心を強くして挑む
性に関する直接的な言葉があります。
苦手な方はご注意ください。
祖父母の荷物も含めて、荷物を載せる馬車は一杯になった。オーレリアは振り返り、メラニーへと顔を向ける。
「メラニー達の荷物は?」
「使用人達の荷物は別の馬車になります。伴に選抜された使用人と護衛も十人を超えましたから」
「大掛かりになったわ」
「当然です、公爵家のお引越しですもの」
馬車の隊列を見ながら、彼女はメラニーに歩み寄った。
「メラニーの荷物も私が運ぶわ」
「お嬢様、私の作業も奪わないでくださいませ。ご自分のことはご自分でなさるのでしょう?」
返された言葉に反論できず、バツが悪いと口を噤む。オーレリアの様子に、メラニーは微笑みを浮かべて踵を返した。
「出発までお時間があります。お見送りにフレデリック王子殿下もいらっしゃるのでしょう?お茶の準備をいたしますね」
「それほどお時間は取れないけれど」
メラニーは歩き出し、その更に奥で見守っていた護衛のアンセムも、背中を見せて屋敷のドアに向かって歩き出した。
オーレリア達がいるのは、屋敷本館前のロータリーにある車止め。外に向かう鉄の門扉はしっかりと閉じられていて、塀には詰め所がある。警備の騎士達がいて、定期的に屋敷を囲う塀から前庭を巡回している姿が見える。分かりやすく言えば、彼女にとって安全地帯だった。メラニーとアンセムから少し離れても問題にはならない。
オーレリアの目は横に並ぶ大型の馬車へ。横に並び立つ光景は圧巻ではあった。一台、一台、別荘に向かう馬車の前を歩く。これほど大掛かりな引っ越しなど初めて、彼女の気分は高揚していた。
辿り着いたグリオス平原で、どのように過ごすか。ブラスの居城の発掘調査前に、他の史跡を巡りたい。そのようなことを考えて、三台目の馬車の前を横切ろうとした。
「え、ひっ、きゃ」
腕が掴まれた。強い力で引かれて呆気にとられたオーレリアは、自身の腕を掴む大きな手、濃紺の衣服を着た逞しい腕、がっしりとした肩をなぞるように順々と見て、赤い髪の男の顔に悲鳴を上げようとした。
すぐに大きな手が口元を覆い、抱き締められる。口と体を封じられた彼女は、抵抗もできずに、馬車の中に引き入れた。
「きゃあっ!」
誰もいない内部。座席に乱暴に放り込まれる。クッション部分は柔らかいが、木製の骨組みは固く、太ももがひじ掛けに当たって痛みを感じた。
苦痛の悲鳴は、ドアが閉じられたことで誰にも聞こえない。見下ろしてくる赤い髪の男ロノヴァ以外には聞こえない。
険しい表情を浮かべていた彼だったが、座席に投げつけたオーレリアを眺めると、いやらしい笑みを浮かべた。
「ロ、ロノヴァ、さま」
突如現れたロノヴァ。どうやって屋敷内に侵入したのか不明で、そのような不気味な彼と馬車の中で二人っきり。
恐怖が沸き上がってきた彼女の体は震えて、歯がカチカチと音すら立て始める。
逃げなければと思うも、打ち消すようにドアが施錠された。無情にも響き渡った音に、オーレリアは体を跳ね上げた。
「あ、ぁ・・・な、な、なぜ」
「やっと再会できた、オーレリア・・・」
大きな手が伸ばされる。抵抗しようにも、座席二人分に強制的に寝かされた状態の彼女は、素早く行動に移せない。上体を起き上がらせる前に、ロノヴァが二の腕を掴んで、伸し掛かってきた。間近にある青い瞳の目は爛々とした光を宿している。
「いやぁっ!」
「ああ、聞きたかった悲鳴だ。脳に響いてすげークる。お前は最高だよ、オーレリア。泣き顔もその声も、僕の好みのど真ん中だ。ずっと見ていたい、聞いていたい・・・お前を泣かせて遊びたい」
顔が近付いてきて、唇が触れ合いそうになる。寸前で彼女は顔を背けたが、その白く滑らかな頬に、ロノヴァはキスを落とした。
「ひ、っ!」
「・・・あの王子様とはキスはしたか?してるよな?あの野郎はお前の恋人なんだろ?だったら、このプルプルの唇を何度も味わってんだ・・・羨ましいぜ」
「ん、いっ、いたい!」
彼の手がオーレリアの顎を掴むと、力を加えることで動かされた。再び向かい合う。
青い瞳はにやけた笑みで細まっていて、薄い唇を肉厚な舌が舐めている。
「キスした程度じゃ、婚約は破談にならないよなぁ・・・ああ、マジでムカつく。王子よりも僕が先に会っていたら、キスでもセックスでもやって逃げられないようにしたのによぉ」
「あ、ぁ・・・ぁぁ・・・や、い、やぁ」
直接的な言葉。欲望を滲ませた男から吐き出すように言われて、彼女は絶望をする。
押し倒された状態と行為を示唆する文言。ロノヴァという人物の性格、向けられている欲。
最悪な状況だった。屋敷内とはいえ密室である。メラニー達がオーレリアが見えないことに気付いて探し出したとしても、その前に汚されてしまう可能性が高い。
