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彼の怒りと彼女の喜び

寮として用意された家の玄関に入った瞬間、フレデリックは扉に背をつけて、擦りながらも身を屈めた。険しい顔を両手で覆う。

沸々と怒りで心が燃え滾っていた。堪えきれないと今にも解き放たれそうで、覆い隠した口から食いしばった歯が剥き出しになっている。


「バーバラ・バルザドール・・・」


地を這うような声。青年としては比較的高めの声だと自覚していたことで、自身すら想像だにしなかった声色が口から漏れ出る。


時が戻る前のカルネアス王国をかき乱して混沌に陥れた悪女。悪神イルルラルバの信徒として王家を貶めた悪魔。何より、オーレリアを失った元凶。

バーバラが言い放った言葉は常に脳裏にこびりついて忘れることはない。オーレリアを嘲笑い、疎み、危害を加えろと命じてきた。誰もが認める愛し合う男女を引き裂く悪女だと流布しろと言われ、フレデリックを含む王侯貴族の子息達は従った。



可愛らしいバーバラを虐げる醜女。

純粋なバーバラを蔑み、これ見よがしに優秀だと見せびらかす傲慢な女。

天真爛漫なバーバラと違い、陰気でしきたりに煩い融通の利かない頑固者。



真相を知るフレデリックは、「愛の妙薬」による洗脳で従わされたと分かっている。イルルラルバの神器さえなければ、バーバラさえいなければ、オーレリアは辱めや嘲りなど受けず、火炙りなどという惨たらしい刑には処されなかった。


「はぁ・・・ぁ、は・・・殺してやる」


唸るように呟く。

今のバーバラには洗脳の力はない。フレデリックが「愛の妙薬」を全て回収したことで、彼女がオーレリアの死の原因にはなり得ない。

だが、彼の感情も収まりがつかない。間接的とはいえオーレリアを殺した女。国の中枢にいた男達に命じて処刑させた女。何よりも許せない憎悪の対象の一人。


「殺す・・・」


時が戻る前は、正気に戻るまで時間がかかったことでフレデリック自身がバーバラを殺すことができなかった。気が付いたときには、すでに彼女は隣国のロルカ公国で処刑されていた。

仇も討てないのかと無念に思い、やり場のない怒りがカルロに向けられたのは言うまでもない。オーレリアの処刑を決定したのはカルロで、自ら先陣を切って公開処刑の段取りを取っていたからだ。燃え盛る彼女の姿を見て笑っていた。


「カルロも殺す・・・僕からオーレリアを奪った奴は許さない・・・」


時が戻ったことで人生をやり直している最中。今のオーレリアは無事だと分かっていても、過去は消えない。

正気に戻ったとき、絶望と憎悪と後悔でフレデリックの心は乱れて壊れてしまった。最愛の人を失ったことに、自ら虐げていたことに心が持たなかった。


「・・・あ、ぁ、オーレリア・・・」


焼け焦げた焼死体。脂肪も水分も無くなって体積の減って木炭のようになった体。顔の判別もできず、断末魔から口を開けていたとしか分からなかった。艷やかな金の髪も美しい紫色の瞳も失っていた。

愛しい人の酷い姿。それも、そのときは「洗脳」をされていたから一瞥しただけ。

バーバラを害した悪とされたオーレリアの遺体は、その後も悲惨なものだった。


「二度と、君を・・・」


玄関の床に膝を付いて蹲る。脳裏に焼き付いているオーレリアの焼死体に詫びるように、頭すら床に付けた。


「失うものか・・・渡すものか・・・オーレリアは、僕のものだ」


先程の別れ際に彼女が見せてくれた顔。フレデリックとの触れ合いで、頬を染めたオーレリアに愛しさを募らせる。

何よりも彼女は生きている。幸せそうに好きなことに従事して、夢を叶えて喜んでいた。

植え付けた偽りの愛ではあるものの、彼に愛情すら向けてくれている。念願の婚約者となり、すぐにでも妻に迎えられる。


「・・・」


息を整えた彼は頭を上げると、浮かんでいた涙をやや乱暴に腕で拭った。

無言で立ち上がって制服に付いた砂を払えば、リビングとなる部屋の扉が開く。姿を現したのは、同居人で一学年上の男子生徒。そして、学園での護衛となるロイだった。

長年仕えてくれている護衛騎士ミオの次男である彼は、その場で両手を後ろに回すと、背筋を伸ばして佇む。


「お帰りなさいませ」


「ああ、ただいま」


「殿下の荷物は自室に運んであります。今から荷解きされるのでしたら、俺も手伝いましょう」


「気を遣わなくていいよ。自分のことは自分でするさ・・・ああ、でも、あとで夕食の準備を手伝ってほしい。オーレリアのことは分かるね?彼女と夕食を共にしたい。あちらにも護衛がいるから、四人分の食事を用意してくれないかな?」


