拗れている兄弟
まだフレデリック視点。
ちょっと長めになりました。
母親の王妃と弟のエイダンを出迎えたフレデリックは、別宅の一階にある応接室に案内をした。
元から第二王子である彼のために別宅の警備は強固だったが、カルネアス王国の国母と幼い第三王子の護衛騎士も多く、室内の扉や窓の側にぞろりと並ばれたことで、居心地の悪さを感じる。
やや眉間に皺を寄せて二人掛けのソファに座るフレデリックの横に、エイダンが座る。王妃は斜め横にある一人掛けのソファに座り、別宅のメイドと連れてきた侍女にお茶の用意の指示を出していた。
「・・・はぁ」
母には分からないように小さく溜め息を漏らせば、床に付かない足を揺らしていたエイダンが、身を寄せて顔を覗き込んできた。
フレデリックの太ももに腕を乗せながら、向けてくる赤い瞳。鮮やかな赤を羨ましく思いながらも見つめ返す。
「どうしたの?」
「兄様、おつかれですか?」
「ん、疲れていないよ。周りに馴染み・・・知らない人が多いから緊張しているだけだ」
「嘘おっしゃい。急遽母が訪れたことで、うんざりとしているのでしょう。思うままに暮らしているところで苦言を呈されるのが嫌なのだわ」
会話が耳に届いていたらしい王妃は、少し険しい顔をフレデリックに向けてきた。
反論しようかと言い淀む彼だが、メイドと侍女がお茶と焼き菓子を運んできたことに、母から視線をそらす。フレデリックは、焼き菓子を見て目を輝かせるエイダンに声をかけた。
「エイダンはお菓子が好きみたいだね。どれが一番好きかな?シフォンケーキ?チョコレートクッキー?それともジャムのかかったプチケーキかな?」
「チョコレートクッキーが好きです!」
赤い瞳はルビーのような煌めきを宿している。陰りなどない明るい色、何もかもを照らす太陽の色。同じ兄弟であるカルロとは違う赤に、フレデリックは安らぎを得た。
無邪気で素直な弟を純粋に可愛いと思える。兄として愛情から保護欲が沸いていた。
「そうか、チョコレートクッキーが一番好きなんだね。僕が取ってあげる。皿を」
メイドが動いて磁器の小皿を手渡してくれるが、見ていた王妃の視線は不満からか鋭くなる。
相手にしてくれない息子に思うことがあるらしい。
「はい、エイダン」
「ありがとうございます、兄様!」
母を気にする素振りは見せずに、エイダンに大きなクッキーを四枚乗せた小皿を渡した。
小さな弟は大きく口を開いて齧り付く。
「エイダン、お行儀よく食べるのですよ。騎士の皆様も王子としてのあなたを見ているのですからね」
「ふぁい」
「・・・もう、口の中に食べ物があるときは話しては駄目よ」
王妃は小さく息を吐くと、美味しそうにチョコレートクッキーを頬張るエイダンから視線を外した。
真っ直ぐに見つめられることで、フレデリックは再び居心地の悪さを感じる。警備と静観している騎士達の視線を受けているとも感じてしまう。
「突如の来訪に驚いたでしょう。ごめんなさいね、フレデリック」
「・・・謝るなら最初からしないでください。あまりの早さに先触れの書状なんて無意味でしたよ」
「はぁ・・・あなたは、よく口の回る子になりましたね。これも成長なのかしら。口の達者な子にはなってほしくなかったわ」
呆れと苦言をする王妃は、用意された紅茶を優雅に一口飲むと、手にしたソーサーにティーカップを置く。
「サウスレイク学園の入学テストに合格したと聞きました。本当にそちらの学園に入学されるの?」
「はい、そのつもりです。最大の理由は察してくださっているから答えませんが、サウスレイク学園は貴族の子女も通う歴史も古い学園です。全寮制ではありますが、その分警備は強固だと聞いています。第二王子に危害を加える者など、そうは現れないでしょう」
