恐ろしい男に迫られて
男は、今は少年のロノヴァは、赤髪で青い瞳の非常に整った顔立ちをしている。燃えるような色の前髪を上げることで額を露わにして、くっきりとした眉と目をよく見せていた。
その眉が寄って眉間に深い皺を作り、鋭くなった目が敵意の眼差しで睨み付けてくるのをオーレリアは知っている。
伸ばされた大きな手が拳を作り、腹に叩きつけられた痛みは凄まじいものだった。筋肉の塊のような足に、頭を蹴られたこともある。
彼は、ロノヴァ・クラインは亡くなった父親の後を継いで将軍となると、オーレリアに凄まじい暴力を振るう。カルロにも引けを取らない乱暴者だった。王妃という立場も、バーバラの騎士だと言う彼には無意味となる。バーバラの恋人達はこの国でも特別な存在となる。頂点となるバーバラに付き従って、害となる者を処罰する権限があった。
「三年前の新年祭以来だ。あのときは眺めることしかできなかったなぁ・・・親父に言われてしぶしぶ参加した憲兵の研修だったが運が良かった。オーレリアをこんな近くで見れる。触ることもできる」
手が迫る。オーレリアの頭を掴むために、握り締めて苦しめるために、手が。
「いやぁっ!!」
思い起こされた苦痛に、彼女は悲鳴を上げて身を翻した。女性憲兵からも離れて、後ろに、ロノヴァから目を離さないように後ろに下がっていく。
「突然、大きな声を上げてどうした?」
ロノヴァが手を伸ばしたまま近付いてくる。オーレリアを捕まえようと、捕らえて拷問のような暴力を振るおうとしている。
彼女はそう考えていた。記憶が訴えているから。彼には肉体的に苦しめられた思い出ばかり。知り合ったときから、ロノヴァにとってオーレリアは悪だったから。
「こ、こな、こない、で!」
震えた足で後退る。フレデリックの色のリボンを握り締めて、離れようとする。涙を零す瞳。濡れた頬は赤らんで、酷い泣き顔となっているだろう。
しかし、ロノヴァは止まってくれない。口元を緩めて、楽しそうにオーレリアに近付く。
「おやめください、ロノヴァ様。オーレリア嬢が怖がっていらっしゃいます。この方は、見知らぬ男性に恐怖心を抱くと聞いておりますので」
「お前は黙っていろ。僕の妨害をすんな・・・男が怖いのは深窓の姫君だったからだろ?ルヴァン家で大切に育てられたって聞いてるからなぁ・・・あぁ、泣き顔すら可愛いなんて堪らない。連れて帰ってもっと可愛がってやりたい」
「公爵家のご令嬢になんてことを!」
女性憲兵に他の憲兵も加わってロノヴァの進路を防ぐ。肩や腕を掴んで止めようとする。
だが、すでに百八十を超える長身で筋肉質な体躯の彼は、柄に入った剣を振るうだけで憲兵達を退けた。
「下っ端風情が邪魔をするんじゃねーよ!クライン家に逆らうつもりか!!」
怒声を上げて、最後に立ち塞がっていた女性憲兵を押し退けると、再びロノヴァはオーレリアの前に立つ。端正な顔をニヤつかせることで崩し、大きな手で彼女の腕を掴んで引き寄せる。
「い、たいっ!」
「抵抗するなよ、オーレリア。あまり手を煩わせると、もっと泣くようなことになる。痛いのは嫌なんだろ?」
「ひ、っ・・・く・・・うぅ」
向かい合っている恐怖に対して喉が引き攣る。嗚咽で言葉は紡げず、涙で視界はぼやけていた。
赤い髪の大きな男。いずれ暴力でオーレリアを苦しめる男は、ずっと楽しそうに笑っている。
「ルヴァン公爵家の姫で、すげー美人なんだ。こんな子を放っておいたら他の男に取られちまう・・・やっぱり連れて帰るか。親父に頼めば何とかなるだろ」
更に引き寄せられた彼女は、ロノヴァの騎士服を押し上げる胸筋に顔が当たった。腰に腕を回されて絞るように力を加えられる。
「オーレリアは僕のものに」
「何をしている」
高揚して上擦った声を耳元に受ければ、非常に冷めた声色の言葉が落とされた。抱き締めてくるロノヴァの肩の向こう、背後に立っている人がいる。
