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成し得たこと

オーレリアは、そっとフレデリックへと視線を送った。穏やかな顔で彼女を見つめているが、その脇にいるエイダンが二人を見比べて忙しなく動き始める。

彼の顔は小さな弟に向かい、背中を屈めて身を寄せると、優しい表情で何かを囁いて落ち着かせていた。

カルロとは有り得ない対応に、エイダンとは友好的な関係が築けていると分かる。見ていた彼女の顔も緩んでしまう。


「・・・貴殿の功績で、カルネアスの歴史学会の長年の論争も終わりを迎える。此度の解明は論文として発表するのだろう?」


「勿論です。私はブラス王弟殿下が被った悪名を払拭いたします。調査記録とグリオス平原の歴史的背景、王弟殿下の資料を更に精査しまして、著書を制作するつもりです」


「なる程な・・・アルマ、また我が王家の悪名が広がるぞ」


「我々は子孫に過ぎませんから、過去のことはどうにもできませんわ。『時の砂』を用いることは可能でしょうが、粛々と受け止めることこそ度量ある君主のすべきことだと思います」


「その通りだな。批判を受けるだろうが、先祖の起こした過ちを変えるなどと小心者のすること。何より、『時の砂』は使えまい・・・あまりにも過去の出来事だ」


国王陛下と王妃殿下の会話の内容が、オーレリアには飲み込めない。顔に出さないことだけを努めて、静かに、ただ耳を傾ける。

彼女の様子に、国王は赤い瞳の目を向けて苦笑を浮かべた。


「我が王家の者には度々あるのだ。婚約者である女性、一人は侯爵であったが、その婚約者との縁を絶ち、別の者を選んだあとで切り捨てた婚約者を再び求めるという者がな。王家の記録を調べれば、此度以外で過去に三例あった。歴史の一幕として調べたことはなかったか?」


言われて思い出す。以前フレデリックが軽く話してくれたことを。


「申し訳ございません、王家の歴史には浅学でした。祖父の下、発掘に関わる遺跡や歴史ばかりを目にしておりました」


「そうか、確かに爺に連れられて発掘ばかりしていると聞いていたな・・・近年では我が曽祖父、百二十六代国王エリックが、婚約者で隣国ルーロックの王女だったサリサに婚約破棄を言い渡し、市井の娘を妃にしようとした。サリサは国に帰って新たな婚約者を得て、そのまま公爵夫人となるはずだったが」


「サリサ様は、我が国の王妃になられています」


頷いた国王陛下は、溜め息を漏らすと背もたれに身を沈める。


「暫くして、エリックは『正気を取り戻した』などと言い、新たな婚約者との結婚式前のサリサを拐った。花嫁衣装を着たまま拐われたサリサは、婚姻届に無理矢理記入をさせられて、この王城の奥の宮に監禁となった。父親であるルーロックの国王は激怒。婚約者と共に取り戻そうと打診されたがエリックが無下にしたことで、ルーロックと開戦になった。結果は分かるな?」


「ルーロックは負けて、当時の国王陛下は多額の賠償金を支払いました。そして、サリサ様の婚約者の方は、戦死されています」


「そうだ。曽祖父は血気盛んな方でな。国境の大橋の激闘で、サリサの婚約者ごとルーロックの兵士を全滅させた。生存者は一人もおらず、主力部隊を失ったルーロックは降伏したというわけだ。後に、俺の曾祖母であるサリサが二人の王子を産んだことで和解には至ったが、未だにルーロックからは悪感情を抱かれ、我が国の民も悪辣だと非難している。当時はエリックに対する謀反が頻発し、国内の王家に対する支持率も急落した。原因となったサリサが王妃として公の場に現れ、悪辣な王との子である王子達に愛情深く接していると目撃されていなければ、我がカルネアス王家は滅亡していただろう」


四代国王ロブロスと同じことを、子孫である国王エリックが行っていた。オーレリアが生まれる前のことで、王家の歴史に目を向けたのはブラスのことが起点となったため、全く知らなかった。

このような悍ましい行いが、あと二例もある。カルネアス王家には移り気という気質があるのだろうか、とすら思ってしまう。


(カルロ様も、婚約者である私を蔑ろにしてバーバラ様に心を移された。時が戻る前では、私が死んだあとにバーバラ様と結ばれたと思うけれど)


時は戻って、オーレリアを含めた全ての人がやり直しをしている。このまま関わらないようにすれば、結ばれるだろう二人に虐げられることはない。


(少し状況が似ているけれど、私は処刑されたのだから再び求めるなんてできなかったわ。ご本人もそのつもりはなかっただろうし)