「分かりました。配給係に通達します」


「頼んだよ」


ロイに言葉を贈ったフレデリックはら自室に向かうべく階段を上った。

心にある燻りを大きくしながらも、今は外には出さないように努める。この怒りが解放されるのは、バーバラを殺害するときになるだろう。






オーレリアは荷物を解き、自室の所定の場所に収納した。作業を終えた彼女は、階段を降りてリビングに向かう。

扉を開けば、ウージェニーが調理器具や食器を棚に収納していた。


「ありがとうございます」


「気にしないでください。あたしも使うものなんですからね」


ウージェニーは、黄色い花の散りばめられたテーブルクロスを窓際のテーブルにかけた。よれがないように整える彼女へと、オーレリアは歩み寄る。


「これから三年間、ご一緒に生活することになりますが、私は今まで侍女頼りに生活していました。きっと至らない所があるでしょう。何かありましたら遠慮なく仰ってね?」


「それはお互い様ってことで!」


屈託のない笑顔を向けられる。彼女も自然と笑みを浮かべていた。


「オーレリア様とご一緒に寮生活なんて最高ですよ!他の生徒がいない一戸建ての学寮が使えるんですから!」


「まあ!」


あけすけな物言いに笑い声すら漏らしてしまう。気持ちいいほど裏表のないウージェニーに、オーレリアは好感が持てていた。


「美人で可愛くて歴史家のお姫様と同室・・・他の分家の子女達に羨ましがられてしまいますね。あたしって本当に運がいいわ〜。ナイジェルにも自慢しちゃお」


「ナイジェル?」


褒めそやす言葉に赤面しつつ、聞き覚えのない名前に小首を傾げれば、ウージェニーはハッとした顔を見せた。


「ああ、あれです!あたしの婚約者!子供の頃からの婚約者で、それなりに仲良くしているんですよ。一学年上の生徒でもあるので気軽に話に行けるんです」


テーブルの椅子に手を向けられたことで、オーレリアは腰を下ろした。対面する椅子にウージェニーに腰を下ろし、にこにこと笑みを絶やさずに話を始める。


「ルスタリオ男爵家の現当主はトーヴァ・ルスタリオ男爵、つまり、あたしのお祖父様だってご存知でしょう?次いでお父様が跡継ぎでいるんですけど、お祖父様が元気すぎて補佐役のままあたしの代に引き継ぎそうなんです。お祖父様的には、やはり本家の発掘部門を支えていきたいと思っています。ただ、あたしはそういうのはからっきしですから婚約者に婿入りしてもらおうって話になったんですよ。で、どうせなら同じ分家のスキアロ子爵家に頼もうってなりました。発掘調査の実績があるし、次男のナイジェルとなら問題ないってことで婚約になりました。ナイジェルはお祖父様の発掘調査ですでに補佐を務めてますから、もしかしたらオーレリア様も目にしたことがあるかもしれませんねー」


言い淀むことなく話されて、オーレリアは楽しさを感じる。同年の貴族子女と談笑などしたことがなかった。ウージェニーに対する好感から気も緩み、更に聞こうと身を乗り出す。

彼女の家庭事情、家族の仲睦まじさ。婚約者とのデートのこと。そのときに食べたレストランの昼食が美味しくて、おすすめされたこと。

オーレリア自身もお返しと家族や婚約者のフレデリックのこと、大好きな発掘調査の話をする。声を上げて談笑する二人の心は急激に近付いていった。


「オーレリアって意外とおしゃべりなのね。知的だからこそ大人しい人と思っていたわ」


「その、同年の女の子と会話したことがないの。おしゃべりも仲良くしてくれる年上の侍女とするだけだから、ウージェニーとお話するのは新鮮だわ」


二人はお互いの名前を呼び捨てにするほど距離が近付いた。

多少躊躇いがあるオーレリアを引っ張るように、ウージェニーが聞き出してくれる。知らないことを教わって喜べば、ウージェニーも楽しそうに笑ってくれた。

友人のできた彼女の脳裏にバーバラのことは浮かばない。恐怖を与える人のことを忘れられるほど、楽しいひと時を過ごせている。


そして、夕食前にフレデリックの遣いでロイがやって来た。彼の護衛となる男子生徒に、フレデリックからの夕食の誘いを伝えられる。

快諾したオーレリアは喜びの中にいた。不安はあれど、楽しい学園生活が送れるはずだと期待に胸を膨らませる。

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