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愛を得たから狙われる

フレデリック視点。

殺人描写があります。苦手な方はご注意ください。

再会できるまでの時間と比べれば、共に過ごせた時間は僅かなもの。

実に1ヶ月半ぶりとなったオーレリアとの逢瀬は、日が落ちる前に終わりを告げて、フレデリックは帰路を走る馬車の中にいた。

別れを悲しむ彼女を名残惜しく思うのは必然で、王家の別宅に戻ることを躊躇った。だが、オーレリアの夢のため、その身の安全も考えれば、穏やかに時が流れる別荘で過ごす彼女とは離れるべき。

口約束に過ぎない恋人という立場では、夜を共にすることはできなかった。二人は、婚姻が可能となる十六歳まで清らかな関係であれと義務付けられている。


フレデリックの夕日色の瞳の目は、山の向こうに落ちた太陽が残す緋の空を映している。星の瞬きのある藍の空に侵食されて、すぐに世界は闇夜に染まるだろう。

馬車に乗車したときから「耐えること」を止めた彼は、眉間に皺を寄せて脇腹を押さえた。肋骨が折れていることで、包帯とバンドで固定している。だが、綺麗にへし折れていることから常に痛みを走らせていた。

オーレリアとの時間では、彼女を心配させまいとして決して顔には出さなかったが、痛みに何度か呼吸は乱れていた。


その眉間の皺は更に深くなり、歯を食いしばることで顔の険しさが増した。

それは忌々しいという怒りの感情によるもの。骨折に至った経緯が、腹立たしいことこの上なかった。




王家の別宅にも立派な庭園があり、王族が滞在していなければ、観光として一般にも公開されている。青々と緑茂る雨季に近付いたことで、別宅の庭園は、王家から任命を受けた庭師達によって徹底的に整えられていた。

今季から王城から別宅へと異動した若い女の庭師がいた。彼女は北側の花壇の担当者となり、花が咲き誇るアナベルの管理をしていた。

北側の花壇は、フレデリックの部屋からもよく見える。白い花を咲かせているアナベルに、彼は惹かれて庭園へと降り立った。


小雨の降る朝、黒い傘を差して一人。常に控えている護衛騎士のミオは、騎士となった実子のことでまだ出勤していなかった。他の護衛も早朝だから身近にはおらず、警備の騎士達の姿が遠くに見えただけ。それでも邸内だからと、フレデリックは気が緩んでしまっていた。

戦闘訓練を幼年から受ける王家の男子ゆえに、屈強な戦士が相手でなければ後れは取らない。現在、別宅にいる騎士階級の者達はフレデリックの臣下として信頼できる人物ばかりだから、危害を加えることもない。


庭師の女は、そんな彼の隙を突いて近付いてきた。可愛らしい声を出して注意を引き、そっと寄り添って媚を売ってきた。

誰も見ていない、私はずっとあなたを慕っていたと囀って、隠していた刃でフレデリックを刺そうとした。

急激に近付いてきた女を不審と感じていた彼は、刃こそ愛用の小剣で弾いた。しかし、その女に体の上に乗られて倒されたことで、全体重がかかった肋骨が折られてしまった。

肺に突き刺さるからと、身動きが取れず安静に過ごすこと一ヶ月。


その間、暗殺者となった女庭師は牢の中で自殺してしまい、「愛の妙薬」の効果が失われたことでオーレリアとの関係が壊れる寸前にまで至った。

オーレリアのことは、彼女が再び「愛の妙薬」入りの紅茶を飲んでくれたことで解決した。再び、変わらずにフレデリックの虜になってくれた。

しかし女の庭師に関しては、尋問が終わる前に自殺してしまったことで肝心な部分を聞き出すことができなかった。それが腹立たしくて堪らない。


「っ、はぁ・・・絶対にカルロの手の者だった」


「フレデリック殿下、そう力まれては骨のヒビが広がります」


「この程度でヒビが広がるほどやわ、っは・・・はぁ・・・痛い」


「では、体を横にされてお休みください。オーレリア様の前では、苦痛の表情を一切出さなかったではないですか。その胆力は素晴らしいものですが、休める時に体を休ませねば、今後に触りますよ」


