無駄な談義
受け取った手紙を開いたフレデリックは、その柔らかくも美しい文字を指先でなぞり、読み込むことで胸を熱くさせる。
愛しいオーレリアに求められているという事実は、彼にとって何よりの喜びだった。それが、自分が「洗脳」して植え付けた偽りの愛だとしても。
「僕も会いたいよ、オーレリア」
疑いを知らない純粋な人。真に愛していると思い込んでいて、なんとも無垢で驚くほど愚かで愛しさが込み上げてくる。
(薬の効果が切れる前に会わないと)
もう少しで一ヶ月経ってしまう。これ以上は待たせてはいけないと、彼は恋人の手紙を懐に収めて歩き始めた。
護衛騎士達を引き連れて王城の客室を出る。本来ならば自室で待機をすべきだが、特に施錠もせず放置していた部屋にいては危険だと思った。清掃と称してメイドや使用人に入室されてている。毒蛇を放たれていたり、怪我を負わせる細工がされている可能性が高い。
この場所はカルロの息がかかっている。王太子だから当たり前で、王位継承権が下の、何より別居している王子にとっては脅威でしかない。
急遽の来訪に、高位貴族が滞在するための客室を使った。使用人達もすぐに対応ができなかった。僥倖だと口元を歪めたフレデリックは、家族である王家が集う議会室に辿り着く。
議会室のドア脇にいる兵士が、室内に向けて来訪を告げる。その声を聞きながら、自分の護衛騎士達に目配せで合図をする。いつでも踏み込めるようにドアの対岸の壁に控えた彼らから目を離し、兵士によって開かれたドアから室内に足を踏み入れた。
「カルネアス王国第二王子フレデリック・ダリオ・カルネアス、只今参じました。ラスロー国王陛下並びにアルマ王妃殿下。そして、カルロ・ジョルジュ・カルネアス王太子殿下に置かれましては、談義の参加を有り難く存じます」
「堅苦しい言い回しはよせ、フレデリック。我が息子よ」
「少し見ない間に逞しくなられたわね。母は、あなたの成長をこの目にすることができず、悲しく思っています」
穏やかな眼差しでフレデリックを呼び寄せる両親からは、確かに愛情を感じる。
だが、長机を挟んで向こうに座る兄カルロからは、熱などない鋭い眼差しを向けられた。隠し切れない殺意を浴びながら、フレデリックはカルロと対面する椅子に座る。横から国王と王妃の視線を受けながら。
「対話の場を設けたいと言われて用意したが、カルロと仲直り・・・というわけではあるまい?」
「カルロ、折角フレデリックが帰城されたのに睨み付けるなどお止めなさい。あなたは兄なのですよ?」
「母上、そいつが言う事を聞くわけないでしょう。今も僕を殺すために刃を隠しているかもしれないのですから」
「フレデリック!?何を言っているの!」
王妃は目を見張り、フレデリックの肩に触れようと細く白い手を伸ばした。しかし、その手は突然響いた声に驚いたことで宙で止まる。
「私が貴様を殺す?妄想甚だしいな!王位継承権放棄と見なされている王子など私にとっては取るに足らない。殺す価値すらない存在だ」
更に目を細めて、より鋭くなった赤い眼差しが、フレデリックの体を突き刺すかのように向けられる。
半年ほど目にしなかっただけなのに、カルロは更に逞しくなっていた。身長も百九十近く、がっしりとした肩と腕は筋肉逞しいと服の下からも主張していて、胸板の厚さから力を入れれば留め具がはち切れそうだった。長机があることで上半身しか見えないが、恵まれた体格と筋肉量から下半身も逞しいのだと理解させられる。
それを武骨に感じないのは、精悍ながら美麗と整った顔立ちのせいだろう。フレデリックとも似た顔に、彼は胃のムカつきを感じた。
(こんな筋肉の塊のような男と似たくはなかった・・・)
同族嫌悪を感じつつ、不快だと顔には出さないように努めて、フレデリックは口元を綻ばせた。
「忘れたのか?お前と僕は殺し合いに発展する喧嘩をしたことで城の東と西の塔に居を移された。それすら無駄だと思った僕は、身の安全を確保すべく別宅に移動して暮らしている。今から半年前のことだ。それなのにお前は覚えていないようだね」
「・・・貴様が兄に対して不敬極まりないから、あのときは怒りの沸点を超えただけだ。殺すなど勢いで言ったこと。今は冷静さを欠いていたと反省している」
