歪な愛への妨害者
祖父が二通目の婚約辞退の書状を送って二日、休日。
変わらず屋敷で過ごすオーレリアだったが、屋内での行動にも制限が課された。目覚めて朝食を取り、心穏やかになれる図書室に向かう途中のこと。エントランスから響いた声のせいで、追従していたメラニーに止められた。
「お嬢様、お部屋に戻りましょう」
「え、ええ・・・あの声は」
怒鳴り込んできたと分かる声。振動として聞こえるため、言葉も年齢も分からないが、怒っているとは理解できた。
怒れる人が何より苦手なオーレリアは、先導となったメラニーによって部屋に戻された。
「あとで紅茶をお持ちしますね、ごゆっくりなさってください」
「・・・ええ」
声を返して、目線を窓の外にそらせば、部屋を出るメラニーが控えているアンセムと顔を合わせて頷く姿を視界の端で捉えた。
そろそろ緑が芽吹く時期。庭園にある低木も青さを増し、花壇に植えられた花々の芽も顔を出すだろう。そのようなことを思いつつ、理解する。
あの怒りの声を発していた人物は、オーレリアにとって危険な人。カルロか、それとも・・・。
「ロノヴァ様が来訪されたのだわ」
彼女は即断で結論付けた。
激情に駆られやすいカルロでも王族としての品格は保とうとする。身内ならともかく、怒号と共に来訪などしない。
メラニーの様子から、知らせのない突然の訪問だと分かる。そして、あの怒りの声は願い出た婚約を棄却されたことに対してだとしたら、ロノヴァ以外あり得なかった。
「何故・・・」
目を閉ざし、時が過ぎることを待つ。ロノヴァが諦めてくれることを祈って、交差した両手に額を付けた。
次の日。
フレデリックが訪問することで、オーレリアは両サイドの髪を後頭部に回し、彼の色のリボンで纏めた。ボリュームあるフリルがスカートに厚みを持たせる黄色のドレスを着て、彼の来訪を待っていた。
予定時刻の十分前から出迎えの準備を完璧に整え、時計の秒針すら気にして待ち続けた。しかし、フレデリックが屋敷に辿り着いたのは予定より一時間過ぎ。
「ごめんね、遅れて」
「いいえ、大丈夫よ。会えて嬉しいわ」
紅茶のお湯は温め直している。乾いてしまったお菓子も、彼女の夕食後のデザートに変わる予定だ。新しく取り替えたもので彼を持て成すつもりだった。
自室までフレデリックと腕を絡めて歩いていたオーレリア。男らしい厚みある肩に頭を乗せて、彼の顔をうっとりと見上げた。どこか険しい面差しに、彼女は姿勢を正す。
「どうかされたの?」
「うん?」
「お顔が、表情が険しいと思って・・・何か、怒りを感じられた?」
自分の態度が良くなかっただろうか、と思う。
フレデリックは礼節を弁える人だった。屋敷内とはいえ、公共の場でみだりに体を寄せるべきではなかった、と考えに至る。だが、彼自らがオーレリアの後悔を払拭してくれた。
フレデリックは、頭を離してしまった彼女の顔に寄ると、頬にキスをしてくれた。
「フ、フレデリック様!?」
「久し振りの逢瀬なのに、君の温もりが遠ざかって寂しいな。早く部屋に連れて行って・・・君を抱き締めたい」
頬を朱に染めたオーレリアは、足早に進むことで彼の腕を引く。楽しそうに鼻を鳴らす笑い声は後ろから聞こえる。
自室に招いてすぐ、フレデリックはいつものお茶を入れてくれて、飲み干したオーレリアは膝の上に乗せられて、腰を抱き締められていた。
「ん、ん・・・ん」
彼に願われたことで、その唇にキスをする。鼻で息をするという教えもしっかり守って、何度も唇を食むようなキスをした。
「ん・・・上手になったね、オーレリア」
「はぁ・・・ほんとう?」
熱い体、ぼんやりする思考。何度も唇に触れたことで、彼女はのぼせ上がっていた。腰を抱く彼に身を委ねてしまっている。首から胸元を覆う細やかなレース越しにある肌を、視線でなぞられているなど分からない。
「君が他の男に取られないように証を刻みつけたい」
「ん、わたし・・・フレデリック様以外の男性のものにはならないわ。私はフレデリック様だけのものよ」
