悲恋の王弟に想いを馳せる
調査員の検死の結果、ブラスは瀕死となる外傷を負っていたと分かった。
先ず、錆びて変色した鎧の胸部が刀身によって割られており、下に身に着けていた衣服も同じ切り口がついていた。深手だと分かり、肉も断たれていただろう。
肩から腕の骨には、細かな骨折跡があり、朽ちている小さな鉄が出てきた。調べた結果、それらは鏃。骨と衣服の合間から溢れ出たことで無数の矢を受けたと推測された。
また、右足は足首から下がなく、骨が寸断されていることから剣で切断されたと判断された。
白骨化状態のため、本来受けただろう外傷全ては分からない。しかし、判明した部分だけでも満身創痍の大怪我を負い、ブラスは血塗れになって地下室に落ち延びたのだと分かる。
「ブラス王弟殿下の兵士や賛同者は殆どが戦死。捕縛された方も処刑となっています。最後の一人になった王弟殿下は、王国軍の総攻撃を一身に受けた。凄まじい攻撃に肉体が形を保っていたのは奇跡か、騎士として力のあった王弟殿下だからこそか」
フレデリックに支えられながら、オーレリアは言葉を紡ぐ。
彼女の言葉に祖父は頷き、他の調査員達は用紙に記録をしていた。
「王弟ブラス・カルネアスは無双の戦士と名高い。他国への抑止力に北西部とグリオス平原の防衛を任されていたんだ。単身となった彼が、あの地下室まで落ち延びたのは実力があるからだね。挑んできた騎士や兵士を薙ぎ払いながら居城まで引いたはずだ」
「古代から続くカルネアス王国史でも、百人の兵を相手取った猛将と記録が残っています。国内最初の反逆者として悪名があるにも関わらず、実力は認めている。ロブロス国王陛下も戦士としては認めていらっしゃったということ」
ブラスの遺骸を発見したことで、語られていたことが真実だったと決定付けられた。
また一つの歴史が解明され、カルネアス王国の仇敵と記載されていただけのブラスも新たな真実が判明した。カルネアス王国の歴史学会は沸き立つだろう。
発掘に参加していた調査員達全員と、円卓を囲んで話し合うオーレリア。
記録のために万年筆が用紙の表面を走る音を耳にしながら、視線を向かい合っている調査員の奥に向ける。
日の下に置いた木製の台座の上に、ブラスの遺骸が安置されている。地下室から慎重に運ばれた遺骸は、破損を防ぐために陽光で乾燥させることになった。
夢で見たブラスは、烏の濡れ羽色の髪とカルネアス王家の色である赤い瞳をした美丈夫だった。カルロに似た逞しい体躯で、フレデリックに似通った顔立ちだった。あの夢が真実を見せたとは思わないが、二千年以上時を経たことで、一切容姿に関する名残のない。白骨化した虚しい骸として在るだけ。
その何もない眼窩が、彼女のことを見つめるように向けられているが、あまりの物悲しさに胸が痛む。
「・・・地下室のことですが」
そっと胸に手を当てて、ブラスと見つめ合いながらもオーレリアは唇を動かした。側にいるフレデリックが、慰めるように肩を撫でてくれる。
「遺留物や収納品の識別は不可能なのですか?」
「はい、崩壊した木くずの山はありましたが、それらが何だったのかは不明です。腐敗もあって原形を留めていません。王弟ブラスの倒れていた場所の反対側には、錆びて朽ちた棒などがありました。そちらは武器だと推測して現在調査中しています」
「地下室は避難所と保管庫として使われたとオーレリア様は仰いましたね?ブラスは本人の行方も歴史浪漫として語り継がれましたが、彼の財宝も長年の語り草となっています。死したブラスの周辺にあったものは、その財宝なのでは?」
「貴金属は一切なかったんだぞ。ブラスの財宝など所詮は噂に過ぎなかったんだ」
「貴金属といえるのは、王弟の死体が掴んでいる短剣と思しき物に付いた金とアメジスト。それと、右手に包んでいる金細工か」
「引き抜くにしても、遺体を崩壊させてしまう」
口々に話す調査員達。取り敢えずは白骨遺体が乾燥するまでは話は進まないと落胆している。
ずっとブラスと見つめ合っていたオーレリアは、その遺骸が手にする物へと視線を動かした。
「あれは何でしょう?」
「如何されましたか?」
彼女の言葉に、周辺の遺留物の調査をしていた男性調査員が反応を示す。オーレリアの紫色の瞳は彼へと向かった。
見つめられた調査員は、美貌の公爵令嬢の宝石のように美しい瞳が、ブラスが自害に使った短剣に付いているアメジストと同じ色だと思った。
「錆びた短剣です。金とアメジストが使用されているということは、宝剣の類だと思います。そちらを用いて自害をするなんて、何か意味があるのかと考えてしまいます。ブラス王弟殿下は戦場を駆けた騎士。自死をするならば、自らの剣を用いるのでは?もしかして、剣が握れないほどの負傷を手に受けていたのでしょうか?」
「ああ、あれは恐らく」
男性調査員の隣の席にいた女性調査員が口を開いた。眼鏡をかけた彼女は、右目のフレームに指を当てることで支えている。
「あの宝石付きの短剣でしたら、婚礼の短剣かと思われます」
「婚礼の?」
