夢のことで語り合う
「これは私の願望が夢に現れたのだと分かってる。でも、とても鮮明で、実際にあったような現実的だった。私は、本当にお二人が愛し合っていたのだと・・・フレデリック様?」
話し終えるところでフレデリックは片手で目元を覆い、テーブルに蹲るように背を丸めた。
夢物語を語ったことで呆れられたのかと一瞬、脳裏を過るが。
「オーレリア、来て。抱き締めたい」
顔を見せた彼は、やや引き攣ってはいるものの笑みを浮かべている。無理に微笑んでいると、潤んだ目を見たオーレリアには分かった。
フレデリックの望む通りに彼女は近付くと、いつものように膝の上に座った。彼の腕が巻き付いて、胸の下と腰を締められる。
「少し苦しいわ」
「うん、ごめんね。君の温もりが恋しくて・・・もう少し、このままでいさせて?」
オーレリアの肩口に頭を乗せたフレデリックは、首を動かして擦りつく。彼の艷やかな黒髪に擽られたことで、肌にゾクゾクとした刺激が走ったが、身動かずに耐えた。甘えられて愛おしさが募っていく。
「突然、どうかされたの?」
黒髪を指で梳かすように撫でる。フレデリックの頭は下に動いて、彼女の胸に耳を当てた。奥の心音を聞き入っているようだった。
「・・・君が愛しい。夢の話を聞いて愛しくて、悲しくなってしまって・・・君の温もりを感じたかった」
「そう・・・あなたは夢のことを笑わないのね。私が空想で作り出したものなのに」
「・・・オーレリア、それは一概には言えない。見て」
胸の下を絞めていた腕が動き、テーブルの上に広げられた地図に向かう。横抱き状態のオーレリアは、彼の手、その指が指すものを首を横に向けて見た。
地図の斜め上部、グリオス平原から北西にある三つの山の谷間に、楕円形の模様がある。
「北西部には湖が一つある。緑深い水源地だけど、春には花が咲いて・・・鷲が分布している。北西部にある住処の一つだ」
「鷲?」
「君も言っただろう?夢の中でブラスとイレーヌが愛情を通わせているところに鷲の鳴き声を聞いたと」
「ええ」
一息に話すと、フレデリックは彼女の胸元に擦りつく。胸を飾るボタンと刺繍が肌を傷付けないかと思うが、弱って見える様子に何も言えなかった。
変わらず、彼の腕の力は強い。オーレリアを離さないという意思を感じ取れた。
「グリフィスは、イレーヌが産んだ四代国王グリフィスの名前には『グリフォンの王』という意味がある。グリフォンは神話期にいたとされる生物で、鷲の上半身を持つんだ」
「・・・それじゃあ」
彼女は夢を思い起こす。湖水の脇に建つ小城。深い緑の中、花が咲いていて、それは湖水の奥に見えたマーガレット、ライラック。アナベルはまだ花咲く次期ではなかったから、葉を茂らせているだけ。その美しい自然の中で、鷲の鳴き声を耳にした。
「イレーヌ様のお子様の名前はマーガレット、アナベル、グリフィス、ライラック・・・」
「子供の名前は、全て君が夢に見た湖にあったものから取られている・・・夢が真実を見せたのなら、イレーヌはブラスとの思い出の景色から名前を付けた。僅かに残っているイレーヌの言葉にあっただろう?『忘れ得ぬ情景』って」
「では、私は過去を見たというの?そんなこと・・・魔法みたいなこと、あり得ないわ」
この世界に魔法など存在しない。御伽噺、創作の小説の中にあるだけ。
そういった物が書かれる原因はある。この世界は神々が創り、一柱が一国に降臨して神の力を振るった。神が起こした奇跡や作り出した神器。それを元にして、夢を見た人々が魔法という創作を生み出してしまった。
神ごとき力を使いたいという願望の現れ。実際には存在しない力。
「夢の神が真実や起こり得る事柄を、知らせとして夢にすることはあるらしいけど、ここはカルネアス。時の神の国だ。夢の神の権能は発揮されない」
「では、やっぱり私の想像が生み出した夢なのよ。夢を見る前にブラスの反乱の伝記や小説を読んだの。思いを馳せてしまったから、夢に現れたのだわ」
「その可能性は勿論ある。でも、実際に北西部には湖があるんだ。発掘されたブラス陣営の軍事拠点から離れているから、関係ないと誰も気にしなかった」
地図上の湖からフレデリックの指は離れて、オーレリアの頬に触れた。手のひらで包み、指先で慈しむように撫でる。
「オーレリア、君は過去を夢に見たんだ。絶対にそうだ。僕は信じる。君の夢を、君が夢に見た二人のことを」
「愛し合うブラス王弟殿下とイレーヌ様。二人が共に暮らすためにあった小城が、ブラスの居城・・・この湖の側に」
「ブラスが眠っている。そう思いたい・・・」
頬を愛でる手に力が入り、オーレリアの顔は地図からフレデリックへと向けられた。
涙が浮かんで煌めく夕日色の瞳。その美しさに彼女の目はそらせない。
「二人が愛し合っていた形跡がないわけじゃない・・・君は、ブラスとイレーヌの間に子供がいたと考えたね?二人の子孫が、グリオス平原にいるかもしるないって」
「ええ、だって・・・ご夫婦のようだったもの」
オーレリアは自分の願望が反映された言葉と思っているが、それにしては性的だった。知る者が聞けば、肉体関係を示唆していると分かる。
ただ、彼女は性に疎い。あのような言葉が、自分の夢に反映されるだろうかと自問する。
(よく分からないけれど、閨でのことよね?私みたいな男女のことを知らない人間の夢に、あのような文言が自然と出るものかしら?)
