彼女からすれば異常な光景
オーレリアは、フレデリックの胸を再び押して、彼から身を離した。ベッドに腰を掛けるように体勢を変えると、入室してきたチェスターとバーバラに対面する。
チェスターは焦げ茶色の髪の前髪の奥から、切れ長の目で彼女を見据えている。鋭い目付きではあるが、黄色の瞳には怒りも敵意もない。冷淡に感じるほど熱はなく、時が戻る前とは違うと自覚させられる。
ただ、一歩後ろに控えているバーバラの眼差しは怒りがあった。やや美貌が歪むほど険しい表情で、オーレリアを睨み付けている。明確に敵意があると分かった。
何事で足を運んできたのか、彼女には分からないが、彼らはサウスレイク学園の生徒会。会長と副会長なのだがら、一生徒のオーレリアに伝えるべきことがあるのだろう。
彼女は怯えを押さえて姿勢を正す。その動作にチェスターは目を細めて、バーバラの眉間の皺は深くなった。
「このような姿での対応失礼します。何事か、連絡に参られたのでしょうか?」
過度の謙りはしない。相手は学園の先輩で生徒会だろうとも、侯爵家と平民階級。自らが属する公爵家のことを考えて応対する。
チェスターこそは態度に出さなかったが、バーバラは不愉快と口元すら歪めた。
「連絡ですって?あんたが入学式で倒れたから大変だったのよ!式の流れを乱しておいてその態度はないでしょ!どれほどの人に迷惑をかけたのか分かってるの!」
「はい、申し訳ございませんでした。私の不調により多数の方にご迷惑をかけたこと、式典の妨げになったことを謹んでお詫びします」
「全くだわ!明日の朝礼で全員に謝りなさいよね!!」
真摯な気持ちからオーレリアが謝れば、凄まじい剣幕でバーバラが言い放った。
その瞬間、フレデリックが守るようにオーレリアの前に立ち、チェスターが怪訝な顔で後ろに振り返る。
「バルザドール、流石にそれは看過できない。ルヴァン公爵令嬢は体調不良で倒れたんだ。不慮のことだった。全体に謝罪をさせるなどやり過ぎだろう」
「バルザドール副会長は少々横暴ですね。オーレリアの不調は、本人が望んで引き起こしたわけじゃない。それを過剰に責めるなど、生徒会の方として如何なものでしょうか?」
バーバラはチェスターを睨み付けたあと、すぐにフレデリックへと視線を向けた。彼女の眼差しは蕩けたものになり、表情からも険が取れる。
「違うんです、王子様。その令嬢の体の弱さを責めているわけじゃないんです。多分、事前に対処できたはずでしょ?守られている公爵家の令嬢ですもの。それなのに皆に注目されるように倒れたから対処不足、つまりは怠慢じゃないかと思って。生徒の皆さんも不快に思ったはずです」
明確に媚を売っている口調で、オーレリアを責める言葉を吐き出す。
時が戻る前と変わらないバーバラの様子に、以前のことを思い出したオーレリアは、身を震わせた。話を聞いた二人はバーバラを愛する人達。チェスターに至っては学年が同じなため、すでに恋人関係になっているはず。
彼から受けた暴言も思い出した。頭を抱え、顔を伏せたくなるも、姿勢を崩さず必死に耐える。ただ、オーレリアが膝の上に乗せた手は小さく震えていた。
「その、通りだとは思います。多大な迷惑の謝罪を」
「他生徒が不快だと声を上げたのか?不調で倒れたことを対処不足だと責めたと?そうだとしたら、この学園の生徒達は人の心はないということになる。サウスレイク学園の教育方針ならば、異常だと思わざるを得ないね」
「そのようなことはありえません、フレデリック第二王子殿下・・・バルザドール、勝手に話を作るな。不快だと思った生徒も教員もいない。公爵令嬢の体調が心配だと声を上げた者達が複数いたから、こうして見舞いにきたんだろう」
オーレリアの言葉をフレデリックは遮り、バーバラの視線からも守るように背に隠した。チェスターも、事実ではないと声を上げて注意をしている。
二人の言動は、バーバラから苦言を受けるオーレリアを守るようで、彼女は困惑していた。
(な、なぜ?バーバラ様のことを責めているの?お二人はバーバラ様を愛するのに。どのようなことも許して、守るはずなのに)
おかしい。
不安から視線が落ちて、自身の震えている手を映した。
「確かにそのつもりだったけど、元気そうだから腹が立ったのよ。あれだけ迷惑をかけたのに王子様と抱き合ってるんだもの!か弱いアピールをして守ってもらおうと考えている可能性が」
「オーレリアは僕の婚約者だ。君の言いがかりから守ろうとして何の問題がある」
「えぇ?はぁっ!?第二王子に婚約者がいたなんて聞いてないわ!!」
声を張り上げたバーバラ。医務室に響き渡る声量に、フレデリックもチェスターも眉を顰める。
「バルザドール、いい加減にしろ。ルヴァン公爵令嬢を君の一存で責め上げ、フレデリック第二王子殿下に不敬極まりない発言をするなど、生徒会副会長のするべき態度ではない。一旦、医務室から出てってくれ。君がいると話が拗れる」
「でも、チェスター」
「物覚えが悪いのも致命的だな。私のことは家名で言えと言っただろう。とにかく、早く出てってくれ。お二人との話が終わるまで生徒会室で待機していろ」
「・・・」
悔しそうに歯を食いしばったババーバラは、オーレリアを突き刺すような鋭い眼差しを向けると、踵を返して医務室から出て行った。苛立ちを表すように大きな音を立てて扉を閉める。
