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彼女の誕生日

オーレリアは、護衛騎士であるアンセムの手を借りて馬車から降りた。銀灰色の下地と白いチュールレースで作られたドレスを身に着けた彼女は、眼前にある王家の別宅を眺める。


(相変わらず素敵な歴史的建造物だわ)


歴史を感じる邸宅は、長年続けられている整備のおかげで、完全な形で現存している。その素晴らしさにうっとりとした視線を送ってしまうが、そよ風に肌を撫でられたことで意識を取り戻した。腕が剥き出しのエンパイアラインのドレスであるため、肌寒さを覚える。口から漏れる息も白く染まっていた。

彼女は馬車の脇に控えているアンセムへと振り返り、その無骨で精悍な顔を見上げた。


「やはりコートを着ます」


「言った通りでしたね」


淡々とした声色で言葉を返した彼は、馬車のステップを上ってドアを開き、白い厚手のコートを取り出した。

そのままオーレリアに手渡して、何事もなかったと姿勢良く佇む。


「アンセム」


「いかがしました?」


コートを羽織りながら、彼女は微動だにしない護衛騎士の顔を見上げ続けた。


「一度、お屋敷に帰宅してちょうだい。今日はその、寒さが厳しいし、お時間もどれほどかかるか分からないの。あなたのことをお待たせしてしまうわ」


「自分はお嬢様の護衛です。この場にお嬢様だけを残して帰るなどできません」


「それは承知しています。でも、今日は私の誕生日なの。フレデリック様と時間の許す限りご一緒したいと思っています。だから、その・・・お願い」


懇願と見上げて、祈るように両手を組む。


「・・・・・・」


彼女のお願いにアンセムは目を細めた。それは笑みを浮かべたわけではなく、訝しむように、探るような眼差し。


「お願いします、アンセム」


赤子のときから護衛の任についてくれている長年の護衛騎士に、再び願う。二度目の懇願は常に無表情・無感情の老騎士の眉を顰めさせた。彼は珍しく溜め息を漏らすと、夕日色のリボンで両サイドの髪を後ろに纏めたオーレリアの頭を、優しく叩く。


「今回だけです。前公爵様には自分から説明しますが、お嬢様も帰宅後に報告してください」


「え、ええ、勿論よ!ありがとう、アンセム」


アンセムの手は離れ、彼は御者台へと上ると、御者に指示を出すことで馬車を動かした。曲線を描くように走行を始めるが、彼の視線は、馬車の車体によって姿が隠されるまでオーレリアから外れなかった。

彼女も、別宅の門から出ていくまで手を振って見送る。


「・・・本当にありがとう」


馬車が視界から失せるまで見ていたオーレリアは、感謝の言葉を述べて振り返った。

別宅の玄関のドアは開かれている。フレデリックが、ドアストッパーのように取っ手を掴んで留めているからだ。


「フレデリック様!」


彼女は駆け出したい気持ちを抑えて、それでも早足で近付いた。彼は空いている方の手を広げる。そのまま抱き着いて背中に腕を回せば、彼の手がオーレリアの細腰に触れた。


「オーレリア、誕生日おめでとう」


「ありがとうございます、フレデリック様。また一つ大人に近付いたわ」


「君はもう大人だよ」


筋肉で厚さを感じる胸板に頬を当てながら見上げれば、優しい微笑みが向けられていた。

愛しいと目に見えて分かるフレデリックは、そっとオーレリアに顔を近付けて、額にキスを贈る。

彼女は頬を染めて、その胸板に擦り付けた。くすぐったいと笑みが溢れて、更に彼の体に引き寄せられる。両腕でしっかりと抱き締められたオーレリアは、気付いたときにはエントランスの中にいた。