烏の濡羽色の髪は少し乱れて、夕日色の瞳は鋭い視線を向けていて、ロノヴァを睨み付けている。
「フレ、デリック様ぁ!」
逞しい腕の横から、オーレリアは手を伸ばす。愛するフレデリックへと手を伸ばした。
「オーレリアを離せ、ロノヴァ・クライン」
「あぁ?・・・あー、フレデリック第二王子殿下か。来るのが早いな」
舌打ちをしたロノヴァは、彼女から身を離して振り返る。その腕をオーレリアの肩に回して、また引き寄せた。髪型が崩れて乱れた頭に、彼の胸板が当たる。彼女は泣きながらもどこか冷静な部分があるのか、硬くて痛いと思った。
「あんたが商業街に来るから警備強化をする羽目になった。僕すら派遣されるような事態になってんだよ。すげー迷惑、やめてほしい」
「お前と会話を楽しむつもりはない。今すぐオーレリアを返せ」
「なんで?お前が連れていたデート相手ってオーレリアなのか?」
「そうだ、だから返せ。彼女は僕の婚約者になる。お前のような粗暴な者が触れていい人ではない」
「チッ!王子だからってよぉ」
オーレリアの肩から腕に手を動かして掴んだロノヴァは、その背後にオーレリアを隠して、フレデリックへと詰め寄ろうとした。
フレデリックの前に護衛騎士が立つ。一人はよく見かける女性騎士のミオで、他の護衛騎士同様に剣の柄を握っていた。
「僕がお前に命じたのはオーレリアを返せ、ということだけだ」
「・・・腕っぷしがからっきしの王子様は情けねーな。笑っちまいそう」
喉を鳴らしながら言ったロノヴァは、オーレリアの腕を引いて、自身の前に出した。様々なことで混乱をきたした彼女は、ポロポロと涙を流すだけ。ぼんやりと立ち尽くす背中を強い力で押されて、フレデリックの元に送られる。
「オーレリア!」
「フレデリック、さまぁ・・・」
護衛騎士達の合間を縫うように出た彼は、焦りの滲む顔でオーレリアを抱き留める。どくどくと脈打つ心臓の音を聞きながら、彼女は愛しい人の温もりに安心感を得ることができた。
自身に仕えてくれた護衛騎士達に裏切られて、暴力を振るわれる思い出しかないロノヴァに迫られたことで、オーレリアの心は悲鳴を上げている。
フレデリックだけが自身を癒すと、その胸に縋り付いて啜り泣く。
「流石に王子と対峙するのは不敬行為だよな・・・はぁ、身分に感謝しろよ、王子様。あんたが平民だったらぶっ殺してた」
「ご報告します、ルヴァン公爵令嬢を襲撃した護衛騎士達は無事捕縛・・・あれ?あの、これは?」
路地裏から飛び出してきた憲兵は、報告の途中で場の雰囲気を感じ取り、不安そうな眼差しを右往左往にしていた。
ロノヴァに押し退けられた女性憲兵が、よろけながらも姿勢を正すと、不安な様子の憲兵を見据える。
「ご苦労、彼等の拘束は解かないように。フレデリック王子殿下、如何されますか?オーレリア嬢の発言の通りならば、護衛騎士達はオーレリア嬢に襲いかかったそうです。理由は不明ですが、背信行為に該当します」
「ルヴァン家の護衛騎士達だと確認は取れているね?何となく理由は分かっている。彼らはルヴァン公爵家に送ってくれ。従者の不始末をきっちりと処断してくれるだろう」
「畏まりました・・・移送の準備をする。護衛騎士達を連れてきなさい」
慌ただしく動く憲兵達。フレデリックの護衛騎士達は周囲を警戒しながらも、身を寄せる二人の安全確保のために誘導し始めた。
フレデリックと護衛達のやり取りを耳にしながら、オーレリアの目は恐ろしいロノヴァに向かっている。
彼は、いやらしい笑みを浮かべていた。オーレリアへと手を振っていた。
「可愛いなぁ、オーレリアは・・・僕も王子みたいに抱き締めたい。いっぱい泣くほど可愛がってやりたい」
動く唇が紡ぐ言葉。離れていても、彼女にはロノヴァの言っていることが分かった。
まともな男性がいない問題




