ルヴァン公爵家に戻って
発掘現場からの引き揚げ、調査の記録の製作。別荘から南方の地方都市の屋敷への移動。様々なことで、国王陛下の謁見に参じるまで一ヶ月も経ってしまった。
四年近く、久し振りに王都へ戻ってきたオーレリアは、ルヴァン公爵家の本宅で謁見の支度をしていた。
動きやすい外出用のツーピースから、スレンダーラインのドレスに着替える。ブラスの居城がある森林を思わせる深緑色で、細やかなレースが上掛けのように覆うドレスは、落ち着きのある上品なデザインだった。
メラニーに着付けられているオーレリアの姿を、四年ぶりに再会した母親が目を潤ませながら見ている。
「美しいわ、オーレリア。すっかり淑女然としていて・・・あなたの成長を間近で見られなかったことが悔いになっています」
「ごめんなさい、お母様。お祖父様の後継者として日々忙しくしていました。ご存じでいらっしゃるかと思いますが、失われたと言われていた古代期の王弟殿下の城を発見したのです」
「ええ、知っていますよ。お義母様がお手紙で知らせてくださいましたから・・・私はあまり歴史に造詣がないのだけれど、我が国最初の反逆者の方よね?財宝と一緒に行方不明になったという逸話の方、だったかしら?」
「ええ、財宝に関しては多少差異がありますが、確かにその通りです」
「ということは、時の国王陛下に反旗を翻して国を乱そうとした悪い方なの?」
「いいえ、それは違います」
メラニーがドレスの裾のヨレを直している最中であるため、オーレリアは動くことができず、顔だけを母親に向ける。
その表情は真剣そのもので、紫色の瞳の目は強い意志を宿した眼差しになっていた。
「反逆者となった王弟殿下には国王陛下に背く理由があったのです。最有力の説は二つあって、私はうち一つに定めて調査をしました。それは、奪われた婚約者を取り戻すために国王陛下に戦を仕掛けたということ。調査の結果、それが真実だと確定したので、現国王であるラスロー国王陛下にご報告いたします」
「奪われた婚約者を取り戻す?なんてロマンティックなのかしら。その、反逆者の方は婚約者の方を救えたの?」
目を輝かせる母親。恋人の奪還という熱愛を思わせるものに、胸が高鳴っていると分かる。母は恋愛小説や恋愛の観劇をよく好み、あまり関心を持たない父親にも話していた。感情露わに熱弁をして、時折、観劇に連れていくほど。
恋物語に心躍らせる母親に、事実を言うのは酷だと感じたが、真実を明らかにした歴史家として正直に答えた。
「いえ、婚約者はそのまま国王陛下の側妃にされてしまいました。取り戻そうとした王弟殿下も、恋しい婚約者に二度と会えず、ご自身の城で自害されています。婚約者の婚礼衣装や道具に囲まれて、婚約者に渡そうとした髪飾りを握り締めながら亡くなられたのです」
「まあ!何て悲しい物語なのでしょう!悲恋だわ・・・」
「ジルベールにも教えて差し上げないと」と言いながら、母親は浮かんだ涙をハンカチでそっと拭う。
「そうなのです。愛のために戦われたのに報われることなく亡くなられた。死後も、反逆者としての悪名だけが伝わってしまいました。ですが」
メラニーに着付けられたドレスは、最後の仕上げと腰元に橙色の帯を巻かれた。夕日の色、フレデリックの瞳の色をした帯は、蝶結びで留められる。
オーレリアは目元を押さえる母親へと体ごと振り返った。彼女の絹糸のような艷やかな髪は、メラニーが丁寧にブラシをかける。
「私の発掘調査で、その悪名は覆ります。愛する方を取り戻そうとした愛情深い方。諦めることなく国王陛下の大軍に挑んだ英雄として、今後はカルネアス王国に伝わるでしょう」
「・・・素晴らしいわ、オーレリア。あなたは真実を解明したのですね」
母親は泣きながらも微笑む。
オーレリアの成し得たことを、恋物語の観点から感銘を受けて、誇らしく思ったようだった。
「私の子は美しさだけではなく、知性と聡明さを兼ね備えているのね。あなたは才女だわ。母は誇りに思います」
「お、お母様、あまり褒めないでくださいませ。その、恥ずかしいです」
彼女は頬を朱に染める。母親は、うっとりとその赤い顔を眺めていた。自身の娘の愛らしさに心を奪われている。
見つめ合う母娘を尻目に、メラニーはオーレリアの金の髪を整えた。サイドテールに纏めて、いつも身に付けている夕日色のリボンで留める。
