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久しい再会

婚約の調印式は終わり、国王夫妻と父親はそのまま談話を始めた。気持ちが溢れそうなオーレリアだったが、必死に耐えて席から立つと、優雅な一礼をする。


「一度、場を辞すご無礼をお許しください」


「何事かあったか?」


国王陛下と話していた父親が、彼女へと顔を向けた。眉を寄せた表情は不機嫌に見えたが、常時表情が固いことを思い出す。オーレリアの態度を不快に思ったのではないと理解して、彼女は微笑んだ。


「法務庁舎の入場は初めてでした。千年前の神殿の基壇がそのまま残っていると聞き及んでいるので、叶うなら目にしたいと思います」


「ハハッ!そなたの娘は筋金入りの遺跡狂いだな!」


「陛下、いい方というものがございますわ」


豪快に笑った国王陛下を、王妃殿下が窘める。オーレリアには言葉はないが、王妃殿下は憂いを帯びた表情と、フレデリックと同じ夕日色の瞳を向けてくる。


「幼少の頃、私も父にこの庁舎に連れて行かれて神殿の基壇を見学したものです。オーレリアは我が父の影響を一番受けた娘ですから、好奇心が抑えきれないのでしょう」


「そうだった!アルスター爺の英才教育を受けているのだった!嗜好に邁進する気持ちのよい娘だな!時が許す限り見学でもするがよい」


大笑いに涙すら浮かべたらしい国王陛下は、指先で目元を拭うと、部屋の扉を手で指し示す。

許可が出たことに再び淑女の礼をしたオーレリアだったが、その顔を上げると、フレデリックに視線を送った。


「僕も席を外します」


彼女の視線に笑みで答えた彼は、腰を上げて立ち上がる。国王夫妻の後ろから回り込んでオーレリアに歩み寄り、向かい合って佇んだ。

いつものにこやかな表情と優しい眼差しに、すぐにでも抱き着きたいと思ってしまうが、彼女は足に力を入れることで耐えた。


「・・・なるほどな。遺跡を逢瀬の言い訳に使うか。これは、歴史家としてどうだ?」


「何か問題がありますか?私個人としては問題無しと見なしています」


「ジルベール。お前、爺に似てきたな?俺を睨む目がそっくりだ」


「親子ですから当然です。陛下が睨まれたいと仰るのでしたら、いくらでも睨み付けて差し上げましょう」


何やら小突き合うように話す国王陛下と父親に、オーレリアは笑いそうになった。祖父とルスタリオ男爵のようで、おかしさが込み上げてくる。

だが、緩んだ頬をフレデリックの手に包まれたことで、彼女の顔は固まった。触れられて、真っ直ぐに眼差しを向けられていることに、喜びと気恥ずかしさで顔に熱が集まる。


「では、父上達の談笑が終わるころに戻ってまいります」


頬にあった手が、オーレリアの手を握り締めた。引かれたことで、彼女はそのまま歩き始める。

手を繋いで並び歩く二人の後ろ姿。父親達は眩しいものを見るように目を細めて、王妃殿下は窺うような視線を向けていた。


「本当に仲睦まじいわ・・・カルロが目にしたらどう思うかしら」


小さな囁きは、言葉で戯れ合う男性達の耳には届かない。




式場となった部屋から出たオーレリアは、隣り合うフレデリックを見上げる。顎まで伸びた烏の濡羽色の髪は艷やか。優美な美貌を持つ横顔は整っていて、横目で視線を送ってくれる夕日色の瞳は熱が宿っていて燃えているかのようだった。

綺麗だと見惚れる彼女は、彼の体に身を寄せた。もはや肩に頭を乗せることができない身長差。青年期に入ったフレデリックは、肉体的に急成長を遂げていた。


(私に暴言と殺意のある眼差しを向けたときと同じ・・・それでも怖いと思わないのは、安心感が勝るから)


時が戻る前の彼とは違うと明確に言えた。オーレリアを愛すると公言している婚約者。何度も守ってくれて、支えてくれる大切な人。これからも側にいて愛してくれるはずだと、信じて疑うことしない。


(バーバラ様に会わなければ)


唯一の不安を除けば。


「オーレリア」


一目でフレデリックの心を奪う女性のことを思い耽りそうになったとき、名前を呼ばれた。

ハッとした彼女が落ちかけた視線を上げれば、優しい笑みが紫色の瞳に映る。

いつの間にか立ち止まって、正面から彼の微笑みを眺めていたオーレリア。その顔にフレデリックの手が触れて、薄く開いていた唇に優しいキスを受ける。


「ん・・・」


すぐに唇は離れてしまったが、彼が背中を屈めて額を合わせてきた。間近にある熱を帯びた眼差しと色付いた目元に、フレデリックの高揚を感じる。


「やっと、君と結ばれた」


「・・・まだ婚約者になっただけよ。本当に結ばれるのは、これから」


再び唇が近付いてくる。愛情を交わす触れ合いに、オーレリアは目を閉ざした。


「ここは神聖な法を司る庁舎だ。男女がじゃれ合う場ではない」


耳に届いた声。接近しながらも、呆れと吐息と共に紡いだ低音の美声。

聞き慣れた恐ろしい声に、彼女の心臓は掴まれたかのような感覚を得た。息が苦しくて、心臓から鈍痛が全身に広がる。


「ぁ・・・あ・・・」


目を開いても振り返ることはできない。鋭い視線を真横に向けているフレデリックの顔が瞳に映るだけで、震え始めた体は彼の腕が支えてくれた。

抱き寄せられて、彼の胸に顔を埋める。激しい心音を感じるが、それがどちらのものかなどオーレリアには分からない。


「カルロ、なぜここに?」


「なぜ、だと?私はカルネアス王国の王太子だぞ。法律を決めるべき立場にいる。如何ような理由で足を運ぼうと、貴様に咎められる謂れはない」


強い視線を感じる。まるで身を刺すような鋭さ。

誰から向けられているのか、確認すら彼女にはできない。恐怖で心は埋め尽くされ、聞こえる声に耳を塞ぎたいほどだった。


なぜ、カルロがこの庁舎にいるのか。オーレリアとフレデリックの婚約の調印式は、妨害を警戒して伏せられた。本来ならば王城で執り行う式を、法務庁で行ったのも警戒の一環だった。

