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不快な温もりと上塗りする好奇心

まさか序盤がこんなに長引くなんて思わなんだ・・・。

階段を降りてもフレデリックは手を離してくれなかった。オーレリアが腕を引いても外れず、背丈の変わらない同年の王子なのに力の差を感じる。

背後から金属の擦れる音と重さのある複数の足音。引かれて見れば、ルスタリオ男爵に続いてフレデリックの護衛だろう従者達が階段を降りてきた。

意識がそれたことで、握られていただけの手にフレデリックの指が絡む。しっかりと握り込まれたオーレリアは、自身の手と彼の顔を見比べた。


「危ないからね」


(・・・危ないのはあなたよ)


オーレリアを心配しての行いだろうが、フレデリックは豹変する。いずれ出会うバーバラのために、バーバラに危害を加えたとオーレリアを虐げる。

彼から受けたのは暴言と敵意のある態度を取られたことだけ。それでも彼女は深く心を傷付けられている。

優しい態度など今のうちだけ。フレデリックとは交友すらできない、と。


「あの、大丈夫ですから離してください」


「いや、駄目だよ。足元は凹凸のある石造りだ。君が足を取られて転んだら怪我をしてしまうからね」


優しい笑みに不信と顔を歪めても、笑みも温もりも失せることはない。居心地悪いと祖父に助けを求めて視線を送る。

優しい祖父は男爵を従えて遺跡を囲む断層を眺めていた。


「やっぱり、この遺跡は埋め立てられたみたいだね。この部分、ちょうど遺跡上部を覆う高さの土は大小の石混じりだ。地上から十メートルほどの地質ではあり得ないな」


「閣下もそう思われますか?私も気になったので周囲の断層を調べてみました。ある箇所より腐葉土が出ました。地表にある植物のものです。別の箇所では土を被せたという痕跡もありましたよ」


「つまり、この遺跡は人の手で埋め立てられたということだね・・・はあ、この立場でなければ私自らスコップや移植ごてを振るって調べるのに」


「ルヴァン公爵だけでなく奥方様にも叱られます」


「ジルベールもリヴァも自ら心血注いで掘り当てるという浪漫が分かっていないんだよ」


夢中になっている祖父は、オーレリアの救いを求める目には気付きもしなかった。

何より彼女も隠された遺跡というものに興味を惹かれ、フレデリックと手を繋いだまま祖父に近付く。


「どうして隠されてしまったのでしょう?」


今もある不快感もフレデリックの眼差しも、好奇心で高鳴る胸の音には勝てない。

小さな笑い声も聞こえず、振り返った祖父の返事を待つだけ。


「そうだね、この遺跡は未来に残すべきではないものと判断されたのかもしれない。様相は神殿だから、神に関係するものだとは思う。奉る神への反抗か、不要になったことで遺棄したか」


「我が国の神は時の神クヴァネス。現在においても信仰されている善神です。遺棄はありえません」


「そうなんだよね、だから不思議だ。叛徒が封印のために埋め立てたとして、信徒である我々の先祖が語り継いでいないのがおかしい。この国はクヴァネス神の信徒の国。神殿という重要施設が封じられれば、必ず探し当てるはずなのにね」


「つまり、今までにはなかった遺跡ということですか?」


オーレリアの瞳は本当にアメジストのようだった。好奇心で煌めきを強め、その美しさから目にした者に感嘆を与える。


「オーレリアお嬢様は遺跡が好きなご様子」


「この子は私の後継として名乗り上げてくれたんだよ。あまりにも熱心でね、ジルベールにも爪の垢を煎じて飲ませてあげたいものだ」


「坊っちゃんは現実的な方ですからなぁ。浪漫では生活できないとよく仰っていらした」


「現ルヴァン公爵閣下を坊っちゃんなど言っては駄目だよ。苦虫を噛み潰したような顔で睨まれてしまう」


楽しそうに笑う祖父と男爵。

厳格な父をからかうような口ぶりに、オーレリアも笑みを浮かべそうになった。

だが、絡んでいるフレデリックの親指に、ゆっくりと手の甲を撫でられた。不快な感触に体を跳ね上げる。


(そ、そうだった。私、フレデリック様と手を繋いでいて)


