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小さな悪意は広がって

翌日から異変は起きた。

まず学園案内にバーバラが加わることになった。生徒会副会長として新入生に指導をすると言った彼女は、フレデリックに身を寄せ、フレデリックだけに親身になって案内をする。側にいるオーレリアなど目に入っていない、否、邪魔者だと睨み付けて牽制をされた。

二人の間に入るのは躊躇いが生じる。今のフレデリックはバーバラに嫌悪感を持っているようだが、交流することで気持ちが変わるかもしれない。

彼はバーバラに一目惚れをして深く愛した事実がある。以前とは違い、オーレリアが婚約者になっているが、彼の想いの強さを知っているからこそ、好ましい女性が相手ならば心を開くはずだと思った。

そう思い込んでしまっているオーレリアは、フレデリックとバーバラから距離を取った。二人からの心象を損なわないように、身を引いてウージェニーと共に学園を回った。


次いで授業が始まったことで、彼女は様々な人から視線を受けた。突然声をかけられ、距離を詰められる。

「ルヴァン公爵家のオーレリア様」、「古の英雄を発見した発掘家」、「貴女の著書を拝読しました」等。それが好意からならば、オーレリアも言葉を交わした。同じ考古学科の同志とは交友を持った。

しかし、中には邪な気持ちから近付く者達がいた。大半はウージェニーが腕っ節で引き離してくれたが、彼女が専攻としている騎士科の授業を受けている合間に接触を図る者達がいる。フレデリックがいるならば助けてくれるが、バーバラの手前そうはいかない。

彼がいないときにも不埒を働く者がいて、警備の騎士に助けられたのは十回を越えた。入学してまだ一ヶ月も経過していないのに、すでにオーレリアは騒動の中心になっている。


「あら、ルヴァン公爵令嬢だわ。今日はこちらで昼食を取られるのかしら?」


「ルスタリオ男爵令嬢はいないようね。あの方がいないと公爵令嬢の周りは騒がしくなるわ。今のうちに移動しましょう」


「あれは、オーレリア嬢だ」


「ルスタリオは騎士科の実技でいない。話しかけるなら今だろう」


「話すって何をだよ。彼女、土を掘り起こすのが趣味なんだろ?俺には理解ができないから話も合わないだろう」


「馬鹿、発掘調査をしてるんだよ。家業で昔の遺跡や偉人の発見をしているんだ」


「それって墓荒らしと何が違うんだ」


フレデリックもウージェニーもいないときに食堂に来るべきではなかったと反省をする。ランチボックスを受け取ったオーレリアは、逃げ出すようにその場をあとにした。

最近では、陰口のような言葉を囁かれることが多くなった。彼女を見て眉を顰め、距離を開けつつ、密やかな話をされる。

見た目で注目されるとは十四才の時に理解した。人目を引き付けるのだと分かっている。

だが、悪意を持って注目を浴びるのは、まるで時が戻る前のようだった。虐げられた恐怖が蘇った彼女は、人目に付かない場所を彷徨う。

そして、邪な気持ちを持つ者に見つかって、逃げ惑うことになる。守る者がいないときは、その繰り返しだった。




「大丈夫?」


「・・・ええ、大丈夫よ」


寮に戻って、ぐったりとしていたオーレリアに、ウージェニーが紅茶のカップを手渡してくれた。

ぼんやりとしながらも、紅茶を口にしつつ窓から外を眺める。


「変に注目されているよね。声をかけてくる奴も増えてきたし、さっきもあたしが間に合わなければ危なかったわ」


「拐われそうになったということ?」


「違う。言い辛いけど・・・その、あれはあなたを手籠めにしようとしたの」


先程、突然現れた上級生に、オーレリアは暗がりへと腕を引かれた。嫌がって抵抗をしたところ、すぐにウージェニーがやって来て取り押さえてくれた。あの上級生は、そのまま警備の騎士に引き渡されたが、これからも同じ事が起きるだろう。別の男子生徒がオーレリア自身の価値、または家柄を目当てに魔の手を伸ばしてくる。自身が受ける視線の凄まじさから感じ取れた。

彼女は身を震わせながら視線を落とす。


「私はフレデリック様と婚約しているのに」


「うん、いつの間にか学園内に広まったよね。発生源は何となく分かってるけど、やっぱりあなたへの関心の高さから早急に広がったと思うわ」


「・・・注目を浴びると思っていたの。まさかこれほどとは思わなかった・・・私、学園生活を楽しみにしていたのに、こんなことになるなんて」


「酷いよね。皆、奇妙なくらいオーレリアに注目していると思う。今、フレデリック殿下の護衛さんと一緒に探りを入れているけど、調べが済むまで授業は控えたほうがいいわ」


「そんな・・・学べないなんて、何のために入学したのか分からないわ」


テーブルにカップを持つ手を乗せる。視線を向ければ、湯気の立つ茶褐色がカップの中で揺らめいていた。

気落ちしている彼女の頭を、ウージェニーが優しく撫でてくれる。


「しょうがない、あなたの身の安全が第一だからね。あたしとフレデリック殿下が同伴できる授業なら出ても大丈夫。必ず守るわ」


「・・・ええ、ありがとう。フレデリック様も」


再び窓から外を見る。隣にある屋敷はフレデリックが生活している学寮。時折、彼は窓から顔を出して手を振ったり、笑顔を向けてくれる。

それが何よりの支えになるが、今は視線を向けてもフレデリックはいない。


(上級生と合同の経済学の授業があると仰っていたわ・・・きっと、バーバラ様もいる)


