なぜ彼が戻ってきたのか彼女には分からない
暗闇の中、心地良い温かさに包まれていると気付いたオーレリアは、自身が目を閉じているとも気付いたことで、ゆっくりと開いた。
視界に映るのは知らない白い天井と、そこから吊るされている白いカーテン。そして、目を瞬かせている銀髪の女性の顔。
「・・・ぁ」
「気付きました?どこか痛いところや気分が悪かったりしません?」
「・・・いえ、大丈夫です」
銀髪の女性は学生服を着ていることから学園の生徒だと分かる。ただ、知らない場所のベッドに眠っていた理由が分からない。
上体を起こそうとすれば、女性がオーレリアの背中に腕を回して支えてくれた。寄り添う彼女の顔を見上げると、その瞳は美しい紫色をしている。オーレリアと同じ色の瞳が見えた。
「あの、あなたは?」
「ああ、自己紹介がまだでした。あたしはウージェニー・ルスタリオです。祖父のことはご存知ですよね?アルスター様から同学園に入学すると聞きまして、オーレリアお嬢様の護衛兼学友になりました」
快活と答えたウージェニーは笑みを浮かべる。その顔は、発掘で共にするルスタリオ男爵によく似ていた。
「まあ、ルスタリオ男爵のお孫さんでしたか」
「こんなあたしがルヴァンの姫様と同年なんて、ちょっと恥ずかしいですけど、よければ仲良くしてください」
「こちらこそ仲良くしてくださいね、ウージェニー様」
オーレリアはベッドから降りようとするが、ウージェニーに手で制された。彼女は背中でヘッドボードに寄りかかるように体勢を変えられる。
「お嬢様は病み上がりですから、もう少しお休みになってください」
「え、ええ・・・ごめんなさい。お手数をおかけします」
「そう畏まるのもなし、ええっと・・・畏まるのは止めてください。あたし達は同級生なんですから」
ウージェニーは歯を見せて笑う。その表情と言動から明朗快活な性格だと分かった。
自然とオーレリアの口元が緩む。
「ウージェニー様も畏まっておいでだわ。同級生で、それも親戚同士なのですからもう少し気さくになさって」
「そうですかね?・・・そうかも!」
顎に手を当てて考え込む素振りのあと、ウージェニーは納得と頷いた。所作すらルスタリオ男爵を思わせて、彼女は笑みを零す。
「元気になったみたいでよかった」
ホッと息を吐く様子に、ベッドの上掛けに落ちていた視線を上げた。
「そういえば、私が病み上がりと仰ってましたね」
「あなたは入学式の最中に倒れたんです。すぐに医務官が検診して怪我の確認をしたんですけど、目が覚めないのでこの医務室に運ばれました。あたしはクラスメイトで、寮でも同室だから付き添っていました」
「そうなのですね・・・本当にご迷惑をおかけしたわ。付き添ってくださって、ありがとうございます」
「どういたしまして!」
気持ちのいい笑顔を向けられつつ、オーレリアは自身の笑みが引き攣っていると気付かれないことを祈った。
ウージェニーとの会話で思い出す。入学式でバーバラを目にしたこと。フレデリックが心を奪われる瞬間も目にした。出会った二人はこれから愛し合うと理解して、衝撃と絶望を感じながら身を引くことを考え、そして気絶した。
頭を鈍器で殴られたような衝撃、これから受ける他者からの侮蔑の言葉と視線。何より、愛する人ができたフレデリックに敵意を向けられると気付いて、心が許容を超えてしまった。
(駄目だわ、このようなことで弱ってしまったら・・・強くならなければ。このまま周りに流されないように心を強くして、フレデリック様に別れを)
考え込む彼女の耳に、部屋の扉をノックする音が聞こえる。すぐさま顔を扉に向ければ、ウージェニーが動いて扉へと向かった。
「医務官が戻ってきたのかもしれない。開けてしまっていいですか?」
「ええ、お願いします」