「オーレリア嬢はアルスター殿の後を継ぐの?」


「え?」


顔が寄せられ、覗き込んでくる橙色の瞳。夕日色のそれは、日の入り前の燃え上がる色に似ていた。


「ルヴァン公爵家唯一の令嬢でしょう?王家もしくは準ずる一族の妻に望まれる立場にいるんだよ?それなのに・・・家業の一部門を引き継ぐの?」


「・・・私の夢なのです。神話や歴史を紐解く発掘事業を初めて目にしたときから、とても惹かれました。私も歴史を紐解く担い手になりたいと思ったのです」


「・・・アルスター殿のような歴史家になりたい?」


「敬愛するお祖父様は今まさに未知の遺跡を発掘されています。私もその様に、歴史を動かすような発見をしてみたいのです。スコップと移植ごてを使って」


夢に生きると決めた。

貴族社会からは爪弾きになるが、カルロが頂点となる王家にも、一族本家となるルヴァン家とも距離を取ることができる。

何より、土に塗れて汗を流しながら未知の発見ができる。オーレリアにとっては何よりも価値があるものだった。

だから、射抜くような眼差しにも怯まない。


「オーレリア、君は自分の手で掘り起こすつもりなのかい!ああ、我が孫娘も浪漫を理解しているとは!」


「子供のころの閣下を見ているようだ。顔立ちは全く似ていないのに」


「似ているだろう!強い意志を秘めた眼差しとか!」


「閣下、同じものは瞳の色だけです」


何やら祖父達が騒がしいが、惑わされずにオーレリアは見つめ続けた。

フレデリックの目が細まる。あの微笑を浮かべたようで、顔が離れたことから彼女の目にも映った。

まだ優しいままのフレデリックの顔が映っている。


「君のような人は王の妻を目指すと思っていたけど、違うんだね・・・君の気持ちが変わっていてよかった」


最後に漏れた言葉は聞こえなかった。

オーレリアが首を傾げてもフレデリックは再び言葉を紡いではくれない。


「アルスター様!」


声を張り上げて祖父を呼ぶ男性の声。顔を向ければ、今しがた遺跡の入り口から出てきたらしい作業服の男性が手を振っている。


「内部の様子もご覧になりますね?」


「当然だよ」


祖父が男爵を連れて入り口に向かう。オーレリアも続くが、いまだに手は握り込まれているせいで、動かなかったフレデリックに留められる。


「向かわれないのですか?でしたら、離してください」


「・・・行くよ。君も内部を見たいんだろう?きっと中は暗いだろうから、僕が転ばないように見守るね」


そのようなことは頼んでいない。

言い放ちたい言葉を飲み込んで、オーレリアは手を繋いだまま入り口に向かった。フレデリックが歩けば、その後ろに従者が続く。

一見仲良く見える麗しい少年少女、それに付き従う護衛達。作業中の調査員達は異様な光景だと注目する。


「あちらのお嬢様はルヴァン様のお孫様だそうだ」


「ご一緒にいらっしゃるのは、印章から王子殿下じゃないか?」


「年の頃が同じだから婚約者かしら?」


「まあ、可愛らしいお二人だわ・・・ただ、兵士達が物々しいわね」


「調査中だぞ、遺物を傷付けなければいいが」


いくつかの囁く声が耳に届く。

居た堪れなさにオーレリアは視線を落として、少し早足で祖父の元に向かう。


「皆、作業中に邪魔をした。気にせず続けてくれ」


祖父の声に向けられていた視線は減ったが、オーレリアについての囁きはまだ聞こえる。


「あのような可憐なお嬢様だもの、いずれは王家に召し上げられるわ」


(絶対に王家には関わらないわ)


これほどまでに手を振りほどきたいとオーレリアは思わなかった。フレデリックの温もりから逃れたいと心から思うも、囁き声に我関さずな王子殿下は決して離してくれない。

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