近頃は、フレデリックとバーバラが一緒に肩を並べている光景を目にすることが多くなった。二人の距離は急速に近付いていると、オーレリアは思っている。


(心なしか、私と過ごす時間も少なくなってきた・・・)


別れのときは近いのかもしれない。

心暗くする彼女は、やや冷めた紅茶を飲みながらフレデリックの屋敷ではなく「景色」を眺める。

ウージェニーもテーブルを挟んで対面するように椅子に座ったが、玄関の扉が叩かれたことで、彼女の顔はそちらに向かった。


「お客様?」


「今は四時限目。サボりの生徒以外は自由な時間じゃない。不審だから無視しよう」


「でも、私の体調を慮った先生の可能性もあるわ。私、体が弱いっていう噂も広まっているから」


『貧弱らしいわ。一時間以上は椅子にも座れないらしいの』


『公爵家だもの、過保護に育てられたのよ。発掘調査だって、実地に赴いていないと噂で聞いたわ』


三日前、三年の女子生徒達の会話を耳にした。オーレリアのひ弱さを嘲笑う声は、辺りに聞こえるような声量だったから、通りすがりに聞こえてしまった。

脳裏に木霊する陰口にオーレリアは俯いてしまう。同じだと理解していた。内容こそ違うが、時が戻る前と同じく蔑まれ始めている。

このままフレデリックとバーバラに介入すれば、フレデリックの婚約者のままでは、愛の邪魔者として虐げられてしまう。


「あぁ、怖い・・・」


カップを置いて、両手で顔を隠すように覆った。

再び、ウージェニーが頭を撫でてくれることで、多少安らぎは得るが、完全に恐怖は拭えない。


(婚約解消をすべきだわ・・・フレデリック様とバーバラ様が想い合う前に潔く身を引いて・・・私は、生きるの)


───・・・「彼」を愛している。離れたくない、離れないで。誰よりも愛しているのです。


生きるために別れを選ぼうとすれば、心の奥から拒否をされる。強い思いはオーレリアの心に浸透して、決断を鈍らせる。


(愛する人と簡単に別れるなんて)


想い耽るオーレリアの耳にまで響く轟音が聞こえた。

彼女は体を跳ね上げると、顔を覆っていた両手を外す。丸くなった目はリビングの扉、その奥にある玄関の扉へと向ける。

対面していたウージェニーは椅子から降り、警戒と訓練用の木剣を手にしていた。


「扉を破壊されたかも」


「あの、襲撃を受けたのかしら?」


喉を震わせながら言えば、ウージェニーは首を横に振る。


「流石にそれはないかな・・・この近辺、オーレリアとフレデリック殿下の寮がある区画は特に警備が厳重なの。派手な暴力沙汰なんて引き起こせないはず・・・様子を見てくる。このまま待っていて」


ウージェニーは返事を待たずに、木剣を片手にリビングから出て行った。流石のオーレリアも椅子から腰を上げて、恐る恐るとリビングの扉に向かう。

少しだけ開けて、ウージェニーがいる玄関へと顔を覗かせた。


「扉は大丈夫?」


「うん、見事にヒビが入ってる。これは修理になるよ・・・筋力のある男に蹴られたかな。可能性としては一番・・・あれ?」


調べていたウージェニーは、扉に備え付けられた投函口から何かを引き抜いた。それは紙片のようで、表面を眺めながら唸っている。


「どうかされたの?」


「うん、あなた宛の手紙。ただ、あたしとしては読ませたくないかなー・・・」


「いえ、私への手紙なら読むべきだわ」


震えた手を向ける。

ウージェニーは溜め息を漏らし、すぐには手渡してくれなかったが、オーレリアがそのまま待つことで折れてくれた。

そっと手のひらに乗せられた手紙。顔の前に引き寄せて書面を視線を走らせる。


「オーレリア、明日の正午に第三講堂に来い・・・」


「令嬢に果し状を送る奴なんているんだね」


声に出して読めば、またウージェニーが溜め息を漏らした。


「分かっていると思うけど、絶対に行っちゃ駄目よ」


次いで止める言葉を告げられる。

オーレリアの目は、再び乱雑な文字をなぞった。わざとなのか、それとも実際の筆跡なのか分からないが、筆跡からも関わるべきではないと分かる。


「ええ、勿論よ」


頷いて答えれば、ウージェニーが分かりやすく安堵の息をついた。

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