オーレリアの返事にウージェニーは頷いて、扉の向こうの人物に「今、開けます」と言っていた。
彼女はふと気付く。もし医務官ならば、扉をノックしないのではないかと。この医務室の主なのだから声をかけて自ら入ってくるのでは、と。
考えを巡らせている最中、ウージェニーは勢いよく扉を開いた。その素早さに扉の向こうの人物も驚いたようで、夕日色の瞳の目を丸くさせている。
「フレデリック様?」
まず思ったのは「どうして」という疑問。
バーバラに出会ったフレデリックならば、オーレリアの元に来るとは思わなかったからだ。彼は、これからバーバラに愛を囁いて夢中になるはずなのに。
「失礼、ルスタリオ男爵令嬢」
「ウージェニーとお呼びください、殿下。オーレリア様は今お目覚めになりました。ご本人いわく、体の不調はないそうです」
「そうか、ありがとう」
「殿下がいらっしゃったということは、クラス説明会は終了したのですね?あたしはオーレリア様の鞄とプリント類を持ってきます。あとは殿下にお任せしても?」
「ああ、任せてくれ。君は先に学寮に帰っていいよ。オーレリアは僕が連れて行くからね」
「分かりました・・・では、オーレリア様。また寮で!」
振り返って笑みを見せるウージェニーは、手を振りながら扉から出ていく。すれ違いざま、フレデリックが入ってきた。彼は真っ直ぐに歩き近付いてくると、呆然としていたオーレリアのベッドに腰を下ろす。
「フレデリック様・・・」
彼女は困惑する。
眉を寄せて心配だと表情に浮かべるフレデリックは、オーレリアの気持ちに気付いていないようで、その金の髪の前髪を優しい手付きで撫で上げた。
「本当に痛むところはない?気分も、気持ち悪いとか目が眩むとかしていない?」
彼の夕日色の瞳はオーレリアに向けられている。身を寄せて、肩を抱いて引き寄せたオーレリアのことを見つめている。
バーバラに恋したフレデリックが、なぜか側にいる。心配だと心を寄せてくれていた。
「・・・どう、して?」
「ん?何かあったの?」
彼女の髪を撫で上げていた手が止まり、頬に落ちると指の背で撫でられる。彼は労わるように触れた。優しい手付きで、優しい眼差しでオーレリアを慰めている。
理解ができないことで、彼女の思考は停止してしまっていた。無意識に動く唇から、ありのままに思ったことが声となる。
「あなたはバーバラ様に出会ったのに、なぜ私のところにいるの?」
「・・・・・・」
言うべきではなかったと、口元を手で押さえても遅い。
現在のフレデリックとバーバラは初対面のはずだ。今まで接点がなかったのに、出会いによってお互いが、彼が意識をするなど言ってはおかしいと思われる。
時が戻る前はもはや過去のことで、今のフレデリックは知らない、これから起こり得るとは本人でも分からない。
オーレリアの発言を聞かされた彼も、怪訝だと眉を寄せていた。きっと妙な発言をした彼女に不審感を抱いたはずだ。
思わず体を離そうとフレデリックの胸を押すが、彼は逆に抱き締めてきた。
「んっ」
腕で頭を包み込むように胸に抱かれたことで、オーレリアにはフレデリックの顔は見えない。
「何よりも大切なのは君だよ、オーレリア。君が無事でよかったと心から安心している・・・僕は、この世で一番大切な君のことを蔑ろにして、他の女に目移りするなどしない。二度とそんなことはしないんだ」
「フレデリック、さま?」
引っかかる物言いを不思議に思う。どういう意味か問おうと口を開いたが、再び扉がノックされた。次いで、その扉は返事を待たずに開かれる。
オーレリアはフレデリックの腕の中から、入室してきた人物達を目にした。
取り澄ました顔のチェスターと鋭い目つきでオーレリアを睨み付けるバーバラの姿が、その紫色の瞳に映る。