「はい、先祖代々グリオス平原から北西部に住む者なら知っている風習です。結婚となった花嫁が、初夜を無事に済ませるために身近に置く短剣がありました。花嫁を拐かすとされる悪魔除けと、夫となった男性以外に迫られた場合に護身として扱います。古代期から中世期まで上流階級の方々が実際に使用していました」
そのような婚礼の短剣を、どうしてブラスが持っていたのか。婚約者であるイレーヌがいたから用意はされていたと思うが、それをわざわ自害に用いたのは何故か。
地下室は大切な物の保管庫として使われていた。ブラスにとって大切なものはイレーヌで、彼女自身を閉じ込めるわけではなく、その持ち物を保管していたとしたら。
───・・・そう、ブラス様は婚約となれば即座に婚姻を結ぶつもりだった。すでに花嫁道具の準備もされていた。
心の奥底から湧いてくる思い。オーレリアには痛みとなって伝わり、フレデリックの胸に縋る。
「オーレリア、大丈夫?」
頭上から落とされる優しい声に彼女は安堵をして、心配と顔を歪める祖父と調査員達を見渡した。
「・・・仮説ですが、婚礼の短剣は保管庫にあったのでしょう。満身創痍で逃げ延びたブラス王弟殿下は、イレーヌ様との婚姻に必要な品物を収めていた保管庫に辿り着いた。恐らくご自身の武器は失ったのか、手にするほどの力がなかった。だから、保管していたイレーヌ様の婚礼の短剣を手にして、自害された」
祖父は目を丸くするが、すぐに細めて納得と頷いた。他の調査員達はざわつくものの、オーレリアの仮説に好意的な言葉を発している。
「花嫁衣装も装飾品も、保管庫である地下室にあった。大切な物を保管するための部屋ですもの。ブラス王弟殿下にとってイレーヌ様は何よりも大切な方。その方を取り戻すために王に刃を向けたほどです。大切な方との婚礼の道具は、非常に大切な物です。兄である国王を倒すまで失うわけにはいかなかった」
「では、ブラスの財宝はイレーヌ妃との婚礼道具ということですか?」
問いかけた女性調査員へと視線を向ける。オーレリアに見つめられたことで、調査員は頬を赤らめはじめる。
自身の掲げた仮説に夢中となっている彼女は、調査員の様子の変化などに気付かない。
「そこまでは分かりません。でも、実際にブラス王弟殿下は婚礼の短剣を持っていました。他の道具や衣装もきっと保管されていたはずです。あの手にしている金細工も」
再びブラスの遺骸へと目を向ける。指の骨の間から見える黄金は、陽の光を受けて煌めいていた。
「婚礼に使用するための装飾品だと私は思います」
彼女は真っ直ぐと言い放った。
肯定的な意見が調査員達から発せられる。祖父も議論に満足だと笑みを浮かべていた。
「・・・引き続き、ブラス王弟殿下の遺骸を調べましょう。地下室もより精密に調べて、私の掲げた仮説が正確なものだと示したいと思います」
「畏まりました」
「城壁の発掘も並行して行いますね」
「ええ、お願いします。ブラス王弟殿下の居城の全てを明らかにしたいのです。引き続きご協力をお願いします」
調査員達は快諾と頷き、言葉を送ってくれた。手足となってくれている彼らに、オーレリアは心からの感謝を示すため、席を立って一礼をする。
再開する発掘とブラスの遺骸の調査。彼女も続こうと、記録を書き記した用紙の束を抱える。
「滞りなく調査が進みそうだね」
「ええ、調査員の皆様に感謝してもしきれないわ。皆様の労力を無駄にしないために、私も動かないと」
並び立っていたフレデリックを見上げる。穏やかに微笑む彼の顔に安らぎを感じた。
「無理はしちゃ駄目だよ。先程まで君は弱っていたんだから」
「・・・大丈夫、甘えさせてくれるあなたがいるもの」
少し身を寄せれば、オーレリアの肩にフレデリックの手が回されて、ずっと見ていた祖父が大袈裟に咳払いをした。
ハッとした彼女は、一歩ほどフレデリックから離れる。少し眉を寄せた顔が視界の端に映った。それでも、どこか眼光が鋭い祖父へと顔を向ける。
祖父はオーレリアに対してのみ優しい笑みを浮かべた。
「君の立てた仮説が真実だと信じよう。素晴らしい考えだ。王弟ブラスは愛に生きた悲恋の騎士・・・浪漫だねぇ」
「お祖父様も賛同してくださるのね」
「勿論だよ、オーレリア。君は勤勉で努力家だった。初めて監督者となり、失われた歴史を解き明かそうしている。私は君を誇りに思うよ」
「ありがとうございます、お祖父様。お言葉をとても嬉しく感じます」
認められていることに感極まって涙が浮かんできた。しかし、彼女は強くあろう、平静であろうとして耐える。
隣に立つフレデリックが腰に手を回して支えてくれることで、気持ちは更に強くなった。
「陛下にも報告しなければね。我が国の歴史に深く刻まれたブラスの反乱。実行者である王弟ブラスが実兄に反逆を示した理由の解明を、オーレリアが成したのだと伝えないといけない」
祖父の言葉にオーレリアは頷くと、横に立つ人を見上げる。愛おしいと隠さない微笑みが向けられていることで、彼女の胸の奥も、奥底にいる「彼女」すらも温かさを得ていた。
──・・・ああ、また貴方が愛してくださるのね。
浮かび上がった言葉は、考えに至る前に淡く消えたことで認識すらできなかった。
書き終わってからエピソードタイトルを考えるので、ノリでタイトルを決めることが多いです。




