グリオス平原にて
何度も何度も心を操られる。
コルツ町の別荘で暮らして二カ月ほど。オーレリアは、時間の進行すら遅く感じるほど、穏やかな日々を送っていた。
祖母に師事をして、様々なマナーや社交ダンスを復習する。家庭学習としてコルツ町内の教師を雇い、基礎学力と知識を高めた。こちらも、時が戻る前から身に付けたものの復習となった。
祖父と共に史跡を巡り、資料館なども見学した。特に、ブラスの反乱時の遺跡や、軍事拠点を資料として何度も訪れた。ブラスの軍事拠点は遺構と城壁の一部が残っているだけだったが、オーレリアの胸は躍った。
軍事拠点の奥、三つの山の裾野が合流する地点の森林に湖がある。ブラスの居城があったと定めた場所。軍事拠点へ足を運ぶたびに、彼女が視線を送ったのは一度や二度ではない。
近郊に居を構えたことで、発掘調査の先遣隊から小まめな報告を受けていた。
木々や雑草が生い茂っているため、まずはオーレリアが提示した場所は開拓しなければならない。
開拓の最中ではあるが、カルネアス北西部とグリオス平原はカルネアス王家の所領となっている。発掘となれば、国王陛下から承認をいただかなければならない。
以上のことから、調査は難航しているとオーレリアに報告された。
彼女は先遣隊に湖近郊の集落に逗留することを願い、即座に国王陛下へと承認願いを書状で送った。
カルロのことで登城できないことを陳謝し、自らが行う発掘に対して丁寧に説明をして、発掘許可を懇願する。
オーレリアの書状の返答は一週間待たずに届き、国王陛下は彼女の気持ちに答えてくれた。登城できない理由は熟知されていることで不問となり、無事に発掘許可をいただくことができた。
感謝の言葉を綴った書状を送り、彼女は逗留していた先遣隊に待たせたことへの謝罪と調査の指示を送った。
それが一ヶ月前のこと。湖への道すら切り開かれ、遂に目的の湖の脇で深く根を張っていた大木を伐採されたと報告された。
先遣隊達が木こりと土木作業員を雇ったことで、開拓事業まで発展しているという。
『目星が外れたとしても、あの森林の湖ならば良い静養地になります。王家から領地を買い取って、オーレリアお嬢様の別荘を建てられてもよろしいのでは?』
別の地域で発掘調査をしているルスタリオ男爵に、調査報告がてら向けられた言葉だった。
すぐに祖父に小突かれたことで、オーレリアは苦笑を浮かべた。
(いいえ、必ず見つかるわ・・・フレデリック様もあると仰っていたもの)
あのときに見た夢を信じたい。オーレリアの夢を信じて支えてくれるフレデリックを信じたい。例え、彼に対する熱を失っても、手を差し伸べてくれたのは事実なのだから。
コルツ町に来てからフレデリックとは殆ど会えていない。彼は多忙で、馬車でも三日はかかる別地域には足を運ぶことができないのだろう。
最後に会ったのは、一ヶ月と三週間前。コルツ町に引っ越してすぐのことだった。再会を喜び、フレデリックの淹れてくれた仄かな甘さの紅茶を飲んで、一緒に史跡の見学をしただけ。
あのときもオーレリアは夢見心地になり、彼に熱愛を抱いていた。愛しくて堪らず、言葉に従って身を寄せ合った。強請られたから何度もキスをした。触れる温もりに胸が高鳴り、フレデリックへの愛情で心が満たされていた。
はずなのに、その熱愛は冷めてしまっている。あれほど再会を抱き合って喜び、触れ合うことで体は燃え上がるほどの熱を帯びたのに、今は何も感じない。
信用はできる男性。しかし、それはフレデリックが最愛のバーバラに出会うまでのこと、と思っている。
「以前のように嫌悪感や拒否感はないけれど・・・どうして、あれほど愛していたのか分からない。私は、なぜフレデリック様を好きになったの?きっかけは・・・」
フレデリックへの愛が冷めた経験は一度だけあった。十一歳の頃、王城での新年祭の日。
あのときも急激に、目が覚めたように彼への愛情を失った。元より無かったのだと、何も残らなかった。
それなのに、オーレリアは再びフレデリックを愛した。身を任せるほど、恋人や夫婦がする唇へのキスを許すほど。
彼女が思うのは、あのときの愛が再燃した原因。あのとき以降も愛を抱き続けた理由。
「あの、濃い桃色の液体・・・」
いつも口にしていたと思い出す。フレデリックが淹れた紅茶に混ぜるから。あの液体は、ジャムや砂糖や果物のペーストと何度も紹介されている。名称など、彼の口にする正体など重要ではないと、ころころと名前を変えられていた。
別荘の自室で思い耽っているオーレリアだったが、部屋のドアがノックされたことで思考は中断された。
窓から見えるグリオス平原から目を離し、閉じられたままの木製のドアに向けた。
「どうぞ」
「・・・失礼します。お嬢様、フレデリック王子殿下から来訪のお手紙が届きました。二日後、こちらにいらっしゃるようです」
「そう・・・ありがとう、メラニー」
「ほぼ二ヶ月ぶりになりますね。折角ですから、ドレスは王子殿下の色に合わせたものにしましょう」
「・・・ええ、深いオレンジ色のエンパイアラインのドレスがあったわね。そちらにしましょう」
微笑むメラニーに、同じように微笑みを返したオーレリア。
彼女の紫色の瞳の目は、再びグリオス平原を望む窓へと向かった。
(今更、拒否はできないわ。ブラス王弟殿下の居城はフレデリック様の助言がなければ見つからなかった。私だけでは見つけ出せなかった・・・それに)
オーレリアは指先で自身の唇をなぞる。
(何度もキスをしているのよ。夫婦の誓いとなる唇へのキスを何度もしている・・・深い関係になってしまったのだから、私には、もうフレデリック様しかいないの)
彼女からすれば、将来を誓ってキスをしたのに、拒絶するなどあり得ないこと。もはや、フレデリックと関係を絶つことはできない。
深い触れ合いは夫婦となる男女がすること。夫となる男性のみに体を許すようにと、幼い頃から教育として受けているからだ。
「私にはフレデリック様だけ。もう他の男性は受け入れてはいけない」
小さく呟いて、オーレリアは青々とした緑広がるグリオス平原を見つめ続ける。
二日後。
来訪したフレデリックにいつもの紅茶を飲まされた彼女は、再び彼に愛情を抱いた。熱くなった体を寄せて抱きつき、言われた通りに唇にキスをする。
「愛しているわ、フレデリック様」
結局、心の底にすら染み渡ってしまう愛情に、オーレリアは支配されてしまう。
誤字報告ありがとうございます。非常に助かりました。
中には、私の癖となっている書き方のものもありましたので、そちらはそのままにしてあります。
報告していただいたのに申し訳ありません。




