もう逃されない
性的な発言、行為の示唆があります。
苦手な方はご注意ください。
美しい顔を引き攣らせたバーバラが後退り、二人の男子生徒もオーレリアから離れるように別れて両脇の壁へと移動した。
息を整えたフレデリックは背筋を伸ばすと、険しい顔のままバーバラを指で差す。
「何をしていた?」
「・・・お、王子様、その」
しどろもどろになったバーバラは、視線だけをオーレリアに向けて睨み付けてきた。恐れで縮こまっていた彼女だが、視界が鮮明でないことで睨まれていると気付かない。両手を支えにして上体を起こす。
床に落ちた扉を踏みしめながら入ってきたフレデリックへと、片手を伸ばした。
「フレ、デリックさまぁ」
ポロポロと流れ落ちる涙。濡れた視界は霞むが、近付いてくる黒髪に必死と手を伸ばす。
「オーレリア」
息遣いと共に名前が呼ばれる。近付いてくるフレデリックは、オーレリアを抱き締めようとしたのだろう。あと数センチというところで制止の声がかかる。
「触れては駄目よ!彼女は、ここで男子生徒相手に体を売っていたの!」
ピタリと彼の動きが止まる。彼女からは横顔が見えていることから、バーバラを見ていると分かる。涙のせいで視界が鮮明ではないオーレリアは、瞬きを繰り返して流すが、それでも感情からうっすらと浮かんできてしまう。
フレデリックの表情はよく見えない。バーバラの話を聞いてどう思っているのかも、掴めない。
「わ、わたし、そ、そん、そんなこと!」
感情から声がしゃくり上がってしまい、上手く伝えることができなかった。
「あんたは黙っていなさい!この状況と他生徒からの証言で、あんたが娼婦まがいのことをしていたって分かっているんだから!あたしは副会長として現場に足を踏み入れたの!そうしたらそこの男子生徒達と抱き合っているのを目撃したのよ!」
「バーバラ!?お前何を言っているんだ!!」
「俺達はまだ何もしていない!!」
「うるさい!黙ってなさい!!警備の騎士はいないの!?今すぐこいつらを連行して!!公爵令嬢と金銭の取引と不純異性交遊を」
「黙れ、バーバラ・バルザドール」
騒ぎ始めたバーバラと男子生徒達は、フレデリックの血を這うような低い声に言葉を失った。
彼は三人を順々に鋭く睨み付ける。喉を引き攣らせたバーバラは、壁に当たったことで背中を預ける。男子生徒達はそもそも身動きすらできない。凄まじい怒気に身が竦んでいるようだった。
「・・・・・・」
フレデリックは深く溜め息を漏らすと、オーレリアに身を寄せてしっかりと抱き締めてきた。彼の腕の中に包まれた彼女は、親しんだ香りと温もりを感じて、またホロリと涙を流し、逞しい胸に顔を埋める。
「怖かったね、オーレリア。もう大丈夫だよ・・・ロイ」
「はい」
何も見えないオーレリアの耳が新たな足音を捉える。フレデリックとの応答で、護衛のロイが入ってきたのだと分かった。
「男達は連れて行け。婦女暴行の疑いがある。警備に憲兵を呼ぶよう伝えるんだ」
「畏まりました」
「は、ロイ・トレル!?」
「逃げるぞ馬鹿!こいつに捕まったらヤバい!」
慌ただしく駆け出す足音に、それを追う足音。遠ざかるのを耳にしながら、優しく頭を撫でる手にやっと安堵を得た。
「さて、バルザドール副会長。先程の話をしようか?オーレリアが何だって?公爵令嬢という身分にも関わらず、生徒相手に体を売っていた、と?職業差別というわけではないが、彼女はする必要もないことに身を窶したと言うのかな?」
「そ、その、オーレリアは淫乱なんです!!」
フレデリックの腕に力が籠もり、多少の苦しさをオーレリアは感じたが、愛しい温もりへの離れ難さから身動ぎすらしなかった。