言い詰め寄って暴力を振るうカルロのことを思い出した彼女は、喉を震わせながら息を吐くことで、妙に脈打つ心臓を落ち着かせようとした。

オーレリアの落ちそうだった視線は、真っ直ぐに国王陛下へと向かう。


「他の二例も同じようなものだ。千年前と四百五十年前のことだと記憶にあるが、どちらも王家の評判が地の底まで落ちた。次代の王、つまりは捨てられたはずの婚約者と作った子が賢君となるゆえに、挽回はしているが・・・ロブロスの行いが知れ渡れば、また批判を受けるな。『この国の王家は元から悪い』などと言われる」


「仕方ありませんわ。陛下の治世がより良く続けば、民は『浮気者の暴君の血筋』でも真っ当と認めてくださいますよ」


「その不名誉な二つ名はエリックの時に囁かれたものだな。我が曽祖父ながら正しく暴君であった」


王妃殿下の言葉に、国王陛下は再び溜め息を漏らす。先祖の行いにより受けた被害は、現在においても悩みの種なのだろう。

ただ、姿勢を正した国王は、ずっと静観していたオーレリアに顔を向ける。その眼差しは、僅かではあるが穏やかだった。


「ブラスと城趾はどうするのだ?貴殿にとって、いや、我が国の歴史家にとっては重要な資料であろう。更なる研究に使用するつもりか?」


「私が拝するカルネアス王家の祖先の方です。資料などにはいたしません」


彼女は姿勢正しく、見つめてくる国王陛下から視線をそらさない。お互い、見つめ合ったまま話を続ける。


「ブラス王弟殿下の居城跡ですが、現在はルヴァン公爵家とグリオス平原に在籍する憲兵隊に力をお借りして、厳重警備をしています。居城跡は城壁と遺構、そして王弟殿下がいらっしゃった地下室のみ残っていますが、歴史的建造物です。このまま保全していただきたいと願います」


「無論だ。アルスター爺から要請を受けて、城趾がある湖周辺の開拓すら命じた。その地は住み着いた者達にも守らせよう。彼らは元からブラスを英雄とするグリオスの民。城趾を守護し、保全に協力して語り継いでいくだろう」


「ありがとうございます。そして、ブラス王弟殿下の遺骸ですが、現在はグリオス平原の安置所にて保管しております」


「王都には運ばなかったのか。王家の墓所があるというに」


意気込みのために息を吸い込む。謁見ゆえに大きく表せないが、肺が膨らんだ感覚を得たオーレリアは、その肺を絞るように言葉を発した。


「国王陛下に嘆願がございます。ブラス王弟殿下を、イレーヌ様の眠る神殿に埋葬したいのです。引き裂かれてしまったお二人を、死後にはなりますが再会させたく存じます」


「・・・ブラスは王族に復権している。王族は、王家の墓所に埋葬することになっているのだ。規則として定めているのだが、貴殿は国の定めたことを破るというのか?」


「イレーヌ様も側妃ではありますが王家の方です。今は北西部山間の神殿を墓所とされています。ブラス王弟殿下の他所での埋葬も無理難題ではないはずだと、私の所見では感じました。国王陛下、どうかご慈愛を・・・」


頭を垂れて礼をすれば、国王陛下が喉を鳴らして笑った。


「面を上げよ」


言葉に従って顔を上げる。

国王の顔はより穏やかに、朗らかな笑みを浮かべていた。


「古代の恋人達に思いを馳せたか。分かるぞ、俺のアルマもそうだ。先程から悲恋に涙を浮かべ、貴殿の申し出に否定的な言葉を送った俺に非難の眼差しを向けている」


「陛下」


「怒るな、真実ではないか。さて、恋物語を好む婦人の非難ほど心苦しいものはない。何より、暴君の子孫が非を認めて王弟とその元婚約者を結び付けたとなれば、民の批判も弱まるというもの。貴殿の申し出を受け入れよう。ブラスの遺体はイレーヌの墓所に送る。発案者である貴殿が丁重に葬るがいい」


