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生まれ変わって愛し合うはず

「オーレリア」


優しい声に惹かれたオーレリアは、湖を眺めていた顔を動かしてフレデリックを瞳に映す。向けられているのは穏やかな顔。

ブラスの死地を眺められる場所に埋葬されたイレーヌ。本人が愛する人の最期の地を知って、この場に墓所を建てたのかは分からないが、そうだと思い耽ることでオーレリアは感傷的になっていた。

その悲しみは、向けられている柔らかな笑みによって払拭してくれる。


───・・・今は一緒にいられるのだから。


一瞬浮かんだ思いは、意識をする前に霧散した。名残りとして胸に重さを与えるが、彼女はそっと手で押さえる。

指を絡めて握られている手が、フレデリックが前に進んだことで引かれた。オーレリアに拒絶する理由もなく、ただ従って同じく進み出る。


「よもや、フレデリック第二王子殿下もご一緒だとは思いませんでした」


「神官殿は知らないから教えるよ。彼女は僕の婚約者候補だ。十六歳を迎えて双方に問題がなければ婚約となる。婚姻もさほど先のことじゃない」


イレーヌの墓所の前に立つ神官は、紫色の瞳の目を丸くする。美しいその瞳は、円形にカットされたアメジストのようだった。


「それは、驚きました。ルヴァン公爵家の子女達は未だに婚約者がいないと聞いていましたが、オーレリア様はフレデリック王子殿下の元に嫁がれるのですね。リリアノの血筋が王家と交わるなんて三百年ぶりでしょうか?」


「公爵家の婚姻事情に詳しいね」


「勝手ながら縁者とは思っています。グリオス平原から南の地域、カルネアス王家の支配が色濃い地域では、ルヴァン公爵家以外に紫色の瞳を持つ一族はいません」


「その瞳の色が何よりも語っているということか」


神官は穏やかな顔で頷くと、右手で墓所を指し示した。台形に石を組んで造られた正面、蓋となっている石板に文字が刻まれている。


「ロブロスの寵妃イレーヌ、安らぎの地にて眠る・・・」


オーレリアは、古代語であるカルネアス古語で刻まれた文字を読んだ。

イレーヌはロブロスの正妃ではない。記録では側妃となっている。すでに別の女性を妃に迎えていたロブロスが、心変わりからブラスから奪い取った悲劇の女性。

その寵愛が以下ほどのものかは、記録が少ないことで正確に分からない。しかし、ロブロスの子供は全てイレーヌが産んでいる。末子であるライラック第三王女を、三十五歳で出産していることからイレーヌは長い間寵を得ていたと思わせる。


「子である四代国王グリフィスだからこそ、母の願いを叶えられたのでしょう。ロブロスではイレーヌは墓所すら選べなかった。死後も共にするようにロブロスの墓所に埋葬されたはずです。古代期の記録にもかかわらず寵愛を受けたなど残っているのですから、それは凄まじいものだったはず」


「そうですね・・・神官様のおっしゃる通りだと思います」


彼女は石板の文字を改めて視線でなぞり、脳裏に浮かんだものに眉を寄せた。

烏の濡羽色の長髪の美男子が迫るように手を伸ばし、熱に浮かされたような目で、こちらを。


「オーレリア?」


「あ・・・」


フレデリックに呼ばれたことで、浮かんだものは無に帰した。意識を戻した彼女は、ただぼんやりしていただけだと己を恥じる。


「ご、ごめんなさい。イレーヌ様の墓所を眺めていたら思い耽ってしまって。愛していない方から受ける寵愛なんて、きっと恐ろしいものでしょうね」


「・・・そうだね」


「では、オーレリア様。イレーヌの墓にブラスを埋葬されるということで、よろしいでしょうか?」


最終確認だろう。表情は穏やかながら強い眼差しをした神官に、オーレリアはしっかりと頷いた。


「お願いします」


「ご遺体の納められた石棺も到着したようですね」


神官の言葉によって、彼女は後ろを振り返る。祖父の先導の元、従者と調査員達が石棺を運んできた。五人がかりで、内部のブラスの遺骸が崩れないように石棺を平行に持ち上げて、ゆっくりと歩いてくる。