「なぜ君がオーレリアを淫乱なんて評するんだ?オーレリアは君と関わりなく過ごしていた。君が知り得ることじゃないだろう」
「生徒達の証言です!オーレリアが複数の男子生徒を誘惑しているって!色目を使って誘ったり、不必要に見た目を飾り立てて引き寄せているんです!実際、そいつと暗がりで抱き合っていた生徒もいます!暴行未遂だと留置所に送られた生徒も何人もいます!そいつが誘惑したのが原因です!」
「そんな一方的な証言を信じてオーレリアを中傷したのか?暗がりで抱き合ってた?誘惑されたから暴行未遂となった?それらはオーレリア自身は望まなかったことだ。加害者となった者達が勝手に気を高ぶらせて襲ったんだ」
「そんなことはありません!そいつは魔性の女です!現に王子様だって誘惑されているから味方になっているだけで」
「僕はオーレリアの正式な婚約者だ!戯言は止めろ!!」
怒声にオーレリアは体を跳ね上げた。恐怖の対象であるカルロとは違う声質だが、迫力も声量も凄まじい。無意識に体が震えてしまう。
そんな彼女の背中を、フレデリックは労わるように手で擦ってくれる。
「違うよ、オーレリア。君に怒ったわけじゃない。大丈夫、大丈夫だから、僕を怖がらないで」
打って変わって優しい声色でオーレリアに囁く。
彼女がおずおずと彼の胸から顔を上げれば、見えたのは怒りの形相を浮かべた横顔。フレデリックはオーレリアを慰めつつ、バーバラを睨み付けていた。
「あ、あたしは風紀を乱している、そ、そいつが許せなくって!」
「学園内を乱しているのはお前だろう、バーバラ・バルザドール。大商人の親の威光から配下になる者が何十もいるようだね。今回のことも、今までオーレリアが他生徒から受けていた非難もお前が主導していたと調べが付いた・・・もっともお前以外でそんなことする愚劣な輩はいないだろうけどね」
「っ・・・」
フレデリックを見上げているだけのオーレリアには、バーバラの顔は分からない。ただ、喉を引き攣らせたようで、その呼吸音から彼女が慄いたと分かった。
「学園長から話をされるだろう。今後の身の振り方も、君の意思とは関係なく決定される。ああ、それと」
フレデリックが立ち上がったことで、オーレリアの体も起こされた。彼にもたれかかり、背中と腰に回された腕に支えられる。
「この国は階級に対して寛容ではあるけど、全くの平等ではない。君の言動は高位の公爵家令嬢に対する無礼に他ならない。ルヴァン公爵家、そして婚約者である僕の在籍するカルネアス王家からバルザドール家に抗議をする。厳罰に処すから覚悟はしておくように」
「もっとも・・・」とフレデリックは言葉を続けていたが、抱き合うオーレリアにさえ聞こえない小声だった。
泣き腫らした顔の彼女を支えながら、フレデリックは用具室をあとにする。青い顔で立ち尽くしていたバーバラのことなど見向きもしなかった。
オーレリアは無心に、ただ彼に従って歩くだけ。恐怖と絶望から脱して安堵を感じていても、心の中は暗闇のようだった。
フレデリックに誘われた彼女は、そのまま彼の学寮に連れて行かれる。階段を上がって自室に招かれると、ソファに座らされた。彼は棚に向かい合っていることで背を見せている。
彼女は力なく、その背中を眺めて唇を動かした。
「私・・・もう、あなたの側にいてはいけない」
「・・・・」
言葉は返されない。何かを探しているようで、振り返りもしない。
ただその背中に向かって無能な自身のことを語る。
「家柄しかないの、私。ブラス王弟殿下を発見できたのはあなたのおかげ。私が発掘できたのも公爵家生まれでお祖父様がいたから。誰も彼も私を守って支援くれたから、無理なく達成できた。私自身には力がないの。王子殿下であるあなたの妻になる資格はない」