「分かってる・・・はぁ、オーレリアにはバレてなかった?」


二人用の座席に横になったフレデリックは、痛む脇腹を擦りながら、もう一方の手を額に乗せる。不安と揺れる彼の瞳は、姿勢正しく座るミオに向けられた。

母親の王妃と同級生で、ニ児の母を務める彼女は慈愛に満ちた眼差しで、ゆっくりと頷く。


「勿論です。オーレリア様は気付いておられませんでした。いつも通り、フレデリック殿下に甘えられていたと感じています。とても微笑ましく仲睦まじい光景でした」


「そうか、良かった・・・オーレリアには心配をかけたくないんだ」


彼は上に目を向けると、蔓の模様がある藍色の天井を瞳に映して、その目を閉じた。

ゆっくりと、痛みを走らせないように呼吸をする。


「今までの襲撃も、オーレリア様に黙ったままにされるのですか?」


「毒殺未遂や暗殺者の襲撃なんて聞かせたら泣いてしまうよ。彼女の泣き顔を見ると胸が締め付けられて苦しいんだ。だから、泣かせないように、幸せだと笑っていてもらえるようにしたい・・・」


時が戻る前に散々目にした泣き顔。苦しいと顰めた顔。そのような表情が浮かぶ感情を引き出したのは、洗脳されていたフレデリック自身。自分自身が起こしたことは、正気となったその後、今も苦しみとなっている。

二度とオーレリアを悲しませない。苦しませない。愛しているから、笑顔が浮かぶ生活を送らせてあげたい。


(彼女が僕を拒絶しない限りは・・・)


そのための「愛の妙薬」。オーレリアに嫌われていると自覚があるからこそ、強制的に愛情を抱かせた。もし効果が失せて、薬もなくなったら、彼女は再びフレデリックを嫌う。

嫌っても、それでも逃げられないようにするために、今のうちに外堀は埋めて既成事実を作らなければならない。


(泣き顔を見ることになるけど、僕が好意を持ってると分かってくれたら、きっと逃げることだけは諦めてくれる)


「・・・僕って最低だな」


「フレデリック殿下、どのような面で自身を貶められたのですか?オーレリア様とのことでしょうか?」


「ミオ、最初から見ている君だからそう思うんだろうけど、止めないでね。僕はオーレリアと幸せになるために行動しているだけなんだ」


「・・・存じております」


ミオは目を離したようで、フレデリックが感じていた視線はなくなった。彼は目を開き、ミオを見上げる。

精悍な女性騎士は、完全に夜の帷が落ちた外の景色を眺めていた。


「君のことは一番信頼している」


忠義の騎士の顔がフレデリックに向かう。苦々しく眉間に皺を寄せてはいるが、真っ直ぐに焦茶色の瞳を向けてきた。


「・・・私はあなたの身近にいたことで、あなたの幸せが第一と考えております。私の息子達も、いずれはあなたの騎士として参じる予定です。我が一族の忠誠はあなたのためにあります。それが一人の少女を悲しませる結果になったとしても、我々はあなたの手足として在り続けなければいけません」


「うん・・・大丈夫だよ、オーレリアを泣かせることになっても僕は彼女を愛しているから・・・苦しませるのは一時で済むはずだ」


「そうでしたら、よろしいですね・・・」


再びミオは外に顔を向けた。フレデリックも目を閉じて、眠ってしまおうかと考える。

突然、ミオが立ち上がり、馬車が止まる。随行している騎士達も、馬を急停止させたことで二頭ほど嘶いた。


「どうした?」


開いた目をミオに向ける。外を睨み付ける彼女は、腰に佩いた剣の握りを掴んでいた。


「不審者です。闇に紛れる外套を纏って武装しています。人数は二人、いえ十人はいるかと」


「敵襲!!」


ミオの返事が終わる直前に、外の騎士の一人が怒号を上げる。すぐに剣戟の音が響き、興奮した馬がまた嘶く。駆ける足音、雄々しい声。苦痛の声に、衝突音。

フレデリックは身を起こすと、痛みに耐えながらも、座席に立てかけていた小剣を手に取った。鞘から抜き取り、足元の床に刺して柄頭に手を置く。


「フレデリック殿下はこのまま」


馬車のドアが開けられて、大剣の剣先が彼に向けられた。そのまま振り上げられるが、押し込むように体を当てたミオに、大剣の持ち主は弾き出される。男の聞き苦しい悲鳴。どうやら馬車の外でミオが仕留めたらしい。

