イレーヌの眠る山間の神殿へ
山道を農業用馬車が走行する。屋根がなく剥き出しの座席に、オーレリアは山風を受けながら座っていた。厚手の灰色の外套を羽織り、膝に毛布をかけいるものの、十一月の登山は身を切るような寒さがあった。
彼女は手袋をした手を擦り合わせて、右半身に感じる温もりへともたれかかる。
腰を抱いて引き寄せているフレデリックも、防寒のコートと手袋をしているが、鼻の頭が赤く、寒さを感じていると分かった。彼は、オーレリアの腰に回していた手を肩に向けると、掴んで引き寄せる。胸に頭を預ける体勢になったが、温もりを欲することで、恥じらいはなかった。
今、彼女達はイレーヌの墓所である山間の神殿に向かっている。国王陛下からブラスの埋葬の許可を得た事で、オーレリアは準備期間を一週間に切り詰めて、すぐさま決行することにしたからだ。
しかし、溜め息を吐けば白く煙っている。冬季の山道は寒く、常に風を感じることで身を切られているような感覚すらあった。時期的に無謀だったかもしれないと、彼女は少しだけ後悔をしている。
再び、白む息を吐く。それは対面した席に座る祖父の姿を一瞬だけ曇らせた。祖父は、寒さなど感じないと堂々と座っている。逞しい肉体自体が防寒に役立っているのだろうか、と考えてしまう。
「神殿はこの山の六合目だ、あともう少しだよ」
頭上から落とされた声にオーレリアは頷くと、自身が乗る馬車に続く二台目の馬車へと視線を向けた。ブラスの遺骸を納めた石棺が乗せられている馬車には、遺骸の損壊に繋がる横転と片寄りを避けるために、ルヴァン公爵家の従者が二人、彼女が成した発掘調査の隊員からは三人ほど乗っている。
ブラスの埋葬をイレーヌの墓所で行いたいという望みを聞き入れて、協力を名乗り出た人々だった。
快く引き受けてくれた五人に感謝をしつつ、また白い息を吐く。
「大丈夫かい?」
祖父の心配そうな声に、オーレリアは頷いた。帰りたいです、とは言えない。一度決めたのだから、やり遂げると決意しているからだ。
「・・・風を感じて少し寒いだけです。神殿に着くまでの辛抱ですから耐えられます」
「それならいいが、緩やか坂とはいえ山道だからね。通常の馬車では登ることができないんだ。神殿への配給運搬用の馬車があっただけでも良かったと思うしかない」
「そうですね・・・フレデリック様は寒くないですか?」
「君とくっついてるから温かいよ。ほら、この通り」
フレデリックは顔を近付けてくると、彼女の額に唇を当てた。人肌の温もりを感じるが、突然のキスにオーレリアの体温は上がる。一気に体の芯まで暖まるが、恥じらいも湧き上がってきたことで、彼の胸に顔を押し付けて隠した。
「・・・祖父の目の前で戯れられても困りますな」
「アルスター殿もリヴァリス夫人が縋ってきたら抱き締めるでしょう?それと同じです」
「あなたとオーレリアは、まだ婚約すらしていないのですがね」
「あと一年ほど経てば名実共に婚約者です。少々先走ったとしても問題はない」
祖父の溜め息が聞こえた。彼女はそれを耳にするだけで、フレデリックの胸から顔を離すことはできない。
彼の肩を抱く手が動き、労わるように背中を撫でて、優しく叩いてくれる。
馬車の揺れと心地良い触れ方に、オーレリアの意識は微睡もうとしていた。
「見えてきた、あれが山間の神殿だよ」
祖父の声に引き戻された彼女は。フレデリックの胸から顔を上げて、彼の頭の向こう、馬車を操縦する御者の向こうに見える石造りの建造物を目に映した。