答えたフレデリックも紅茶の注がれたティーカップを持ち、口を付けて飲み込む。母親の好みの茶葉の爽やかな香りが口内に広がった。
「そうね、カルロのことがあるもの。あの子が生徒会に入っている学園には通えないわ・・・でも、相談くらいはしてほしかった。より良い学園を提示できたかもしれないって思っています」
「より良いですか・・・サウスレイク学園は中央学園にさほど劣っていないと思いますよ。何代か前の宰相はサウスレイク学園の出身だと知っています。王城の官職にも卒業生は多いはずです」
「貶めるつもりはないのよ。ただ王都から離れた都市の全寮制の学園だと、会える機会は減ってしまうでしょう?あなたは新年祭にも帰城しないし、兄弟の誕生祭にも帰ってこないわ」
フレデリックは、ティーカップをテーブルの上のソーサーに置く。そして、二人の顔を交互に見て聞いているエイダンに、紅茶を飲むことを薦めた。
視線だけは弟に向けていたが、肘掛けに頬杖を付いて傾けた体は、母親に向かっていた。
「カルロがいるんだから帰れるわけがないでしょう。あいつと僕はお互い憎しみ合っている。相容れないんです、母上」
「そうかもしれませんが、あなた達は兄弟でしょう?」
「エイダンのように素直に愛情を向けてくれるのなら、僕も歩み寄ろうとしますよ。だけど、あいつは僕を憎んでいる。兄弟としての情なんてないんだ」
───・・・決して許さない。俺からまた彼女を奪おうとするなら殺してやる。
心の奥にいる「彼」の意思が聞こえるもすぐに消えるたが、浸透したことでフレデリックは頷く。
カルロはオーレリアを狙う大敵に他ならない。彼女に危害を加えるのなら持てる力を屈指して排除してしまおう、と考えている。
強すぎる気持ちが体温を上げたようだった。フレデリックは熱い体を冷まそうと、息を吐いて、ゆっくりと空気を取り込む。
「オーレリアとの婚約の調印が終わったら、婚姻も出来る限り早く結ぶつもりです。我が国は学生結婚が可能でしょう?僕は爵位を得たオーレリアの配偶者として王族籍から抜ける。カルロと顔を合わせることはなく、学業と彼女との家庭を両立して、王の臣下として生きていくつもりです・・・母上も同意してくださいますよね?」
「・・・そうね」
王妃は小さく息を漏らし、ティーカップごとソーサーをテーブルに置いた。
「お互い関心の薄い兄弟だと思っていましたが、一人の少女の存在で憎しみ合うほどになるなんて・・・」
「オーレリアが悪いわけじゃない。強引なカルロが、僕のオーレリアを得ようとするからいけないんだ」
「ええ、分かっています。オーレリア嬢は悪ではない。でも、原因ではあるのです」
力なく言うと、王妃はソファの背もたれに身を預けて深く座る。
「公爵令嬢としてカルロの婚約者選びの茶会に参っていたのなら、あなたではなくカルロと先に出会っていれば、これほど拗れることはなかったでしょう。カルロはね、オーレリア嬢に一目惚れをしたそうなの。心が燃え上がるほど恋をしてしまって、彼女以外は目に入らないと言っていたわ」
フレデリックは感情のままに怒鳴ってしまおうと口を開いたが、すぐに真一文字に閉じて堪えた。足元に目を向けることで顔を伏せて、口内で歯を強く食い縛る。
(僕だってオーレリアを一目で好きになった!ずっと愛していたんだ!カルロの気持ちだけが特別じゃない!)
「謹慎が解けたカルロは大分落ち着いたのよ。だから、私とも普通に話すことができました。オーレリア嬢のことだけではなく、あなたを掴み上げたことを直接謝りたいと言っていたの。兄としても王太子としても、恥ずべき行為だったと言っているのですよ」
(信じられるか!!)
