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人の世は巡る

夏季の長期休暇、三日目。

農業用馬車は山道を登り、一定のリズムで車体を揺らしている。ゆらゆらと揺れに身を任せながら、オーレリアは膝に広げた新聞を読んでいた。


「バルザドール家、横領罪・詐欺罪で一斉検挙・・・息女のバーバラ・バルザドール、入院先の病院にて他殺体として発見される」


一枚捲って現れた文面に、彼女の目は釘付けとなっていた。その記事だけを何度も、いつまでも読み続ける。

重罪でバルザドール家は一族郎党の全てが捕縛された。商会長で現当主であるバーバラの父親も、その姉の小さな息子までも。何かしらの罪状があり、一人残らず留置所に送られ、順次裁判となるらしい。

唯一免れたのは死者となったバーバラだけ。彼女は、検挙の数日前に転落遺体として発見されている。二人の護衛が斬殺されたことと、転落地点の屋上までバーバラが引き摺られた形跡があることから、何者かに落とされたとされた。

殺人犯は未だに不明。分かっているのは、力の強い男性ということのみ。


「・・・亡く、なられた」


突然のバルザドール家の没落も衝撃的だが、何よりもバーバラの死に驚愕と後悔をした。

学園からいなくなって安心したことに罪悪感を得る。そのように思わなければ、彼女は亡くならなかったと因果関係はないのに考えてしまう。

バーバラは、フレデリックとチェスターには忌避感を持たれていたが、これから誰よりも愛される人になるはずだった。まだ出会っていないカルロやアルバ、その他の貴族令息達から愛を乞われ、交わし合い、国の社交界に君臨する。美貌の貴婦人として持て囃されるはず、だったのに。


(・・・時が戻る前と変化はあったけれど、バーバラ様が亡くなってバルザドール家も没落するのなら、この先は全く違う未来になる)


もう予測はできない。カルロは最愛の人に出会う前に失った。認識もできていないだろう。認識していたのなら、一目惚れから熱愛を向け、身を引くオーレリアでも目にしていたことだ。

新聞の記事に落ちている視線は上がらない。何度読んでも最重要人物だったバーバラの死は変わらない。

心を暗くして溜め息が漏れる。そうすれば、新聞だけを映していた視界の端から、ウージェニーの顔が入ってきた。彼女はオーレリアと同じ色の瞳を丸くし、目を瞬かせながら、新聞へとその目を向ける。


「あ〜、この事件のことで気に病んでいるんだ」


ウージェニーの顔が見えたことで、ハッとしたオーレリアは自身の顔を上げた。向かいの座席にはナイジェルがいる。好奇の表情を浮かべてるウージェニーとは違い、憂うように顔を曇らせていた。


「被害者がバーバラとはいえ、痛ましい殺人事件ですね。バルザドール家も一族丸ごと捕縛されてしまいましたから、彼女を弔う人はいません」


「捜査をしたクライン家の憲兵の発表だと、恨みによる犯行らしいよ。状況証拠とバーバラ自身の人間関係からの推測だけどね。まあ、納得できる見解だわ。彼女、色んな人に恨まれていたから」


「いくら問題のあった人物とはいえ、今は哀悼の意を示すべきだ。恐るべき殺人の被害者には変わらないのだから」


「そうだけどさ、今までの行いを思うとねー・・・」


ウージェニーは息を漏らすと、馬車の縁に肘を乗せて、流れていく自然に目を向けた。対するナイジェルも、それ以上は追求せずに黙って御者の向こうにいる農耕馬達の背を眺め始める。

静寂の訪れに、オーレリアは小さく声を漏らした。


「せめて、バーバラ様が安らかに眠れますように」


バーバラから迫害は受けた。時が戻る前も、数ヶ月前は未遂ではあるが、二度に渡ってオーレリアは悪女に仕立てられた。その邪悪な行いに未だに恐れがある。なぜ、という戸惑いも失せない。

ただ、バーバラは亡くなった。殺されてしまった。理不尽な暴力の被害者を、これ以上責める気持ちはない。


彼女の呟きはウージェニーに聞こえた。ナイジェルも耳にしたようだった。先ずはウージェニーがオーレリアの肩を軽く叩く。


「暗い話は終わりにしましょ。バーバラも話題にされたら眠れないよ」


次いでナイジェルは息を吐くと、やや下がった眼鏡を指で押し上げた。彼の目はずっと前方に向けられている。


「神殿の門が見えてきましたよ、お嬢様」


その言葉に、オーレリアは顔を前に向けた。御者と農耕馬達の奥、徐々に近付いてくる古代の建物。イレーヌとブラスの墓所がある山間部の神殿が見えてきた。



長期休暇を利用して、オーレリアはグリオス平原の別荘にやって来た。目的はイレーヌとブラスのお墓参り。そして、ブラスの居城周辺、イルブラス村と名付けられた村落の発展を目にするために足を運んだ。

