制裁
女性が拷問のような行いを受けます。苦手な方はご注意ください。
かなりエゲツない残酷描写だと思いますが、客観的に見てかなりエゲツないのかな?という疑問形なので、実はそうでもないかもしれない程度です。
夕暮れ時。もうすぐ夜の帳が下ろうとする薄暗い中、南方の病院に辿り着いたアルバは、先に馬車から降りると、カルロのためにドアを開いて待った。
颯爽と降りた彼は、しっかりとした足取りで病院の正面玄関に向かう。今から一人の女の命を奪うとは思えないほど、威風堂々とした姿だった。
主の後を追ったアルバは、頭を寄せて話しかける。
「お顔だけでも隠された方がよろしいのでは?」
「構わん、今の時刻ならば顔を合わせるのは宿直の職員と『あの女』だけだ」
怒りから抑揚がおかしいが、はっきりと答えたカルロは玄関を潜る。アルバもそのまま続き、無人の待合室を目に映した。受付らしいカウンターに看護師もいない。受付時間も面会時間も過ぎていることで、引き払っているのだろう。
「気付かれる前に行くぞ」
躊躇いなくカルロは進むと、カウンターの奥、詰め所に足を踏み入れた。机の上にあるファイルを開き、中を改めている。
アルバも近付くと、背中を丸めたカルロの後ろからファイルを見た。
「・・・カルテがあった。一ヶ月前に移送されたようだな。集中治療室から出て一週間。今は、最上階の個人病室にいる」
「ワンフロアを使える財力から護衛がいると思います」
「そのような者は黙らせればいい」
ファイルを閉じたカルロは詰め所を出ると、階段に向かった。先行する彼の後ろ姿に、アルバは溜め息を漏らすも止めるつもりはない。その背に続いて階段を上がった。
二階、三階、四階と衣擦れの音と靴音だけを出して、二人は階段を上がっていく。どこからか、くぐもってはいるものの女の叫び声を耳にしながら、無言で、ただ殺意だけを抱いて五階に辿り着く。階段終わりでカルロが立ち止まったことで、アルバはその背後から短い通路の奥を窺った。
両開きの木製の扉の手前には、二人の護衛がいる。騎士職には見えないことから傭兵だろうと思った。二人の護衛は、扉の向こうから響く女の叫び声に辟易と顔を歪めていた。
「・・・彼らは?」
「無論、声をかけたら即刻」
続きは語られることなく、カルロが腰に佩いた剣の柄を握ったことで理解をした。アルバも柄に手を回せば、先行くカルロが護衛の一人に話しかけた。
「その病室の入居者はバーバラ・バルザドールで間違いないか?」
「え、は?王太子?」
「なんで王太子が」
驚愕とした顔で硬直した護衛達。カルロが二人から背後のアルバへと目配せをすれば、彼は柄から剣を引き抜いて左の護衛に詰め寄った。
「な、がぁっ!?」
鳩尾へと剣を突き立てる。吹き出す赤い血を顔に受けながら、カルロに視線を送る。合図と共に、彼は突如のことで固まるもう一人の護衛を剣で斬り上げた。
「ぎゃぁっ」
胴から頭の天辺まで縦断と裂けた護衛は床に落ちて、アルバが剣で刺した護衛から身を離せば、すでに絶命していたことで力なく崩れ落ちた。
「うるさく喚いているようだな」
「元より気の強い女でした。現状を思えば、荒ぶっているのは仕方ないことです」
人を殺めたのに心は凪いでいた。それはカルロも同様だろう。殺した護衛達に目もくれず、目的の女がいる病室の扉を眺めている。アルバは血振りをして柄に戻すと、左の扉の持ち手を握った。
「チェスター殿の話では失明しているそうですが」
「私が王太子だと分からなくても構わん。『あの女』を惨たらしく殺せれば、この気持ちも晴れる・・・オーレリアも報われる」
それは、きっと時が戻る前のオーレリアのこと。バーバラの姦計でカルロが命を奪ったあのときの彼女は、ずっと彼の中にいる。彼が作り出した。時折、遠い目で語りかける様子から、内心のオーレリアに話しかけているのだろう。
