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未知の遺跡と以前との違い

まだ序盤ですが、どうかお付き合いください。

ぽっかりと空いた穴のような入り口を覗けば、暗闇へと続く石造りの階段が見えた。

オーレリアは暗さに怖気づくも、そっと身を寄せてきたフレデリックの気配に肩を跳ね上げる。


「怖い?」


「・・・い、いいえ」


喉が震えたのは闇に続く階段に対してか、フレデリックに対する嫌悪感からか。

オーレリアは息を呑む。どちらとしても耐えなければならない。


(私は大人だもの。人生をやり直しているだけ、恐れに怯えるなんてしないわ。大人、だもの・・・)


調査員とルスタリオ男爵を交えて会話を続ける祖父は悠々と階段を降りていく。


「では、安全確保はできているんだね?」


「あくまで第一層までです。二層はいまだに調査中で、先ほど三層への階段も見つかりました」


「閣下、間違っても先行しないでください。先遣隊の調査を待ってくださいよ」


「何のために息子に爵位を譲ったのか分からなくなってきたよ・・・」


賑やかな会話。戯れるような祖父達だったが、それでも足取りはしっかりしていて、速度を落とすことなく進んでいく。

続こうとすれば、フレデリックが先に足を駆けた。


「僕が先に行くよ。ゆっくり、歩いていこうね」


また握り込まれた手の甲が指に撫でられる。


「・・・あなたは私達が拝する王子殿下です。御身に危険が及ぶようなことは」


「君のお祖父様が軽快に降りていったから大丈夫だよ。僕は君のほうが心配だ。足元に気を付けていこうね?」


フレデリックはオーレリアの言葉を聞いてくれない。

彼女のことを窺いながら階段を降り、エスコートするように手を引く。

背後に続くフレデリックの従者達のこともあって、オーレリアは従うしかなかった。


(フレデリック様もこの日に遺跡へと来られていたなんて・・・未来を知っていても私の知る範疇なんて僅かなことね。今後はよく、特にカルロ様に関することは思い出して行動しましょう)


再会する、否、出会うつもりはない時が戻る前の夫のこと。オーレリアは、以前の人生で教育を受けるために王城に登城していた。

王太子になるべくカルロも教育を受けていて、ほぼ王城にいた。授業の終わりに二人でお茶をしたことは遠い日の思い出になっている。

つまり王城にさえ行かなければ、カルロとは会わないだろう。


「オーレリア嬢?」


考え事でぼんやりとしていたのだろう。ハッと気付いたオーレリアの視界には松明の光でうっすらと浮かぶフレデリックの顔があった。覗き込んでくる瞳も、闇の中につるりと浮かぶガラス玉のようで恐怖を煽る。

悲鳴を上げそうになるも状況を思い出して押し黙った。

引き攣っているものの笑みを浮かべたオーレリアに、ガラス玉の瞳が細まる。


「階段の終わりだ、足元に気を付けて」


「はい、ありがとうございます。フレデリック王子殿下」


フレデリックの言葉に従い、暗闇に浮かぶ足元に視線を落として、無事階段を降りた。

従者達を連れ立って先にいる祖父へと歩み寄る。

祖父は反響する足音から振り返ると、男爵の持つ松明と壁際に置かれた篝火に真剣な顔を照らされた。


「ほら、見てごらん」


祖父の手は壁を指し示す。火に照らされて浮かび上がっているのは大きな壁画だった。

巨大な黒い片翼を持つ人物と、それを囲うように広がる小さな女性達。そして、より小さく描かれているのは、平伏したり倒れたりしている人々。


「神の権能を描いた壁画のはずだ」


「はず、ですか?」


「うん・・・神を描いているのなら、クヴァネス神を描いたものだとしたらあり得ない」


壁画の側には調査員がいて、壁に付着している土を綺麗に払っている。その他にも、階段から壁画までの通路の土の除去作業をしている調査員達がいた。彼らは祖父の声に作業を止める。