どうやら、スマートかつ自然な動作で運ばれたらしい。


「君の好きなチョコレートケーキを用意した。紅茶の銘柄も好んでいる店のものを選んである」


「まあ!嬉しいわ」


フレデリックは身を離す。ただ、腰に腕を回されたことで、身を寄せて並行しながら歩くことになった。

彼女の顔は、ずっと優しい表情の彼だけを見つめる。


「夕食も準備している。今日は君とゆっくり過ごしたいからね」


「ええ、私もそのつもりよ。ただ、午後の八時前には帰ろうと思っているの。お祖父様達にご心配をかけたくないわ。あとで迎えの連絡したいのだけれど、よろしいかしら?」


「・・・うん、連絡できそうならね」


どこか引っかかる文言にオーレリアは小首を傾げたが、視界にあるフレデリックの顔は楽しそうだった。気にすることでもないと、彼女は流してしまう。そのまま密着しながら、彼の使用している部屋に招かれた。


「まあ!」


入室してすぐに目に映ったのは、テーブル一杯のお菓子。フレデリックが言っていたチョコレートケーキは、チョコクリームとイチゴで飾られた二段構え。ケーキスタンドにも様々なプチケーキや焼き菓子が並べられている。たっぷりと多種の果実で作られたフルーツポンチ、軽食にサンドイッチやスコーンもある。決して一人では食べきれない量のお菓子達。

オーレリアは目を輝かせて、並び立つフレデリックを見上げた。彼は、眩しいものを見るかのように目を細めて笑っている。


「これほど沢山のお菓子を見たのは初めてだわ」


「君に喜んでもらいたくてね・・・オーレリア」


彼女の肩に手が触れて、向かい合うように体勢を変えられる。

フレデリックは、両肩に手を置いて、その手を肌を撫でるように腕まで動かした。


「改めて、誕生日おめでとう。君が生まれたこの日を誰よりも喜んでいる。生まれてきてくれてありがとう。僕と出会ってくれて、この手を振り払わないでいてくれてありがとう・・・」


「フレデリック様?」


様子がおかしいと感じた。

ただ、言葉にする前に彼の顔が近付いてきたことで、唇を開くことができなかった。

目を閉じる。唇に触れる温もりはすぐに離れない。何度も角度を変えて、唇を食むように動かされる。


「ん・・・んぅ・・・ん」


鼻で息をすると学んだことで、キスは苦しくない。ただ、フレデリックの唇がオーレリアの下唇を食み、口を開かせようと引いていた。


「ん!」


口内を犯すような深いキスをされると気付き、慌てて彼の胸を手のひらで叩く。


「・・・はぁ」


吸われたことで音を立てて離れていく唇。

夕日色の瞳を熱で潤ませたフレデリックは、彼女の様子を窺うように覗き込んでいる。


「い、いやらしいキスはまだ・・・早いわ」


真っ赤に染まった顔を伏せて、濡れた唇を指先で触れて隠す。

無垢であるオーレリアには刺激が強すぎる。そういった雰囲気になると、彼女でも何となく分かっていたが、訪問してすぐにこなせるものではなかった。


「・・・ごめんね、先走ってしまった。君への愛しさが募ってしまって我慢ができなかったんだ」


「そうね・・・お気持ちはとても嬉しいわ。私もあなたが愛しいもの」


目線を向ける。フレデリックの目はうっとりとオーレリアを見下ろしていた。


「よかった、まだ効果は切れていない」


「フレデリック様?」


何かしら呟いたようだが、彼女の耳までは届かなかった。

彼は唇を隠している手に触れると、優しい力で退けて、頬を掬い上げた。


「お菓子を食べようか。君のために用意したんだ、沢山食べてほしいな」


熱の籠もった眼差しはそのままに。フレデリックに腕を引かれたオーレリアは、お菓子で一杯のテーブルへと向かう椅子に座った。隣の椅子には、勿論フレデリックが座る。

彼自らが切り分けたチョコレートケーキを食べて、ケーキスタンドから好きな味のプチケーキや、大好きなフィナンシェを取って頬張る。好みの紅茶を飲んで喉を潤し、弾ける刺激のあるフルーツポンチを味わった。