彼女が立ち去ってすぐに、チェスターは深く溜め息を漏らした。
「家の金で地位を得た女が」
小さく呟いた言葉だったが、オーレリアには聞こえた。聞き逃しなどできなかった。彼の吐き捨てた言葉は、時が戻る前にオーレリアに向けて放たれていたからだ。
(バ、バーバラ様のことをそのように言うなんて)
「困った女性だね」
「・・・はい。どうにも高圧的で、特定の男子生徒以外には態度も言葉遣いも悪いのです。ただ、彼女の実家であるバルザドール家は、この学園に多大な援助をしています。どれほど息女に問題があっても、強く出れない状況なのです」
「なるほど・・・」
フレデリックは息を吐くと、オーレリアの隣に腰を下ろした。ベッドが沈み、隣から感じる温もりに彼女は肩を跳ね上げる。
恐る恐ると見上げれば、彼の優しい微笑みが向けられていた。
「入学してすぐに妙な女生徒と対面して大変だったね。ああいった者は二度と近付けないようにするから、安心して」
「え、ええ・・・」
「謝罪をします、ルヴァン公爵令嬢。大変、申し訳ございませんでした。勿論、バルザドールの言う不快に思ったという生徒達はいません。貴女の御身が無事だと知れば安心する者ばかりです」
「・・・ええ、お気遣いありがとうございます」
最敬礼で頭を下げたチェスターに、オーレリアは言葉を送ってから頭を下げた。
二人のやり取りを見ていたフレデリックに背中に触れられた彼女は、体勢を戻す。チェスターも同時と頭の位置を戻した。
「顔色から察するに体調も戻られたようだ」
「はい、今は特に不調はありません」
「僕が学寮に連れて行くよ。明日からの授業も、新入生は学園案内と説明会のみで午前に終了するんだろう?」
チェスターは短く返事をすると頷いた。その様子を見届けたフレデリックは、ベッドから腰を上げてオーレリアの肩を押す。立ち上がるように合図をされたと、彼女もベッドから降りた。
「寮の位置は分かりますか?」
「問題ない、僕の部屋もオーレリアの部屋の場所も知っている」
「そうですか、ではまた明日。ルヴァン公爵令嬢、貴女はゆっくり休んでください」
「ええ、ありがとうございます・・・」
フレデリックに肩を抱かれて支えられたオーレリアは、チェスターを医務室に置いて退室した。
長い廊下を歩き、学寮に向かう道中で、彼女は前を向く彼の横顔を眺める。
(どうして、バーバラ様にあのようなことを・・・あなたの最愛の人になるのに)
分からない、理解できない。
確かにバーバラは高圧的で自分本位な言動を取り、オーレリアに対して敵意が剥き出しだった。
だが、それは時が戻る前と同じ。同じ言動を取っていたのに、彼女は皆に愛されていて受け入れられていた。フレデリックもチェスターも、間違いないと全てを肯定していた。
(同じなのに、フレデリック様達の態度が全然違う・・・どうして?)
考えても彼女には分からない。ただフレデリックに支えられながら歩き続けて、校舎に隣接する学寮区へと辿り着く。
オーレリアの部屋がある寮は、校舎から一番離れている最奥の建物。複合住宅のような他の学寮とは違い、一戸建ての住居だった。
「まあ、小さなお屋敷のようだわ」
「君はこの学園で一番高貴な女性だからね。警備の関係上、他生徒と部屋が近しいのは好ましくないと判断された」
「そうなのね」
到着と共に口を開いたフレデリックに、彼女は微笑みを見せた。未だに頭の中は信じられない光景のせいで乱れているが、顔には出さないと努める。
「あ、オーレリア様!」
名前を呼ばれて顔を向ければ、屋敷のような学寮の窓から、ウージェニーが上体を出して手を降っている。反射的にオーレリアも手を振って答えた。
「ウージェニー嬢から護衛も兼ねてるって聞いたかな?彼女は騎士を目指していて、今回の選抜に自ら声を上げたそうだよ。『ルヴァンのお姫様を守りたい』って祖父のルスタリオ男爵に宣言したそうだ」
「頼もしい方だわ」
「うん、それに信頼できる。君と同じ家系の女性だからね」
密着していたフレデリックの体が離れる。彼に視線を向ければ、オーレリアの寮の隣、似たような建築の屋敷を指で差し示していた。
「僕の学寮はこっち。父上とアルスター殿に頼んで君の隣にしてもらった。学園生活では、いつもより身近で過ごすことになるね。何かあったらすぐに呼んで・・・それと、嫌でなければ夜も一緒に過ごそう」
「では、またね」と、フレデリックは去り際にオーレリアの頬に触れて、離れることでゆっくりと撫でられる。
立ち去る背中を眺めながら、彼女は触れられた頬に手を向ける。慣れた温もりと触れ方。囁く言葉は艶を帯びていてた。それがいつも通りであっても、やはり胸が高鳴ってしまう。愛しい彼の姿が寮の中に消えるまで、彼女は赤い顔のまま眺めた。
フレデリックのバーバラに対する態度の異質さに混乱していた思考は、彼の示す愛によって塗り潰される。
寮から出てきたウージェニーに手を引かれるまで、オーレリアはフレデリックを想い、うっとりと立ち尽くしていた。
女の子が酷い目にあって苦しむ姿が可愛くて話を書いているので、苦しめて酷い目に合わせる女の子はあまり書きたくないんですよね。だからか、好感の抱けない性格になりました。
ちなみにウージェニーは以前ルスタリオ男爵が「鼻を垂らしながら木の棒を振り回して遊ぶ暴れん坊」と言っていた孫です。ちなみに美少女です。美女に美少女を添えたい病。




