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狂気の王太子

アルバ視点です。

暴力の描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

アルバが召喚を受けて招かれた部屋は、日の入り時間であることと、光量の低い壁の照明だけが灯っていることで薄暗かった。

入室と共に入り口の扉の脇に控える。両手を背中に回し、背筋を伸ばして佇む彼の視線の先には、ソファチェアに身を預けたカルロがいた。暗さから表情は掴めないが、気だるげな様子で一冊の本を読んでいる。

精神が安定したことでカルロは謹慎が解かれた。明日から中央学園へ通い、公務も再開するという。


「お呼びいただき参じました・・・カルロ殿下、読書の最中に失礼します。灯りを灯すべきだと思いますが」


「オーレリアは」


低音の美声は聞き慣れたものより更に低く、地を這うかのようだった。その声色で妹の名前を呼ばれたことに、アルバの背筋が寒くなる。

言付けのために公爵家に訪れた従者は、カルロは正常になったと言っていた。弟王子のフレデリックに対する傷害も反省し、再開する学業と公務のために相談がしたいと伝えられた。

だが、半信半疑で目にした主の様子は、更におかしくなったと感じる。険しい表情であるものの体に力は入っておらず、今閉じた本の表紙を何度も撫でていた。

彼が本へと向ける眼差しはねっとりとしていて、妖しい光を宿しているように見える。


(放置で壊れている精神が治るはずがないか)


「この書籍を発行した。オーレリアは一人の歴史家として、不心得者の王弟と兄王の妻の恋の物語を世に出した。悲恋などと記載している。これは本当に歴史書か?まともに恋をしたことがない少女が、空想で作り出した物語に過ぎない。ただの創作小説だ」


手にしている本がオーレリアの著書だと分かり、アルバは顔を強張らせた。

カルロがオーレリア本人にどれほど会いたくとも、国王陛下と父のルヴァン公爵、祖父が協力して会わせないようにしている。以前の誘拐未遂事件のこともあり、彼女の警備は厳重で、カルロも兵や騎士を動かす権限を失っている状態だった。

何もできずにいる最中、預かり知らぬところでオーレリアとフレデリックが結ばれてしまう。

焦燥と絶望、怒りと悔恨がカルロの心は乱れているはずだ。


「後半部は、歴史検証と発掘調査から書き記した推論となっています。ただ、オーレリアが前半部で記した調査記録は正確で、何より王弟ブラスと城址は彼女が発見したものです。我が国の重要文化財として登録されます」


「略奪者など我が国に不要だ。その城も存在するなど甚だしい。私が王となったら、すぐさま処分してやろう。イレーヌの墓に納めた骨も粉砕してくれる」


「・・・あなたは、オーレリアの功績を無に帰すと言うのですか?彼女は自分の夢である歴史家になるべく、幼きときから祖父に師事をして、努力を重ねました。知識と技術を得るべく、発掘調査に何度も随行して、此度の王弟ブラスの発掘では責任者になりました。調査の指示や自らも発掘作業をしたと聞いています。オーレリアは努力の積み重ねが結果となり、歴史家として認められたのですよ」


怒りからカルロに訴えれば、本を見ていた目がアルバへと向られる。怒りの灯る赤い瞳。まっすぐとアルバを睨み付けた。


「望んでいたことは達成できたのだろう?もう十分だ・・・オーレリアは私の元に帰ってこなければならない。私の妻として、役目を果たしてもらわなければ」


「カルロ殿下、やはりあなたは平常ではない。今暫く静養されたほうがよろしいでしょう。オーレリアは国王陛下とルヴァン公爵との取り決めで、フレデリック殿下と婚約します。調印まで一年は切っている。もはや、王太子であるあなたでも止めることはできない」


オーレリアは夢を叶えた。ただ、第一歩を踏み出したばかりで、彼女はこれからも邁進するはずだ。幸せを願う者として、兄として、妹の妨害をしようなど仕える主だとしても許してはいけない。

成し遂げたことを説明するオーレリアの紫色の瞳は輝いていた。何よりも幸せだと表していた。彼女は、カルロとアルバが手を差し伸べなくとも幸せになれる。もはや、すでに幸せであった。


「アルバ」


カルロは、名前を呼んで目を細める。次いで手招きすることでアルバを呼び寄せた。

近づきたくないと思うが、凶暴性のあるカルロを怒らせては手に負えないと、近付くことを選ぶ。


「ただいま参ります・・・」


アルバは薄暗い室内を突き進み、あと数歩というところで、素早く立ち上がったカルロに距離を詰められた。驚きで不意を突かれた彼は、首を掴まれて宙に吊るされる。


「ぅ、ぐ・・・っ」


片手で高々と持ち上げられた。体が安定しない浮遊感と首の締め付けに、彼は恐怖心を強める。

カルロに絞め殺される、と。

記憶の中にある、時が戻る前に何度も目にしたオーレリアの受けた暴力の一つ。華奢な彼女よりも、遥かに逞しい体格の男のアルバでも、これほど苦しく恐ろしいのだと感じる。

毎度、死を感じて震え上がったのだろうと、もはや過去となったオーレリアのことを彼は憐れんだ。死を感じる最中、冷静な部分が以前の妹を憐れんでいる。


「口答えをするな」


握力が増したことで、更に首が絞められた。息ができず、咄嗟に掴んだカルロの腕に爪を食い込ませる。

アルバとて、学園の授業で戦闘訓練を受けていた。体格は騎士には劣るが、筋肉はしっかりとあり、力は同年の貴族子息の平均よりも強いほうだった。そんな渾身の力で、抉るようにカルロの腕に指を刺しても、びくともしない。