奥歯が軋む。いつの間にか握り締めていた拳は震えている。
王妃である母親は暢気と言わないが、家族間の情を信じている節がある。無償で手を差し伸べて支え合うべきだと思い込んでいる。血の繋がりがあるからこそ結び付きが強いはずだと。
世の中にはフレデリックとカルロのように、殺意を向け合う兄弟がいると分かっていない。自身の息子達に悪性があると思っていない。
頬が引き攣るほど怒りが高まり、唇を震わせながらも開いた。家族の情を信じる母親に、怒りを投げ付けてやろうかと考えるが。
「兄様!」
腕や脇にくっついてきた温もり。小さなエイダンの可愛らしい声が耳に届いたことで、フレデリックの険しい表情は緩んだ。彼は無表情で顔を上げると、身を寄せるエイダンに視線を送る。
「ここのお庭はきれーですね。あの白とピンクのお花がすごくきれーだと思います。見に行きたいです。つんでみたいです」
捲し立てるように言った弟は、フレデリックの腕に縋り付いてきた。見上げてくる純粋な眼差しに、彼は口元を緩ませる。
「そうか、庭園の花を見たいんだね」
「はい!」
元気な返事に笑みを零す。
何て可愛らしく健気な弟だろうと、その柔らかな小麦色の髪を手で撫でた。
「・・・母上」
ただ、フレデリックは王妃のことは見なかった。怒らせる言葉ばかり吐き出す母親を目に映せば、顔を強張ってしまい、エイダンを怖がらせると思ったからだ。
「あなたはカルロと僕の不仲を解消したくて来訪されたみたいだが、あなたの思う通りに事は進みませんよ。僕らの間には深い溝がある。何もかもが手遅れで、二度と歩み寄ることはできない」
「そのようなことを言わないでちょうだい。私は、言葉少なくともあなた達兄弟が並び立ち、共に過ごすことを願っているだけなのです。オーレリア嬢と婚姻となれば、あなたは王城から去ってしまう。それまでは」
「もはや言葉だって交わせないんだ・・・さて、エイダンが庭園を見たいそうなので案内しています。母上はこちらで、帰城までゆっくりお過ごしください」
エイダンの手を握って立ち上がったフレデリックは、王妃に目をくれずにドアに向かって歩き出す。
「・・・寂しいわ」
「・・・」
「母様、いってきます」
「・・・ええ、いってらっしゃい。はしゃいでお兄様に迷惑をかけてはいけませんよ」
フレデリックの代わりにエイダンが言葉を交わす。フレデリックは小さな手を引いて、無言で応接室から出ていった。
後ろから騎士達が付いてくると分かる金属の擦れた音を耳にしつつ、春の花が咲き誇る庭園に向かった。
細工の彫られた優美なガラス戸を開ければ、花の香りが鼻腔を擽る。
「階段が三段あるから落ちないように注意をしてね」
「はーい」
それでも跳ねるように段差を降りるエイダンを見守りながら、歩調を合わせて庭園の中を進む。手を握る小さな弟は、率先して歩いていく。
どうやら目的地があるようで、フレデリックは彼に進行を任せた。愛らしい弟の様子は怒りを鎮めてくれる。穏やかな気持ちのままでいさせてくれた。
(母上に悪気があったわけじゃない・・・)
冷静さを取り戻して考えることもできた。
考えながらもエイダンと進んで辿り着いたのは、マーガレットの花壇だった。白とピンクの花弁がそよ風に揺れている。
「きれーですね」
「摘みたい?」
「はい!母様と、それに姉様にわたしたいです!」
「姉様?・・・ああ、オーレリアのことか」
にこにこと笑顔を浮かべるエイダン。同意と見たフレデリックは、控えている庭師に声をかけて、花を数本摘む許可を得た。
「姉様にとってもにあうお花だと思います」
「そうだね」
無邪気にマーガレットを摘み始めた弟の頭を、髪を梳かすように撫でた。
エイダンは、時が戻る前には存在しなかった弟。想い合っている両親だからこそ、もしかすれば授かっていた可能性はあるが、王妃はバーバラに操られたカルロに斬り殺されたことで、あのときは決して生まれることはできなかった。最愛の妻を失った国王も王位を剥奪されたあとで、離宮に閉じ込められてそれっきり。食料の供給は絶たれて、世話をする者もいなかったから、恐らく餓死をしただろう。
