これからのこと
「護身術を習いたい?お嬢様、自分はあなたの身に付けるべき技術に口を出す立場にありません。ですが、助言を一つ。お嬢様の体格は体術を習うに適していません。もし体得しようと修練をすれば、怪我を負う可能性があります。自分としては絶対にやめていただきたいです」
先程、もっとも身近で信頼できる護衛騎士のアンセムに言葉で制されたオーレリアは、意気消沈と夕食の席についていた。
気力はなくとも完璧な食事マナーで前菜、スープを口にした彼女。次に運ばれたバジルソースのかかったタラのムニエルを、一口切り分けて口元を汚さずに食べる。静かに食すオーレリアとは違い、祖父母は憤慨と言葉を交わしていた。
「ご自身の息子に関わらず、行く先も分からないとは何という体たらくですか。クライン侯爵家の教育には一言物申したいものです」
「ロノヴァの処罰が決まったというのにね。行方をくらましたのは、本人が厳罰を受けると勘付いたからだろう。かなり手のかかる少年だ」
「少年などではありませんわ、獣です。次にお目にかかったのなら、わたくし自らが厳しく罰して差し上げます」
荒ぶった心から口調も強いが、祖母は美しい所作でムニエルを平らげていた。逆に、祖父はジャガイモのスープから手付かずで苛立ちが隠し切れていない。白ワインのグラスを少し音を立ててテーブルに置くほどだった。
「旦那様、お水をお飲みくださいませ」
「飲んだって変わらないよ」
「では、お気持ちを抑えて。オーレリアの前ですわ」
ハッとした祖父は、向かい合って座っている祖母から視線を離し、祖母の隣の席に座るオーレリアを目にした。
間は一瞬だけ。祖父は穏やかな笑みを浮かべた。彼女も微笑みを浮かべる。
「まあ、あれだね。ロノヴァは中央学園から退学処分。クライン侯爵家から籍は抜かないらしいが、更生施設に収容予定だ。クライン家総出で捜索しているからいずれ捕まる。彼次第ではあるが、数年は外界に出ることはない」
視線を向けられての説明は、オーレリアを安心させるためだろう。祖父の優しい気遣いに、彼女は頷き、次に運ばれてきたグリルステーキへと目線を落とす。
(このままロノヴァ様が発見されたら、お会いすることはなくなる)
一口大にカットされているステーキを、ナイフとフォークで更にカットして一口食べる。
少しの安堵に、肉汁したたるステーキを美味しいと感じることができた。
「でも、このままこの地域にいるのはね、よろしくないとは思う」
「まあ、転居なさいますか?」
ステーキを切り分ける手が止まった。頭を動かさずに、視線だけを向けることで上目遣いに祖父を見る。
祖父は、給仕がグラスに注いだ水を口にしていた。その視線は祖母へと向かっている。
「転居ではないな、ジルベールの許可を貰わないといけないしね。ロノヴァが所属するクライン侯爵家領では、オーレリアも安心できない。この子の静養と例の発掘調査を兼ねて、グリオス平原中の町で家を買おうと考えている」
「お祖父様」
オーレリアの呼びかけに、祖父の目は彼女へと向かった。目が細まるのは、笑みを浮かべているから。
「それは、別荘となるのでしょうか?」
「うん、そうだよ。ルヴァン公爵家所有ではなく、私個人の別荘の購入検討をしている。君が監督するブラスの居城の発掘も、距離の近さからすぐに決行できるようになる。先遣隊の調査はあと二カ月半はかかるが、それまでグリオス平原にある史跡や資料館などを見学できる」
「グリオス平原の史跡といいますと」
ナイフとフォークを皿に置いて話し始めようとしたオーレリア。祖母が首を振ることで制された彼女は、再びカラトリーを手にした。
「オーレリアも喜んでくれそうだ」
「発掘調査の現場と近いこともよろしいですわ。本格的に調査が始まったら、どのように通われるのか気になっていましたの」