それなのに、なぜかカルロがいる。オーレリアの前に現れた。


「よりにもよって今日の日に足を運ぶなんて、警戒されても仕方ないと思え」


「何か決まりが悪いことでもあるのか?貴様がその令嬢と婚約をした、とか」


彼女は肩を跳ね上げた。カルロに知られていることに驚き、恐れて、フレデリックにしがみつく腕の力を強める。


「決まりが悪いとはなんだ。僕の婚約は正式なものだ。国王陛下と王妃殿下の眼前で行い、許可を得た。お前が何を言おうとも覆ることはない」


「・・・・・・」


無言となったカルロだが、彼女は見つめられていると分かっている。肌で感じるほど強く凝視されていた。


「オーレリア・エドナ・ルヴァン」


「・・・っ」


名前を呼ばれて息を飲む。体の震えは一向に収まらない。

それなのに、カルロは躊躇すらしてくれない。


「王太子を前にして顔を見せぬとは何事か。貴女はカルネアス王国の公爵家令嬢。忠義の臣下として礼を取るべきだろう」


冷淡な声色の言葉。情も怒りもない無感情な声。

まるで冷水を浴びせられたようだった。今までのカルロにはなかった言動が、オーレリアを冷静にさせる。


(そう、そうだわ・・・王太子殿下に、ご挨拶をしなければ)


「オーレリア、あいつの声なんて聞かなくていい」


「貴様は公爵令嬢の忠義を妨げるのか。不敬罪の幇助となり、弟とはいえ厳罰は免れないと思え」


「うるさい、黙れ。お前はオーレリアを怖がらせていると分かっていないのか?」


二人の言い合いが聞こえる。

冷静にあろうとする彼女にはよく聞こえて、見苦しい姿を見せるべきではないとも自覚した。


「オーレリア?」


フレデリックの胸から顔を離す。それでも、すぐに決心ができなかった彼女は深呼吸を繰り返して、ゆっくりと、躊躇いながらもカルロに顔を向けた。

瞳に映る姿。短く切り揃えた烏の濡羽色の髪。美麗ながら精悍な顔は感情がなく、澄んだ赤い瞳は宝石のようだった。フレデリックよりも、長身の祖父よりも遥かに背が高く、筋肉逞しい体格だと黒い礼服の下から主張していた。


(カルロ様、だわ・・・)


最期に見たときと同じ姿で、執着も怒りもない無表情でオーレリアを見ている。

彼女は、フレデリックの胸を手で押しながら身を離した。彼が手を伸ばしてくるが、首を横にゆるゆると振って制する。

カルロに対面するオーレリア。ドレスの裾を掴み上げて、頭を垂れる。


「ご無礼を失礼いたしました、カルロ王太子殿下。ご挨拶が遅れたことも心より陳謝いたします。ルヴァン公爵家オーレリア・エドナ・ルヴァンにございます」


完璧な淑女の礼をカルロは見つめている。肌に感じる視線から理解をして、声がかけられるまで待った。


「面を上げよ」


言葉に従って姿勢を正す。

決して顔をそらさずに、感情のないカルロに視線を向ける。


「・・・以前も言っただろう。怯えなくとも大丈夫だ・・・私は、君を、目にしたかっただけ」


僅かに目が細められたが、彼はすぐさま顔を隠すように真横を向いた。白い手袋をはめた大きな手で、その横顔すら隠す。


「・・・何年ぶりだろうか、君の姿を目にするのは・・・オ・・・ルヴァン公爵令嬢」


大きく息を吸い込んだカルロは、手を外して、再び感情のない顔をオーレリアに見せる。


「愚弟の婚約者と顔を合わせぬわけにはいくまい。いずれ、貴女は侯爵として私に仕える。発掘事業は、歴史を重んじる我が国において関心が高い。担い手となる貴女の働きを、私は期待している」


「もったいないお言葉にございます」


「・・・日々、精進するがいい」


カルロが近付いてくる。どうしても身構えてしまった彼女だったが、フレデリックが腕を回して抱き締めたことで、すれ違うカルロとは距離が空いた。


「・・・」


オーレリアの頭上で兄弟達は睨み合う。しかし、それ以上のことは起こらず、カルロが通路を曲がったことで視界から消えた。

ホッと息を付く彼女。抱き締めるフレデリックは、カルロが見えなくなった通路を睨み続けたが、数秒の間のあとにそのままの体勢で歩き始めた。


「ここから離れよう。君は一階に行きたかったよね?早く神殿の基壇を見に行こう。見ながら少し落ち着こうね」


心が乱れているのはフレデリックではないかと、オーレリアは思いながらも彼と共に歩き進む。


「ああ、オーレリア。私の美しいオーレリア・・・綺麗だった、記憶にある姿のままだった。私の女神。美しく、愛しい・・・必ず、取り戻してやる・・・オーレリアは私のものだ」


通路を曲がってすぐ、大きな背中を屈めて蹲る男の呻き声は、誰にも聞こえない。

今回の話は今日の内に浮かんだものでした。以前より差し込もうとしていなかったので、いつも以上に粗があると思います。

申し訳ないです。書きたくなってしまったのです。

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