顔面蒼白で、涙が浮かび上がることで視界がぼやけていく。酷い容貌になっているはずだが、ロノヴァの欲は刺激されたらしい。濡れた唇から伸ばした舌で、彼女の頬を舐め上げた。目元に達すると、舌を引っ込めて溢れた涙を吸うように唇で吸い付いた。
「ああ、マジで可愛い。早く僕のものにしたい・・・あの日の夜のお前も最高だった。女神かってくらい綺麗な寝顔で、目覚めたあとは今より泣いてて震えていて・・・大丈夫だって慰めてやりたかった。お前のことが好きだから迎えに来ただけって言いたかった。ほっそい体を抱き締めて、匂いを嗅いで、肌を味わって・・・僕だけのものにしたかった」
唇が再び吸い付き、音を立てて離れていく。ぼやけた視界に映るロノヴァ。赤と肌色と青しか分からないが、彼は笑っていると想像するに難しくない。
「は、はんざ、い・・・はん、ざいを、かさねる、つもりですか?」
「ん〜?ははっ、一緒懸命しゃべろうとして可愛い〜・・・だったらどうする?」
彼女は怖くて堪らない。泣き叫びそうで、必死に堪えて、それでも溢れ出ようと涙は止めどない。
非常に恐ろしい男。夜這いなど考える異常者。いつかはオーレリアを暴力で痛め付ける危険な人。分かっている。だから、このままではいけないとも彼女は分かっている。
勝てないからと思うままに扱われたら、苦しみは凄まじいものになる。流されるだけではいけない。対抗しなければ、従うなど以ての外だ。純粋に力で勝てないのなら、気持ちだけは、心だけは屈してはいけない。
「ここ、は、ここはルヴァン、公爵家の別宅の、敷地内、です。あなたが、私に無理強いをした、として、あなたが逃げ出せる見込みは、少ない・・・ルヴァン公爵家の警備を担当する騎士達は精鋭で、私の護衛騎士もあなたを必ず捕まえます。私を傷付ければ、あなたが受ける罰は更に重くなる。ご自身を、苦しめることになるのです」
「よく回る口だな・・・何が言いたい?」
「私のような女に固執して身を滅ぼすような真似は、やめなさい。あなたには、あなたでなければ成せないことがある。それなのに、罪を重ねれば、何もできない独房の中で過ごすことになるのですよ?そのような人生を迎えたいのですか?」
「・・・ははっ、ははははっ!」
必死になって紡いだ言葉。説得しようと頑張った発言。
それをロノヴァは背中を仰け反らせるほど笑い、顔を自身の大きな手で覆う。
だが、指の間から覗く青い瞳はひたすらにオーレリアを見ていた。
「・・・ロノヴァ様、私の上から退いてください。このまま何もなかったと馬車を出て、クライン侯爵家にお帰りを。過去の罪は消え失せることはありません。でも、贖罪を受ければ、あなたは許される」
「・・・誰に?お前か?お前が僕の罪とやらを許してくれるのか?だったらよぉ」
ぐっと身を寄せられる。オーレリアの視界には青しかなく、唇に吐息が当たっていた。
「今すぐ許せ、僕を受け入れろ。出会うのが遅かったからお前が手に入らないなんて、そんな横暴が許されるかよ!僕だってお前が好きだ!自分のものにしたかった!先に会っていただけの野郎なんかに渡したくない!!オーレリア!!」
「う、くっ」
大きな手が両方の頬を包むように掴む。
「好きなんだ、お前が好きだ。身が破滅しようがお前が欲しい。僕を受け入れてくれ」
「っ、わ、私は!あなたのことが嫌いなの!乱暴で我儘で自分のことしか考えていない、あなたのことなんて大嫌いなのよ!!」
今までの人生で一番大きな声。拒絶の言葉はビリビリと振動になって馬車に響き渡る。
「誰だ?」
「中で何をしている!」
その振動は馬車の外にも届いたらしい。ドアが破壊される勢いでこじ開けられて、屋敷の警備の騎士二人が顔を覗かせる。
「ロノヴァ・クラインです!捕まえて!!」
オーレリアはロノヴァの腕の布地をしっかりと握り締めて、逆に彼の動きを封じる。
驚いた顔をしていた騎士達は、すぐに表情を引き締めて、ロノヴァを掴むと彼女から引き離した。
「くそぉ!!オーレリア!!」
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「・・・・ええ、あなた方が巡回をしてくれて助かりました。大丈夫です」
腕を伸ばしながらも車外に出されたロノヴァを一瞥する。
「どのように侵入されたのか不明ですが、クライン侯爵家に送ってください。そちらで処罰をされるでしょう」
藻掻くロノヴァが視界から失せたことで、オーレリアは立ち上がり、騎士の介助を受けながら馬車から出る。
丁度、見送るためにフレデリックがやって来たようで、王家の紋章がある馬車が開かれた門扉から入ってきた。
ホッと息を漏らす彼女。拘束されて地に伏したロノヴァの目が、自身に向けられていると気付いても、決して目を向けなかった。
様々なパターンを浮かばせてから書き出したら、やはりオーレリアちゃんに反抗していただくのがベストかと。フレデリックが助けるパターンもあったんですけどね。運と心の強さの勝利。