フレデリックは緊張から一息つくと、小剣の握りを掴んで引き抜いた。車外から聞こえる争いの音は落ち着かない。いつまでも剣戟は聞こえて、怒号と呻き声が重なり、周囲を走り回っていると分かる。


「一人仕留めたぞ!」


「殺すな、生け捕れ!」


「さっさと騎士達を始末しろ!相手は非力な王子だ!俺達でも簡単に殺せる!」


「足を狙え!動きを止めろ!」


男達の声に混じってミオの声もする。長年護衛騎士として仕えてくれている彼女の無事に安堵しつつ、襲撃者の一人が放った言葉に怒りが芽生えた。

フレデリックは、腰から護身用の短剣を掴み出し、ドアから顔を出すと、偉そうに指示を出している黒い外套の男に向かって投げ付けた。


「おい、そがぁっ・・・」


短剣は男の喉に突き刺さり、そのまま後ろに倒れる。フレデリックの口元が弧を描いた。


「殿下!馬車から顔を出さないでください!」


ミオが剣を交えていた相手を弾き倒すと、フレデリックへと檄を飛ばす。

戦闘面では大いに劣る彼は、素直に従って後退するが、フードを目深に被った男が突進するかのように迫り、刺突と剣先を向けてきた。


「チッ!」


舌打ちをしたのはフレデリック。身を屈めて男の刺突を躱すと、持っていた小剣の剣先を男の胸に向け、素早く身を近付けた。


「あがっ・・・っ・・・は・・・」


耳元に最期の息遣いが届く。力を失った男の体は、彼に被さるが、押し込むことで仰向けに落ちていった。馬車のタラップに引っかかるように倒れている男。

そのフードも下がり落ちて、顔を晒していた。銀髪が広がり、整った顔が苦悶と歪んでいる。その顔をフレデリックは知っていた。


「アルバの護衛騎士だった男だ。オーレリアを拐おうとした奴が、どうして・・・いや」


驚愕と目を開いたが、すぐにそれを細めて銀髪の男の死体を睨み付ける。

同時に襲撃は鎮圧された。ミオを含めた騎士達の活躍で、十名のうち七名を捕縛。死亡した三名は、護衛騎士の一人が生捕りを考えなかったことで殺してしまった一名。そして、フレデリックが殺した銀髪の男と、喉に短剣を投げ刺して殺した男。


「こいつもか・・・」


縛られている襲撃者達を尻目に、喉に短剣が刺さって絶命した男の顔を改める。茶色の髪を乱し、驚愕と目を見開いたまま事切れた顔。アルバの元護衛騎士で、オーレリアを拐おうとした一人の末路に、フレデリックは溜め息を漏らした。


「国王陛下に報告をしましょう。そして、彼らについてはルヴァン公爵閣下に事情聴取を」


「僕が殺した二名は刑務所に収容されていたはずだ。そんな奴らが野に放たれている。いや、命令を下すために解放したのか・・・とにかく、ルヴァン公爵は何も知らないだろう。こいつらはオーレリアを誘拐しようとしたことで、ルヴァン家とは絶縁したんだ」


「では・・・」


「カルロだろうね。アルバに命じて、罪人となった元護衛騎士達を釈放か、解放して暗殺者に仕立てたんだ。そうでなければ、こいつらが僕を殺そうとするはずがない」


落胆と大きく、深く息を吐く。肺の動きに折れている肋骨が痛みを走らせた。

苦痛に顔を歪めたフレデリックは天上を見上げる。夜空にちらほらと瞬く星が見えていた。これから夜が深まれば、更に星が増えるだろう。


「面倒極まりないな・・・ああ、早く」


───・・・目障りな「兄」を殺したい。


彼は弁えているから言葉には出さず、内心で恨めしく呟いた。

男性陣がバンバン殺しをしていますが、オーレリアちゃんのことで心が壊れてしまっているので大目に見ていただけたらな、と。

自分の障害になる、怒りを与えた等で彼らに躊躇いはなくなります。

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