「君が思っていても、周りで飛び回る連中は思っていない。非力な第二王子だから捻れば君を差し出すと思っている。自分の妄想通りに事が進むと思い込んでいる不快な奴らだ」
「・・・やっぱり、何かあったの?」
一段低くなっている声色に、彼女の熱は冷めていった。思考も鮮明になり、フレデリックの身に何かあったのかと心配に思う。
「そうだね、遅刻の原因だけは話しておくよ・・・ロノヴァ・クラインに妨害された。求婚の邪魔をするなと進路妨害され、武力行使にまで発展しかけた。あちらの追従していた騎士達は正気だったから、クライン侯爵に掛け合うことで事なきを得たけどね」
「ロノヴァ様が・・・」
明確な恐怖対象の異常行為に血の気が引く。
侯爵家子息が、私怨で第二王子に牙を向いた。不敬極まりない行い。見方によっては、将軍職に就いているクライン侯爵家の謀反といっても過言ではない。
「なんてことを、拝すべきフレデリック様に刃を向けるなんて・・・不敬罪では済みません。反逆行為に他ならない行いです」
「あいつは君に夢中で気付いていない、というか気付いていない振りだね。僕を脅せば引くって思っているんだ。それほどまでに君が欲しいんだよ」
頭がおかしい。
他者に対して思ってはいけないことはだとオーレリアは分かっている。だが、それ以上の表現が見つからなかった。
「・・・ロノヴァ様は異常です」
「そうだよ、元々異常な男だったが、君に夢中になったことで更におかしくなった」
「私が、人を狂わせるような・・・」
まるでイルルラルバの神器である美女達のようだと思い、彼女は口を噤んだ。自分はそのような存在ではないと否定する。
オーレリアは、目を細めて見上げてくるフレデリックの首に腕を回すと、彼の頬に自らの頬が触れ合うように身を寄せた。
「フレデリック様がご無事でよかったわ」
「うん、僕の護衛騎士達は優秀だからね。力だけの相手なんてものともしない。あのロノヴァがどれほど挑みかかってきても御せる・・・クライン家には抗議をするよ。アルスター殿も、ルヴァン公爵と連名で何度も抗議書を送っていたみたいだ。王家とルヴァン公爵家からの抗議となれば、クライン侯爵もロノヴァを縛り付けてでも大人しくさせるだろう」
「それで落ち着いてくださるといいわ」
腕に力が入る。頬が更に密着して、フレデリックは苦笑を漏らすが、彼女の髪を止めるリボンを指に絡めて遊び始めた。
「頭の痛くなる話は止めようか、オーレリア。君主導で発掘調査をするそうだね。やっと、君の夢の第一歩だ」
僅かに落ちていた視線は上がり、オーレリアは彼から顔を離して向かい合った。
フレデリックの目には、煌めくアメジストの瞳が映る。
「ええ、そうなの!ブラス王弟殿下の居城発掘調査の許可が下りて!私・・・私が監督者として発掘調査をするの」
興奮気味に捲し立てそうになるも、穏やかに見つめてくれる優しい夕日色の瞳に、彼女は冷静になった。
自分の成すことを、支えてくれる人にしっかり聞いてもらおうと、真剣な眼差しで見つめ返す。
「フレデリック様、私はこの発掘が成功となれば、歴史家として認めていただけるわ。カルネアス王国の歴史に残る大偉業となって、私の名は轟く。一公爵令嬢としてではなく、一人の歴史家として皆様の耳に届くの・・・あなたが居たから、あなたが手を差し伸べてくれたから、私はここまでこれた・・・ありがとう、フレデリック様。あなたのおかげよ」
「うん・・・きっと、僕達が見つけた場所にブラスはいる。調査が始まれば、すぐに見つかる」
「ええ、絶対にそうだわ。ブラス王弟殿下を見つけ出して差し上げられる・・・ああ、私」
フレデリックの肩口に頭を乗せたオーレリアは、彼の胸に縋り付く。穏やかな心音を感じて、何故か安心感を得ていた。
「夢を見続けてよかった・・・」
小さな呟き。それでもフレデリックには聞こえたようで、額にキスが落とされた。
望みに手を伸ばすオーレリアと、彼女のためにと愛を捧げるフレデリック。二人の愛は歪ではあるが、一つのことを成そうとしていた。




