刻まれて消えていく
ロノヴァ視点。
暴力行為、ぼかしていますが殺人描写があります。苦手な方はご注意ください。
厳罰として更生施設に向かう馬車の中、ロノヴァは窓から三日月の夜空を眺めていた。囚人を乗せるような粗末な馬車はよく揺れて、隙間から風も差し込んでいる。護送する兵士達は無言。目が合っても冷淡な眼差しを向けてくるだけ。
いまだ侯爵令息である自分に対して態度が悪いと、彼は思って怒りが滾らせる。だが、縄で両手を拘束されているため、殴ることすらできない。
今の彼にできるのは月を眺めることだけ。月光が差し込む部屋で眠っていた女神のような少女に、想いを馳せるだけ。
一目にしたときから恋をした。大人しくて気が弱そうで、非常に美しい容貌に目が離せなかった。
ルヴァン公爵家のオーレリア。深窓の令嬢は、新年祭で王城に登城したときにだけ目にかかれると言われていた。彼女は、安全のために屋敷から出されず、噂だけが一人歩きしていた。
いわく、すでに絶世の美女の片鱗が表れている。いわく、華奢で儚く庇護欲を掻き立てる可憐な容姿。いわく、大人しくも利発で幼いながら淑女である。
貴族達はオーレリアのことを勝手に想像して自分のために、家のためにと、妻か息子嫁に願っていた。そして、欲を曝け出す前に彼女を目にしたことで心を奪われてしまう。ロノヴァと同様に。
手に入れたかった。妻でも恋人でも、何でも構わないから自分のものにしたかった。
第二王子フレデリックと恋仲だと噂は聞いたことがある。婚約者候補として交友を重ねているとも誰かから聞いた。だが、所詮は人伝の話、噂として聞いたこと。実際にそうだとしても構わなかった。
自分にもチャンスはあるはずだと、父親のクライン侯爵を脅して婚約証書を送った。断られても何度も送った。自らオーレリアのいる屋敷に出向いたことも少くない。
クライン侯爵家配下の騎士に監視をさせたり、出入りする馬車をつけさせたりもした。少しでもオーレリアに関われる糸口になればと、侯爵家令息の権力を振るって距離を詰めようとした。
思い付きで決行した夜這いだって、彼女を得るための手段の一つ。だが、あまりにも妨害者が多かった。ロノヴァが成し遂げたのは、怒り狂って屋敷の自室を破壊したことだけ。
クライン家の憲兵と懇意だと知ったルヴァン家の警備騎士を、その憲兵を用いて懐柔して、侵入したところまでは良かった。
あのとき捕まえたオーレリアを欲に負けて犯そうなどせず、連れ去っていれば、今頃は彼女と・・・。
馬車が大きく揺れる。思い耽っていたロノヴァは、現実に引き戻されたことで舌打ちをした。
同乗する兵士の眼差しは、彼の身を突き刺すかのような鋭さだった。
「縄さえなければ、お前の顔面破壊してやるのにな」
忌々しそうに言うと天を仰ぐ。
兵士同様の眼差しを向けてきた第二王子の顔を思い出して、また舌打ちをした。
南方の地方都市にあるクライン侯爵家の屋敷に、ロノヴァを連行したのはフレデリック。尋問を終え、ロノヴァの全ての罪を「女の護衛騎士」に暴かせた非力な王子は、自ら判断でロノヴァを連行した。
慄く「クソ弱い」家族の前に突き出して、彼の罪状をひけらかし、受けるべき罰を通達した。
『彼は更に罪を重ねた。更生施設行きは決定事項だが、受けるべき罰は加算される。出所までの月日も確実に延びるだろう。これは僕からの助言だけど、クライン侯爵家の膿となるものは切除したほうがいい。今後のことを考えれば、貴家にロノヴァは不要だ』
言いたいことを言った第二王子。家族はその「クソみたいな発言」を真に受けて、ロノヴァに蔑みの目を向けてきた。
監視もなく拘束されていなければ、全員殺していた。彼の考えでは「弱い連中」が群れて「遥かに強い」自分を蔑むなど許し難い行いだった。
怒鳴れば泣くだけの母親も、脅せば言うことを聞く父親も、訓練で何度も怪我を負わせた上の兄も、病院送りにした下の兄も。弱いくせに、王子という強い立場の笠に着て、ロノヴァに歯向かった。
(・・・出所したら真っ先に殺してやる。一人残らずズタズタに斬り刻んで、見せしめに家の門の前に掲げてやるよ)
歯を食い縛ったことで奥歯が軋む。力むことでこめかみに血管が浮かび、月明かりに浮かぶその険しい顔は、見ていた兵士達に恐怖心を与えていた。
ガタンと馬車が音を立てて揺れる。苛立ちの募るロノヴァは、同乗する兵士を睨みつけた。
