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自分の進む道を示すため

前半はアルバ、後半はオーレリア視点。

夕刻。今まさに日が落ちるという時間。執務室は暗く、天井から照らす照明と、執務机の上にあるライトだけが室内を照らしている。

重々しい雰囲気を纏わせているのは、時刻のせいではない。アルバは口元を引き締めて、机を挟んだ向こうに座る父親を見ていた。

父親のルヴァン公爵は険しい顔で腕を組み、アルバを睨み付けていた。


「・・・お前は一体何を考えている?」


投げかけられた言葉は、アルバの護衛騎士達がオーレリアを誘拐しようとした件について。尋問で彼に指示をされたと漏らした二人は、現在留置所にいる。公爵令嬢誘拐未遂を起こしたとして、これから厳罰を受けるだろう。

二人の人間の人生を狂わせた。彼に、その自覚がないわけではない。


「優秀であった彼らを私用で動かしたことは、お詫びします。二度は起こさないつもりです。申し訳ございませんでした」


「私は何を考えているのか、と聞いているのだ。妹を誘拐してどうするつもりだった?『誰』に渡そうとした?」


父親は察しているのだろう。アルバは一度目を伏せるが、すぐに向き直した。


「オーレリアを誰かに渡すつもりはありませんでした。彼女はルヴァン公爵家の者です。本家にいるべき人間で、いずれ相応しい相手に嫁ぐために学ぶべきなのです」


「オーレリアはわが父アルスターの後継となった。お前があの子の今後を勝手に決める必要はない」


きっぱりと言いのけた父親が、溜め息と共に目元を片手で覆った。落胆するような所作に、アルバの眉間に皺が寄る。

彼とて、オーレリアの妨害などしたくはなかった。自分の夢に向かって頑張っていると耳にしていたし、婚約者候補のフレデリックと清くも仲睦まじい交際を続けていると知っている。

たが、アルバはカルロに仕えている。オーレリアを強く求める男の凶暴性や強引さを父親が知らないはずもない。酷く責められ、時には暴行に発展しかけたこともある。彼の凶暴な主は言葉では諌められない。


「オーレリアに干渉はするな・・・あの子の夢を妨害しないでくれ」


苦しそうに絞り出した声。


「幸せにしてあげたいのだ・・・」


目を覆う父親には見えない。

アルバの顔が悲しそうに、泣きそうなほど歪んでいるのを。


(俺だってオーレリアには幸せになってもらいたい)


あの悲惨な最期の光景は脳裏に焼き付いている。「洗脳」の最中だったとはいえ、記憶はしっかり残っていた。炎に巻かれて苦しみ悶えるオーレリアの姿、絶命後に焼け焦げて炎纏う棒切れのようになった姿。それを笑っていた自分のことも、忘れることなく焼き付いている。


「オーレリアは幸せになるべきだ。私は父親として不十分だった。だから、今こそは幸せになるように手段を与えてやりたい。父の後継者になりたいと言ったあの子の支援は惜しまない。あの子が望むことがあるなら叶えてやりたい。今の私にできることで、少しでも幸せになってくれたのなら充分なのだ」


(・・・父上は)


自分と同じく「記憶」があるのだろうか。時が戻る前、父親はあの場所でカルロの手にかかり絶命した。「時の砂」が発動した瞬間は目にしていないはずだ。

そう思うも、確信が持てないことで口を噤む。


「お前の主が、いくらオーレリアを求めようとも私は手渡すつもりはない。あの男だけには渡さない」


父親は目元を覆っていた手を外し、再びアルバを睨み付けた。彼も歪んでいた顔を真顔に取り繕うと、頭を下げる。


「勝手に我がルヴァン公爵家の人員を動かし、犯罪行為の指示を出したお前にも罰を与えなければならない。半年は自室で謹慎しろ。学園に行くことも外出も、他者との交流も禁じる。いいか、アルバ。私の後継者で、身内間のトラブルだからこの程度の罰で済んでいるのだ。分かったな?」


「はい、承知しました。父上の処断を重く受け止めます」


(暫くはカルロ王太子と会わなくて済む・・・謹慎が明けたら殴られそうではあるが)


