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発見

オーレリアは馬車の窓から見える景色を眺めていた。人々が生活する町中を。広がる草原を割るように続く街道を。小動物の姿が見えた林の中を。そして、山々の裾野の谷間にある森の中を。

以前は人が踏み入れない深い森の入り口だったため、木々や雑草が生い茂っていた。馬車など走行できる道もなかったと、彼女は聞かされた。

だが、立ち塞がる木々は伐採され、草は刈られて、馬車すらスムーズに進むほど道が整えてられている。

オーレリアは森を切り開くように続く土の道を目に映し、道沿いにある丸太の家屋へと視線を向けた。木こりと思しき男女。子供達もいて、一家で暮らしていると分かる。そのような家屋が六軒は確認できた。


「雇った木こりと土木作業員達の家族だ。湖までの道を切り開いてくれたんだよ」


同乗する祖父に教えられた彼女は、自然と笑みを零す。


「後ほど、お礼をしたいと思います。お時間を作ってもよろしいですか?」


オーレリアの言葉に、祖父は笑みを深くして頷いてくれた。馬車の揺れも殆どなく、湖の間近まで続いていると聞いた。それは、木こりと土木作業員達の労力に他ならない。

まだ実績のない公爵令嬢という地位だけの彼女に、協力してくれた。笑い飛ばされても仕方ないのに、何ヶ月もかけて森を切り開いてくれた。それだけでも感謝してもしきれない。


オーレリア達は湖周辺の開拓が済んだことで、先遣隊のいる発掘調査に参入することになった。

昨日から調査が始まったため、ブラスの居城の一部も遺構すら見つかってはいない。だが、先遣隊の隊長から発掘調査開始の知らせを受けたことで、彼女は居ても立ってもいられなくなった。

近場に引っ越したことから、現地に赴きたいと返事の手紙を送ってしまった。先走ったオーレリアのことを祖父は楽しそうに笑い、祖母は落ち着きがないと諌めたが、それでもきちんと許可が降りて調査に加わることができた。


「ここは深い森の奥だ。毒虫やヒルなどもいる。私のお姫様には少々キツいと思うが、大丈夫かな?」


「ええ、張り付かれたときの対処はきちんと学びました。お祖父様に後れは取りません」


本日の服も、白いブラウスと紺の軽やかなロングスカートというシンプルな装いだった。動きやすく、汚れても問題ない服装。編み込みで纏めた髪の先には、変わらずフレデリックの瞳の色をしたリボンを付けているが、取れないようにきつく蝶結びで結んでいる。


「おや、勇ましいね。お姫様には虫など障害にはならないか」


これよりの道は人が進める道幅しかないと、祖父の手を借りて馬車を降りた。

手を握って先に進む祖父の前には二人の護衛騎士。オーレリアの後ろにもメラニーと護衛のアンセム。追従する従者が三人いる。彼女のためについてきたメラニーはともかく、他の従者は武術の心得があった。狼程度なら対処できるそうで、騎士を含めて頼もしい布陣だった。


「この道もいずれは馬車で通れるように切り開くつもりだ」


「そうなのですか?」


「湖周辺を開拓していると言っただろう?折角、人の手が入ったのだから、このまま集落を作ったらいいかもしれないと思ってね。ブラスの居城が見つかれば、この地は更に切り開かれる。入植する者も増えるはずだよ」


「カルネアスの北西部は山々と森しかありませんから、人手が入れば活気もでてきますね」


「山間部に小さな集落は幾つかあれど圧倒的に人口は少ない。王家の所領ではあるが、歴史的背景から手付かずで他地域より発展が遅れているんだ。ブラスの居城の発見は、この地を盛り立てるきっかけになると思うよ」


「古代からブラス王弟殿下の地とされましたから、王家は手を加えることはできなかったのですね。グリオス平原の人々も、仕えていた王弟殿下のために反抗を示したから」


「この地域ではブラスは英雄だからね。中央である王都と追従する他地域とは認識の齟齬があったんだ。それは今でも続いている・・・ただ、王都生まれの紫色の瞳を持つ姫君が古代の王弟を想って居所を探し当てたとなれば、その認識の齟齬は崩れるかもね。この地の者にとっては、身内の血を継ぐ者が帰還して英雄を見つけ出そうとしている。王家を拝する者達には、公爵令嬢が歴史の解明のために調査を開始した、とね」


囲うように枝葉を伸ばしていた木々の合間を抜け、開かれた場所に辿り着いたことで陽光が顔に当たった。眩しさから、オーレリアは片手で目の上に影を作って陽光を遮った。

彼女の視界には湖を沿うように開拓された平地が移り、立ち並ぶ天幕と忙しなく動く調査員の姿が見えた。地図を広げて確認をする者や、道具を用いて地に屈んでいる者。現場の様子を写生している者も見える。