友人で親族のウージェニーも一緒にと願ってきたことで、婚約者のナイジェルも同行を志願してきた。同じ公爵家の血が流れる親類達との小旅行だと、二人を別荘に招いた。

本来の持ち主である祖父は、祖母と共に別荘で過ごしている。三人だけ、勿論護衛騎士と従者を引き連れて、目的通りお墓参りにやって来た。


「お嬢様、お手を」


長年の護衛騎士アンセムの手を借りて馬車から降りたオーレリア。他の二人の降車を見届けると、並び合って、ナイジェルだけは一歩後ろに控えて神殿に向かう。

先触れを送ったことで、すでに神官が出迎えてくれていた。古代に分たれた同胞の神官の前で立ち止まると、ウージェニーと一緒にお辞儀をする。


「お久し振りです、神官様」


「はじめましてー」


穏やかな笑みを浮かべている神官は、返事として一礼をすると、ウージェニーを、次いで後ろにいるナイジェルへと視線を向けた。


「ルスタリオ男爵家のウージェニー様とスキアロ子爵家のご次男ナイジェル様ですね。お二人もいらっしゃるとは、とても喜ばしい事柄です」


「わっ」と声を漏らしたウージェニーが、オーレリアへと耳打ちをする。


「この人のこと、お祖父様から聞いているわ。ルヴァン家の分家すら網羅して同胞認定してくる神官様でしょ?」


「ええ、その通りです。トーヴァ殿にも気味悪がられましたが、私達が同じ血筋であることには変わりありません。遠い地で生きる同胞に、思いを馳せても問題はないかと」


「聞こえてた」と口を両手で隠したウージェニーに、ナイジェルが呆れと息を漏らした。オーレリアは苦笑しつつ、神官の顔を見上げた。


「急なお墓参りの了承をくださり、ありがとうございます」


「お気になさらず。あなた方でしたらいつでも歓迎いたしますよ」


神官が手を横に向ける。イレーヌの墓所に向けられた手によって、彼女は歩き始める。ウージェニーは並び歩き、ナイジェルは古代期の神殿に魅せられて見学を望んだ。彼はそのままにして、オーレリアはアンセムと従者を引き連れて、イレーヌの墓所の前に立つ。

墓所は以前と変わらず、静かに佇んでいる。ただ、彼女以外も参りにきた者がいたようで、名の彫られた石板の前に複数の花束が置かれていた。


「この山に住む猟師や木こり、最近ではイルブラス村からやって来る方々が捧げられました。この墓にはブラスも眠っていますから」


「そうでしたね」


オーレリアは従者に預けていたピンクのマーガレットの花束を受け取ると、先に置かれている花束の横に並べた。

二人の安らかな眠りを祈り、生まれ変わっているならば、再び巡り会えることを望み・・・。


「・・・『ええ、これからずっと共に』・・・え」


自身の口から発した言葉に驚いて、指先で唇を覆うように触れた。


「私は、今何を」


「わぁ、オーレリア!見て、いい景色だよ!」


黄色い声によって現実に引き戻されたオーレリアは、いつの間にか崖前に立っているウージェニーへと顔を向けた。彼女は落下防止のためにある石材の柵から、人差し指を立てた手を突き出している。

オーレリアは近付くと、ウージェニーの横に立ち、指差す方角を見た。

山の谷間に広がる森林の緑の中、以前はぽっかりと湖が存在するだけだった。だが、その周辺が開拓されていることで、複数の家屋や施設、何より高台の土地に建築途中の建物が見えた。

あれこそが、イルブラス村。そして、建築物はユーディット侯爵となったオーレリアがフレデリックと住まう領主館。土台と木組みだけだが、強い存在感がある。


「あれってオーレリアの暮らす屋敷の骨組みだよね?もう建築が始まっているんだ」


「ええ、婚姻式が終わってすぐに引っ越す予定なの。この神殿がある山を含めたカルネアス王国北西部とグリオス平原が、ユーディット侯爵の所領となるわ」


「えっ!学業と領主の仕事を両立させるつもり?すごく大変だよ?」


「学園卒業まではルヴァン公爵家からの代理人が管理してくださるわ。叙爵後は、発掘調査と領主の仕事を両立させなければならないけれど、フレデリック様と協力して治めることにしたの。力を合わせるのが夫婦ですもの」


「へー、素敵だね!」


ウージェニーが柔らかく笑う。そして、いつの間にか彼女の背後にいた神官が、深く頷いていた。


「王家の所領であるはずなのにグリオスの民意を慮ったようで、この地域は手付かずでした。此度のオーレリア様の叙爵と拝領は、きっとグリオスの民達の光になるでしょう。リリアノの子孫が統治者として戻ってくるのですからね」


「・・・同胞認定神官様、いきなり後ろに立たないでくれません?危うく斬りそうになったよ」


不審なものを見るように、目を細めたウージェニーが後ろに振り返る。オーレリアも苦笑しつつ振り返った。

そうすれば突然、赤子の泣き声が聞こえ始める。驚いた二人が不安と辺りを見渡せば、神官は背後にある神殿に振り返った。


「心配されずとも大丈夫です。娘が起きたのでしょう」


「神官様、得体の知れない感じなのにお子さんがいたんですか?その、正式なお子さんで?」


「当たり前でしょう」


神官が神殿へと向かい始めた。オーレリアは、アンセムと従者に休憩するように告げると、ウージェニーと一緒に後を追った。

見えてきた正面扉の前に、少しふくよかな可愛らしい女性と、彼女の抱えるお包みを見てわたわたしているナイジェルがいた。

「情けないなぁ」と声を漏らしたウージェニーは駆け寄り、オーレリアは神官とゆっくり進む。


「この春に生まれました。妻の小麦色の髪と私の紫色の瞳を引き継いだ子です。あの子が次代の神官として、この神殿を守ります・・・こうやって人の世は巡るのでしょうね」


オーレリアは微笑みを浮かべることで答えると、元気に泣く赤子の元に向かった。母の腕に抱かれて潤む紫色の瞳を、穏やかな気持ちで見つめる。

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