「購入予定の邸宅をリストアップしておくよ、リヴァ。オーレリアも、君の希望が聞きたいから渡す資料に目を通してくれ」
「分かりました」
「はい、お祖父様」
和やかに終われた夕食。
席を立ったオーレリアは、フレデリックにグリオス平原地域の別荘のことを話そうと思った。
四日後、いまだにロノヴァが捕縛されたという知らせはない。
彼女は来訪したフレデリックを出迎えて、いつも通りにお茶を入れてもらい、飲み干して、温もりを感じるために抱き締め合った。
「そう、グリオス平原の方に別荘を・・・」
「ええ、候補になっている三軒の邸宅の資料も拝見したの。どのお屋敷も山間の湖に近くて、過ごしやすい間取りだったわ。ただ、一軒目は丸太造り、二軒目はお祖母様いわく狭いそうで・・・可愛らしいデザインのお屋敷だから、私はどちらも素晴らしいと思うのだけれど」
借りてきた邸宅の模写をフレデリックに見せる。彼は喉を鳴らして笑うと、密着している彼女の肩口に額を当てる。
「確かに可愛いね。山荘とかに使われるデザインだ。リヴァリス夫人が納得しないのも分かる。貴族の邸宅にしては安全性が低いからね」
オーレリアは、首まできっちりと覆うデザインのドレスを着ているが、体が熱くなったことで襟元のボタンを胸の上まで開けていた。
話すことで彼の吐息が鎖骨や肌に当たり、擽ったさから身をくねらせる。
「んんっ」
「・・・君のような人は、野に放ってはいけない。普通の村娘、町の商人の娘だったとしたら、人々の視線を奪い、力を持つ男の目にも留まってしまう。商品か、慰み物か・・・君は誰かが守らなければ、悲惨な人生を歩むことになっていた」
「怖いことは仰らないで」
フレデリックの頭を腕で抱えるように抱き着く。彼が息を吐くことで、再び肌を擽られた。
ビクンと体を小さく跳ね上げる。
「ごめんね・・・でも、君は無防備だから。ロノヴァのように夜這いを仕掛ける奴なんて五万といるんだ。強固な塀のある警備しやすい屋敷を選んだほうがいい」
「ん、はぁ・・・お祖父様達はそのつもりよ。三軒目の邸宅に決まると思う」
三軒目の邸宅の模写を見せれば、フレデリックは頷いた。彼女の鎖骨の下に唇を当てて、弱い力で吸う。
「んっ、それ、いや」
「唇が当たってしまった。ごめんね・・・この屋敷がいいね。塀も高くて厚く、屋敷も一階部の窓以外は少ない。中を覗き見る者がいない限りは、君を隠してくれる」
彼が見上げる。いつも見惚れてしまう美しい夕日色の瞳に、見つめられた。
「別荘になる屋敷が決まったら住所を教えてね。これまでより日は空けてしまうけど、必ず君に会いに行くから。一ヶ月以内には必ず・・・だから、オーレリア」
熱でぼんやりする視界、思考。
フレデリックの囁く声が響いて聞こえる。
「僕を拒絶しては駄目だよ。必ず出迎えて、僕のお茶を飲むんだ。僕を愛するんだ、いいね?君は僕だけを愛し続ける」
「・・・ええ、勿論よ。私はあなただけを愛し続ける」
うわ言のように言うと、寄ってくる彼の唇を受け入れた。
翌週、三軒目の邸宅を別荘に決めた祖父は、すぐに引っ越しの計画を立てて準備を整えた。
今日から馬車で別荘まで移動する。二日間の短い旅路に、彼女も自ら荷物を詰めて、四つとなった大きな旅行鞄を馬車に乗せた。
「お嬢様、私をお使いくだされば」
「約束したでしょう、メラニー。自分のことは自分でするの。荷物を詰めるのも、運ぶのも私がしたの。これから少し生活が変わるわ。あなたに負担をかけないようにするわね」
「お嬢様のお世話が私の役目ですわ」
憤慨するメラニーに、オーレリアは笑みを零す。
この時の彼女は新天地に胸を躍らせていて、その紫色の目も煌めいていた。




