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目を惹き付ける人

様々な物品の店が並ぶ商業街は、広い歩道が一本通っている。人々は平民、貴族関係なく散策と歩道に足を運んでいた。

馬車は入れないため、歩道の脇に車止めで駐車される。御者台からフレデリックの護衛が降りて、ドアを開けてくれた。

先に彼が降りると、オーレリアは護衛の手を借りて馬車から降りる。

周囲に視線を向けた彼女は、追随していた馬車から自身の護衛が降りたのを目にした。


「君の傍では初めて見る護衛騎士達だね」


「私付きの護衛騎士アンセムは療養中なの。ルヴァン公爵家に報告する途中で怪我をしてしまったから、あちらで休んでいるわ」


「そうなんだ・・・だから、アルバの護衛騎士がいるのか」


後半は聞こえず、気になったオーレリアは顔を近付けた。目を細めたフレデリックに、頬へとキスを贈られる。


「きゃっ」


突然感じた温もりにオーレリアは驚き、朱に染まった頬に手を当てて後ろに下がろうとした。

その肩に手が回されて、逆にフレデリックへと引き寄せられる。


「白くて美味しそうな頬が近付いてきたから、つい食べてしまった」


「・・・もう!」


真っ赤になった顔を隠すように、彼女は俯く。

彼の手は、掴んでいる彼女の肩を撫でて軽く押した。歩き出す気配にオーレリアも足を進める。

顔を上げて赤い顔、せめて頬は隠そうと指先で触れる。彼女の目に自身の護衛達の顔が再び映った。職務中にも関わらず、眉を寄せた怪訝な表情を浮かべている。


「僕の護衛だけでなく商業街では見回りの憲兵もいる。クライン侯爵家から派遣されている兵士だけど、僕達が来訪すると通達してあるから大丈夫。警備を強化してくれているから、誘拐や暴行を受ける可能性は低い」


「この地方都市は治安は悪くはないはずよ。白昼堂々、犯罪が起こるとは思えないわ」


密やかに言われたことに、オーレリアは不思議に思って言葉を返した。

地方都市だけではなく、カルネアス王国全土が治安はいい。貧富の差はあれど貧民の数は少く、飢えることがないように配給もされている。就労支援制度もあるため、よほどの怠け者ではない限りは働いて賃金を稼いでいる。

孤児院なども王家は勿論、貴族も自領にある孤児院を支援していた。法律で決められた資金を送ることになっており、額を減らしたりなどしたら厳罰対象となる。高位の貴族だからと貧民や孤児院を害したと発覚すれば、重い刑罰も受ける。


オーレリアも王妃であった頃は、立場の弱い平民や貧しい者達への政策に注力して、個人資金で支援もした。立場がある者として当たり前だと手を差し伸べた。

将軍職に就いているクライン侯爵も同じ志のはず。貧民に対する支援は手厚く、公平に領地管理をしていると有名だった。


「君は心清らかだからね、人の抱く醜い欲望に気付けない」


オーレリアは、フレデリックに肩を抱き寄せられたまま商業街の歩道に足を踏み入れた。

平民の家族や恋人達、護衛に守られながらも書店を眺めている貴族令嬢。シンプルな衣服を着た子供が駆けて、上質な生地のコートを着た紳士の脇を抜けていく。

クライン侯爵家の紋章が入った鎧を着た騎士、軽装の憲兵も巡回のために歩いているのが見えた。


「確かに、治安の保たれた地域だから犯罪にまで発展することは少ない。でも、人というのは欲深いんだ。僕を見て王子と気付けば、装飾が目に入って欲しいと思う。ルヴァンの花なんて言われている君を目にしたら、邪な思いを抱いて手に入れたいなんて思う」


「そんな」


「思うだけなら誰にも分からないからね。ただ、獲物が隙を見せたら、手に届くと思ったのならどうするか。他人には分からないのだから、欲を抱いたその人の善性に頼るしかない」