主の精神が壊れているなど分かり切ったこと。アルバは何も言わずに従うのみ。時が戻る前のオーレリアの弔いには変わらないのだから。
「グソォ!!あ゛の、王子が、ぁぁあ゛ぁ!!」
扉を開けば、聞くに堪えない嗄れた声の怒声を浴びせられた。記憶にあるバーバラの声とは違う、否、当然だとすぐに理解をした。
現在のバーバラは焼身自殺を図ったことで、顔面が炭化するほどの火力で燃えた。声帯も損傷しているはずだ。
「お゛いっ!護衛ぃ!!あだ、しに水、もっで!!あがっ、ごほっ、ごほっ!ぐそぉ!!なんで誰も見舞い、に!こないんだぁっ!!グゾ親父ぃ!!」
「・・・早々に黙らせたい」
うんざりと顔を歪めて呟いたカルロは、アルバの開いた扉から入室した。部屋の中央、清潔な白い寝具でクイーンサイズのベッドにいるバーバラに近付く。
アルバもすぐに足を踏み入れたが、消毒薬の匂いに混ざる腐敗臭に顔を顰めた。バーバラに近付くにつれて臭いは強まり、彼女の爛れた皮膚から漂っているのだと分かった。実際、シーツも胴にかけられたブランケットも、膿混じりの体液で汚れている。
彼は、バーバラの姿を目に映す。体液で汚れている病院服からケロイド状の手足を眺めたあと、その顔を見た。
「・・・」
悍ましいの一言に尽きる。見知った顔の面影は一切なく、皮膚の炭化で上半分は黒く変形していた。白く濁った塊は眼球だろうか。下半分もケロイド状の皮膚から体液をこぼしている。雑音のような声を発する唇は、膨れ上がって異様な塊に見えた。
「お゛い!!護衛!!」
「・・・いい加減、口を閉ざせ。頭に響く」
「ひぃっ!?だれぇっ!?」
カルロが忌々しく言えば、威勢よく叫んでいたバーバラは身を竦め、震えた声を発しながら頭を動かす。ほぼ反射的に、視力を失った目で辺りを見渡しているようだった。
「誰でもいいだろう。確認をしたいのだが、お前はバーバラ・バルザドールか?」
「っはぁ、はぁっ!?誰が、顔もしらな、相手に!名乗るとぐぇっ!」
カルロは、バーバラの異様な顎を強い力で掴んだようだった。カエルの潰れたような声を出しながら、彼女は掴む手を外そうと藻掻き、苦しんでいる。
「もう一度聞く・・・お前はバーバラ・バルザドールだな?」
「しょ、しょうよ!しょう、だからはな、ぜぇ!!」
肯定すれば、カルロは顎から手を離した。礼服の襟の合わせからハンカチを取り出すと、バーバラの体液を拭い取る。彼はベッドの端に腰を下ろした。沈んだ感覚に、彼女は身を震わせる。
カルロの側に立ったまま控えているアルバは、その光景を眺めるだけ。
「な、なにぃ!?なんな゛の!?誰なのぉ!!」
「お前に恨みがある者だ。今のお前自身が知らなくとも、以前のお前に私は愛する人を奪われた。お前が私を操ったことで私は愛する人を殺した。お前の存在自体が許せない。生かしてはおけない。だから殺す。今からお前を殺して彼女の手向けにしてやろう」
「なに、それぇ!!あだし、まだ人はごろじてなぁ、あやづるなんで、イルルラルバの『愛の妙薬』もない、のにぃ!!!」
バーバラの胸倉を掴もうとしたカルロの手が止まる。アルバも、彼女の口から出るとは思えなかった名前に、驚きで目を見張った。
「イルルラルバ?神話期にクヴァネスと争ったという愛欲の神ではないか。なぜお前が」
「それに『愛の妙薬』と言うのは」
「ひぃっ!?まだ誰かいるのぉ!?」
アルバの声にバーバラは驚いて、身を離そうと体の位置をずらし始めた。カルロは素早く彼女の胸倉を掴むと、自身へと引き寄せる。
怒りの炎が灯る爛々とした赤い瞳で、バーバラを睨み付けているが、濁った眼球には何も映っていないだろう。
「イルルラルバの何を知っている?『愛の妙薬』とは何だ?」
「知って、るって、あだしぃ・・・いい、もういい゛わ!!い゛っでやる!!見舞いにすら、ごない親父が悪いんだぁ!!」
唾を飛ばすほど声を張った彼女を、カルロは不快だと顔を歪めてベッドに落とした。体を横にして、ケロイド状の皮膚の腕で上体を支えながら、バーバラは大きく口を開く。