「グリオス平原と北西山間部の住民の中に二人の子孫はいないと断定できる。イレーヌはマーガレットが初子だ。当時の王家でも検査はしていた。マーガレットの前に子を産んだ形跡はない」
「・・・そう。私、勝手にお二人のお子様を想像してしまったわ」
「うん。ただ、マーガレットに関してなんだけど、父親はロブロスではないかもしれない。人間の妊娠期間は十月十日。マーガレットは、イレーヌがロブロスの側妃になって八ヶ月後に生まれている。現在まで早産だったとされているけど、もしブラスとイレーヌに肉体関係があったとしたら、マーガレットの父親はブラスだ」
「そうなの?・・・そう」
胸に込み上げてくるものがあったが、すぐに落ち着いた。
もしブラスの子供だとしても、親子は顔を合わせることはなかった。お互いのことを認識できずに死に別れ。
父親違いの子を抱えたイレーヌのことを思うと悲しみを感じ、次にマーガレットも迫害されたのでは、とオーレリアは想像して血の気が引いた。
「マーガレットがどんな扱いだったのかは詳しく記述されていないから分からない。でも、第一王女と認められて、十四歳を迎えた年に隣国の、今は亡国となったマルーンに嫁いでいる。三百年前にロルカ公国との戦争で吸収されてしまったけど、ロルカの侯爵家に赤い瞳の子供が生まれることがある。それはマーガレットの血筋からくるものだ。侯爵家の先祖はマルーンの王族だからね」
安堵から息を吐く。その吐息はフレデリックの耳を擽ったようで、彼の夕日色の瞳の目は細まった。
「もしブラスの子供なら、彼とイレーヌは愛し合って子を作り、現在まで血を残している。この世界にブラスの子孫がいるんだ」
「それも分かればいいのだけれど・・・」
「証明できないね。皆、古代の人間だ。何より嫉妬と執着心の塊のロブロスが、愛するイレーヌに他の男との子供がいたなんて記録を残すわけもない。ただ、イレーヌが腹を痛めて産んだ子を殺すなんて真似はイレーヌ自身に恨まれるからしないだろう。愛する人に嫌悪されずに処理をするならば、自分の子供として扱うはずだ」
「そうね・・・ねえ、あなたはロブロス国王陛下を知っているかのように話しているわ。陛下の記述を読み込んだの?」
「似たような男を知っているから想像が付きやすいんだ。あいつなら絶対にそうする・・・君を」
何かを言いかけたフレデリックは、首を振った。また髪に肌を擽られて、小さな刺激がオーレリアの体に伝わる。
「ん・・・」
「・・・オーレリア。君の夢が真実なら、この湖の側にブラスがいる。地下か、湖の底か。分からないけれど、確かにいるんだ」
「探し出して差し上げたいわ」
「アルスター殿に話してみるといい。きっと協力してくれる。君のために人員を集めて発掘道具も与えてくれるよ」
彼女はフレデリックの顔を覗き込む。変わらず煌めく瞳。決してそらさずに彼女だけを見ている。
「お祖父様に進言してみるわ。ブラス王弟殿下の居城の場所を見つけたかもしれないと言ってみる」
「うん、そうしよう・・・オーレリア」
「なあに?」
「キスがしたい」
突然のこと。それでも、ずっとフレデリックに抱き締められていたオーレリアは、恥じらう素振りすらしなかった。
どこか悲しげな彼を慰めるために、冷えていた唇にキスをする。温もりを与えるために押し付けて、息継ぎのために少し離れて、またキスを落とす。何度も唇に触れた。
少しでも、なぜか悲しむフレデリックの気持ちが癒されるように・・・。