「その欲深い方が犯罪を起こさないために監視は必要ってこと?」


「そう、犯罪を未然に防ぐことも大切なんだ」


肩を抱くフレデリックは歩き進む。歩道を行き来する人々に交じり、空いている空間を縫うように進む。

擦れ違いざまに貴族の夫婦がオーレリアを見た。花屋で生花を買ったらしい平民の女性達に視線を向けられて凝視される。

友人同士で遊びに来たと分かる三人の貴族子息は、二人を見てその名前を発していた。


「君と僕は知られているからね」


貴族達は第二王子と公爵令嬢の逢瀬だと気付き、道を開けて一礼する人もいる。距離のある者には視線で追われていた。新年祭やお茶会などの社交場で、オーレリアの顔を知っているのかもしれない。衣服の質で高位の貴族だと分かったのかもしれない。

ただ、平民達の中には二人を観察するかのように見る者がいた。すれ違ったあとで背後を追ったのか、護衛に止められる声が聞こえる。

顔を知る貴族達ならば分かるが、見ず知らずの平民達に凝視されて、何か問題があるのかとオーレリアは思う。


「・・・あの書店に行こうか」


古書を取り扱っているらしい年代物の書店へと手を引かれて、彼女は素直に従う。

人々の視線、高位だと知る者達の配慮に居心地が悪くて堪らなかったからだ。


「いらっしゃいませ」


店主の老紳士がカウンターから顔だけ出して、声をかけると視線を落とした。手にした本を読んでいるらしく、干渉されないことに彼女は安堵する。

他の客の視界にも入らないように、書店の奥のまで足を進めた。詩集で埋められた背の高い本棚の陰に隠れる。


「大丈夫?」


「・・・ええ、大丈夫よ。あれほど注目されるとは思わなかったわ」


以前は醜いと言われ始めた十四歳。オーレリアが何者か知らない人々は、その醜さに驚いて視線がそらせなかった。

彼女は、そのようなことを考えてしまう。


「君がオーレリアと知る者は公爵家令嬢がいることに驚いていたみたいだけど、平民階級は君の見た目に惹かれていたな」


「・・・やっぱり」


「うん?」


本棚の合間から見える入り口を見ていたフレデリックの顔が、俯き気味のオーレリアに向かう。暗い顔の彼女に眉を寄せる。


「私が、醜いから気になって・・・」


「・・・」


十歳に戻ったときから、オーレリアの周りには優しい人ばかりだった。親しさから可愛いと美しいと褒めてくれた人ばかり。

発掘調査の調査員達も、上司である祖父の手前だから真実を言えず、交流することで内面を知られて好意を持ってくれた。職務においても、オーレリアの醜さなど関係ないから口に出す必要はなかった。

知らない人々にとって彼女の醜さは凄まじいものなのだろう、と。

オーレリアは至った考えに深みに嵌ってしまい、顔を上げることも、身動きもできない。


(帽子で顔を見え辛くしたのに)


「君は醜くないよ」


「いえ、でも・・・」


(あなたは、以前のあなたは私を醜女と言っていた)


視線だけ上げてフレデリックを見る。彼は優しい微笑みを浮かべて、彼女の頬を手で包んだ。指先が労るように肌をなぞる。


「可愛いオーレリア。僕の愛しい恋人・・・他の者が何を言おうが、今の僕は君を可愛いと思ってる。美しいと目を奪われてしまう」


「本当?」


(以前のあなたとは嗜好が違うの?)


そのようなことがあるのだろうか。

ただ、フレデリックの言葉は心地良く感じた。頭の中に響いて浸透していく。醜くとも彼が好んでくれるのなら、落ち込む必要はないかもしれない。


「可愛いよ、オーレリア。そんな君の容姿を貶めるものは・・・頭がおかしいんだ」


一段低くなる声と吐き捨てるような言葉。一瞬見せた険しい顔には憎悪の感情があった。

オーレリアは怖じけて距離を空けようとするが、すぐに彼が笑みを見せてくれたことで踏み止まる。


「見られるのは仕方がない。僕達は人目につくからね。少し我慢をすればカフェがあるから、そちらで過ごそうか」


「・・・ええ」


「丁度、ここは古書店だ。地図を買おうか。今回の発表に使うかもしれない」


頬から手を離したフレデリックは、オーレリアの手を指を絡めて握ると、地理に関する書籍の本棚を探し始める。

時折、手の甲を指でなぞられる彼女は擽ったさから笑みを零した。

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