「マカンド神官」


「アルスター殿、先ほどは挨拶もせずに申し訳ございませんでした」


「いや、神官は私の一生懸命な孫娘のお相手をしてくれたんだ。気にしなくていいよ」


「寛大な御心に感謝いたします」


神官と祖父は既知の間柄のようで、朗らかな顔で向かい合って握手を交わす。

会話からも、どうやら神官の祖父の代からオーレリアの祖父は知り合いだったようだ。同じ先祖を持つ者同士、気も合うのかもしれない。


「さて、孫のオーレリアとの話は済んだかな?」


「ええ、予定通りブラスをイレーヌの墓所に埋葬します。石板の接着はこちらで剥がしておきましたが、申し訳ありません。どうにもこちらの人員では蓋をずらすことができず、よろしければ手伝っていただけませんか?」


「勿論です・・・皆様、石棺は一旦そちらに。蓋となっている石板を動かしていただけますか?」


神官からの要望に、オーレリアは従者達へと願い出る。彼らは快諾と頷くと、ブラスの石棺を平行したまま石畳の上に降ろし、協力して墓所の蓋を押し開いた。


「・・・」


オーレリアの目の前で、墓所の中が明らかにされる。光を通さない密閉された内部は暗く、副葬品と思われる陶器の壺や朽ちた何かが手前にある。その奥、砂を纏わせた古い石棺が収められていた。

あれこそ、二千年以上前に埋葬された古代の女性。ブラスの愛したイレーヌの石棺。


「・・・はぁっ」


息を止めるほど注目していた彼女は、息苦しさに気付いて、急いで呼吸を再開した。

ただ、その紫色の瞳はイレーヌが納められた石棺からそらせない。


「イレーヌの石棺もずらさなければなりませんね」


「お任せください」


二人の体格のいい調査員が、墓所に足を踏み入れる。辺りに注意を払いながら奥に進んだ。そして、イレーヌの石棺に向き合って深々と礼をすると、身を屈めて石棺に触れた。

ゆっくりと、揺らさないように右側にずらす。


「はあぁ、緊張しましたね。歴史的にも古く重要な女性の石棺に触れるとは」


「王弟ブラスに関することでは最重要人物だった。その棺に触れてしまうとは、ブラスに呪われなければいいな」


緊張が解けた二人は墓所から出ると、それぞれ口を漏らした。「こら」と祖父が窘めたことで、その口は真一文字に閉ざされ、そそくさと墓所の脇に控える。


「あの内部には当時の空気が残っていて、イレーヌ様もその石棺に、いらっしゃる・・・」


「中をご覧になりますか?」


突如と神官が提案したが、オーレリアは即座に首を横に振った。丁重に弔われたご遺体を改めるなど、あまりにも不躾だと感じたからだ。


「安らかに眠っていらっしゃるのですから、妨げたくはありません・・・ですが」


彼女は石畳の上に置かれたブラスの石棺に顔を向ける。

しっかりと蓋は閉じているが、実はまだ接着していない。男性に頼めば、簡単に開かれてしまう。


「神官様、ブラス王弟殿下の石棺は接着しておりません」


「おや、なぜでしょう?」


「ブラス王弟殿下は、イレーヌ様への贈り物を握り締めて亡くなられていました。その品は、調査のために一度お預かりしたのですが、目にした私個人としてイレーヌ様にお渡しすべきだと思っています」