霞む視界に映る顔は無表情ながら、赤い瞳が爛々としていた。


「は・・・ぁ、ぐ・・・っ」


「腹立たしいな、アルバ。オーレリアは私の妻なのに、フレデリックなぞが惑わして狂わせた。妻の役目を放棄して、あの愚弟に媚びるとは・・・ああ、仕置きをしなければ。苦しめたくないが、自身が誰のものか自覚をさせなければならない」


「がぁ、はぁっ・・・」


突然、首を掴んでいた手が外れたことでアルバは床に落とされた。上質なカーペットが敷かれてはいるが、受け身も取れずに半身を打ち付けてしまう。右半身から伝わる痛みに彼は悶えるものの、すぐに体勢を整えて立ち上がろうとした。

床に膝を付けた状態で、顎を掴まれる。無理矢理に顔を上げられれば、間近に赤い光があった。怒りを湛えた赤い瞳が、瞬きすることなく彼を見下している。


「時が戻る前、私は今のお前に与えた暴力をオーレリアに何度も与えていた。加減などせず、殺すつもりでいた。『あの女』が妙な力で私を操ったからだ。殺すつもりで殴れと、蹴ろと、首を絞めろと言われた。従わされた!オーレリアにそのようなことをしたくはなかったのに!!私は喜んで暴力を加えた!!おかしいだろう!!愛しい人を焼き殺せと命じられたから実行した!!愛してもいない女が毒殺されそうになったと嘯いたらから火炙りにした!!処刑した!!それがおかしいから私は正そうと時を戻したのに!!オーレリアがなぜ!!私の側にいない!!私のものにならない!!私の妻にできない!!」


激昂したカルロに掴まれた顎を上げられて体が立ち上がると、投げられて床に叩き付けられる。


「がはぁっ、あぁ・・・はぁっ、ぐぅ・・・」


叩きつけられた部分から痛みが走る。アルバは痛みで呼吸も儘ならず、その震えることしかできない体は、カルロに脇を蹴られたことで仰向けにされた。


「あがっ」


「このままでは時を戻した意味も喪失する。オーレリアが手に入らぬなど、何のために時を戻した?何のために私は!!」


アルバの胸はカルロの足に踏み付けられる。衝撃は凄まじかったが、多少の手加減はされているようで、骨が折れた感覚はない。


「なあ、アルバ・・・お前は主である私に逆らったが、オーレリアを想ってのことだと理解している。なぜそのような結論に至ったのか分からんが、オーレリアのために私への協力を取り止めようとしているな?」


見下ろしてくる顔は虚無だったが、やはり眼差しだけは鋭かった。朦朧とする意識であっても、目をそらすなと訴えている。


「オーレリアを幸せにしたいのなら、私の妻になることが最善だ。彼女を幸せにできるのは私だけ。歴史家になりたいと望んでいたようだから自由を与えてやった。望みを奪わずにいてやった。だから、あとは妻として私の元に帰るべきだ。私を愛するという大事な役目を全うしてもらわなければ・・・なあ、そうだろう?」


「・・・はぁ・・・ぁ・・・はぁ・・・あなたは」


狂っている。

口に出そうにも、胸を踏み付ける足の力が増した。


「ぁあ゛、ぁ・・・あ゛ぁぁ・・・」


「安心しろ。お前は私の大事な駒だ。ロノヴァのように殺すつもりはない。これは世迷い言をほざいたお前に対する仕置きだ・・・」


無慈悲に言うと、カルロは顔を顰めた。不満だと表情が訴える。


「母上が言っていたが、オーレリアはフレデリックと同じサウスレイク学園に入学するらしいな。私がいるから中央学園は候補にも上げなかったらしい・・・お前も知っていたか?」


「・・・っ・・・は・・・」


「口が聞けぬのなら態度で示せ。更に痛めつけられたいのか?」


アルバが躊躇いつつも頷けば、カルロは口角を上げて笑った。美麗な顔が浮かべる不気味な笑みに、彼は怖気を走らせる。


「報告ミスだな、アルバ。罰を与えよう」


彼の胴を蹴り上げられて、部屋の隅まで転がった。顔以外の全身が痛み、意識が落ちかけそうになる。

霞む視界には、今しがたまで暴力を振っていたとは思えない優雅さで、ソファチェアに腰を下ろしたカルロの姿。

彼はオーレリアの著書を再び手で撫でる。


「愛しい妻を略奪しようとした者など英雄ではないのだ、オーレリア。君にもしっかりと教えてあげなければ・・・ああ、大丈夫。私は君を愛しているから酷いことはしない。真に君を想っていると分からせるだけ・・・愛しているよ、オーレリア」


カルロは本を顔に近付けると、金色で箔押しされているオーレリアの名前に唇を当てた。

不気味な光景に、時が戻る前のことを思い出したアルバは、その目を閉じる。


完全に狂っている主から一時だけでも目を背けるために。

自分は近付けないしアルバに頼んで誘拐もできない。決定権のある家長達は弟の味方。もはや詰んでるカルロくん。

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