食べながらも、今後のことをフレデリックに伝える。乞われたから答えた。

ブラスに関する発掘調査の書籍化を目指した執筆は、順調だということ。十六歳で入学しなければならない学園に関しては、自身の条件に合う候補が少ないことを教えた。全寮制のサウスレイク学園か、カルロのいる中央学園か。どちらかを選ばなければならない。


お菓子を口にしながらも聞くことに徹している彼は、オーレリアが話し終えると、紅茶を一口飲んで顔を向けてきた。


「僕としてはサウスレイク学園を薦めるよ。懸念点が全寮制というなら、そうだな・・・僕もそちらに入学しよう。入学式前に僕達は婚約を結ぶ。婚約者である僕と一緒なら危害を加えようとする者も引くだろうし、その他の不安も拭えるはずだ。何より君と一緒にいられる」


オーレリアは、口の中にあったスコーンの欠片を驚きで飲み込んでしまい、軽く噎せる。

フレデリックが新しく紅茶をティーカップに注いでくれたことで、詰まった欠片を押し流した。

一息付いた彼女は、眉を寄せて、胸を押さえながらも口を開く。


「フレデリック様は王子殿下でしょう。中央学園に入学することが必定だわ」


「確かに、今まで王家の者で中央学園以外に入学した事実はない。王都の中央学園に入るべきだと暗黙の了解になっている。ただ、僕はカルロと不仲だ。あれでも優秀だから、入学時はカルロが生徒会長になっている。そんな学園に入れると思う?」


「・・・あまり、よろしくないとは感じるわ」


「うん、最悪殺し合いを始めてしまうかもね・・・実は、カルロとは顔すら合わせられないんだ。詳しく言うつもりはないけど、かなり関係が拗れている。このまま、君との結婚式までは顔を合わせることはないかな?」


「どうして、そこまで」


異様なほど不仲な様子に、オーレリアは困惑して声を漏らした。

彼は、理由を答えずに口元を緩めて笑みを浮かべようとする。だが、目が笑っていない。ちぐはぐに感じる表情を浮かべていた。


「兄弟だからって相性が良くなければ、関係は最悪になるものだ。僕達は君とは根から違う。純粋な君はアルバを信じて許してしまうが、僕達のどちらもそうはいかない。お互いで疑い合っているんだ。歩み寄ることはないから、仲良くなることもない」


「まあ、とにかく」とフレデリックは言葉を続けた。


「僕も君もカルロのせいで中央学園には入れない。他に条件の合う学園がないんだから、サウスレイク学園を選ぶしかないんだ」


彼の手が近付いてくる。彼女の頬に触れると、ぷっくりとした唇を親指でなぞられた。


「一緒にサウスレイク学園に行こう。君のことは僕が守る。君と穏やかな学園生活もしたい。ずっと夢だったんだ。一緒に校舎を回ったり、授業を受けたり、学食を共にしたり・・・学生らしいことを色々としたかった」


悲しみの滲む声、後悔だったと曇る顔。

オーレリアは様子の変化を不思議に思うが、あまりにも悲愴感が漂っていることで、躊躇いがあっても頷いた。


「そうね、一緒に学生らしく過ごしたいわ」


時が戻る前の学園では二人の関係は破綻していた。義理の姉弟としても、同級生としても歩み寄るなどできなかった。

フレデリックはバーバラのためにオーレリアを嫌っていた。蔑んでいた。もし言葉が刃となれば、瀕死となるほど暴言で傷付けられた。

バーバラに出会っていないだけで、これほど想い合えるとは思わなかった。


(このままバーバラ様に会わなければ)


フレデリックと未来を歩むことができる。

期待は淡いものだが、今の現状に至れた奇跡から、願えば叶うと信じて彼女は微笑む。


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