狂気の夜
オーレリアは外出禁止とされたため、フレデリックとの逢瀬は彼女が暮らす屋敷のみとなった。
彼が暮らす王家の別宅にも、街中や観光遺跡のデートにも行けずに、最短で一週間後に彼を出迎えることしかできない。フレデリックとの時間は楽しいが、いざ別れになると寂しく、再会を心待ちに時計を眺めることも暫しあった。
庭園や図書室に行ければ、まだ鬱屈した気持ちにはならないだろう。異常な男と評されたロノヴァを、祖父が警戒し、予想以上の行動に移されることで屋敷内であっても行動は制限されてしまう。
物々しい喧騒が門から聞こえると思えば、再びロノヴァが乗り込んできて、門番と警備の騎士達と揉めることがある。何度もクライン侯爵家所属の憲兵が間を取り持ち、乱闘には発展していない。だが、いつかは争いになるだろうと不安定な状態だった。
オーレリア宛の手紙が二日ごとに届き、目を通した祖父の話では、デートの誘いやクライン侯爵家への呼び出し等。彼女が目にすることなく破り捨てられるため、内容は詳しく知らない。しかし、片付けをしたメラニーに内緒で聞いたところ、卑猥な文章が使われているらしい。彼がオーレリアに向ける欲が透けて見えていた。
祖母が買い物に出かけるため、馬車に乗れば、すぐに別の黒い馬車に追尾をされる。紋章もないその馬車はどこまでも追ってくると、御者から愚痴を聞いた侍女を通じて知れた。
ロノヴァはオーレリアを常に監視をしているらしい。確かに、塀越しにクライン侯爵家の紋章が付く馬車を良く見かける。憲兵達の動きも怪しい時があり、彼女の住む屋敷の警備と護衛の騎士達は、気が抜けない日々を送っていた。
閉じ込められて暮らすオーレリアにも疲労が溜まっていく。ロノヴァに再会するまでは、複数の護衛騎士を連れてはいたが、外出はできた。公園での日光浴も週ごとで行ってたし、書店で未読の歴史書や発掘記録書を探しに行けた。
年頃の少女らしく、カフェでお茶を嗜み、焼き菓子店で好きなクッキー、チョコレート系の焼き菓子を吟味しながら沢山買っていた。大好きな読書とお菓子を楽しみつつ、昔に思いを馳せて耽っていたのに、今では自室から庭園を眺める時間のほうが多い。
「気が滅入ってしまうわ・・・」
意気消沈と翳る顔。そんなオーレリアを慮って、祖父母が共に外出してもロノヴァの影がちらつく。他の人々も、オーレリアに目にしたことで意識を奪われたかのように寄ってくる人々がいる。
そのため、彼女の安全が最善だと考える祖父母は、外へのドアを固く閉ざしてしまう。
屋敷に閉じ込められるように過ごして一ヶ月、二ヶ月。
日を空けて来訪してくれるフレデリックだけが、オーレリアの精神を支えてくれていた。彼と別れて、また会える日を数えて、憂鬱だと窓の外を眺めて。手慰みで始めたパッチワークも、大作としてベッドカバーを三つほど製作した。祖父母とフレデリックに贈って、次はレース編みのテーブルクロスを作って時間を潰そうと始めた日。
夜空に浮かぶ大きな月。青白い光が、夜の闇に静まる街並みを明るく照らしていた。
窓から差し込む月光が何とも神秘的だと思ったオーレリアは、カーテンを引かずに眠ることにした。ベッドに身を預けて、美しい月を眺めながら微睡み始める。
白木の木枠で造られたその天蓋付きベッドは、カーテンは透けた白いレース製。淡い桃色のブランケットと上掛けが、彼女の体を包んでいた。
沢山の柔らかく肌触りもいい可愛いデザインのクッション。それらはヘッドボードにかけて、桃色無地の硬めのクッションに、オーレリアは頭を預けて眠っている。
その寝顔は、精巧で完璧な美を表現した金の髪を持つ人形のように見える。薄く開くぷっくりとした唇から、寝息が出ていなければ誰もが見間違えるだろう。たっぷりとしたまつ毛は肌に影を作り、月光に照らされて浮かぶ白い肌は頬だけが朱に染まっている。
ブランケットと上掛けに隠された体も、白い薄地のネグリジェに包まれていて、首元や袖口、裾を飾るフリルが可愛らしさを強調していた。
月明かりに照らされたオーレリアは、月の女神ようだと誰かが呟けば、誰もが納得する様相だった。
「ん・・・」
