彼女は自分が人の欲を煽ると分かっていない
オーレリアちゃんは、時が戻る前は好意を向けられなかったことで性に疎く、魅力もないから人を誘惑することは思っています。
無自覚に欲を煽って襲われるタイプです。可愛いね。
フレデリックに連れられてやって来たカフェ。書店から立ち並ぶ店を四軒過ぎた先にあり、ログハウスのような外観だった。手を引かれたままのオーレリアは、丸太を切って造られた階段を上がり、四人席のテーブルが置かれたウッドデッキを横切ると店内に入る。
中の壁は煉瓦造り。カウンターから見える範囲に二人席のテーブルが壁に並ぶように置かれていた。店員と応対したフレデリックは個室を選び、暖炉のある一番奥の部屋に通された。壁と同じ赤茶の煉瓦で組まれた暖炉からは、灯された火が暖かさを与えてくれている。
護衛達を室外に控えさせた二人は、丸太を切って作られたテーブルの席に向かい合って座った。
「山間部の素朴な小屋をコンセプトにしたカフェらしいけど、どうかな?」
「温かみがあって好きよ。このテーブルクロスも手作りだと分かって素敵だわ」
ローズレッドで黄色い糸で花の刺繍がされたテーブルクロスに、彼女は触れる。肌触りも良く清潔だと分かった。
木製のドアがノックをされて、店員がティーセットを運んでくる。可愛らしい陶器製のポットとカップに、オーレリアの口元も綻んだ。
「紅茶は僕が注ぐよ」
「ですが・・・分かりました。失礼します」
ティーセットとケーキの乗る皿をテーブルに置いた店員に、フレデリックはいつもの言葉を送っていた。今日も、あの仄かな甘いものを入れるお茶を作ってくれるらしい。
聞くと様々な名称で返される。いつも名前が変わるから、オーレリアは聞くのを止めた。愛し合って四年目、会うたび口にするもの。特に体に不調はでないのだから、問題ないと思っている。
(フレデリック様も大丈夫と言っていたもの)
案の定、濃桃色の液体がカップに入れられて、そのまま紅茶を注ぐとティースプーンで混ぜられる。当たり前のように差し出したフレデリックから受け取ると、一口飲んで、すぐに飲み干した。
彼女の体は熱くなる。血行が良くなったと温まり、腹の下、下腹部にじんじんと疼きを得た。
(これだけは少し嫌だわ)
何か奥が疼く。足りないものがあると、腹の中にぽっかりとした空間があると疼きが自覚させる。
「オーレリア」
「ん・・・」
フレデリックに呼ばれて、自身の腹を見ていた顔を上げた。愛する人の笑みに体の熱が上がっていく。
「顔が蕩けてる・・・熱い?暖炉の火を消そうか?」
「ううん、大丈夫。少し経てば落ち着くわ」
濃紺のコートを脱いだオーレリアは、椅子の背もたれにかけると、ワンピースの胸元のボタンを二つ外した。鎖骨まで見せてしまうが、彼女は気にしない。
自分に魅力がないという思い込みから、人を誘惑するなど分かっていないからだ。
「・・・」
晒した白い肌を舐めるように見られているなど分からず、頼んだアップルパイをフォークで切り分けて一口食べた。
「あまりお砂糖を使っていないのね。食べやすくて美味しいわ」
「・・・そう、よかった」
咀嚼で動く唇も凝視されているが、オーレリアは気付かずに半分も食べてしまう。
「お茶を注ぐよ」
「ありがとう」
濃桃色の液体は入れずに紅茶がカップに注がれた。ハーブティーはスッキリとしていて、口に残っていた林檎の甘さを流してくれる。
「落ち着いた?」
「ええ、あなたと二人きりだもの。安心しているわ」
「よかった」
そう言いながら、フレデリックは紙袋をテーブルの上に乗せた。中には、立ち寄った書店で購入した地図が入っている。彼の手で取り出されて、ティーセットや皿に当たらないように広げられた。