「お嬢様、終わりましたよ」
彼女の声にハッとしたオーレリアは、姿見へと顔を向けた。夕日色が差し色となった深緑色のドレス。髪形もスッキリとしながらも愛らしく、麗しい容貌を引き立ててくれていた。
「装飾品はよろしいのですか?」
「一介の歴史家としての謁見ですもの・・・でも」
棚の上に並べられていた装飾品へと目を向ける。花をモチーフにしたイヤリングに、フレデリックから贈られた宝石の煌めくネックレス。華奢で可憐なデザインのアクセサリー類も置かれている。
彼女は流し目で装飾品を見ていたが、一つの髪飾りがその目に止まった。百合の花の髪飾り。銀で作られたそれは、十一歳の誕生祝いとしてアルバから贈られたもの。
元より、夜会や社交場で身に付ける繊細かつ美しい髪飾りであるため、身に付ける機会はなかった。そして、アルバの指示で護衛騎士達がオーレリアを誘拐しようとした事実に、目にすることすら躊躇っていた品。
(お兄様は、確かに私をカルロ様に渡そうとされたけど、私のことを大事な妹と仰ってくれた。私が髪飾りを身に付けたときに嬉しそうに微笑んでいらっしゃった・・・)
アルバは、オーレリアに危害を加えるつもりはないと理解できている。彼はただ、カルロに仕えているだけだとも知っている。
「お兄様に頂いた髪飾り」
「ああ、こちらですね。お嬢様は社交界デビューがまだですから、身に付ける機会がありませんでしたね」
「多少着飾らなければいけないわ。あの髪飾りなら国王陛下への拝謁に相応しいと思う。メラニー、付けてくださる?」
「ええ、その深緑のドレスにもお似合いですわ。そうですね・・・このリボンに寄り添うように付けましょう」
銀の百合の花の髪飾りは、フレデリックのリボンの上に飾られた。
「まあ、とても似合うわ!」
思わず黄色い声を上げる母親。母の声に後押しされて、彼女は微笑みを浮かべた。
(お兄様は私の敵ではないの。以前と違って、お優しくなられたお兄様を私は信じたい)
オーレリアは、母親である公爵夫人と並び歩いて廊下を進む。彼女達とすれ違う屋敷の使用人達は、その姿を目に映すと一礼をして、立ち去る背中に熱を帯びた眼差しを向けていた。
「では、お兄様はまだ学園にいらっしゃるのね」
「ええ、カルロ王太子殿下とご一緒に生徒会に入ったの。書記としてのお仕事があるから、あなたの帰宅よりも遅く、おそらくは夕食の頃に帰ってくるはずよ」
絶世の美貌を持つ母娘。ただ歩く姿すら美しく、朗らかに微笑む顔は、他者を魅了してやまない。誰もが、その光景を目にすれば、心に焼き付いてしまうだろう。それほど母娘は美しい存在だった。
「・・・行くのか」
執務室の前を通り過ぎようとしたとき、偶然にも父親であるルヴァン公爵がドアを開けて出てきた。居を別にしている体格逞しい前公爵に比べて細身ではあるが、長身でスタイルのいい公爵も見目麗しい容貌をしている。輝く銀の髪に、代々引き継いだ紫色の瞳。四十歳を手前にして、公爵は未だに人目を引き付ける美貌を保っていた。
使用人達も従者も警備の騎士達も、内心では公爵家の人々の麗しさに心酔している。
「はい、国王陛下に拝謁してまいります」
「そうか・・・オーレリア」
「何でしょうか?」
公爵の呼びかけに、オーレリアは柔らかい笑みを浮かべたまま首を傾ける。その所作すら芸術作品だと目にする者達は感嘆としていた。
「お前は・・・今、幸せだろうか?何の憂いもなく、思うままに過ごせているのか?」
公爵の言葉はぎこちなく、何かを探っているように聞こえた。怪訝に思う者達が多い中、オーレリアは目を瞬かせて、すぐに綻ぶような笑みを浮かべた。
「はい。夢に向かって邁進していましたら、望んでいた歴史家の道を歩むことができました。これも全て支えてくださったお祖父様やお祖母様、見守ってくださったお母様。そして、望みを受け入れてくださったお父様のおかげです」
彼女の言葉に、常に表情を動かさないと言われたルヴァン公爵の口元が緩んだ。内心で驚愕した人々は目元を擦ったり、視力を調節するように瞬きをしたが、その瞬間、公爵はいつもの無表情に戻っていた。
ただ、挨拶を交わして公爵夫人と共に歩くオーレリアを、公爵は見えなくなるまで眺め続けていた。
その場に留まった者達は公爵の背後にいることで、その顔が泣きそうに歪みながらも笑みを浮かべているとは分からない。