騒ぎ声が聞こえたのは深夜。喧騒で目が覚めた彼女は、視界がぼやけることから目元を指で擦って、身を起こした。上掛けもブランケットとも上体から滑り落ちて、ネグリジェで包まれたまろやかな胸元を晒す。
「え・・・?」
月の光を遮るものがいた。青白い光は強く、遮るものが赤い髪だとよく分かる。ニヤつく口元もよく見えた。
窓の外。室内に注ぐ光を遮るとしたら窓の外にいて、窓枠を掴んでいるため張り付いているようにいて。
「きゃあぁぁあっ!!」
何故か窓に張り付いているロノヴァの姿に、オーレリアは大きな悲鳴を上げた。弾かれたようにベッドから飛び出すと、掴んでいたブランケットを胸元に寄せて体を隠す。
「なぜ、ロ、ロノヴァ、さ、なぜ!?私の部屋に!!」
ロノヴァは鍵を開けようと窓を叩き揺らす。掛かっている鍵を力任せに外そうとしていた。
狂気を感じる笑みを浮かべたまま、地上から離れた二階の窓にしがみついて、オーレリアの部屋に入ろうとしている。
「だ、だれ、誰か!し、侵入者が!侵入者が窓に!!」
喉が痛むほど声を張り上げる。悲鳴として響き渡ったことで、複数人が駆け付ける足音が近付いてきた。
酷く揺すられた窓が外れて、室内へと窓枠が落ちる。ガラスが飛び散って、月光の中で煌めいていた。
同時に、オーレリアの部屋のドアが開かれた。アンセムを始めとした護衛騎士達が駆け込み、震えるオーレリアはメラニーによって抱き締められて、騎士達の後ろに隠された。
「赤毛の男だ!」
「逃げたぞ、追え!!」
「オーレリアお嬢様に狼藉を働こうとした奴だ!逃がすな!!」
騎士達の大声。
涙で視界すら見えなくなったオーレリアは、身を包むメラニーにしがみついて、声を殺しながら泣く。
「大丈夫、大丈夫ですよ、お嬢様。侵入者は去りました。お嬢様を怖がらせる者はいなくなりました。私がいます、メラニーがいますから。お嬢様を怖いものから必ずお守りしますわ」
優しい声は囁くようで、彼女を慰める。優しさに包まれたオーレリアは、日の出が始まってもメラニーから離れることができなかった・・・───。
「厳罰に処すべきだと嘆願する」
彼女は、祖父の話し声をぼんやりとした思考の中で聞く。
ロノヴァの襲来から一日経ち、緊急事態だとオーレリアの身柄は屋敷の中心にある部屋に移された。二人に守られながら、庭園が見える窓には近付かずに壁際に身を寄せる。
夜間に不法侵入を果たしたロノヴァは、憲兵を使って門番の目を欺き、二名もの警備担当の騎士を昏倒させて、屋敷本体の壁をよじ登ってオーレリアを襲撃したようだった。
騎士を昏倒させることも、煉瓦と彫刻の凹凸を使って壁登りをする力技も、悍ましいと彼女の血の気は引いていた。
ロノヴァの目的は分かりきっている。オーレリアの貞操を奪おうと凶行に至ったのだと。
カルロも強引ではあったが、加えてロノヴァは常識がない。婦女の寝込みを襲うなど、彼女には考えもつかなくて、ずっと血の気が引いている。
か細く呼吸を漏らし、隣り合って座るメラニーにしがみつくオーレリア。
あまりに痛ましい姿だと祖母は憤慨していた。祖母の声とオーレリアの様子に、祖父は決断に至って厳罰と口に出したのだった。
「クライン侯爵には息子の手綱すら握れないらしい。抗議書も書状での謝罪のみで、ロノヴァには全く効果がなかった。国防に関わる将軍職に就く者が、一国民の安全すら守れないとは片腹痛い。いや、笑ってはいられないけどね。とにかく、許されざるべきことだ。ジルベールとも協力をして、彼らには徹底抗戦の構えでいくよ」
「当然です、ロノヴァ殿の蛮行は許しがたし。厳しく、厳しく処分されるよう、わたくしは願いますわ」
温和な祖母の怒気を帯びた迫力に、祖父は苦笑いを浮かべたが、すぐに真摯な顔となった。
弱っているオーレリアは眺めることしかできないが、頼もしいと、そう思えるくらいにはゆとりが出てきている。
まつ毛を震わせて、目を閉じる。静かに身を支えてくれるメラニーの温もりを感じながら。
(私は、なんて弱いのでしょう)
彼女は、全てにおいて弱い自分に嫌悪感を抱き始めた。あまりにも弱い。心も、体も。
(・・・もし一人のときに弱っていては・・・流されるままだわ)
そう思いながら、ゆっくり呼吸を繰り返すだけ。
マジで異常な男しかいない案件