「ありがとうございます、国王陛下」


オーレリアは再び頭を垂れた。

感極まる彼女の瞳は涙で濡れる。だが、流しはしないと瞬きをせずに乾かそうとする。


「爺の後継者殿は見た目に反して強情で口が回る。良い跡取りに恵まれたな」


「最後の言葉がなければ、侮辱と捉えて叱っているところでした」


国王陛下と、ずっと見守ってくれていた祖父のやり取りを耳にして、オーレリアの口元は綻んだ。

涙も乾いたことから、彼女は顔を上げて微笑む。


「国王陛下のご慈愛、そして・・・フレデリック王子殿下のご協力あってこそ、私の望みが叶うことになりました。誠にありがとうございます」


煌めく紫色の瞳をフレデリックに向ける。優しい顔の彼も、嬉しそうに微笑んでいた。


「・・・聞いていたが、本当に仲睦まじいのだな」


「そうですわね・・・想い合う二人。何て微笑ましいのでしょう。」


まるで恋の観劇を眺めるように、王妃殿下はうっとりとした眼差しを向ける。国王陛下は苦笑を漏らして、オーレリアの祖父と顔を合わせていた。




こうして国王陛下との謁見を終えたオーレリアは、歴史家としての地位の確立と望む結果に至ったことで充実感を得ながら、謁見の間を後にした。

祖父と並び歩く彼女だったが、背後から声をかけられる。


「オーレリア」


振り返れば、微笑みを浮かべたフレデリックが、その足にしがみついているエイダンといた。

オーレリアのことを目を瞬かせながら見つめる小さな王子に、彼女は微笑みを向けながら歩み寄る。


「フレデリック王子殿下、エイダン王子殿下。ご機嫌麗しゅうございます。謁見に際し、私の話を聞いてくださりありがとうございました」


「オーレリア、もう謁見は終わってるよ。口煩い父上もいない」


フレデリックの言葉に、オーレリアは吹き出しそうになるのを堪えて、笑顔だけは浮かべた。


「今日はありがとう。あなたがいてくれて安心したわ。それに、エイダン王子殿下」


彼女は腰を屈めて、小さなエイダンと目線を合わせる。王妃譲りの小麦色の髪と、カルネアス王家の赤い瞳を受け継いだ可愛らしい王子は、恥じらって顔を真っ赤にした。しがみついているフレデリックの足の太ももにその顔を押し付ける。


「エイダン、挨拶をしたいんだろう?」


兄から優しい声で諭されたことで、ちらりと顔は向けてくれた。くりくりの大きな目に見つめられたオーレリアだが、その愛らしさに胸を高鳴らせてしまう。彼女も頬を染めてしまった。


「エイダン・アントニオ・カルネアスです・・・きれーなねえさま、よろしくおねがいします」


辿々しく舌足らずな言葉。幼児らしい高い声に、オーレリアの心音は高まる。

可愛らしいエイダンに心を奪われつつ、それでも内心に留めて、彼女は唇を開いた。


「エイダン王子殿下、はじめまして。オーレリア・エドナ・ルヴァンです」


「しっています、フレデリック兄さまのおよめさんですよね?ぼくのねーさまになるんですよね?」


「まあ!」


「フレデリック兄さまにおしえてもらいました」と続けたエイダンに、オーレリアは更に頬を染め上げた。真っ赤になった彼女は、フレデリックを上目遣いで見つめる。


「事実でしょう?」


「そう、だけれど」


まだ先のこと、とは言葉が続けられなかった。変わらないフレデリックの微笑み、エイダンの好奇の視線の強さから彼女は口籠る。


「りんごみたいにまっかです」


「そうだね、エイダン。オーレリアは僕のお嫁さんになることが嬉しくて顔が赤いんだ」


「うれしいとまっかになるんですか?」


「そうだよ」


恥じらいから口が動かないことで否定などできず、何よりするつもりもなかった。確かに、フレデリックと結ばれることは嬉しい。彼と夫婦になるのは。


───・・・やっと結ばれるのですね。


念願だった。

「彼女」が思うことでオーレリアも気付かずに呼応する。違和感だけは覚えて、眉根を寄せるが、フレデリックの声を耳にしたことで、その違和感すら霧散する。


「さて、エイダン。未来の義姉との挨拶は終わったね。母上が呼んでいるようだから、謁見の間に戻るんだ」


「そうなんですか?・・・ほんとだ、おこえがする。それでは」


エイダンはフレデリックの足から離れて、二人に手を振る。


「ばいばい、にいさま。ねーさま。またおはなししてください」


「はい、またお会いしましょう」


満面の笑みを浮かべながら、小さな王子は謁見の間に戻っていった。オーレリアは体勢を戻すと、エイダンを見送ったフレデリックへと顔を向ける。

扉が閉じられたことを確認した彼は、彼女へと振り返った。緩んだ表情で見つめられる。


「とても可愛らしい方だったわ」


「そうだろう?純粋で素直な良い子なんだ。離れて暮らす僕なのに躊躇いなく慕ってくれる。可愛い弟だよ」


「仲がよろしいのね。とても・・・心地いい関係だわ」


一瞬カルロのことが浮かんだが、口に出さずに心の奥底へと押し込めた。

話すべきではない。オーレリアが原因で、フレデリックと仲違いをしている。オーレリアに執着心があるため、顔を合わせることもできない。


「ねえ、オーレリア」


考え事で暗くなった彼女は、視線を足元に落としていたが、彼の声によってその顔を上げた。

微笑みを浮かべるフレデリックが、手を差し出している。


「まだ時間はあるだろう?少し話をしよう。ブラスの埋葬に関して僕も協力したいんだ。居城跡の土地も、これからの発展があるだろう?それと・・・純粋にまだ一緒にいたい。謁見は僕との時間ではなかったしね」


オーレリアは躊躇いなく頷くと、彼の手を取った。

二人のやり取りを離れたところで見守っていた祖父は、目を細めて微笑んでいた。

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