そのまま繰り上げで王妃になったオーレリアも、初夜にカルロが大怪我を負う暴力を振るったことで、前国王夫妻の最期は知ることができなかった。
本当に、時が戻る前の王家は無惨な有様だった。カルロが王位に就く前から、すでに崩壊は始まっていた。
(まあ、母上がエイダンを授かったのは僕が原因でもあるけど)
先にフレデリックが「愛の妙薬」を手の内に収めたことで、オーレリアを手に入れるために動き出せた。「愛の妙薬」を飲ませて愛を得ようとした。
ただ、最初に飲ませたときの効き目が薄さから適量ではなかった。だから、愛欲を刺激して一時的に操るという効果以外には毒性もないことで、適量を知るために両親に盛ることにした。
一日の終わりに両親は寝室でワインを飲む習慣がある。いい機会だと、フレデリック自らがワインを用意した。「愛の妙薬」を注ぎ、ワインも注いで混ぜ合わせて寝室に届けた。
彼の行動に二人は驚いたが、息子の気遣いに感謝をして受け取り、飲み干す前に彼は寝室から出た。耳をそばだてるなどという下品なことはせず、そのまま自室に戻ることを選ぶ。
翌日、両親は寝室から出ずに三日間も引き籠もってしまった。
バーバラのせいで無知ではないフレデリックは、二人の様子から「愛の妙薬」の適量を推し量った。部屋に籠もるほど睦み合ったのは、量を飲ませすぎたと自覚して。
(当時は政務を代行していた宰相や、身の回りの世話をしていた侍女達に悪いことをしたと思ったけど・・・エイダンが生まれたことで帳消しだろう)
素直で無邪気な可愛らしい弟。カルロには感じない兄弟としての愛情が沸き立つ存在に、彼の口元は緩む。
「お花はこれくらい?」
「うん、そうだね。あまり摘んでしまうと整える庭師が大変だ。このくらいにしておこう」
「はーい・・・」
真っ直ぐに返事をしたエイダン。だが、彼はマーガレットの花を腕に抱えながら、赤い瞳でまじまじとフレデリックを見つめた。
「どうしたの?」
「フレデリック兄様はやさしくて好きです。でも、カルロ兄様はおはなしもしてくれないし、ぼくを見るといなくなってしまいます。やさしくないんです・・・本当に、フレデリック兄様とカルロ兄様は兄弟なんですか?カルロ兄様は僕の兄様なんですか?何もしてくれないから、ぼくはこわいんです」
カルロにとってエイダンは異物なのだろうか。愛くるしい末の弟は、時が戻る前には存在しなかった。存在することに戸惑っているのかもしれないが、元より弟に関心を持つ人間ではない。
カルロにはエイダンを相手にするつもりがないのだと、フレデリックは考えに至る。
「あいつは僕達の兄だけど、僕達に興味を持たない。いや、怒らせなければ何もしてこないから、怖い人ではないよ」
「そうですか・・・でも、ぼくはこわい兄様だと思います」
エイダンが腕に力を入れたことで、マーガレットが擦れ合い、音を立てる。
恐怖を感じているらしい弟の背中を、フレデリックは慰めるように撫でた。
「フレデリック兄様がそばにいてくれたらいいのに」
小さな声で呟いた言葉に聞こえないふりをして。
一時間ほど経って、王妃とエイダンは王城に帰っていった。別れ難いと名残惜しむ二人に、彼は手を横に振るだけ。
庭園の花壇でエイダンが摘んだマーガレットは、半分は王妃が持ち、もう半分はフレデリックが受け取った。オーレリアに渡してほしいという願いを叶えるために。
『また、きれーな姉様ともお話したいです。遊びたいです』
「僕も会わせてあげたいよ」
侍女に頼んで花瓶に生けたマーガレットを眺める。
健気なエイダンからの贈り物をオーレリアに渡すために、彼は逢瀬を願う手紙を書き始めた。
オーレリアは十二月が誕生日。彼女が十六歳になれば、二人は婚約となる。
その日まで、あと七か月。




