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その死を目にしたことで涙に濡れる

開いて見えたのは暗闇。そして、その闇へと続く石組みの階段があった。

オーレリアは顔を寄せる。湿気を帯びた重苦しい空気から、カビと濡れた土の匂いが漂う。


「・・・」


躊躇うのは僅かな時間。彼女は階段へと一歩足を進めた。


「お待ち下さい」


歩き寄ってきたのは護衛騎士のアンセムだった。軽装鎧と騎士服の彼は、火の灯ったランプを手にしている。


「陽の光が届かぬ暗闇です。お嬢様の御身に危険が及ぶ可能性がありますので、自分が確認いたします」


「よろしいの?・・・では、お願いね」


頷いたアンセムに階段を譲り、掴んでいた鉄製の扉も調査員が持つことで、オーレリアは後ろに下がった。

降りていくアンセムの姿を見つめる彼女に、フレデリックが身を寄せる。


「・・・中はそれなりに広い。もう二人ほど明かりを頼む。階段の下ならば、障害物はない」


アンセムが顔だけ出して話す。彼の言葉に、男女の調査員が松明とランプを持って階段を降りていく。


「露出した遺跡の床の広さから縦は十メートル、横は五メートルほどの建築物だと思うけど」


「地下室です。戦争時の一時避難所と、大切なものを保管しておくための場所と言われていました」


「・・・そう」


言葉を紡いだあとで、オーレリアは「誰に教えられたのか」という疑問が浮かぶ。なぜ、自分がそのようなことを言ったのかも分からない。二千年以上前の遺跡で、彼女が知り得るような情報などなかったのに、なぜ知っているのか。

何より、フレデリックが特に問い質すことなく肩を抱き寄せられたことも混乱をきたした。


(私は、どうして・・・何を知っているの?)


理解するために考え込む。だが、知らないことだから何も浮かびはしない。オーレリアの記憶の中に答えを見出す思い出はなかった。

ただ、何かがオーレリアの中で訴えている。「私」は知っているのだと、彼女の声を使って打ち明ける。


「破壊されてしまったのです。あの方は、何もかも、地上にあった建築物は徹底的に破壊されました。私が目にしたときには更地になっていた。白い小城も、散策のために整えた道も、湖水を彩る草花も、全て・・・」


「彼女」は顔を上げる。目に映るフレデリックの顔を見て、腰に腕を回して抱き着いた。胸に頭を預けて目を閉じれば、やや早い鼓動が聞こえた。


「・・・フレ、デリック・・・様・・・」


「うん、僕だよ。オーレリア・・・君はオーレリアだ。分かる?」


「はい、そうです・・・私、今何を・・・」


「想像力を働かせすぎたのかもね。ブラスの居城にいることで、その当時の有り様を目にしたかのように推測した。あまりに思い耽ってしまったことで、当事者のような感覚に陥ったんじゃないかな?」


フレデリックの手がオーレリアの髪に触れる。優しい手付きで撫でられる心地良さが、彼女の乱れた心を落ち着かせる。


「そうね、その通りだわ。発掘で目にした居城の惨状が悲しくて、イレーヌ様が目にしたらどう思ったかと空想してしまったのよ・・・私、自分がイレーヌ様だと思い込んで話したのね」


「うん・・・君は、想像力が豊かなんだね」


オーレリアの額にフレデリックの唇が当たる。それは一時的なものではなく、抱き締められている最中、ずっと触れていた。それから数分ほど、アンセムが遺跡の地下室の入り口から顔を出す。


「お嬢様、安全確保ができました。ゆっくりと、足元を確認しながら降りてください」


「ええ、分かったわ」


彼女はフレデリックから身を離し、地下室の入り口の階段に向かう。心配と眉を寄せた扉を持つ調査員に微笑みを見せて、すぐに引き締めた顔になると、一歩、一歩と階段を降りていった。

下に簡易の松明立てが作られたことで、内部は僅かに明るい。それでも全体は見えず、オーレリアの気持ちははやる。早く降りて、隈無く内部を調べなければと、気持ちが急く。


「お嬢様、ゆっくり降りてください」


階段の終わりで佇むアンセムの声。ランプを持つ彼の姿ははっきり見えて、窘めるために険しい顔をしていた。

呼吸を繰り返す。湿度のある空気は重く、息苦しさを感じてたことで意識を改めた。

彼女は足元に注意を払い、段差を一歩ずつ踏み締めながら降りる。並び立つアンセムを見上げれば、彼は頷き、手にしたランプを内部の奥に突き出した。少しだけ奥が照らされる。