「あだしの、バルザドール家は、イルルラルバの信徒の家系!!クヴァネスの恩恵、う、げたカルネ、アス王家に、仇なすため、ずっと、ずっと息を潜めてきた!!あだしの家系だけじゃな、他の信徒の家系も、何度も、カルネアス、王家を滅ぼぞうと、『愛の妙薬』をづがっで!!」
嗄れた声で次々に暴露をする。
イルルラルバ神の信徒であるバルザドール家は、虎視眈々とカルネアス王家を狙っていたことを。神器「愛の妙薬」を手に入れたら、王家の男に飲ませて操り、自分の支配下に置こうとしたことを。高位の貴族も国の重職も巻き込んで、カルネアス王国を乱そうとしたことを。
その行いは建国時から始まっていた。クヴァネス神に敗退したイルルラルバ神が、再び舞い戻るためにクヴァネス神のカルネアス王国を荒廃させることを命じたから。信徒達は国内で息を潜み、王家に取り入る隙を窺っていた。長い歴史の中で四度ほど成功した。すぐに排除されてしまったが、国を乱した王家の評判は著しく低下している。
その最初に成功例は、古代期の王ロブロス。つまり、語られている「浮気者の暴君の血筋」を作り出した要因は、バーバラを含めたイルルラルバ神の信徒達。
「っ・・・」
あまりにも身に覚えのあることに、アルバは息を呑んだ。目の前に座るカルロは後頭部しか見えないことで、どのような表情をしているのか分からない。
アルバは、ただ記憶を振り返る。時が戻る前のことを想い耽る。
自分は、自分を含めたカルロやフレデリック、ロノヴァとチェスターは「愛の妙薬」を飲まされていた。本人の意志を奪い、バーバラの望むように操られていたのは「愛の妙薬」のせい。
あの異様な日々の原因が究明できたことに、それが今更ということに、アルバは戦慄いて額に手を当てた。
高位の貴族令息達が、揃いも揃って一人の卑しい女の術中に、容易く嵌るなど。
「は、ははぁ!あだし、やくめ、だったのにぃ!!おうじだちもきぞくの男達も、虜にする予定だったのにぃ!!あのルヴァン家がイルルラルバの、い、せき!奪ったがらぁ!!あのグゾおうじがぁ!!あだじの、でに入れるはずだった「愛の妙薬」をづがっで!!あだしをあやづっで!!焼却、ろに入れっていっだがらぁ!!ゆるせない!!ゆる、ぜな、い!!ルヴァン家も!おうじも!!オー、レリアっでグゾ女も!!おうじはあだじのものなのにぃ!!」
「王子とは、在学しているフレデリック第二王子か?」
怒りすらない無感情な声でカルロは問いかける。バーバラは一心不乱に首を縦に振った。
「そう!そいづ!!そいづが、『愛の妙薬』であだしを操って、火に入れってぇ!!」
「では、イルルラルバの遺跡から『愛の妙薬』を手に入れたのはフレデリックなのだな。その神器は他にあるか?」
「ない、大量には、ないっ!信徒の家も、何度も失敗しているから、あだしの知ってるかぎりは、もっでない!!だからイルルラルバの遺跡がほじかっだのにぃ!!ごほっ!!ごほっ、ごほっ!!」
絶え間なく咳き込むバーバラをカルロは静観している。アルバは、知り得た真実に狼狽えながら、苦しそうな彼女を睨み付けた。
この女は生きていてはいけない、と強く思いながら。
「フレデリックが『愛の妙薬』をお前以外に使っている様子は?」
「しら゛ない!しら、な、げほっ・・・ただ、もし、ごほっ、ごほっ・・・つがって、いるなら・・・オーレリア」
「オーレリアに使っているのか?」
「あのおうじのまわりでぇ、愛を得るならオーレリアしか、いない。そばの護衛もふづう、だたし、ほがのじょじ生徒達は変に、なっでながっだ。『愛の妙薬』は性欲、しげきしで、従うように差し向ける、やつだからぁ」
(だから『これ』から紅茶を飲まされたあとに・・・)
蘇ったのは忌々しい記憶だと、再び奥底に封じ込める。今のアルバは、バーバラに恋も愛も性欲すら抱かない。神器を用いて抱いた偽の感情で、元からないものだから湧き上がりはしない。