「こめかみに血管を浮かせていうことじゃないな。今にもはち切れそうだよ」
フレデリックは自身のこめかみを指で指し示し、鼻を鳴らして笑う。
その様子にカルロは歯を食いしばって、椅子から飛ぶように腰を上げた。怒りのままにフレデリックを殴ろうとしたのだろう。
だが、静観していた国王が手を挙げることで制する。怯えた表情を浮かべていた王妃がフレデリックに身を寄せて、その肩に触れるとカルロを見上げた。
「喧嘩をするための場を設けたわけではない」
「感情的になって暴力を振るうのは止めなさい、カルロ。あなたは王太子ですよ。王となる人が一時の感情で動いてはいけません」
「・・・もっともらしいことを言って」
小さく呟いたカルロは、音を立てるように椅子に座り直した。口元を手で覆い、忌々しいというフレデリックを睨みつけてくる。
椅子は大柄なカルロの重量で破壊されそうで、どうせなら壊れて転べば良かったのに、などとフレデリックは考えていた。
「行き過ぎた兄弟喧嘩だと報告は受けた。距離を取らしたことで、お互い冷静さを取り戻したと思っているのだが、違うのか?」
国王から不安に揺れる眼差しが向けられる。カルロと同じ赤い瞳。怒りが宿っていないだけで、ただ美しい色だとフレデリックは感じた。
(赤い瞳・・・僕だって赤い瞳に生まれたかった)
母である王妃から受け継いだ瞳では、カルネアス王家としての印象が薄い。歴代の王家の男達、ブラスだって赤い瞳をしていた。イレーヌの恋人であるブラスと同じ瞳の色を持ちたかった。
思い浮かんだ後悔は口にせずかな飲み込んで、話すべき言葉を紡ぐ。
「僕は冷静です。ただ、別宅に移ってから何度も暗殺者を差し向けられました。最初は給仕による毒殺、次は王城から派遣された庭師に襲われ、先日はオーレリアとの逢瀬のあとで暗殺者達に襲撃されました。給仕と庭師は自害してしまったので、事情聴取はできなかった。しかし、暗殺者の集団は返り討ちにした三名を除いて捕縛済みです。現在、尋問中ではありますが、何名かは上流階級の人間から依頼を受けたと漏らしてくれました」
「まあ!」
王妃は口元を戦慄かせると、しっかりとフレデリックを抱き締めた。年頃の彼としては親の抱擁が気まずく、身を離そうと腕を突き出すが、不安と顔を歪められたことで抵抗を止めた。
何より、オーレリアの名前を出したことで、カルロが反応を示した。ぴくぴくと目蓋が震えていて、抑え込もうとする感情が今にも爆発すると目に見えて分かる。
怒れる兄を注視しながら、彼は言葉を続けた。
「カルロの言う通り、僕は王位継承権を放棄するつもりです。僕の状況と、婚約者となる女性の立場から王侯貴族達にも周知の事実となっている。父上も相違ないですよね?婚約から無事婚姻となれば、僕は王族籍を外れる。そのように調整されているはずだ」
国王は頷くが、その目線はカルロに向かっていた。両手で顔を覆い、家族間の談義とはいえ公的な場で背中を丸めて蹲る様子に、注意を払っているようだった。
「そんな僕に暗殺者を向けるなんて、おかしいでしょう?僕を擁立しようとする勢力すらないのに、それなのに排除しようとする。王位継承権に関係ない事情で、僕のことを邪魔だと思っている人間がいるんです」
「暗殺者達は依頼人の名を口を開いたのか?」
「いえ、どうやらリーダー格は殺害してしまった三名の中にいたそうで、末端である彼らは詳しく知らないようです。高額な報酬目的で参加したと言っています」
「そうか・・・」
国王の目はカルロから離れない。身構えた様子から、彼が行動に移せば止めようとするだろう。筋肉質な体格の父親は、頼りになると安心して言葉を続ける。
「一時、僕はカルロとルヴァン公爵家令嬢オーレリア・エドナ・ルヴァンを奪い合っていた。いや、僕と交友を深めていたオーレリア嬢を、カルロが横恋慕から奪おうとしたことがありましたね。あれから態度には出していないようだけど、もし未だにオーレリア嬢を欲しているのなら、僕を排除して」
「貴様が!!」
怒号が轟く。空気を振動させる声量に、家具すら震えた感覚すら与えられた。
国王は驚きで目を見開き、抱きついている王妃は体を跳ね上げる。フレデリックだけは冷めた心と眼差しでカルロを見ていた。
