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悪い神様の神殿遺跡

壁画の土汚れを払っていた調査員が立ち上がり、祖父に近付く。


「アルスター様、右端に文字が記載されています。恐らくは古語だと思われるのですが」


「君でも読めないものかい?」


祖父は調査員が示すところに腰を屈める。松明を持つ調査員も続き、火を近付けることで更に壁画を照らした。

オーレリアは古語など読めないが、祖父達の会話から惹かれて視線を向ける。

彼女には、大の大人達が大きな体を頑張って詰めて寄り添う姿しか見えない。


「そうだね・・・古代の豪族達が使っていたカルネアス古語かな?当時の神官職も上の階級ばかりだったからね。一般人が使っていた古語とは違うんだ」


完全に興味を惹かれているオーレリアは、フレデリックの手を引くほどだった。

少年の楽しそうな笑い声が聞こえるが、彼女の耳には届かない。


「・・・これは」


「どのようなことが書いてあるのですか?」


唸り声を上げた祖父は、躊躇いつつも口を開いた。


「頭を垂れよ、イルルラルバは我らの天上にいる」


「イルルラルバ?」


聞いたことのない名前だった。

神の権能を表す壁画に記載されているのなら、一番大きく描かれている片翼の人物、つまりはこの神の名前だろう。

だが、オーレリアが童話代わりに読み耽った神話の本に、そのような神の名前はなかった。


「イルルラルバ。神の一柱として創世の場にいたとされるが、それ以降は登場がない。ただ、司るものと立場は記されていた・・・イルルラルバは愛欲の神、悪神の一柱」


「あいよく・・・」


祖父の言葉をポツリと復唱しただけのオーレリア。

その声に祖父は急いで振り返ると、彼女の側に足早で近付き、目線を合わせるために身を屈めた。

見える顔は真剣ながら多少引き攣っている。


「オーレリア、今の言葉はね、君には少々早い言葉なんだ。もう少し大人になってから・・・そうだね、学園に入学してからだ。学びとして知りなさい。いいね?」


(性愛に対する欲望のことよね)


「はい、お祖父様。大人になってから知るべきことなのですね」


人生をやり直しているため、言葉の意味は分かっている。これから誰にも愛されないオーレリアには無縁の言葉だと。

純粋無垢な子供だと思っている祖父に、知り得ているなど言ってはいけない。

穏やかに微笑んで祖父の望む言葉を送れば、あからさまにホッとした顔を見せられた。


「そうなりますと、この神殿はイルルラルバを奉じるためのものということになりますね」


「あ、悪神の神殿がカルネアス王国にあるということは、降臨されたということでは?」


「クヴァネス神以外の神が降り立っていたというのか」


「あり得るか?」


「しかし、実際に神殿はあるわけだし」


周囲にいる調査員達がざわつく。ルスタリオ男爵も額に手を当てて考えているようだった。


「悪神とはいえ創世の場にいた神。信仰があったと口伝にすら伝わっていないなどあり得ない。現在、存在証明となるのはこの新たに掘り起こされた遺跡のみですよ?これだけの証拠でイルルラルバが降臨していたなど信じられません」


「神なら神器があるはず。そちらの顕現がないなどおかしい」


「イルルラルバを召喚したいがために建立されたのでは?」


「クヴァネス神が座していたはずだぞ。他の神を、よりによって悪神を求めるわけがない」


調査員達の声量は増していく。暗い神殿遺跡の中で議論が始まろうとしていた。

人々の熱量に圧されて聴き入るオーレリアは、今までになかった一国に二柱の神が在ったという状態に、胸の鼓動が高まっていく。


(イルルラルバ神の遺跡が見つかっただけで、簡単に常識が覆るなんて・・・素晴らしいわ。本当に大発見)


オーレリアは鼓動を抑えるようと胸を擦る。

手を繋いでるフレデリックが身を寄せて顔を近付けてきた。至近距離にいる彼に鼓動は跳ね上がり、高揚していた気分が降下する。


(そうだわ、フレデリック様がいらっしゃるのだった)


「怖い?」


「え?いえ、怖くは」


「もしこの遺跡が悪い神様の神殿だとしたら、君には良くない。あの壁画が神の力を示すというなら、イルルラルバという神は女性を使う。女性を用いて力を振うんだろうね。もしその権能が残っているなら、君にとっては恐ろしいものだ」