「クヴァネス神は長い黒髪と燃え上がる太陽のような赤い瞳をした逞しい肉体の男神なんだよ。それなのに、この壁画に描かれている人物は翼が生えていて髪も桃色。体格も男性とも女性とも言い切れない。この踊り子のような待っている女性達も不明。人々を屈服させている描写も分からない」


握られている手に圧がかかる。フレデリックが力を入れたようで、僅かに痛みを感じたオーレリアは彼に顔を向けた。

火に照らされていても陰っているせいで表情は分かりづらい。ただ、少し眉間に皺が寄っているようだった。


「クヴァネス神でないと断定しよう。そうだとしたら、クヴァネス信徒の子孫の国に別の神の神殿がなぜあるのか、という疑問が残る。今よりも人々は信心深かった。自国に降りて恩恵を与えた神以外を奉るなど例を見ない」


「他の神様に信仰を捧げては、異端とされてしまうのですか?」


フレデリックから視線を祖父に戻す。複雑な表情を浮かべていた祖父は小さく唸った。


「そうだね、昔は規律も厳しかったからね。迫害はされなくとも距離は置かれたかな。この片翼の神が何者か分からないから不審に思うしね。祝福の女神エルンや花の女神テレシアなどの善神ならともかく、この神の特徴は今までの文献に残っていない。隠された神殿と壁画の描写から悪神の可能性が大きい」


「悪い神様・・・」


オーレリアは片翼の神の絵に手を伸ばす。そっと、特に考えなどないが、その右手のひらを染めている濃桃色の塗料を触ろうとした。

だが、フレデリックが手を引いたことで、触れられずに彼に引き寄せられる。


「・・・触ったら危ないかも。昔の塗料には毒を含むものがあるから」


「そう、ですね。ありがとうございます」


お礼をしつつも、オーレリアの目は考え込む祖父の姿と壁画が映る。


「もし他の神の神殿だとしたら史上初の発見ですね」


「バルザドールに権利を奪われずによかった。フレデリック王子殿下が王命を掲げてくださったおかげです」


ルスタリオ男爵と控えている調査員がフレデリックに礼をする。オーレリアは耳にしつつ、男爵の発した名前を反芻させていた。


(バルザドール・・・バルザドールは、バーバラ様の家名。バーバラ様は富豪と名高き大商人バルザドール家の方。まさか、土地の権利に名乗り上げたのはバルザドール家?)


胸を締め付けられる。

バーバラという男性達を虜にした魅惑の美女は、オーレリアにとっては悪魔のような女性だった。

夫だったカルロの愛を得て、ありもしない罪でオーレリアを訴え、酷い暴行を受けたのは数知れず。

今手を繋いでいるフレデリックの心を射止めたことで、彼はバーバラの騎士のように控えて愛を囁いていた。

兄のアルバも、高位の見目麗しい男性達も皆バーバラから愛を得るために、彼女を虐げたとしたオーレリアを傷付けた。

苦しみを与えられた記憶しかない。その名、その姿を意識しただけで胸が苦しくなる。


「バルザドールも善良な商人であれば、この神殿の管理権利は与えて上げたいが・・・金儲けに使われると目に見えている。歴史は身分関係なく知識として万人が知るべきものだ。手渡さずに済んでよかったよ」


(バルザドール家に渡ったのなら、この遺跡は日の目を見なかった)


以前の人生の記憶を辿る。クヴァネス神以外の神殿が発掘されたという記憶はない。

ただ、以前の祖父は言っていた。


『発掘途中の遺跡がある土地の権利を失ってしまったよ。叶うことなら最後まで調査したかったね』


悲しそうに言っていたお茶会は、王城へ向かうために早々に切り上げられていた。


(以前の、時が戻る前はバルザドール家に奪われていた)


何かがきっかけとなって、時が戻る前とは違う状況になっている。

これは自分の目指す未来を掴める兆しかもしれないと、オーレリアは胸に手を当てて息をついた。

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