「奥も確認しました。仕掛け罠や、足元を掬う物はありません。あとはお嬢様の目で確認してください」


アンセムは奥にあるものを目にしたのだろう。オーレリアの気持ちを考えて、見たものを伏せて行くことを勧めている。

オーレリアは彼からランプを受け取ると、ゆっくりとした歩調で奥に進んだ。先に降りていた調査員達が、また松明立てを作ったことで、更に内部は明るくなる。それでも、奥は薄ぼんやりと輪郭が浮かぶだけ。


(外壁と床の質感が違う。中の物を守るために、二種類の石材で二重構造になっているのね。凹凸を無くすように、表面を磨いた石が組まれている)


そのようなことを考えながら、先に進み、段差があると気付いてランプを上に掲げた。


「・・・ぁ」


見えたものはボロボロになった黒い布。茶色に変色した金属、それでもグリーブだと分かるほど形状を保っている。黒い衣服と金属製のグリーブを纏った足があった。

オーレリアのランプは揺れる。小刻みに震えながら、音を立てながらも更に奥に進む。

仰向けに倒れている者は、胴回りも茶色に変色した金属を纏っている。ただ、胸の上にある手は、肉がそげて変色した骨で、何か金色の物を握っていた。もう一方の白骨化した手は、先端に紫色の宝石が付いた棒状の物を、ボロボロの衣服と金属の合間に露出している首の骨に当てている。


「は、ぁ・・・あぁ・・・っ、ひっ、うっ・・・はぁっ」


涙で視界がぼやけていく。

しかし、その目に映るものはオーレリアの網膜に焼き付いてしまった。

ぽっかりと口を開いている髑髏。何もない眼窩はどこか物悲しく宙を見上げていていた。


「っ、あぁ・・・」


オーレリアは力を失ったように石材の床に膝をつく。ただ、「彼」の姿を見るためにランプを持ってだけは下げなかった。


「・・・ここにいらっしゃったのね、ブラス様」


浮かぶ涙は止めどなく、彼女の視界を歪ませる。何も見えなくなったが、胸に宿る苦しさは失せない。

会いたかった人の死をまざまざと見せつけられたことで、オーレリアの中に蘇った「彼女」が泣き叫んでいる。彼女のために涙が流れていく。


「オーレリア!」


ただひたすらにブラスの遺骸をランプで照らすオーレリアの体を、誰が抱き締めた。見知った温もりと香り。愛しい人の熱が、彼女を現実に引き戻す。

涙で濡れた頬をそのままに顔を上げた。また一筋流れる涙はあるが、彼の指先で拭われる。


「大丈夫?ここは死の匂いが強い。君には刺激が強すぎる。一度、地上に戻ろう」


「フレデリック様・・・ブラス様、ブラス王弟殿下です。ロブロス国王陛下との戦いに敗したあと、この地下室で身を潜めていた」


「うん、そうだね。戦争で味方を全て失った彼は、この場所を死地に選んだんだ。あの首にある短剣で自害したんだろう」


「は、早く、早く出して差し上げないと!日の下に」


「落ち着こう、オーレリア。彼の・・・この遺骸は、長年湿度の高い密室にあったことで脆くなっている。頭蓋がそのままの形で残っているのも奇跡なんだ。下手に動かしたら崩れてしまうよ」


「そう、そうだわ・・・そう」


オーレリアは自らの手で涙を拭うと、自身を抱くフレデリックの顔を見上げる。少し苦しいと眉を顰めた表情に、室内の環境の悪さを自覚した。


「先ずすべきこと・・・検死を、遺骸の検死をこの場でしましょう。崩れないように細心の注意を払って、可能ならば、破損の原因になる鎧も外さなければ」


「うん、そうだね。担当の調査員を呼ぼう」


「どなたか、ヴァイル調査員を呼んでください」


彼女の呼びかけに、壁脇に控えていた女性調査員が動く。階段を上る姿を確認しながら、オーレリアは言葉を続けた。


「次は・・・遺骸を移動できたのなら、周辺の調査をしなければ。遺留物や副葬品、ここでは収納されていた物を調べないと」


「それはブラスの遺骸を移動できてからだね。指示だけは出しておこうか」


「そうね、そうだわ・・・」


フレデリックにもたれるオーレリア。胸に頭を預けたことで、彼の警鐘のように心音を感じ取る。


「フレデリック様も驚いていらっしゃる?」


「驚いているよ・・・やっと、見つけてくれたんだから」


「ええ、そうね・・・私は見つけたのね」


彼女の目は再びブラスの遺骸に向かう。暗闇の中に倒れていた白骨死体。戦争の敗者として自害した姿のまま、ずっと地下室にいた。

胸が痛み、悲しいと訴えるものがある。「彼女」のためにまた涙が流れたが、オーレリアはそっと指先で拭った。


「ブラス王弟殿下を、この冷たく湿った場所から出して差し上げれる・・・」


呟いた言葉に、胸の苦しさが和らいだ気がした。

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