誘惑に対する自制心
若干、性的な描写があります。ぼかして書いてありますが、苦手な方はご注意ください。
フレデリックが手配したことで用意された夕食。
オーレリアの記憶には、食べ終えたとしか残っていない。何を用意されたか、好物があったかなどと今の彼女は思い出せない。
食後に用意されたシャンパンは淡い桃色をしていた。オーレリアは、アルコールを口にしたことがないことで最初こそ断った。
初めての飲酒で醜態を晒し、フレデリックに迷惑をかけるかもしれないと。
『大丈夫だよ、そんなに強い度数じゃない。始めての君でも軽く飲める・・・一口飲むんだ、オーレリア』
躊躇いは彼の言葉によって消え失せる。言われた通り、一口飲んだ。喉を動かして嚥下した。口内や喉で弾ける炭酸に驚き、知っている仄かな甘さを感じながら飲み込んだ。
少しの量で酩酊したのか、意識はぼんやりとしてしまう。彼女は、見つめてくるフレデリックから目が離せなかった。うっとりと視線が蕩けて、夢見心地とふわふわとした気分になってしまう。
『オーレリア、君は酔ってしまったんだ』
『そうなの?・・・そうね、酔っている』
笑みで細まる夕日色の瞳。オーレリアはそらせずに、熱を帯びた眼差しで真っ直ぐと見つめ続ける。
『これほど酩酊しては屋敷に帰すこともできないな。今日は泊まったほうがいい、いや・・・この別宅に泊まるんだ』
『・・・分かったわ』
いつの間にか宿泊に同意していた。フレデリックの指示により、別宅で勤めるメイド達に入浴やネグリジェの着替えまで世話を受ける。
ただぼんやりとしていたオーレリアは、案内された部屋の中央に鎮座するキングサイズのベッドに身を預けた。
『すぐにフレデリック様が参ります』
年高のメイドの言葉は聞こえず、眠気に誘われた彼女はゆるゆると寝入ってしまった。
「あ、あの!」
意識を取り戻したときには、もはや後の祭り。
薄地の白いネグリジェで、ベッドに身を預けていたオーレリアに、フレデリックが覆い被さっている。彼は、下半身こそゆったりとした黒いズボンを身に着けているが、上半身は裸だった。うっすらと筋肉が浮かぶ体は細身とは言えない。鍛えている男性の体。逞しさを少し感じる裸体。
そんなフレデリックに上から覗き込まれている理由が分からず、状況から赤面して焦ってしまう。
「ど、どうして、ここへ!?私、この部屋に案内されて眠っていたのに、なぜ、フレデリック様が!?」
「ここは僕の寝室だよ」
「え・・・ひゃあっ」
伸びてきた骨ばった手は、オーレリアの頬を包むように触れた。羞恥と焦りで体温の上がっている彼女は、冷たい手に触れられたことに過剰に反応してしまう。ぞわぞわと総毛立つ感覚を得ていた。
「可愛いオーレリア・・・」
まるで手の内に包まれた小動物のように震えるオーレリアのことなど、フレデリックは介そうとしない。
欲の滲む眼差しを向けてくる。熱に浮かされたのような顔。喉を上下させて、漏らす吐息は熱い。よほどの無知でもなければ、彼が興奮していると分かる。
「あの、案内された部屋を、ま、間違えたのかも。夕食のときからぼんやりしていて、気が付いたら、この部屋に・・・ひゃっ、だ、駄目!」
頬を包んでいた手が、指先でオーレリアの肌をなぞりながら降下し、首筋、鎖骨を撫でると膨らむ胸で止まった。ネグリジェの上から柔く、包むように握られたことで彼女の体は跳ね上がり、声を上げてしまう。
「だ、駄目よ!これは、い、いけないことだわ!体を触れるなんて、そんな、あっ、やっ」
胸を触れるフレデリックが顔を寄せていた。
キスをされると思って顔を横に向けるが、無防備になった耳に息が吹きかけられる。