一歩前に立つ祖父と並び立ち、握られていた手を引いて離した。祖父から残念そうに眉を寄せた顔が向けられたが、その口元は穏やかに弧を描いている。

オーレリアは真っ直ぐに前を見る。姿勢を正し、引き締めた唇を開いた。


「皆様、作業中に失礼します。そして、お疲れ様です。発掘調査開始の知らせを受けて参じました」


「オーレリアお嬢様!アルスター閣下!」


先遣隊である調査員十名が彼女の声に反応する。動きを止めて、屈んでいた者は立ち上がり、祖父と監督者となる彼女へと頭を垂れた。


「作業のお邪魔となりました、申し訳ありません・・・ただ、近況は知りたいと思います。隊長、お話を伺っても?」


走り寄ってきた初老の男性、先遣隊の隊長にオーレリアは体ごと向き直って一礼をした。恐縮だと背筋を伸ばした隊長は礼を返すと、すぐに顔を上げる。


「オーレリアお嬢様の指示通りに湖周辺の開拓を進めました。一周できる歩道も作り、現在はあちらの」


手で示されたことで、彼女は歩き出す。案内をする隊長の一歩後ろに続いて湖へと近付いた。


「お嬢様の推測では湖の脇・・・あちらの平地にブラスの居城があったという推測でしたね?」


手で示された方角に顔を向ける。湖に隣接している広場のような空間。調査員の数も多く、紐を使って測量する者や、遺物がないかと探っている者もいる。

少し高さのある広場。その開けている空間から、彼女は湖へとなぞるように視線を動かし、野生の青いアナベルの群生を目にした。奥には土が剥き出しになっているが、同じような広場がある。もし、古代から変わらず人の手が入っていれば、あの場所にはマーガレットが咲き乱れていただろう。


(夢で、見た場所・・・)


ライラックの花は確認できない。鷲の声も今は聞こえない。しかし、夢で見たブラスとイレーヌが愛を交わしていた場所に立っていると、オーレリアは涙が込み上げてきた。

遠い昔の恋人達を思うと切なくて、どうしても悲しくて、胸が締め付けられるように苦しい。


「お嬢様?」


「・・・あちらの広場。もし城があったのならば、湖水を望む素晴らしい景色が広がっていたと思います。戦地を離れ、妻子と穏やかに暮らすために建てられた小城です。私の推測では、ブラスの居城に軍備は一切ない。もしあったとしても、別館を建てて武器庫や兵士の詰め所にしたと思います。土地の幅から家族との部屋しかなかったはずです」


「確かに小さな城ならば建てられる広さではありますが、古代とはいえ王弟の居城にしては小さすぎると感じます」


「いえ、建てたの・・・そう、ブラス様は、私のために」


意識に反して動く唇。オーレリアはどこかぼんやりと、ただ夢で見た光景を眺めていた。

しかし、涙が流れそうになったったことで、彼女は急いで指先で拭い取った。どうしても感情が込み上げてしまうが、現在の自分の立場を省みることで耐える。感傷的になっている場合ではないからだ。

オーレリアの足は広場へと向かう。隊長も後に続き、祖父達も続く足音が耳に届いた。


「隊長、広場の調査を続けてください。あちらにきっと城の遺構があるはずです。建材の一部も見つかるはずです」


「勿論です、オーレリアお嬢様・・・おーい!」


隊長が手を振って、広場の調査員に呼び掛ける。順々に顔を上げたが、一人だけ、湖の際を見ていた調査員だけは地面から顔を上げなかった。彼は突如、小さなスコップを土の地面に突き刺し、土を退けるた。


「お、お嬢様!隊長!これ、城壁の一部では!?」


その声は森の中に響くほど驚いた。大声にオーレリアは駆け寄り、他の人々も立場も階級も関係なく集う。

皆が壁のように囲うのは、スコップを持つ調査員が指し示す土の中。明らかな人工の石組みが僅かに見えて、オーレリアは膝を折って地面に座った。溢れる気持ちは涙となって頬を濡らし、嗚咽は漏らさないと口元を手で覆う。

彼女の耳に鳥の鳴き声が届いた。つんざくように響き渡るその声は、きっと鷲の鳴き声。




───・・・フレデリック様。


初夏の始まりで気温も上がる最中、お元気に過ごされているでしょうか。

本日は喜びをお伝えしたくて筆を取りました。

ブラス王弟殿下の居城の一部が発見されたわ。確定ではないけれど、これより調査を開始して確かめることになった。私が主導して、発掘調査をするの。だから、暫くは別荘にも戻れない。あなたとも会えるお時間が取れないと思うわ。

でも、もしお会いできたら、私は嬉しいです。あなたのおかげで私はブラス王弟殿下の居城を探し当てた。あなたが励まして支えてくれたから一歩を踏み出せた。あなたは私の心の支え。

私はあなたこそに、発掘調査を共にしたいと思っています。どのような状況で、どのように遺跡が姿を現すのか直にお話をしたい。純粋に側にいてほしい。良くやったと褒めてほしい。

頼ってばかりでごめんなさい。でも、何もかもあなたのお陰なの。あなたがいたから私は今の場所に立てている。

だから、お会いしたい。お暇なときで構わないから、いつまでも待ってる。いつまでも、あなたは私の心の中心。

ずっと、これからも愛しているわ。


              オーレリア・・・───。




オーレリアは想いを綴った手紙を封書に入れて、自分の印章で蝋封をする。


「明日の朝に投函してちょうだい」


「はい、畏まりました」


明日の朝、近くの町に食料品の買い出しに向かうメラニーに手紙を託し、彼女は丸太を切って作られたテーブルに肘を付いた。灯りとしてあるのは、火の灯った蝋燭の燭台だけ。

入り口の開かれた天幕から、闇夜に包まれた湖と地面に開く黒い穴が見える。穴は、古代の生活跡を示す遺構。水場である湖へと流れる水路の跡とされている。日の入りまでに発見された城壁の一部と僅かに姿を現した遺構。

埋没している遺跡の前に天幕を設置したオーレリアからは、良く見えた。眺めていて、そして胸が苦しくなっていく。切なさで涙が込み上げてきた。


「絶対に、ブラス様はいらっしゃるわ」


遺構の下で眠っていると確信して、勝手に唇が言葉を紡ぐ。どこかぼんやりする彼女は、目を閉じたことで濡れた紫色の瞳を隠す。

一筋、涙が頬へと流れていった。

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