綺麗に切り込まれた白い石材を組んで作った神殿は、同じ石材のアーチの奥に見える。彫刻の彫られた石柱群の先、入り口である紋様のある鉄の扉があった。崖脇に建立されていることで、滑落を防ぐ石組みの柵もある。
止まることなく進み続けた馬車も、神殿の敷地内に入ったことで石畳の道を進行する。馬車の揺れが落ち着く。オーレリアは、馬の蹄鉄と車輪が石材の上を通る音を耳にしながら、近付いてくる門であるアーチから目が離せなかった。
「古代期の建築物がしっかりと残っているなんて」
「山間にあったことが幸いだったんだろうね。この山中では戦争は起こらなかったし、この北西部の死者の埋葬地でもある。破壊なんて考える者は、この国の民にはいなかった」
「他国の侵攻を防げたのも、今日びまで無事だったことに繋がったのですね」
馬車は、アーチの手前にある車止めに停車する。ブラスの石棺が乗る馬車の停車も確認したオーレリアは、フレデリックの手を借りて馬車から降りた。感じていた山風は、今は強く感じない。冬の乾いたそよ風を受けながら、彼女は神殿の入り口である鉄の扉に向かった。
フレデリックと手を繋ぎ、背後に祖父の足音を耳にしながら進む。等間隔で立ち並ぶ石柱の間を歩くが、中間に辿り着いたときに神殿の扉が開いた。
中から姿を現したのは、白く低い帽子と白いローブに身を包んだ若い男性。神官だと分かったオーレリアは、姿を現したと同時に深く頭を垂れた彼へと向かう。
手を引くフレデリックから笑みが溢れたが、先ずは挨拶だと早足で歩み寄り、神官に向かい合った。
「ご連絡をさせていただきました、オーレリア・エドナ・ルヴァンです」
「ご来訪をお待ちしておりました」
神官は顔を上げた。穏やかに微笑む彼の瞳の色に、オーレリアは目を見張る。
「古代より分たれた同胞とお会いできたのは、私にとって何よりも幸いにございます」
紫色の瞳。オーレリアと同じ色の瞳は、美しい煌めきを湛えていた。
「あなたは、グリオス平原の豪族を先祖とされる方ですか?」
「ええ、あなたと同じです。分かたれて久しいですから、もはや親類とは呼べませんが・・・私の先祖はリリアノと兄妹だった者です。王弟ブラスの配下でしたので戦死いたしましたが、子を残すことができました。その子はリリアノとは会うことはできませんでしたが、同じ親類であるイレーヌの墓所の守り手となり、私の代までこの神殿を守ってまいりました」
「そう、だったのですね。私とあなたは先祖が同じ方。この出会いを非常に喜ばしいと思います」
「ええ、私もです。これまで古い血を守ることができたのは、イレーヌの墓所のおかげでしょう。あなたも、古代より王の忠臣だった者がルヴァン公爵家を起こしたことで、リリアノの血筋を守ることができた」
神官はそう告げると、笑みを深めることで同じ色の瞳の目を細める。緩やかな袖に包まれた腕を横に動かし、その先を指し示す。
「イレーヌの墓所はこちらです」
案内をする神官を追って、オーレリアは歩き始めた。彼女は、手を握り合うフレデリックを引くように進む。
崖の側に建つ墓所は、背の低い白い石の塀で囲われている。紋章の彫刻が屋根を飾り、加工された白い石を組んで造られていた。密閉された内部にイレーヌの石棺が納められている。
オーレリアは、ふと崖の方を向く。首が動いたのは無意識のことだった。崖の下に広がるのは緑茂る山々の谷間、その中にぽっかりとある湖。ブラスの居城跡がある湖がはっきりと見えた。
「やっぱりイレーヌは城の場所を知っていたんだ。彼の地が見えるところで眠りたかったんだろうね」
フレデリックの言葉に返事はできなかった。だた、彼女はゆっくりと頷き、風が凪ぐ中で緑の中に浮かぶ湖を見つめる。