顔を覆っていた手が外れて、爛々と怒りの炎が宿る赤い瞳が彼だけを見つめる。眉間に深い皺を刻み、食いしばった歯を見せるほどの形相を浮かべて、カルロは立ち上がった。
「オーレリアを奪ったのだ!本来ならば私の婚約者としてあるべき女性を奪った!!訂正しろ!!横恋慕は貴様だ!!貴様が私のものであるオーレリアを奪ったのだ!!」
「カルロ、落ち着け」
「黙って、ぐ、ぅ・・・はぁ、国王陛下を御前に荒ぶりましたが、第二王子という立場から王太子に挑みかかるなど如何なものか。我が弟ながら、受けた教育が身に付かない半端者だと言わざるを得ません」
国王にすら口答えをしかけたが、その顔を見ることでカルロは踏み止まった。再び、力の加減をせずに椅子に座る。革張りの木製の椅子が大きく軋む音を立てた。
「ほら、オーレリアに対して凄まじい情念を持っている。僕を殺せば、自動的に自分が婚約者に、夫になれると思っているのでは?」
「・・・証拠はあるのか、愚弟。私がお前の毒殺を指示し、庭師にも殺害命令を下し、暗殺者共を向かわせた証拠があるのか?」
「今は証拠などない。明確な理由だけを根拠にしている」
「・・・王妃殿下、第二王子は頭脳すら粗末なようだ。理由だけで犯罪が立証できるのなら、この世に法律など必要ない。馬鹿には分からないか?」
「カルロ!弟に対して何ていう物言いですか!」
「その弟は王太子である私を犯罪者に仕立てようとしているのですよ。怒りを感じても致し方なく、多少の暴言には目を瞑っていだきたいものだ。言いがかりで兄を貶める不敬者なのだからな」
カルロの目が細まる。射殺さんばかりの眼差しを受けるフレデリックだが、怯むことなく睨み返した。
お互いに敵意を向け合う兄弟に、国王は溜め息を漏らして目元を手で覆った。背もたれに深く沈むように座った彼は、王妃を手招きして呼び寄せる。
躊躇いつつも、フレデリックから身を離した王妃が隣の席に座り直すと、国王は行儀悪くも肘掛けに肘をついて傾いた頭をの手で支えた。
「話しても平行線と見える。会話は無駄だと感じた。これ以上、お前達は接触するべきではないな」
「でも、カルロとフレデリックは兄弟で」
「兄弟だろうと分かり合えん。オーレリア嬢は魔性だ・・・俺の息子達を見事に惑わせて」
「父上、訂正してください。オーレリアは何も悪くない。外見の魅力に引き付けられたカルロの諦めが悪いから」
「貴様、私がオーレリアを外見だけの女性と思っているなどと言いたいのか?いい加減にしろ」
「争うな、お前達はカルネアスの王子だ。冷静に、頼むから冷静になってくれ」
深く溜め息を漏らした国王。その眼差しは厳しい。
「お前達は変わらず接触を禁ずる。カルロ、お前は王太子だ。次代の王として正しくあらねばならない。己に関係のない少女に現を抜かすな」
「・・・・・・」
カルロを睨み付けていた目が、フレデリックに向かう。
「お前を襲ったという暗殺者に関しては、依頼人である主犯の捜査をしよう。ただ、やはり王太子と不仲では、王城に住まうことはできない。以前と変わらず王家の別宅で過ごせ。こちらから更に警備人員を追加しよう・・・苦労はかけると思う。暫しの辛抱だと耐えてくれ」
「勿論です・・・父上、確認となりますが、オーレリアは変わらず僕の婚約者候補ですよね?」
「無論だ、十六歳となった年にお前とオーレリア嬢を婚約させる。ルヴァン公爵家とも何度も協議を重ねて決めたことだ。本人に意思はなくとも、どうにも人を惹き付けてしまう娘だ。お前がしっかりと管理するように」
「あまり好ましくない言い回しですが、分かっています。僕がオーレリアを愛する気持ちは偽りではありませんから」
フレデリックの視界に映るカルロの顔。怒りで歪んだ表情は、彼が俯いたことで視界から失せた。
「カルロにも婚約者がいれば、些か大人しくなるとは思うが・・・オーレリア嬢のことは諦めろ。早く他家の令嬢から婚約者を選んでくれ」
「・・・・・・」
当人が何も答えないことで、議会室は静寂に包まれる。
国王の意思が変わらないことで、フレデリックの安堵の息すら聞こえるほど静まり返った。
カルロのミドルネームはジョルジュですけど、英語名だとジョージなんですよね。つまりはジョ◯ョネタなんですよね。
言っときますけど、三男のエイダンのミドルネームはアントニオになります。ジョ◯ョネタです。