フレデリックは一切視線をそらさずに言い切る。

鼻の頭が擦り合いそうな距離では、火の光は遮断されて彼の瞳を昏い色に変えていた。


「そうだ!オーレリアにはよくない!」


祖父は立ち上がるとオーレリアの肩に触れ、背後へと押される。その動きに、フレデリックに握り込まれていた手も離された。


「オーレリア、一旦地上に戻りなさい。本当にイルルラルバ神の神殿なのか更に調査を進めるからね」


「お祖父様、私もご一緒したいです」


「ルヴァン様、二層の調査が終了しました!危険箇所はなく、中央は石レンガで組まれた窪みがあるだけの広間になっています!」


「ああ、分かった!すぐに私も向かおう!二層入り口に案内してくれ!・・・オーレリア、一度地上に戻ってほしい。あまりの事態に私も物事を整理したい。君がいると私は心配で手がつかなくなってしまう。だからね、地上で待っていてくれ。もうすぐ正午だ。昼食までには戻るから、いいね?」


「・・・分かりました」


イルルラルバの司る力、その権能からオーレリアの情操によろしくないと祖父は判断したようだった。

中身は大人だと言えない彼女は、祖父に従うことを選ぶ。


(早く体も大人になって、お祖父様から家業を引き継ぎたいわ)


そうすれば、誰にも従うことなく思うように好きなこと、つまりは遺跡調査ができるのに。


「僕は同行します。クヴァネスを拝する王家の者として、他の神を奉る遺跡のことは知るべきだと思っていますから」


「・・・そうですね、フレデリック殿下は代表として参られたのですから」


息を漏らした祖父は、うんざりとした様子を窺わせたが、すぐにその顔は取り澄ましたものになる。


「では、オーレリアを地上に運ぶ者を」


「僕の従者に任せましょう。異性と関わりがなかったオーレリア嬢ですから、男性とでは恐怖を感じるでしょう。同じ女性なら安心されるはず」


付き従っていた従者の一人が前に出る。オーレリアの母と同じ年くらいの女性騎士で、筋肉質だと騎士服の上からも分かる体格の良さだった。


「ルヴァン公爵令嬢、わたくしが地上まで警護に付きます」


「警護なんて・・・いえ、ありがとうございます」


祖父に背中を押された。女性騎士に託されたことで、オーレリアは拒否は出来なかった。


(お祖父様は私のことを心配してくださっているのだもの)


女性騎士に付き添われながらオーレリアは来た道を戻る。背後から聞こえる声に後ろ髪を引かれながら。


「この神殿遺跡は類を見ない特殊なものです。アルスター殿の指示の元、発掘調査は続けていただきますが、カルネアス王家としても大事と考えます。王家から警備人員を派遣しましょう。アルスター殿がより良い調査をできるように協力したいと思います」


仲間に加えてほしいなど言えない。

子供として扱われている。何よりフレデリックを含めた王家と関わることになる。


(あとでお祖父様からお話してもらいましょう)


聞き手に回ることしかできないと、オーレリアは落ち込みながら石の階段をゆっくり上っていく。







夜の深まる深夜。

愛欲の神イルルラルバの神殿だと断定された遺跡も、新月のため暗闇の中にある。灯りとなるのは一つの松明の光。

王家の騎士や兵士が厳重な警備をする遺跡にも関わらず、何者かが従者を従えて闇の神殿内を歩いていた。その歩みに迷いがないことから内部の把握も、目的もしっかりしているのだろう。


影たる何者かは、すぐさま二層に辿り着くと、中央にある石レンガが積まれて作られた窪みの前に立つ。

円形に作られた窪みは、水場ではないかと発掘調査の責任者たる前ルヴァン公爵が提唱していた。

何者かは喉を震わせて笑い、従者を連れて中に降りる。


「よろしいのですか?」


震えた声は従者から。主の行うことに罪悪感を得ているようだった。

何者かは何も答えずに身を屈めると、床の石レンガに小剣の刃を突き立てた。テコの原理で動かして、石レンガを浮き上がらせる。従者に命じて掴み取らすと、長方形に空いた穴を覗き込んだ。

僅かな灯りではっきりとは見えないが、穴の中に液体が見える。「彼」はその液体にスポイトを突き立てて吸い取ると、手にしたガラスのボトルの中へと入れる。

とろみのある液体は濃桃色で、松明の光を受けて妖しく煌めいていた。


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