僅かにある安堵。

頭を垂れていることで、父親にはアルバの表情も心境も分からなかった。






本棚から一冊、また引き抜いたオーレリアは他二冊の上に重ねると、持ち上げて胸に抱えた。

祖父の図書室にいた彼女は、療養から帰ってきた護衛騎士アンセムの開いたドアから出る。彼と侍女メラニーを連れて屋敷の廊下を進む。

もうすぐ五十を迎える護衛のアンセムの怪我は、重傷ではなく、階段から足を踏み外したことで捻った程度だった。同僚がふざけて小突かれたことで、階段から滑ったらしいが、その程度で怪我をするなど鈍ったものだと自分に憤慨している。彼は生真面目な人だった。

「孫が生まれたばかりなので働かねばなりません」と復帰後に言う姿は、家族思い他ならない。清廉潔白な護衛騎士が戻ったことに、オーレリアはホッと胸を撫で下ろした。

あの若い護衛騎士達のような人達を派遣されたら、きっと安心感など持てないのだから。


実際、今の彼女は穏やかな気持ちで廊下を歩き進んでいる。メラニーとアンセムという幼い頃より一緒だった信頼できる人々のおかげで、平穏を保っていた。

あの護衛騎士達による誘拐未遂とロノヴァとの接触から一週間。気持ちも落ち着いたことで、フレデリックと話したブラスの居城発掘調査を祖父に話すつもりだった。

祖父がいるだろう執務室に向かう。図書室からも遠くないと進み続けて、執務室のドアの横に祖父の護衛が立っているのが見えた。

少し足を速めたオーレリアは、若い護衛騎士の目の前に立って伺う。


「お祖父様とお話がしたいのですけれど」


「お待ち下さい」


護衛騎士はノックをするが、返事はなかった。訝しんだ彼がドアノブに手をかけて少し開く。


「参ったねぇ」


祖父の声が聞こえた。

どうやらノックの音が聞こえなかっただけのようで、今度は彼女がノックをして来訪を知らせようとした。


「ロノヴァ・クラインから婚約証書がくるなんてね」


恐ろしい名前を耳にしたことで、オーレリアの手の動きは止まった。躊躇う彼女に、ドアノブを持つ護衛の手も止まる。


「旦那様、まさか承諾はされませんよね?オーレリアはフレデリック王子殿下との婚約が控えていますのよ」


「分かっているよ、リヴァ。もう三年前から準備を続けているんだ。フレデリック殿下との交友も順調だし、カルロ殿下のことも対策している。最終段階に入っているんだ・・・だけど、相手はロノヴァ・クラインだよ?」


どうやら祖母とオーレリアの婚約について話している。彼女は一旦手を下げて、ドアに頭を寄せると聞き耳を立てた。

視界にいる護衛騎士は苦笑をして、メラニーに至ってははしたないと顔を顰めていた。

オーレリアは唇の前に人差し指を立てると、室内の会話に耳を傾ける。


「我が国の将軍であるクライン侯爵すら手を焼く自己中心的な暴れん坊だ。傷害事件も多く、侯爵家子息だから示談等で対処しているが、そんな少年がオーレリアに目を付けるなんて最悪なことだよ」


「即刻お断りをすべきです。先日、オーレリアを怖がらせたとお話したばかりでしょう?」


「断り方を間違えたら攻め込んでくる可能性もあるんだよ?あの少年が非常に厄介なのは、剣術など武術の才能に恵まれていることだ。実力は武闘派のクライン侯爵家でも上位。戦闘訓練で、兄である侯爵家次男を病院送りにしている」


「そのような野蛮な方なら尚の事、オーレリアに会わせるわけにはいけません!」


きっぱりと言いのけた祖母。祖父は唸り声を上げているが、「確かに」と呟くと、どうやら椅子に座ったようだった。

そういえば、と思い出す。ロノヴァはクライン侯爵家の三男。跡継ぎとされる長男は、すでに王城の近衛騎士を務めている。病院送りにした次男も中央学園を卒業して、王都の守備を担当する騎士団に入ったはずだ。

三男であるロノヴァは、性格も相まって一番後継者から遠い男とされていた。それなのに、クライン侯爵の後を継いで将軍になったのはロノヴァ。


(・・・思い出したわ。クライン侯爵家は暴徒の襲撃にあってロノヴァ様以外亡くなられた。暴徒を全滅させたロノヴァ様が将軍を継がれたのだわ)


