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怒りの行く先と見知った人の死

前半はフレデリック、後半はオーレリア視点。

王妃である母親は名残惜しさからか、別宅に帰ろうとするフレデリックを引き留めようとした。

だが、「一日だけでも」という言葉は響き渡った怒号で掻き消される。帰宅の準備を終え、エントランスに向かう途中だった。道を塞ぐように立つ大柄の男、忌々しい兄のカルロが怒りの形相のまま近付いてくる。国王によく似た、ほぼ同じの体躯は一歩進むたびに床に振動させていると錯覚させた。

全ては全身から吹き出している怒気のせいだろう。


「カルロ、随分早く」


「母上は黙っていてもらおうか!」


「あうっ」


フレデリックを庇うように前に出た王妃だったが、カルロに肩を掴まれると、やや乱暴に横へと退けられた。ふらつく王妃の体は、控えていた従者が慌てて受け止める。

悪魔が浮かべる怒りの形相と言われても納得する恐ろしい顔の兄は、フレデリックの首を片手で掴むと、そのまま持ち上げた。壁に背中から叩きつけて、磔のように留める。


「ぁ・・・っ・・・」


喉は締められていないものの、掴みによる圧迫で息苦しかった。カルロの腕は、両手で掴んで引き剥がそうと力を加えても、爪を立てても外れない。


「カルロ!やめて!やめなさい!!」


「うるさい!!黙っていろ!!フレデリック、貴様ぁっ」


母親にすら怒鳴り、カルロはそのまま地を這うような声をフレデリックに向ける。低音も相俟って獣の唸り声のように聞こえた。


「オーレリアが登城したと聞いた!!私がいない間に帰ったらしいが貴様が手引きしたな!!?私は王太子だぞ!!臣下の謁見の場にはいなければならないのに私を除け者にしてオーレリアを呼ぶなど貴様の企みだろう!!」


「っ、は・・・ぁ、お、まえ・・・ひがいも、そう、はなはだ・・・っ」


首を掴む手に力が加えられたことで、喉を絞められる。息を強制的に止められる苦しさ。締め付けによる喉の痛み。酸素が頭にいかないことで、フレデリックの意識は朦朧としていく。


カルロは自分を殺すつもりだ。怒りのままに絞め殺そうとしている。


兄の愚行に舌打ちすらできることができず、彼は右手をカルロの腕から離すと、震えたその手を腰に回した。護身のための短剣を引き抜き、剥き身の刃をカルロの腕に素早く当てる。


「っ!?」


刃の切っ先が学園の制服の袖を裂き、肉を切る。だが、めり込ませようと力を加える前に、首を絞める手が外れた。

拘束が解かれて一瞬だけ宙に浮いていたフレデリックは、壁を擦りつつ床に落ちる。


「ごほっ、はぁっ!はぁっ、は、ごほっ!」


床に膝を立てて突っ伏す彼は、急いで酸素を取り込むことで噎せてしまい、呼吸と咳を繰り返す。霞む思考と視界。喉と共に肺も痛み、苦痛で顔を歪めながらも見上げた。

美麗な顔を歪めるほど歯を食い縛るカルロは、血の滴る腕の止血のためにもう一方の手で押さえている。悔しそうな様子に、呼吸の最中であっても口元を歪める。


「ざまぁ、みろっ・・・」


「貴様ぁ、王太子を傷付けるとは許されると思っているのか!?」


「はぁ、はっ!先に手を出したのはどちらだ?僕を絞め殺そうとしたのはお前だろう、王太子殿下。僕は正当防衛だ。お前が殺そうとしたから身を守っただけに過ぎない」


「その様な理由で!!」


「いい加減になさいカルロ!これ以上フレデリックに危害を加えると言うなら国王陛下に報告します!厳しく罰していただきます!!」


慄いていた王妃が声を荒げる。フレデリックが顔を向ければ、従者に支えられながらも、その身は怒りで震えていた。華奢で可憐な容貌であることで迫力はないが、懸命に奮い立ったとは分かる。


「あなたはそう言ってすぐにフレデリックを庇う!!よほど自身に似た息子が可愛いらしいな!!私だってあなたの息子だ!!なぜ兄だからと譲らねばならない!!なぜ私の望みすら叶えるつもりはないのにフレデリックばかり優遇するのだ!!」


「そのようなつもりはありません!貴方は王太子です。才能を認められたことで権力がある。その力を傍若無人に振るうなど、次代の国王となるべき者がすべきことでは」


「私の望みはオーレリアだけだ!彼女が私のものになるのならば、このようなことをする必要はなかった!この男など歯牙にもかけなかった!オーレリアさえいれば!!」


「そのように弟の婚約者候補に執着すべきではないのです!」


フレデリックは息を整えながら床に座り、壁に背中を預けて二人の口論を眺める。

呼吸は整いつつあるが、まだ意識ははっきりしておらず、ただ眺めていることしかできなかった。


「フレデリックの婚約者とは認めない!婚姻などさせない!!オーレリアは私のものだった!それなのにフレデリックが横から奪い去ったのだ!!取り返そうとして何が悪い!!」


「なんて横暴な!王太子である者の言動とは思えません!カルロ、私自らが命じます!暫く謹慎なさい!己の性根と向かい合い、反省するまでは自室から出ることも許しません!!」