「有り得るな・・・オーレリアは突然、フレデリックに恋をして婚約を望んだという。イルルラルバの遺跡が発見されたあとのことだ。発掘責任者のアルスター殿の目を掻い潜り、フレデリックは『愛の妙薬』を手に入れたのだ。それで私のオーレリアを『洗脳』している」
「ごほっ、あ、んだ、ごほっ!ぼほっ、ごほっ!!」
咳が止まらないことで、バーバラは話すことができない。身を縮こませながら、咳をするたびに体を震わせている。苦しそうな様子だが、アルバは殺意以外の感情はない。
カルロの許しを得れば、すぐさま胸に剣を突き立て引き裂いてしまおうかと思っている。
その気持ちから目配せをするが、カルロは目を細めて笑っていた。彼は、医療用ワゴンを指で指し示す。その上には消毒薬の瓶が置かれていた。
「・・・」
アルバは音なくワゴンに近付くと、薬瓶を取ってカルロに渡した。彼は口端を吊り上げながら、コップの水に消毒薬を注ぐ。
「長話で喉が枯れたようだな。ほら、水を飲むがいい」
手渡すと、バーバラは急いで煽り、そして大きくむせた。
「がはっ、ごほっ!ごほっ!ぐ、ごれぇ、の、がっ、あ゛ぁあぁ、っ・・・っ!」
「喉が焼けて耳障りな声も出せまい!は、はははっ、はははははっ!!」
大笑いしたカルロは悶絶するバーバラの胸倉を掴むと、ベッドから引き摺り落とした。
「っ!・・・っ!」
声のない抗議はカルロには「聞こえない」。彼は、バーバラを引き摺ったまま歩き出し、病室の扉に向かっていく。アルバが先に辿り着いて扉を開くと、彼女の顔を扉の枠にぶつけながら、病室から出て行った。
「っ・・・っ!・・・っ」
胸倉を掴む手を外そうと、バーバラはケロイド状の皮膚の手を向けるも、逞しいカルロには敵わない。引き摺られ、故意に物に顔や肩、足をぶつけられていく。
後ろから続くアルバは、痛め付けられていく彼女を眼前にしながらも、声すら発しなかった。次第に力を失っていき、ぐったりとした姿をただ目に映す。
カルロがバーバラを連れてきたのは、病院の屋上だった。彼は落下防止の柵の前に立つと、掴んでいるバーバラをその向こう、柵を跨いだ宙に吊り下げる。
「実に興味深い話をしてくれた。貴様に感謝をするのは初めてのことだな・・・」
「っ・・・っ・・・」
弱々しく手を上げるバーバラは、カルロの腕を掴もうとしたのだろう。声を出せないバーバラは、きっと命乞いをしたのだろう。
「イルルラルバの信徒である貴様は、我が国にとって害虫だ。内から食い破ろうとする虫は駆除しなければな」
「っ・・・」
カルロが手を離したことで、何の抵抗もできなったバーバラは落ちていく。姿が失せてすぐ、聞こえたのは何かが破裂したような音。
彼は下を覗くことをせず、踵を返してアルバの横に立った。
「バルザドール家を排除する」
「はい、畏まりました」
「次いでフレデリックだ。私のオーレリアを悪神の神器で惑わしている。許してはいけない。厳しく処断するなど生温い・・・殺すぞ」
「・・・分かり、ました」
この場に足を運んで、アルバは初めて狼狽えた。
バーバラの話の通りならば、オーレリアはフレデリックに操られている。「愛の妙薬」によって偽りの愛を抱き、もしかすればフレデリックに体を差し出してしまっている可能性もあった。
ただ、偽りであっても二人の関係は良好で、もうじき婚姻となる。
(・・・カルロ殿下の妻になるよりは、フレデリック殿下と一緒になったほうが)
「私のオーレリアを汚していたとしたら、決して許すわけにはいかない」
思い耽りに至る前にカルロの声で引き戻された。彼が目線を合わせれば、炎のような赤い瞳が映る。
「分かっているな、アルバ」
「・・・はい、分かっています」
返す声は小さく、夜の闇の中に溶けていった。
サラリと書いているし、これくらいは普通の残酷描写ですかね?