「はあ、カルロ殿下に続いてロノヴァなんて・・・オーレリアの美貌が厄介な男達を惹きつけてしまうのかもね」


「オーレリアの外面しか見ていない方々なんて、あの子には相応しくありませんわ。さあ、早くお断りの手紙を書いてくださいませ」


「勿論、書くよ。これでロノヴァが突撃してこなければいいなぁ。とりあえず屋敷の警備を強化しておくか・・・はぁ、しかしオーレリアは人を惹き付けやすい。先日の事件のこともあるし、あまり外出はさせないほうがいいかもね」


ペンを走らせている音と共に、祖父の声がオーレリアの耳に響いた。血の気が引いて、指先から冷えていく感覚を得る。


「オーレリアを屋敷に閉じ込めるつもりですか!?」


「閉じ込めるまではいかないけど、人目につく場所に行かせるのはよくないと感じたんだよ。あの誘拐未遂のときも、あの子を目にした平民の何名かは接触を図ろうとしたとも報告されている。貴族達だって誰か分かっているはずなのに、視線を外さずに見ていたそうじゃないか。もし、あの護衛騎士達が動かなかったとしても、何かしらのトラブルは起きていたと思うよ」


ペンが置かれたことで書き終わったようだった。次いで引き出しの開く音が聞こえる。封書を出したのか、紙の擦れる音が聞こえた。


「私の目の届く範囲以外、私達との外出や発掘調査、社交場以外では行動制限させるべきかな?」


「・・・あの子が可哀想ですわ」


「何、フレデリック殿下と婚約をすれば状況は変わる。名実ともに婚約者になれば手を出すものもいなくなる。その後、結婚をして殿下の庇護下となれば、オーレリアは爵位を得る。公爵家分家の歴史家として立場が確立するんだ。たった二年、長くても四年の辛抱だよ」


溜め息を漏らしたのは祖母だろうか。

オーレリアは意を決してドアをノックした。これ以上は聞くつもりはなく、自分の意思を伝えるために歩みを進める。


「失礼します」


入室して一礼をする彼女に、祖父母の表情は穏やかだった。先ほどまでの話は幻聴だったかのように思わせるほど。


「お話したいことがあります。ブラス王弟殿下がいらっしゃる居城について。フレデリック様と相談をした結果、居城の場所を突き止めたのです」


彼女は手にしていた書籍をテーブルに置く。ブラスのこと、彼が愛したイレーヌのこと、そして居城のある場所を示すための地図を、二人に見せて説明した。

オーレリアの話を祖父は聞き入り、時折頷いていた。祖母は分からずとも、口を挟まずに静観にしていた。

信憑性を感じてもらうために、夢がきっかけとは言わない。今まで発掘調査を敢行した歴史家達の現場を引き合いに、更に範囲を広げるべきだと山間部、湖の辺りを示す。


「発掘された軍事拠点に重点を置きすぎていたのかと。ブラス王弟殿下は、いずれ結婚をする婚約者と静かに暮らしたかったはずです。婚約者を想って荒事を感じない場所、何より当時の敵対勢力から身を隠す場所。この北西部の敵対勢力は、反乱の前は西側の隣国とされました。山々に囲まれた地点ならば、妻子を隠すには十分だと思います。辿り着く前に軍事拠点から出兵できますから」


「・・・うん、なるほどね。少し強引な論調だけど、説得力はある。この湖の辺り、確かにあり得るね」


「本当ですか?では、この湖の周辺を調査しても?」


地図上の湖を指で指せば、祖父は笑みを浮かべて頷いた。真剣と引き締めていたオーレリアの顔は笑みで綻ぶ。


「試してみる価値はある。先ずは先遣隊を送ろう。彼らの調査で遺跡の一部でも見つかれば、本格的に発掘調査を開始する。オーレリア、君が初めて主導する発掘調査だ。その後のことは君に任せるよ」


「ありがとうございます、お祖父様!必ずブラス王弟殿下の城を見つけてみます!」


嬉しさのあまり何度も頭を下げる彼女に、祖父は声を出して笑った。見守っていた祖母は「そう何度も頭を下げるのではありません」と窘めた。

落ち着きを取り戻すために大きく深呼吸をしたオーレリアは、広げた資料の書籍類を眺めながら言う。


「私がこの考えに至れたのは、フレデリック様のおかげなのです。あの方は足りない知識を補ってくれて、私と一緒に考えてくれました。あの方がいなければ、辿り着くことができなかったのです」


「そうか・・・君達は私が思っている以上に仲良しなんだね」


書籍類から視線を上げれば、祖父母は穏やかな微笑みを彼女に向けていた。彼女は自分の気持ちを示すように満面の笑みを浮かべる。

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