扉も突破されたと、聞こえた音で理解した。
「もはや襲撃だ」
「それ以外の理由で、あいつが僕に会いに来るわけがない。迎え撃とう」
「母が心配です。無事でしょうか?」
「ミオの方が戦士として力量があっても、あちらは馬鹿力の大男だ。手勢の数もそれなりにいるはず・・・押されているだけだと思いたい」
カインとロイに前後を守られながら、フレデリックは廊下を歩き続ける。身の安全を優先して別宅を脱出すべきか、ミオを含めた配下達の保護を優先すべきか。
突然のことだった。冷静に努めようと平静な顔を作っているが、内心は焦燥していた。
それは行動にも現れていて、ただ早足で別宅内を移動するだけ。従者や使用人達の慌てた様子に「避難をするように」と言葉を発することしかできない。
フレデリックは、自室として使用している部屋の前に辿り着く。室内に置いてきた「愛の妙薬」を手にするべく、扉のノブに手を向けるが。
扉は勝手に開き、伸びてきた太い腕に胸倉を掴まれた。凄まじい力で引かれた彼は、カインとロイが掴むこともできずに自室の床に投げ付けられた。
「あ、ぐぅっ」
叩き付けられた右半身が痛みを発する。反射的に片目を閉じて、その痛みに震えた。
「護衛共の相手をしてやれ」
聞き覚えしかない男の声のあと、複数の足音が聞こえる。その男の配下達は退室したようで、扉が閉じられた室内の気配は息遣いから二人ほど。
「っ・・・はぁっ、アルバもいるのか。揃いも揃って、何の御用かな、王太子殿下・・・」
横に伏していた体。両手を支えにすることで、上体だけでも起き上がらせる。見上げれば、やはりカルロがいた。その後ろ、扉の脇に控えているアルバの姿もある。
彼は痛みを逃がそうと、喉を震わせながら呼吸をした。右脇腹が非常に痛む。また肋骨を骨折したのかと、どこか冷静に考えることができている。
(慌てるな・・・取り乱したら、こいつの思う壺だ)
夕日色の瞳の目を細めて、見下ろしてくるカルロを睨み付けた。腕を組んで仁王立ちしていた彼は、鼻を鳴らすとフレデリックに歩み寄り、素早くその顔を蹴り上げた。
「がぁっ」
再び床に落ちる。後頭部を打ち付けるように倒れたフレデリックだったが、カルロに慈悲などなく、追撃と胸の上を踏み付けられた。徐々に力が加えられることで肋骨が軋む。肺が圧迫される。
「ぁ、が・・・っ、あ」
「久し振りだな、フレデリック。半年ぶりに再会をしたが、貴様はあまり変わらんな。貧弱で、非力で、我が弟ながら情けない。褒めるところがあるとすれば、幼稚な狡猾さくらいか」
カルロは淡々と告げているつもりのようだが、その声の抑揚はおかしかった。湧き上がる怒りが抑えきれていないと、赤い瞳に灯る光が教えてくれている。
「な、ぐ、ぅ・・・う・・・」
「カルロ殿下、それ以上されたら、フレデリック殿下の骨が砕けてしまいます」
「砕くつもりで踏み付けている。私は『これ』を殺しに来たのだからな。王太子から妻を奪おうとするなど反逆者と変わらん。許してはおけない。許さないと私は言った。殺すとも言った。殺す。フレデリックは殺す。私からオーレリアを奪おうとする重犯罪者だ。生かしてはいけない」
早口で捲し立てると、カルロは踏み付ける力を強め、背中を丸めてフレデリックへと顔を近付けた。
バキンッと胸の奥から音が響く。肋骨が折れた。そこから激痛が走り、肺に当たることで突き刺さる痛みすらあった。
「あぁっ、がはぁっ・・・あ・・・っ・・・ぐ」
「フレデリック」
痛みで藻掻くも、床に留められていることで、手足だけしか動かせない。その足を跳ね上げ、両手でカルロの足を掴んでも、筋肉逞しい足ゆえに退かすことも叶わなかった。
そんな苦しむ様子のフレデリックを眺めながら、カルロは言葉を続ける。
「貴様、時が戻る前の記憶があるな?『あの女』が死ぬ前に言っていた。貴様が『愛の妙薬』というイルルラルバの神器を用いて『洗脳』したとな。焼却炉に飛び込むように命令したそうではないか。妙齢の娘に対して恐ろしい仕打ちをするではないか」
「っ・・・」
ああ、やっぱり、きちんと死亡確認をすべきだった。
そんな後悔も、折れた肋骨を更に砕くように詰る足の動きで掻き消される。呻き声を漏らすフレデリックに、カルロはどこまでも無慈悲だった。
「なぜ、貴様が『愛の妙薬』を持っているのか。その効力を知っているのか。それは貴様に記憶があるからだ。そうだろう?私が時戻しのために『時の砂』を発動したとき、貴様の息の根は止めたと思っていたが、意識はあったのだろう?発動を目にしたことで、貴様に記憶がある状態で時が戻った。以前に『あの女』自身に聞いていたことで、『愛の妙薬』を手に入れるべく動き出した。ああ、そうだ。時が戻ってすぐ、貴様はイルルラルバの神殿遺跡に向かっていたな。私はオーレリアとの再会に苦心していたから、どうでもよい貴様のことなど捨て置いていた。どうでもよいと処理すべきではなかったのにな」
ずっと踏み付けられていることで、フレデリックの胸の中で音がする。骨が砕かれるたびに激痛が走る。肺にも破片が食い込んでいて、いつか貫通すると恐怖を煽る。
「なあ、フレデリック。貴様は卑しくも狡猾だ。『愛の妙薬』を何のために手に入れたのか。『あの女』に使って自害をさせるため・・・ではないのだろう?」
足の動きは止まるが、カルロの燃えるような赤い瞳が間近に迫り、大きく見開いていた。
狂った兄の怒りは頂点に達したのだろうと、意識を朦朧とさせつつも理解する。
「オーレリアに使ったのか?あの悍ましい効力の神器を、私のオーレリアに使ったのか?私の無垢で清らかな妻を、卑しい貴様が汚したのか?」
耳に膜が張ったかのように、遠くから聞こえるような声。その声が発する言葉に、フレデリックは喉を引き攣らせたかのように笑う。
「はっ、はは、だとしたら、なんだ・・・ざん、ねんだったな。オーレリアはもう、ぼくのものだ」
金属が擦れる音。霞んだ視界に映るのは、カルロが腰に佩いていた剣を引き抜いている姿。
憤怒の形相を浮かべながら、フレデリックに剣を振り下ろしてくる。
「カルロ殿下!お止めください!」
制止の声はアルバのものだろう。耳すら遠くなった彼にはよく聞こえず、顔面に受けた鋭い痛みのあと、熱いものが噴き出す感覚を得た。
「オー、レリア・・・」
誰よりも愛してる。
それだけを思って、意識を失った。