「んんっ!」
熱い息に擽られたことで、ビクンと体が震えた。その震えにベッドは音を立て、息をかけた張本人は喉を鳴らして笑っている。
「ああ、なんて純粋な反応なんだ。慣れていない・・・当然か。君には僕しかいないのだから、慣れていないのは当たり前。何も知らないオーレリア。清らかで純粋無垢な人・・・君を僕だけのものにしたい。この柔らかな体に触れて、深く繋がりたい・・・繋がりたいっていう意味は分かる?」
「・・・ん」
心臓は張り裂けそうなほど強く脈打っている。胸を触れる手も、かけられる吐息の熱さも、囁く声も、意図することが分かることで羞恥を煽る。
ゆっくりと、躊躇いつつ頷いた彼女は、生理的な涙で潤む眼差しをフレデリックに向けた。
「だ、だめ。駄目なの。そのようなことは、夫婦になってからではないといけないわ・・・わ、わたし、まだフレデリック様と結ばれる決心が、できていない」
「・・・大丈夫、僕に任せて。不本意ではあるけど、無知じゃないから君を悦ばせることはできるよ」
「喜ばせる」など、今の状況で使うに相応しい動詞だろうか。
どこか冷静に考えられる自分がいることに、オーレリアは驚いた。
その感情も、するりと体をなぞる手のせいで霧散する。彼の不埒な手は、同意を待たずに体を好きなように弄り始め、唇すら肌に触れて吸い付いてきた。
「あっ、やぁっ」
「今すぐ僕のものにしたい。オーレリア、愛しているんだ」
ネグリジェの前面にあるボタンが外されたことで、白い肌の胸が晒される。急いで両手で隠すも、フレデリックに手首を掴まれて片手で纏められると、頭上に留められた。
「いやぁ!」
「・・・綺麗だ、オーレリア。誰も触れたことのない君の肌。僕だけが目にして、触れることができる」
「あ、う・・・」
剥き出しの胸を視線でなぞるフレデリック。
じっくりと見られていることに、恥ずかしさで火が出そうなほど顔が熱くなっている。
(このままだと、だ、駄目だわ!私達はまだ婚約もしていないのだから)
止めなければ。
羞恥の限界点まで達しているオーレリアは、とにかく止めて性行為は中止にしてもらおうとしか考えられない。
(せ、性行為なんて!)
自ら浮かべた単語に卑猥だと自戒して、胸に顔を埋めようと近付けているフレデリックを睨み付けるように見た。
「フ、フレデリック様!」
「・・・ん、何?」
彼は、顔は向けずに目線だけを向けてくる。自身の胸の上にあるその顔を、彼女は真っ直ぐに見た。
「こ、怖いから嫌です!このままだと、私、な、泣いてしまうわ!」
「・・・」
震えた声で叫ぶように言えば、フレデリックは止まったまま。たまに瞬きをするが、ただオーレリアを見ているだけだった。
「手を拘束されて怖いし、少し痛いの。このようなことを無理矢理されるのは、い、嫌・・・」
突如として、両手を掴んでいた手が外れる。拘束が解けたことで、咄嗟に胸を隠した。
固まっていた彼は上体を起こす。機嫌を損ねた、とも分からない真顔で彼女の上から退いた。
「・・・怖いか。そうだね、怖いよね。完全に強姦だった。ごめんね・・・少し、いや、大分暴走していた」
彼は後ろに下がっていく。フットボードまで下がると、背を預けるようにもたれた。自分の額に手を当てて、深く息を吐き出している。
気持ちを落ち着けようとしている様子に、オーレリアは胸を手で隠したまま上体を起こした。
視線は送っていたフレデリックが、その目を細める。
「おかしい・・・薬・・・はず・・・なのに、オーレリアは僕を拒絶した」
前半はよく聞こえなかったが、聞き取れた部分に彼女は目を見張る。思わずフレデリックへと近付いてしまうほど、驚いていた。