カルネアス王国の北西、グリオス平原から国境の山間部までの地図。この地域のどこかにブラスの眠る居城がある。
「現在のグリオス平原は先住民、つまりイレーヌの氏族を祖とする者達の町や村が点在している。その奥の北西山間部も、同氏族の住人の小さな集落がある程度。彼らはブラスの反乱で降伏や生捕りとなった者達の子孫だ。戦いに参加した先祖で、指導者や族長といった者は戦死している。ブラスの側近も近衛だった者も全て討ち取られているから、現在の彼らにはブラスに関するものは伝わっていない」
「伝えられる方達が亡くなられてしまったから、今は伝説となって歴史家達が調査しているのね」
地図を眺めることで、オーレリアの視界にフレデリックは映っていない。彼が説明をしつつも、彼女のことだけを見ているなど分からない。
考え事で、唇に指先を添える。白くほっそりした人差し指で、薄い桃色に色付く柔らかな唇を撫でた。
「・・・失敗したな」
「どうかされたの?」
「いや・・・君と同じアップルパイにするべきじゃなかったと思ったんだ。チョコムースを選んでいたら二人で分け合えた。それだけだよ。気にしないで」
オーレリアは笑みを零し、その紫色の瞳で地図をなぞる。
「フレデリック様はご存知?イレーヌ様は私と同じ紫色の瞳をしていらっしゃったそうよ」
視線だけフレデリックに向ければ、それは上目遣いになってしまい、彼の喉が上下に動いた。
「・・・知ってるよ。ルヴァン公爵家は、グリオスの豪族の娘が祖先にいる家系。イレーヌと付き添いとして婚約の調印に参加したリリアノという少女が、ロブロスの側近に与えられた。リリアノは三人の子を産んで、全てに紫色の瞳を伝えている。彼女の持っていた紫色の瞳が、現在まで子孫達に引き継がれているのは凄いことだよ」
「お祖父様も、親戚のおじ様のルスタリオ男爵もお持ちの色なの。この色は引き継ぎやすいのかもしれないわ」
「王家からは消えてしまったけどね」
フッと息を漏らすフレデリック。少し吐き捨てるような息遣いだったが、オーレリアは話に夢中で気付かない。
「このグリオス平原の町村に住まわれる方々には、紫色の瞳の方もいらっしゃるのでは?」
「稀にいるそうだよ。紫色の瞳はグリオスの豪族で高位の者が持つ色とされた。引き継いでいる者は統治者の子孫だったとされて、現在においても町村の長に選ばれている。そうだな、確か・・・この町の現町長は紫色の瞳をしていたよ」
地図に載る一番大きな町を示されて、オーレリアは唇をなぞっていた指を当てた。名前は知っている。グリオス平原で一番栄えていて、主要産業は酪農や羊毛。
「私と同じくグリオスの豪族の子孫の方・・・それとも、もしかしたらブラス王弟殿下とイレーヌ様のお子様の子孫」
「どういうこと?」
彼女は姿勢を正し、正面から真っ直ぐにフレデリックを見た。テーブルに肘をついて眺めてくる彼の目は、どこか熱を帯びている。うっとりとオーレリアを見つめてくる。
夢のことを話すべきだ。四日前に夢見た愛し合う二人の夢。引き離されてしまったことで悲しみを与えた夢。ブラスとイレーヌの関係に夢を見たオーレリアが、願望として見てしまったのだとしても、話したくて堪らなかった。
今でも鮮明に覚えている。ブラスの居城らしい城から二人で馬に乗り、周囲に花の咲く湖水で寄り添っていたことを。
「夢を見たの。私がイレーヌ様に乗り移って、ブラス王弟殿下と愛を語る夢」
話し始めたオーレリア。静かに聞くフレデリックは時折、切なそうに顔を歪めたが、それでも最後まで聞いてくれた。