「・・・だから、僕から離れるの?もう婚姻は決定されて、諸々取り決められているのに?」
躊躇いはあるものの頷いた。
振り返らないフレデリックに見えなくとも頷いて、涙が流れ落ちる。
「無能を娶るべきではないわ。私の責として慰謝料は払います。王家に対する裏切りとなるなら罰は受けます・・・だから、私のことは放っておいて。私は一人では何もできない。自分のことすら守れない。弱くて情けない存在なの」
「バーバラに無能と言われたんだね、気にしては駄目だよ。君は自分の立場を最大限に活用して歴史的遺物と偉人を発見した。君の意欲と意思の強さから成したんだ。君以外の人間にはできなかった」
彼は振り返ると近付いてくる。表情はなかった。何かのガラスボトル、いつもの濃桃色の液体が三分の一ほど入っているガラスボトルを持って近付いてくる。
オーレリアは座面を擦るように動き、フレデリックから離れようとするが、力が出ないことで左程も動けなかった。
目の前で立ち止まった彼に見下される。見上げても、照明が付いていないことで目元が陰って感情は読み取れない。
「もう、辛いの・・・あのように悪意をぶつけられるのは、辛いわ・・・私が無能なのに、あなたに近付いたから、あなたの婚約者だから皆が非難している。家柄だけの醜い女が、あなたの側にいれば皆に嫌われて、傷付けられて・・・いつか、殺される」
回想するのは時が戻る前のこと。誰からも蔑まれて、罵声を浴びせられた日々。それが現状と重なっている。バーバラの言葉が更に自覚を促して、このままでいるべきではないと思ってしまう。
───・・・嫌です!お願い、離れないで!
心の奥から訴えられるが、それすらも拒否をする。
幸せになりたいと行動に移したのに、結果が同じになっては意味がない。王族の誰かが「時の砂」を使用したから人生をやり直していると思っているが、それすら確定していない。何かしらの奇跡が起きて、今の人生を歩めているのに、死んでしまっては無意味になる。思い描いた幸せに向かえず、苦悩を感じて死に至るなど絶望でしかない。
「私、あなたと婚約かい、んんっ」
意を決して言葉を紡ぐ途中、フレデリックの手に顎を上げられたオーレリアは、彼の唇に口を塞がれた。開いていたことで容易に舌が入り込み、何か液体が流し込まれる。
溺れることを恐れて飲み込めば、体がカッと熱くなった。
「ぁ、はぁ・・・ん・・・」
フレデリックの唇は離れて、舌同士を透明な糸が繋ぐ。それもプツリと切れれば、彼女はソファに沈むように身を預けた。
熱い吐息を漏らす顔も、体も熱くて堪らない。下腹部には違和感を得た。小さな疼きに身を捩り、腰をくねらせる。
痴態と呼べる姿を、フレデリックが凝視しているなどオーレリアには分からない。
「はぁ、ぁ・・・あの、えきたぃ」
いつも紅茶に混ぜられる液体を直接飲まされたと気付く。いつもより量が多いと感じ、火照った体から熱を逃がそうとしてくねる。
「ん・・・っ」
「オーレリア」
名前を呼ばれる。彼女は視線を向ける。見えた夕日色の瞳の目から、視線はそらせなくなった。
「君は僕を愛してる」
「えぇ、あいして、るわ・・・」
「愛しているのだから結ばれなければならない。体を繋げるんだ・・・分かるよね?性交してこの腹の中に子種を注ぐ。二度と離れようと考えないように、君を」
「んんっ」
フレデリックの指が制服の上から下腹部をなぞるが、彼はその指を滑り込ませて、直接肌に触れた。
「孕ませてあげよう」
耳元に囁かれた吐息混じりの声に肌を撫でる。快感を得て身を震わせた彼女に、フレデリックは覆い被さった。