「御者の腕が悪いな?僕の腕が自由だったら、クソみたいな操縦しかできねー奴の腕を斬り刻んでいたところだ。助かったなって、下手くそな御者に伝えておけ」
吐き捨てるように言って、彼は窓にもたれかかる。月を見てオーレリアのことに耽ろうとした。
だが、ロノヴァの目には動かない夜闇の景色しか映らない。揺れもなくなり、馬車が停車したのだと気付いた。
「更生施設とやらに着いたのか?こんな野原で何が更生できるってんだ」
苛立ちを隠し切れない荒い言葉遣い。剣呑な雰囲気も滲み出ているが、兵士達は気にせずに腰を上げた。
馬車のドアを開き、ロノヴァのシャツの襟首を掴むと、放るように外へ出した。
「いっ、てぇなあ!!何しやがる!!」
前のめりに落ちた彼は、青草と土の匂いを感じながら、顔を上げる。闇の野原に何かがいた。二人組・・・否、大型の馬車を背後にした男が二人見えた。馬車の様子から貴族だと分かり、近付いてくる男達を睨み付ける。
「誰だ、お前ら・・・ああ?おい、また王子様かよ!それに、そっちの綺麗な顔には見覚えしかない。オーレリアの兄貴だな?」
中央学園在学中に何度か目にした。入学式での新入生の挨拶は、王太子カルロがしていたから覚えている。オーレリアそっくりなアルバは、彼女を思わせて目で追ったことも少くない。
「何でお前らが」という声は、眼前まで近付いてきたカルロの足に頭を踏み付けられたことで掻き消された。口の中に草と土の味が広がっていく。
「ぅ、ぐ・・・ぐ・・・む、ぅ」
「ご苦労だった、帰っていいぞ」
「王太子殿下、本当に」
「二度とは言わん」
護送していた兵士達がたじろぐ様子を、ロノヴァは感じる。感じることがだけができた。彼の顔は強制的に地面に伏しているのだから。
「・・・貴殿らの働きを、カルロ王太子殿下は喜んでおいでだ。追って謝礼を渡す。そして、殿下は喜びのまま貴殿らを見送りたいと思っている。御心を乱すような真似はしないでほしい」
アルバの言葉に兵士達が動き出した。歩き出し、馬車や馬に乗り、立ち去っていく。
去っていく気配に、ロノヴァは口内の土を噛み締めた。
「・・・さて、ロノヴァ・クライン。私のことは知っているようで安心した。報告通り、不敬極まりない男であることも安心している。貴様のような人間ならば躊躇わずに済むからな」
「がぁっ!」
頭を押し付けていた足が離れたと感じた瞬間、こめかみが蹴り上げられる。頭に響く痛みに、ロノヴァは仰向けになりながら悶える。
「カルロ殿下、痛め付けて余計な傷を付けるのは」
「黙っていろ、アルバ。暴徒に襲われたとすれば誰も気にしない」
「ぅ、ぐぅ・・・はぁ、お、お前、何のつもり、ぐ、ぁっ!」
右の横腹、肋骨を踏みつけられて徐々に力を加えられる。骨が軋み、内臓が圧迫されることでロノヴァは呻き声を上げた。
「私自らが、貴様を罰する必要はないのだがな・・・」
覗き込んでくる目。赤い瞳の目。暗闇の中でも爛々と光が灯っていて、不気味と言わざるを得なかった。
痛みに呻き声をしか出せないせいで、彼の減らず口は発揮されない。
「建前として、貴様が生きていると後々厄介なことになる。頭に血の登りやすい貴様のことだ。『あの女』がいなくとも小さな事柄で怒り、クライン侯爵家を滅ぼす。時が戻る前と同様に皆殺しにするはずだ」
「は、ぁ?あ゛、ぁぁっ!あ゛っ」
疑問の声も、肋骨を踏み砕かれたせいで発することはできなかった。折れた骨が内臓に刺さる感触が、痛みが広がっていく。
冷酷に見下ろすカルロの足が、胸の上に乗せられた。彼の右手は剥き身の剣を振りかぶっている。
「や、め・・・」
「本心としては、私のオーレリアを害して無断で触れたことが許せない。フレデリックだけでも目障りなのに貴様すらオーレリアに纏わりつくとは!私だって彼女に会いたいのに!邪魔者ばかりで姿すら目にすることができない!それなのに貴様風情が私のオーレリアに触れるなど、手に入れようとするなど許せるか!!」
怒りで燃える赤い瞳をロノヴァの青い瞳が捉える。
(ああ、赤い目。王家の目の色。僕も王家に生まれていたら)
真っ先に「時の砂」を使って、誰よりも早くオーレリアに会っていた。すぐに気持ちを伝えて。
「すき、だって、いっ」
冷たい鉄がロノヴァの心臓に突き刺さる。何度も、何度も突き刺されて、刻まれていく。
もはや何も思うこともできず、歪んだ恋心を持っていた少年は、ズタズタに切り刻まれて肉の塊と変えられた。
ロノヴァに関してこれほど長くなるとは、作者自身思っていませんでした。