神官が相槌と頷く。

そのままオーレリアは言葉を続けた。


「イレーヌ様の石棺を開きたくありません。ですので、その上に置きたいのですが・・・よろしいでしょうか?」


「時を超えてブラスの贈り物を渡したいのですね・・・ええ、はい。構いませんよ。ブラスの無念は晴れ、イレーヌも喜ばれるでしょう」


「ありがとうございます」


彼女は調査員達に願って、ブラスの石棺の蓋を開いてもらった。


「ああ、英雄ブラス。骨は崩壊せずにありのままに残ってらっしゃる」


小さく呟いた神官は、聖職者として印を結ぶと両手を組んで祈る。

横目に見ながら、オーレリアはずっと握っていたフレデリックの手を離し、ブラスの側へと近付いた。彼の胸の上に置かれた金の髪飾りを取ると、開かれた墓所に向かう。


「髪飾りですか?」


「ええ、これがブラス王弟殿下がイレーヌ様に渡そうとしたものです。古代語で『最愛の妻イレーヌ』と彫られています」


「ああ、それは・・・」


神官は目元を覆い、顔を伏せる。

引き離された古代の恋人達に思いを馳せているようで、僅かに体が震えていた。

彼の横を歩き、彼女は墓所の内部に足を踏み入れる。乾燥した土の匂いを感じながら奥へ、イレーヌの石棺の横に立つ。


「贈り物をお渡しします。どうか、安らかに・・・」


そっと石棺の上に金の髪飾りを置いた。朽ちずに金の輝きを残す髪飾り。イレーヌの持つべきものを、やっと取り戻せた。


───・・・これからは私の体と一緒に、ブラス様の体もご一緒にいてくれる。


「魂はなくとも、朽ちることなく在り続ける」


無意識下で呟き、嬉しいと思った。

オーレリアはホッと口元を緩めたが、すぐさま引き締める。安らかに眠る死者の邪魔をしてはいけないと墓所から出た。


「ありがとうございます、神官様」


「いえ、こちらこそ。二人の愛の証は、この場所で共に眠るでしょう」


目元が赤くなった神官とお互いに頭を垂れる。

オーレリアの足は、ずっと眺めていたフレデリックに向かう。歩み寄る彼女へと両手を広げて迎い入れた彼は、すぐにその体を抱き締めた。金の髪に鼻を擦り付けるように動かし、腰に巻き付けた腕で、やや締め付けてくる。


「ありがとう、オーレリア」


「ん・・・どういう意味?」


「ブラスの気持ちが報われた気がする」


「そう?・・・ええ、きっとそうだわ」


「よし、では埋葬しよう」


祖父が従者達に呼びかける。二人は抱き合って見守った。ブラスの石棺の蓋が接着されて、イレーヌの墓所の中に納められる。横に並ぶ石棺、二千年以上引き離されていた二人の体は、すぐそこにある。


「どうか安らかに・・・」


フレデリックの腕の中で呟けば、石板で墓所は封をされて、開かれないようにしっかりと接着された。

一仕事を終えたと従者と調査員達が引き下がる。崖の側に向かい、広がる景色を眺めていた。

祖父は神官と話していたが、その神官がオーレリアの元にやってくる。

彼は、抱き合う二人が微笑ましいと言うかのように笑みを浮かべていた。


「お二人は仲がよろしいのですね。素晴らしいことです。想い合う恋人は、再び巡り合うと言われておりますから」


目を瞬かせる彼女に神官は優しい顔で答えた。


「オーレリア様もご存じだと思います。この世界は、降臨された神の一柱の取り決めで生命は輪廻します。人も動物も植物も、死して体を失っても魂は残り、いずれ別のものに転生する」


「ええ、存じています。輪廻の神アララカンが定めたことですね」


「ええ、そうです。そして、特に想いを持つ者達は近しいところに転生すると伝わっています。有名なのは、遥か北のロゼシアン王国でのこと。祝福の女神エルンの神器から力を得て神如き者となった国王が、その神器の生まれ変わりを見つけ出して王妃として迎えました。現在も神の長命によって、お二人でロゼシアンを統治されているのです。国王は神器の少女を深く愛し、生まれ変わりを求めたことで無事巡り合えた。愛の物語として我が国にも伝わっています」


聞かされた逸話をオーレリアは思い起こし、確かに聞いたことがあると頷いた。


「神官様のお話は書物で拝読したことがあります。それではブラス王弟殿下とイレーヌ様も、ロゼシアン王国の国王夫妻のように生まれ変わって再会をしている可能性がありますね」


神官は笑みを浮かべたまま頷く。

同じ墓所で眠る二人をオーレリアは思う。きっと生まれ変わって愛し合っているはず。そう願って、フレデリックの胸に頭を預けた。


「・・・・・・」


彼は何も言わずに、抱き締める力を強めた。






ブラスの埋葬を終えて、南方の地方都市に戻ったオーレリア。

今回の発掘調査の記録を振り返り、当時の所感を思い出して、文章として原稿用紙に書き続ける。

彼女は、歴史の中に消えたブラスと彼の居城を発見したことで、書籍を刊行することになっている。

一人の歴史家として、自ら解明した真実を世間へと公表するために、握った万年筆を忙しなく動かしていた。

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