「オーレリア、そのまま近付かれると」
「拒絶したわけではないの!」
言葉を遮ってしまったと自覚するも、フレデリックに嫌われたくない一心で言葉を続ける。
「まだ私達には、このようなことは早いと思うの。婚約もしていないし、何より年齢も、その、閨事をするには若いと思うわ。わ、私達、まだ十五歳よ?」
はっきりと言いたかったが、恥じらいが勝って言葉は震えてしまう。
ずっと赤い顔を下に向けて、身に付けているネグリジェの裾を眺めた。布地の下で、もじもじと足が動いている。
「大人になってからとは言わないけれど・・・やっぱりきちんとした関係になってから体を、その、許したいと思います」
「駄目かしら?」と顔は伏せたままで視線を送る。癖になっている上目遣いにフレデリックが小さく呻き、両手で顔を覆いながら背中を丸めた。
「・・・確かに、早いね」
絞り出すような声で言うと、彼の背中は溜め息で上下する。
「早まってしまった。ごめん、頭を冷やしてくる。ベッドは君に貸すから、ゆっくり休んでね」
フレデリックはフットボードにかけていたガウンで上裸を隠すと、部屋から出ていった。
見送ったオーレリアは一息付き、ポスンと音を立ててベッドに落ちる。
「・・・嫌われてはいないわよね?」
見当違いの懸念を漏らすと、目を閉じて深呼吸をした。
未だに心臓は強く鼓動を繰り返している。今も恥ずかしい姿のまま。胸だけとはいえ、素肌をフレデリックに見られてしまった。羞恥から何度も寝返りを打って悶える。
彼女には、目的を果たさず出ていくことを選べた彼の気持ちなど分からない。
翌朝。
何事もなかったかのように接してくれるフレデリックに、オーレリアは安堵した。自身も気にすることは止めようと気持ちを抑えて、彼と共に屋敷に帰宅した。
出迎えた祖父母は、流石に急遽の外泊を叱責した。だが、宿泊先は信頼するフレデリックの住む別宅であることと、二人は清らかな交際だと思い込んでいることで、すぐに許された。
彼女は、フレデリックと相談してサウスレイク学園に入学することを伝えた。祖父は渋ったが、他に好条件の学園がないことで了承するしかなかった。共に入学するフレデリックが、オーレリアの身の安全は保証すると訴えたことも助力になり、サウスレイク学園への入学は決定となった。
彼女は入学に際して、基礎学力を示すテストに挑むための勉強を始める。同時にブラスの発掘調査についての執筆も続けていく。
フレデリックとも定期的に会い、言葉と愛情を交わし、キスは受け入れた。あの夜のように、彼は襲いかかるなどしてこない。怖いと告げたオーレリアに配慮をして優しいままでいる。我慢をしてくれているのだと、性に乏しい彼女でも分かった。
(もう婚約まで一年を切っている)
三カ月経ち、サウスレイク学園の入学テストも合格となったオーレリア。赤い装丁の分厚い書籍を腕に抱えながら、春の花が咲き乱れる庭園を眺めていた。
来年の今頃はサウスレイク学園の学寮にいるはずだと、そよ風によって香る花の匂いを感じながら思う。
彼女が抱き締めているのは、大手出版社の編集者によって渡された献本。
ブラスとブラスの居城の発掘調査の記録、歴史的背景。語られていた伝説と新たな真実。兄に奪われた愛する女性イレーヌとの関係とその考察を纏めた本。
オーレリアが歴史家として発行する最初の著書は、この春に発行される。
歴史学会だけではなく、カルネアス王国の人々の目にも止まるように願って、歴史家の少女は歩き始めた。
もっとシリアスっていうかヤンデレた感じに書きたかったのにどうしてこうなった、みたいな感じになりました。悲しいね。