「反省する必要はない!私の言動は真っ当だ!!」


言い合いをする王妃と王太子。感情むき出しの様子に控えている従者達は戦慄しているが、一人が場を辞して駆け出した。

フレデリックは走り去る彼女の背中を眺めていたが、視界から見えなくなると床に視線を落とした。だが、すぐに聞こえた新たな声に顔を上げる。


「何をしている!」


父親である国王は、カルロと同じ様な形相で早足で近付いてきた。戦場であったら腰を抜かすな、など他人事のようにフレデリックは思う。


「フレデリックを起こせ。医務室に連れて行ってやれ」


「はい」


従者に指示を出した国王は、王妃を庇うようにカルロと向かい合うと、険しい顔で言い詰める。


「お前は何をやっている。弟を傷付け、母に怒号を浴びせるなど何のつもりだ?」


「何のつもりだと?あなた達が私を蔑ろにしてフレデリックばかり優遇するから怒っているのだ!!私の話は聞きもしないのにフレデリックの言うことは即断で許す!気に入らない!腹立たしい!!私は多くは望んでいない!!ただオーレリアを妻に迎えたいだけだ!!それだけで構わないのにフレデリックが先に出会ったから婚約を許そうとして!私を、くっ、う、ぐうぅぅっ!!」


唸り声を上げたカルロが腕を横に振る。抑えの効かない怒りから力任せに、叩きつけるように動かせば、触れた窓ガラスを叩き割れる。飛び散った破片は、照明の光を受けて煌めいていた。


「カルロ!」


王妃が駆け寄ろうとするが、国王が止めている。カルロの腕は更に傷付き、大量の血が床に滴り落ちていた。

従者に支えられながら医務室に向かう途中のフレデリックは、その光景を目にして場を立ち去る。




医務官から診断を受けたフレデリックは、一日客室で休むことになった。すぐに体調の戻った彼は、カルロが謹慎と言う名目で自室に監禁されたと聞かされる。


「暫く暗殺者を向けられることはないか」


そう呟いた彼はカルロのいる東の塔を見ながら、別宅に帰る馬車へと乗り込んだ。






南方の地方都市の屋敷に帰宅したオーレリアは、新聞のことが気になった。国内外の情勢や情報が記されているが、歴史に関しては殆ど記載されないため、彼女はあまり目を通したことがない。

ただ、オーレリアの発掘調査について意見や世間の評価があると知り、純粋に読みたくなっていた。

屋敷に投函される新聞は、使用人によって祖父の執務室に届けられる。彼女は許可を得て入室すると、祖父の机に向かい、無造作に畳まれていた新聞を手に取った。


「おや?オーレリアの興味があることが記載されていたかな?歴史のことも現在発掘中の遺跡のことも、焼き菓子のお店の広告も載っていなかったと思うが」


執務室のソファで寛いでいた祖父は、パイプをふかしながら話しかけてくる。


「実は、私の発掘調査に関して国民の皆様から評価を受けた記事があったと聞きました」


「ああ、確かにあったね。記念に保管しているよ」


祖父は立ち上がり、棚に向かって歩き出した。彼女はその背を眺めたあとで、手にしている新聞を広げる。


「オーレリア、その新聞の」


祖父の止める声。それを耳にする前、目にしたものに釘付けとなった。


「身元不明遺体、クライン侯爵家三男ロノヴァと判明・・・」


溜め息を漏らしたのは祖父だった。彼は「刺激が強いから見せたくはなかったなぁ」など言いながら、保存していた新聞を手に近付いてくる。


「実はね、ロノヴァは更生施設に送られた日に行方不明になったんだ。護送中の兵士の証言では、兵士達を出し抜いて逃亡したそうだ。捜索しても見つからず、指名手配もされていた。だが、一カ月経ったころに国の南の平原で死体が見つかった。明らかに殺害されたと分かる外傷を負っていたが、季節のせいで、その、腐敗が激しくてね。判別に時間がかかるとされた。正体不明の他殺体は人々の関心を得て話題に上ることが多かった。そして、見つからないロノヴァは、南の更生施設に向かう途中で行方不明になっている。人々は、身元不明の腐乱死体はロノヴァじゃないかと噂していたようだよ」


「それが、今日の新聞で発表されたのですね」


知った人物の死を知り、オーレリアは胸が傷んだ。何度も怖がらせてきた相手とはいえ、その死にやるせなさを覚える。

ロノヴァは更生施設から出所できれば、その後の人生はまだまだ続くはずだった。騎士として技量は十分で、もし反省をして周りに認められたのなら、カルネアス王国の将軍の座に上り詰めることもできた。時が戻る前は将軍だったのだから、無理難題ではなかったはずだ。


「ロノヴァ様は何を思われながら亡くなってしまったのでしょう。この方には恐怖を覚えた記憶しかありませんが、あまりにも悲しい最期だと思います。罪を受け入れて更生の道を歩まれたら、誰よりも強い騎士として台頭されたはずなのに」


「捜査では、彼に恨みを持つクライン領の人間による犯行だとされている。彼は領内で暴れ回っていたからね」


「そうなのですね・・・死したことは償いにはならないと思います。罪により、今その魂は苦しまれているでしょうが、贖罪を終えたあとの来世では良い人生を歩まれますように願います」


「自分を害した相手に哀悼の意を示せるのは、君の美徳だね」


祖父はどこか憂いのある微笑みを浮かべながら、オーレリアに自身が手にしていた新聞を渡した。


「彼のことは残念だが、君が後ろ向きになることも良くない。前を向こう、オーレリア。君の人生はこれからなのだから」


彼女は渡された新聞に視線を落とし、唇を薄く開く。


「そうですね」


せめて、今日一日はロノヴァを弔うと考える。オーレリアは自分の記事が載る新聞を胸に抱きながら、祖父の執務室を退室して屋敷内の聖堂に向かった。

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